みずからの意思で
(わたしって、ほんとうにバカだわ。バカすぎて笑うことも出来ない)
わたしは、煌びやかな居間にあるド派手な柄の弾力性抜群の長椅子に座っている。
そして、自分のバカさ加減に呆れ返っている。
周囲を見まわしてみた。ダークスーツ姿の屈強な男たちが、居間の扉の前やテラスへと続いているであろうガラス扉の前に立っている。
彼らは、おそらく護衛の一部に違いない。
宰相シルヴァン・プランタードの、である
そして、ここはプランタード公爵家の居間というわけ。
わたしは、宰相と一緒にプランタード公爵家の馬車に乗り、ここにやって来たのだ。
彼は、シルヴェストル侯爵家の門の前でわたしを待っていたらしい。
彼は言った。
「息子が暴走してね。情けない話だが、父親のおれでも手に負えぬようだ。彼は街のごろつきどもを雇い、きみをさらおうとした。マヤ、きみをだ。ごろつきどもは、一応プロだ。すでにきみの屋敷の使用人たち全員を一室に閉じ込め、監視しているだろう。すべて計画通りにだ。今朝、きみの父上とマックが急に呼び出されただろう? 書類か手続きかの不備、だったかな? 彼らは、いまごろあらゆる窓口をたらいまわしにされているはずだ。役所というところは、じつに勝手気ままだ。しかも無秩序だ。責任転嫁はするし、賄賂が大好き。これには、たとえ上位貴族であっても抗えぬ。どうにも出来ない。彼らは、いまごろ困り果てているに違いない」
彼は、馬車から降りてわたしに手を差し出した。
「マヤ、利口なきみならわかるな? きみの使用人たちが五体満足で仕事を続けられるかどうかは、きみにかかっているということを。心配はいらない。なにもきみを切り刻もうとか取って食おうというわけではない。ふたりきりで話がしたいだけだ。話というのは、きみにとっても大切で有益な話になるだろう。きみには、是非ともみずからの意思でおれと一緒に馬車に乗って来てもらいたい」
なにもかもがわからない。どうして宰相がわたしと話をしたいのかということも含めて。
だけど、これだけはわかる。
街のごろつきどもを雇ったのは、宰相の息子のヴァレールではない。宰相自身なのだ。そして、彼はこの一連の騒動すべてを自分の息子の仕業だということにする。
さらには、これが一番問題なこと。
わたしが彼についていかないと、シルヴェストル侯爵家のみんなに危害を加えるつもりだということ。
(だったら? わたしはどうするの?)
「わかりました。あなたと一緒に行きます。わたしみずからの意思で」
差し出された彼の手を取った。
いまのわたしには、それしか出来ないから。
とはいえ、選択肢がないからというわけではない。
彼の言う「大切で有益な話」がどういうものなのか?
まったく興味がないというわけではないから。
そしてわたしは、彼にエスコートをしてもらってプランタード公爵家のド派手な馬車に乗り込んだ。




