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人相の悪い運搬人

(そういうことは、ミレーヌにききなさいよ)


 ミレーヌは、まるでお客様のごとく作業の様子を居間の長椅子に座ってのほほんと眺めている。


 彼女は、よほど育ちがいいらしい。あるいは、そういう性格なのかもしれない。とにかく、彼女はのんびり屋さんなのだ。といえばきこえがいいけれど、ようは空気を読めないわが道を行くタイプらしい。


 こちらが戸惑うほど人懐っこいところは、「あ、こういう人懐っこさが男性の気を惹くのね」と感心というか呆れてしまう。


「マヤ。このクッキー、美味しいわね」

「マヤ。このシチュー、とても美味しいわ」

「マヤ。このアップルパイ、最高よ」


 彼女は、日頃のちょっとしたことでもおおげさに感動する。演技とは思えないほどうまく表現する。


 彼女に比べれば、わたしの感情の表現などじつに淡々としている。


 彼女は、とくにわたしが作った料理やスイーツを食べたときなど目に涙さえ浮かべて感動している。


(一応、わたしにたいして遠慮しているのかしら?)


 その演技がいつまで続くのかしら? もうすぐ化けの皮が剥がれ、わたしを蔑み虐げるようになるのかしら?


 彼女のそんな態度を冷めた目で見ている自分は、おそらくイヤな人間なのに違いない。


 彼女は、いまも運搬人たちがあれこれわたしに尋ねているのをニコニコ笑って見ている。


 そんな笑顔もまた、男性を虜にするのだ。


 実際、運搬人たちの何人かは、彼女に色目を使っている。


 この日、侯爵やお父様は役所に出かけている。


 侯爵とお父様が王都から移り住む為のもろもろの手続きで不備があったらしい。ふたりは、その確認をしに行っている。


 だからこそ、いまのところはまだ侯爵の妻であるわたしがこうして監督をしているわけ。


 運搬人たちは、専門の業者のわりには要領があまりよくないみたい。すくなくとも、素人のわたしでもモタモタしているように見える。だから、作業は遅々として進まない。


 わたしは、それをイライラして見つめている。


「奥様、すみません」


 運搬人たちの中では一番年かさっぽい男が近づいてきた。


「馬車が出て行く際に門を擦ったようでして……。修理のことなどありますので、まずは奥様に見ておいていただきたいのです」


 その男には、左の頬に大きな傷痕がある。右の目頭から左の耳たぶのうしろ辺りまで、左半面を縦断しているような大きくてきれいな傷痕である。


 刃物で切られたような傷かな、と思った。


(書物に出てくる悪漢ね)


 それをじっと見つめてしまった。


 もちろん、他意はない。わたし自身、傷痕や痣なんてたくさんあるから。


 ただ、その傷のせいであれこれ詮索されるようなことはあるかな、と思っただけである。


(そうよね。頬のこんな大きな傷痕、だれだって不思議に思うわよね。あきらかに刃物の傷ってわかるんですもの)


 事故やちょっとしたケガ程度ではない。こんなあからさまな刃物傷は、だれでも詮索したがる。


 というか、これってわたしだけ気になっているのかしらね?


 そういえば、ミレーヌはあまり気になっていないようにうかがえる。


 ダメね、わたし。他人のことをあれこれ考えるなんて、しかも外見について考えるなんて最低だわ。


 だけど、どうしても気になる。


 どうもふつうの感じじゃないから。


 ふつうというのは、たとえば一般的な運搬人にはけっしてない感じのことである。


 頬の傷というよりか、その感じというか雰囲気というかオーラというか、そういうものが気になっているのかもしれない。


 そういうモヤモヤした気持ちが表情に出たらしい。


「奥様。時間がありませんので、はやくきてもらえませんかね?」


 頬に傷のある運搬人がイライラしたように言ってきた。


「え、ええ。ごめんなさい。案内して下さい」


 ふたりで居間の入り口に向って歩き始めたとき、それまで黙ってただボーッとしていたミレーヌが立ち上がり、こちらに近づいてきた。


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