ちょっと馴れ馴れしすぎじゃない?
(よかった。これで侯爵は離縁してくれる。やっと自由になれるのよ。いままで侯爵と彼のほんとうに愛するレディをくっつけなければ張り切っていたけれど、そのような必要はなかったみたい)
心の中でそう思っているのに、どうもスッキリしない。
ようやく離縁される。これでお父様と一緒に馬や家畜たちを相手にし、自由に生きていける。
そのはずなのに、どこかモヤモヤするしイライラする。
しかも侯爵のほんとうに愛するレディは、とんでもなく友好的なのである。
「マヤ? あなたがマヤなのね。会いたかったわ。ずっと会いたかったの。会えてほんとうにうれしいわ。仲良くしてね」
彼女は、初対面のわたしに抱きついてきた。
握手でもハグでもない。
ほんとうにガバッと抱きついてきて、そのまま長い間解放してくれなかったのである。
その時点で、「ああ、ダメ。このレディとは他のレディと違ってかわりすぎている」と判断した。一度判断すると、その判断を覆すとか他の判断に上書きするというのはむずかしい。
ある意味衝撃的な初対面の後も、彼女はことあるごとにわたしに絡んできた。
彼女は、わたしと幼馴染か親密な友人か、それどころか姉妹や従姉妹であるかのように、馴れ馴れしくしてくる。
嫌々ながらもそんな彼女の相手をするのは、ひとえに一刻もはやく侯爵に離縁されたいという気持ちがあるから。
本妻の座を、さっさと彼女に譲り渡したいから。
きっとその思いがあるからに違いない。
という曖昧なことを思うのは、自分でも自分の気持ちがよくわかっていないからである。
(乙女の感情って複雑なのよね)
って、そんなこと自分で言う?
笑ってしまう。
いずれにせよ、シルヴェストル侯爵領に移る準備が進められるている間、わたしは男爵家に戻ることを禁じられてしまった。というよりか、外出禁止となった。
禁止されたストレスによるイライラもある。彼女とは適度な距離をおいて付き合っている。すくなくとも、わたしはそのつもりでいる。そういうわけで、残念ながらお母様の日記はさらにあとまわしになりそう。だから自室にある机の抽斗にそれを入れて鍵をかけ、その鍵をサンドリーヌに渡しておいた。彼女に事情はなにも言わず、ただ「わたしになにかあったら、侯爵かお父様に渡して」とだけ伝えて。
サンドリーヌは、なにも言わずに引き受けてくれた。
サンドリーヌは、こちらがそのようなオーラを出しておけばいらないことはいっさい詮索しない。そこが、彼女のいいところのひとつなのだ。
もっとも、仔犬みたいにまとわりついてくるサンドリーヌより、生まれたばかりの「ミラクル・ローズ」の方がずっとずっと可愛いにきまっている。したがって、ついついそっちの方をかまってしまう。だから、彼女はいつだってプリプリ怒っている。
ミレーヌが本格的に侯爵家に乗り込んできてから、もとい移り住むようになってから数日後のことである。
その日は、侯爵が雇った運搬人たちがやってきて、荷物の一部を搬出することになっていた。
シルヴェストル侯爵家の執事長のステファーヌ・フィリップと執事がひとり、それから二人のメイドがその荷物の一部と一緒に出発することになっている。
荷物といっても、家財道具のほとんどはこのまま屋敷に残していく。というのも、侯爵領の屋敷は王都のこの屋敷よりもはるかに大きく、シルヴェストル侯爵家の先祖より受け継がれている家財道具もまたたくさんあるらしい。
荷物のほとんどが、それぞれ日頃から着用しているような衣服や靴や雑用品ばかり。
ほんとうの意味での引っ越しの荷よりもはるかに少ない。
それでも運搬人を雇って運んでもらう。
その方がスムーズだから。
やってきた運搬人たちは、ひとめ見て「うわっ」て言いたくなるほど独特のオーラを醸し出している。
他人の顔のことをとやかく言えないけれど、あまり人相がよくない人たちばかりである。
「奥様、この箱もですかね?」
入れ替わり立ち代わりいちいちわたしに指示を仰ぎに来る。
「ええ、お願いします」
いちいち応じるわたしってエライ。
自分で自分を褒めておく。




