どうしてわたしが偽装妻に?
マクシミリアン・シルヴェストル侯爵、通称マックは歴史あるシルヴェストル家の当主である。それだけでなく、このセネヴィル王国の王族の護衛騎士団の騎士団長を務めている。
美貌で背が高く、そこそこに筋肉がついていて侯爵家の当主でやさしくて気遣い抜群。このような男性、世の中のありとあらゆるレディたちが放っておくわけがない。
実際、彼はこの王国だけでなくこの大陸の端の国はもちろんのこと、果ては違う大陸の国の王侯貴族のご令嬢たちから求愛されていた。
訂正。それは、彼が結婚して数年経ったいまでも続いている。
離縁してから、あるいはそもそも結婚していることを知らなかったり知らないふりをしていたりと、絶妙な感じで求愛、もしくは求婚してくる。
だからこそ、彼には必要だったのである。
それらを回避、というか少なくする為の材料が。
それが契約結婚、あるいは偽装結婚だった。いま巷で流行っている「白い結婚」である。
わたしは、彼に雇われた偽装妻というわけ。
とはいえ、わたしは彼と幼馴染というわけではない。親どうしが仲が良かったとか、百歩譲っておたがいの知り合いからの紹介だったというわけでもない。さらには、わたしがシルヴェストル侯爵家のメイドで見染められたとか、わたしの母親が彼の乳母だったとか家庭教師だったとかの縁でもない。もっと言うと、学友だったりでもないし、わたしがまさかのレディ騎士で彼の部下というわけでもない。
わたしが偽装妻の役目を、どうしておおせつかったのか?
その理由が、いまだにわからないままでいる。
わたしの生家ソニエール男爵家は、馬屋である。
馬屋といっても、馬の売買をしているわけではない。
馬屋という呼び方は、他の貴族たちがわたしたちを蔑んでそう呼んでいるにすぎない。
わたしたちは、代々王族の馬の調教や管理を行ってきた。
そう。お父様の代までは……。
ひと昔前までは、王族もひんぱんに狩猟や遠乗りを行っていた。
しかしいまはもう馬に乗るどころか、みずからの足で歩くことさえめったにしない。
というわけで、わが家もお勤めが出来なくなってしまった。
軍馬の調教や管理へとシフトされてしまったのである。
それがつい最近の話で、わたしはお父様に教えてもらいながら、まだギリギリ王族の数少なくなった馬たちの管理や調教を行っていた。
が、ほんとうに数頭しかいない。だから、王族直属の騎士団の馬たちも調教、管理を行った。さらには、依頼を受ければ調教や管理もやっていた。
わたしの契約結婚の主である侯爵は、騎士団長としてでなく、個人的に彼自身の愛馬を預けていた。どうして過去形なのかというと、いまはわたしがこの屋敷で調教や管理を行っているからである。
それはともかく、彼はまだお父様が王宮で彼の愛馬の調教や管理を行っていた際、お父様に指導を受けていたわたしを見かけたのかもしれない。
そのことは、本人からきいたわけではない。しかし、彼とわたしの接点といえばそのぐらいしか思いつかない。