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それどころじゃないわ!

(どうしてこんなことになってしまったの?)


 すっかり雨に濡れてしまっている。そのせいで寒くなってきた。


 わが身を抱きながら、もう何度目かに同じことを考えてしまう。


 が、やはり答えは出ない。


 きっとお腹がすきすぎているせいね。


 そういうことにしておく。


 しばらく歩いているうちに、木々の間に厩舎の灯りが見えてきた。


 その瞬間、足が動いていた。なにかそういう予感がして、早歩きになっていた。


「お嬢様っ、やはりここに来ましたね」


 なんてこと……。


 厩舎の真ん前で待ち構えていたのは、サンドリーヌだった。


 彼女は腰に手を当て、いまや遅しとわたしを待っていたらしい。


 幼い頃からいっしょにいた彼女には、わたしの考えることなんてお見通しだった。


「侯爵も心配されていましたが、いまはお嬢様のことなんてどうでもいいのです」

「はい?」


 わが耳を疑った。


 なにかが違っているかも、と。


「もうっ! お嬢様、こんなに濡れて。母胎になにかあってはいけません。さっさと拭いて手伝って下さい」


 彼女は、語気鋭く言った。とはいえ、彼女も濡れまくっている。


 わたしがここに来ることを見越して、傘もささずに待ってくれていたらしい。


「ほら、はやく」


 彼女は厩舎の入り口に置いてあるタオルをつかんでわたしに駆け寄ると、ゴシゴシ拭き始めた。


「レナルドさんがサンドイッチを作って持ってきてくれました。フルーツ入りのパウンドケーキもです。はやく食べて下さい。それから、旦那様とピエールを助けて下さい」


 サンドイッチ?


 気分が向上する。


「『レッド・ローズ』が産気づいたのですが、どうやら逆子のようなのです」


 気分が向上したのは一瞬だった。そのサンドリーヌの言葉にドキリとした。


「逆子ですって?」


 叫んだ声は、自分でも驚くほどひっくり返っていた。


(逆子だなんて……)


 それがどれだけ大変なことなのか、わたしもまたよくわかっている。


 しかし、お腹がすいていては思考も体も上手く働くわけがない。


 サンドイッチとパウンドケーキをあっという間に食べ、お父様たちのいる馬房に行った。


「レッド・ローズ」もまた、その名にふさわしい鹿毛の牝馬である。彼女の明るい赤褐色の毛は、いつも陽光を吸収してキラキラ光っている。その「レッド・ローズ」が、いまから仔どもを産もうとしている。


 ちなみに、父親は「ブラック・ローズ」である。この二頭の「ローズ」の仔どもなら、きっと美しくて俊足のはず。


 という先入観は、抱かないようにしている。とにかく、元気な仔どもが誕生してくれさえすればいい。母子ともに無事であってくれればいい。


 それだけがわたしたちの願いなのだ。


 その「レッド・ローズ」が逆子だという。


 人間の逆子は、足から出てくることをいう。しかし、馬の場合は頭が上になって出てくることをいう。


 そのリスクは、母馬の子宮を傷つけてしまうかもしれないということ。まだ胎内にある内に暴れようものなら、その脚が子宮や産道を傷つけてしまう。下手をすると、子宮を突き破ってしまうかもしれない。


 そうなると、母子ともに助けようがなくなってしまう。


 たいていの出産は人間の助けは必要なく、自然に分娩する。が、逆子等異常な状態では、人間が手助けせざるを得ない。


 今回は、手助けが必要となる。



「レッド・ローズ」の馬房は、すでに緊張と不安に満ち溢れている。


 いいえ。彼女の馬房だけではない。


 厩舎内にいるすべての馬たちが、異常な状況を察知してそれぞれの馬房内で落ち着かなくいったりきたりしている。


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