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そのレディは、侯爵の愛人?

 なぜかわからないけれど、焦った。侯爵にこの状況を説明したくなった。実際、侯爵に「このバカとはなんでもないのです」と言いかけた。


 口を開きかけた瞬間である。


「マック。ハニー、手を貸してくださいな」


 レディのきれいでそれでいて甘ったるい声が、馬車の中からきこえてきた。


 侯爵と視線が合った。


 彼とは、プランタード公爵家の馬車をはさんで距離がある。それにもかかわらず、彼の碧眼がなんともいえない感情を含んでいるように感じた。


 その彼の視線がわたしから外れ、馬車の中に向けられる。


 彼がなにかを言った。馬車中に向って。それから、彼はエスコートする為に馬車の中に手を差し出した。


「ずいぶんと仲がいいんだな」


 ヴァレールは、いまだわたしを抱き寄せたままである。ヴァレールのいやらしい言葉が落ちてきた。


 それが引き金になったのかはわからない。


 とにかく、ヴァレールのその言葉で心の中でなにかが弾けた。訂正。心と頭の中で弾けた。


「どいてちょうだい」


 そうと感じたときには、ヴァレールを力いっぱい突き飛ばしていた。


 日頃から乗馬や馬たちの世話で鍛えられている。その腕の力は、他のレディの比ではない。


 ヴァレールは、いとも簡単にふっ飛んだ。


 彼が地面にお尻を打ちつけるまでには、走りだしていた。


「マヤッ! マヤッ、待ってくれ」


 わたしを呼び、制止する声が何度も背中にあたった。


 それがだれの声なのかわからないまま、全力で走り続けた。



 どこをどう走ったのかわからない。


 気がついたら、シルヴェストル侯爵家に戻ってきていた。


 いつの間にか雨が降り始めていた。全身濡れていた。


 屋敷には行けない。というよりか、行く勇気がない。


 侯爵は、すでに屋敷に戻っているはず。


 彼と顔を合わせずらい。


 こっそり自室に戻ろうとしても、だれかに見つかってしまう。


 サンドリーヌは、特に心配するだろう。


 彼女自身の部屋は、他の使用人たちと一緒で別棟にある。


 別棟にまわってみたけれど、他の使用人たち同様彼女の部屋も真っ暗だった。


 彼女のことだから、侯爵から事情をきいてわたしの部屋で待ち構えているかもしれない。あるいは、厨房で待っているかも。


 お腹をすかせたわたしが一番に向かうとしたら厨房だから。


「グルルルル」


 前庭の木の下で雨粒に打たれながら途方に暮れた。


 お腹はすいている。しかも猛烈に。


 全力で走り続けた分。お腹が減っている。


 お腹が減ると、ますますみじめになってくる。


(とりあえず厩舎よ。そうだわ。厩舎に行こう)


 いま、お父様は厩舎で寝泊まりしている。


 もう間もなく、牝馬の「レッド・ローズ」が仔を産むのである。


 お父様は、軍馬の調教や管理の仕事を辞めたと同時にソニエール男爵家の屋敷から出てしまった。シルヴェストル侯爵領に移るのはまだ先なのに。


 それなのに、お父様はまるでわが家にいるのがイヤなように侯爵家に移ってきた。


 もちろん、侯爵は屋敷に部屋を準備した。が、お父様が「『レッド・ローズ』の出産を見守りたいから厩舎に寝泊まりをする」、と頑なに言い張ったのだ。


 厩舎には、ピエールが暮らしている部屋がある。そこは、数名の厩務員が寝泊まり出来るだけの大きさや設備が整っている。


 というわけで、お父様はピエールと生活しているのである。


 ピエールは、先程の侯爵とのやり取りを目の当たりにしている。彼は、馭者台にいたのだから。おそらく、彼はお父様に話しをしたはず。あるいは、侯爵自身がお父様に話をしたかもしれない。


 とはいえ、すくなくとも厩舎に侯爵はいない。そして、お父様はたとえ事情を知っていたとしても、わたしの機嫌がよくなければ詮索はしてこないはず。ピエールもまた、同様に詮索はしてこないと思う。


(そうよね。厩舎に行こう。行くしかないわよね)


 厩舎には人間用の厨房もある。とはいえ、ちょっとした料理しか出来ないけれど。


 そこでなにか作ろう。


 もっとも、食材があればだけれど。


 なければ、馬用の飼料をふやかして食べるしかない。


 最近の飼料はよくなってきている。ふやかせば食べられないことはない。そのはずである。


 そう決めれば即行動。


 厩舎に向って歩き始めた。

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