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離縁を迫る妻とそれを拒否する夫

「侯爵閣下、今日こそ離縁して下さいませ」

「いやです」

「どうしてですか? 契約期間、もうすぎましたよね?」

「ええ、そうですね」

「『ええ、そうですね』って、それでしたら離縁なさって下さい」

「ですから、いやです」


 大きな溜息をついた。


 つかずにはいられない。


 いま、わたしたちはシルヴェストル侯爵家自慢の大階段の踊り場にいる。


 ついさっき、彼にバッタリ出会ったのである。


 彼が階段を上がってくるところで、わたしが降りるところだった。


 そして、踊り場ですれ違おうとした。


(このままだまって通すものですか)


 そう。このまま横を素通りさせてなるものですか。


 強い意志とゆるぎない決意とともに、彼の前に立ちはだかった。文字通り、小柄な体全体を使って彼の前に躍り出た。両腕を精一杯広げ、通せんぼする。


 その一連の動きをしつつ、視線は周囲を油断なく舐め回す。


 朝の一番忙しい時間帯。使用人たちは、それぞれの作業に追われている。したがって、いまこの大階段の階上にも階下のエントランスにもだれの姿も見えない。


 もっとも、噂話好きのメイドたちの勘は鋭く、しかも鼻は犬より利く。さらには、神出鬼没で潜んだり溶け込んだりすることに長けている。つまり、彼女たちはいちはやく情報を得てみんなに伝える為、どこに隠れて盗み聞きしていてもおかしくない。


 ほんと、彼女たちの根性や努力は称讃に値する。


 それはともかく、さっとチェックしたかぎりでは柱や扉や植物の蔭にはだれも隠れていなさそう。


 というわけで、細心の注意を払って確認したことだし、ここぞとばかりに伝えることにした。


 それが、これである。


「侯爵閣下、今日こそ離縁して下さい」


 そう。これなのである。


「いやです」


 が、またしても拒否されてしまった。しかも速攻で。


 彼は、控えめにいっても美貌である。実際、このセネヴィル王国で「美貌の騎士団長」と名高い。


 その彼が、美貌にやわらかい笑みを浮かべてサラッと拒否するのである。


 ふつうのレディなら、たとえ拒否されても受け入れるはず。


 が、わたしはそうではない。


 すぐに反論する。さらには、食い下がる。もっと言うと、執拗に迫る。


 しかし、彼はにべもない。すなわち、わたしがどれだけ訴えようが願おうが、彼はまったく意に介さないのである。


 そして、わたしにとっては不本意きわまりないけれど、彼とわたしはこのやり取りをずいぶん長い間続けている。


 時と場所をかえて。


 内容だけがいつもほぼ同じ。


 正直、もう疲れている。


 しかし、諦めるわけにはいかない。どれだけ時間がかかろうと、ぜったいに目的は達成する。


 なにせ契約はとっくの昔に切れているのである。


 だったら、ちゃんとしてもらわないと。


 離縁を。


 離縁し、わたしをシルヴェストル侯爵家から放り出してくれないと。


 それが、わたしたちの契約結婚の結末なのだから。


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