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【後日談】悪徳商人と対峙してみた side ルナ

本編終了後の後日談です。一話。

 「ふぅ」

 いつものように冒険者ギルドに薬やポーションを納めて、冒険者ギルドの扉を閉めると、ルナは一つため息をついた。自分の耳たぶに手を添わせ、サイラスからプレゼントされた空色と紫色のピアスがついていることを確認する。サイラスの魔術が刻まれたこのピアスが外れることはないのだが、不安な時にピアスに触れるのはルナの癖になっている。


 最近、自分をじっとりと監視するような視線を感じる。姿を現すこともないし、家や冒険者ギルドの中では感じることはないが、その安全地帯コンフォートゾーンを出ると必ず視線が追ってくる。ピアスに認識阻害の魔術がかかっているが、弱いもので、相手にルナを捜す意思があったら認識できる。


 サイラスは最近、仕事が忙しくてゆっくり話せていない。王都に人身売買や違法薬物の販売を行う犯罪者集団がいて、その捕縛に関わっているらしいが、ただ力で押せばいい魔物と違って、用心深くのらりくらりと追撃をかわしていて、なかなか壊滅できないらしい。


 少し思考に気を取られている間に、ルナの前に黒尽くめの男が立っていた。


 「薬師のルナさんですね。少しお話があるのですが、少々おつきあい頂けますか?」


 「……話を聞いたら、つきまとうのをやめてくれますか?」


 「さすが、希代の魔術師の奥様だけある。気づかれていましたか。ちょっとお話するだけですよ」


 「条件があります。そこのカフェでなら話を聞きます」

 冒険者ギルドの向かいにあるカフェをルナは指さした。バルコニーにオープンスペースのあるカフェも、カフェの前の往来もかなりの人で賑わっている。


 「おやおや、だいぶ警戒されていますねぇ。私はなんの力も持たない一介の商人ですよ。ルナさんにとって悪い話じゃないと思いますが」


 笑っているのか元々なのか細い目が弧を描く。黒尽くめのスーツの男は肩をすくめると、カフェの扉を開いた。ルナはその男の後に続いた。


 店員にルナはオープンスペースになっているバルコニーの席を希望した。


 「単刀直入に言いましょう。ルナさん、冒険者ギルドに薬やポーションを卸すのを辞めて、私と直接契約しませんか?」


 「……そうしたとして、私にどんなメリットがありますか?」


 「ルナさん、あなたの腕は確かだ。どれだけ質のよいものを作ったとて、買取の上限は決まっている。冒険者ギルドは規則にギチギチに固められた組織だから、最上級以上の価格にはならない。私と組んだら、あなたの腕であれば稼げる金額は青天井だ。どれだけだって稼げるんですよ? 商会で相応のポジションも用意しましょう」


 「……メリットは稼げる、それだけですか?」


 「は? お金さえあれば、なんでも思いのままですよ。欲しい物も欲しい環境も欲しい人材もなんだって手に入る!!」


 「お話になりませんね。あなたと私では人生における目標や求めるメリットが違う。お断りします。このまま話をしても平行線です」


 狐目の商人は、一瞬その目を大きく見開くと、にこりと笑顔を作った。


 「……そうですか。私はなにかアプローチを間違えたようですね。商人としてあるまじき失態ですね。ホラ、ルナさん、せっかくのお茶に手をつけてもいないじゃないですか。まぁ、せめて、お茶だけでも楽しんでいってくださいよ」


 商人は揉み手をしながら告げると、自分も手をつけていなかったコーヒーをゆっくりと啜る。ルナは自分の前に置かれた紅茶のティーカップを眺めるばかりで、手をつけることはない。


 「しびれ薬……? ああ、頭をぼんやりさせて思考を麻痺させる薬かな? そんなもの入れる人を信用できますか? そんな人の勧める飲み物を飲めますか?」


 ルナは、空間魔術で収納していた茶色い小瓶を取り出すと、紅茶に一滴垂らす。みるみるうちに紅茶が黒く染まった。

 「やっぱり、ウムラを入れたのね」


 対面する商人のにやにや顔から表情が抜けて青くなる。


 王都に来て四年が経って、ルナにも自分の価値がわかってきた。優秀な薬師は、毒にも薬にもなる。悪どい事をする組織にとって、喉から手が出るほど欲しい人材なのだ。引き抜きの話も今回が初めてではない。


 ルナにはサイラスからもらったピアスや魔石がある。それでも、万全を期すため、身を護るための体術をサイラスから教えてもらっている。結婚してから、サイラスがルナにもある程度の魔力があることを教えてくれた。それからは、自分を守ることに使える魔術も使えるように練習している。


 ルナは簡易的な鑑定魔術も使えるようになった。一体いつ入れたのかは不明だが、遅効性の毒が入れられていた。ちなみに、紅茶に入れたのは、検出するための薬品ではなく単になんでも液体を黒く着色するただのインクだ。卑怯な手をつかってくる輩には、ハッタリも時に必要だ。


 「私は冒険者ギルドに薬やポーションを納める仕事に誇りを持っている。対価にも満足している。私に必要な金額は稼げている。薬師として、人を害するものを作ることは絶対にしない。故にあなたと契約することは絶対にない。理解できたかしら? お帰りいただける? そして、その顔を二度と見たくないわ」


 ルナが冷たく告げると、商人の男は醜く歪んだ。


 「はじめからあなたにはイエスしか選択肢はないのですよ。お遊びは終わりです。あなたが足掻こうが連れ去るのみです。仲間だって山ほど連れてきているんだ」


 ルナに商人の男の手が迫ってくる。だが、その男の手がルナを掴むことはなく、腕が空を切る。


 「は?」

 すでにそこに、ルナの姿はない。


 「ハイハーイ。そこまで。もうあの夫婦に敵う奴なんていないって、そろそろ学習してねー。君のご自慢のお仲間はこの人達かな?」

 目の前の席には、冒険者ギルドのギルド長マークの姿があった。マークの手にはコルクで栓をしてある透明な瓶がある。その瓶の中に、虫のような黒い物体が蠢いている。それはよくよく見ると小さな小さな人間で、さらによく見ると自分の商会や、繋がっている組織の人間が一人残らず入っている。


 「は?」

 またしても、細い目を大きく見開いた瞬間、その男は氷漬けになって、言葉を発することも体を動かすこともできなくなった。


 「オイオーイ、サイラス、やりすぎー。せっかく犯人捕まえたのに、凍死しちゃうじゃん。王都警備の手柄奪わないでよ。ハイ、溶かしてコイツも瓶に入れてくれよ」


 「………」

 ぶすくれた顔をしたサイラスは無言で、男を厚く覆った氷を溶かすと、指をひとふりして、マークの手にある瓶の中にその男も追加した。片手にしっかりとルナを抱きながら。


 「………はぁ。よかった。緊張していてもちゃんと転移の魔術、発動した……」

 ルナはサイラスの腕の中でつぶやいた。まだ心臓がバクバクしている。サイラスの胸に頬を寄せると、サイラスの鼓動も心なしか早い気がする。

 

 「ルナ、ルナ、大丈夫? もう寿命が百年くらい縮んだよ。今回は雑魚だったし、自分で対峙してみたいっていうから見守ってたけど、本当にハラハラしたよ。もう、今は一人だけの体じゃないんだから無茶しないでよ」


 「ごめんね……サイラス、私もすっごく怖かった」

 まだ、微かに体が震えている。サイラスにきつく抱きしめられて、サイラスのお日様のような香りをかいで、やっと人心地ついた気持ちになる。


 「でも、これから子どもを生んで育てていくなら、私も強くならなくちゃって思ったの。私も生まれてくる子どももこれからも狙われることはあるかもしれないでしょう? だから、自分の身は自分で守れるようにならなくちゃって」


 「……そうだね。いつだって、ルナを守るのは自分でありたいけど。師匠も言ってたけど、僕だって万能じゃないもんね……うん。ルナ、カッコよかったよ。凛としてて、冷静でまるで戦う女神みたいだったよ」


 「ハイ、ハーイ。いちゃいちゃはお家でしてくださいねー。後始末するギルド職員とか王都警備の士気が下がるからねー。ルナちゃん、ありがとう。ルナちゃんのおかげで組織の残党が一網打尽にできたよ。後日、王都警備で一応聴取はあるから、よろしくね。無事だったみたいだし、サイラスも今日は早退していいから、ホラ帰った帰った」


 サイラスと手を繋いで帰りながら、まだ平らなお腹をなでる。

 「悪阻もないし、まだ妊娠してる実感ないんだけどなー。ちょこっとお腹のあたりがあったかいくらいで」

 「そうだねー。ルナと違う魔力の塊があるのはわかるんだけどね」


 「ルナちゃーん、お仕事終わったのかい? ちょうど、サイラス君の好きなくるみパンが焼きがったから見ていかないかい?」

 飲食を扱う店がある通りで、二人のお気に入りのパン屋のおかみさんから声がかかる。サイラスと顔を見合わせると、香ばしい香りの漂う店に入っていった。

 

 「はー、ルナに似た女の子だったら、心配でおかしくなっちゃいそうだし、僕に似た男の子だったら、嫉妬でおかしくなっちゃいそう!」

 「サイラス君がおかしいのはいつものことだろう」

 「まーそれもそうか」

 パンを選びながら、悩むサイラスにパン屋のおかみさんから的確な突っ込みが入る。


 「そっかぁ。でも、ルナの一番が僕じゃなくなるのはさみしーな」

 「え? みんな一番じゃだめなの? サイラスも子どももみんな一番」

 「さすが、僕のルナは天使な上に賢いね」

 「ふふふ。今日はサイラスの作ったシチューが食べたいな」

 「いいね、パンにも合いそうだ。がんばって作るよ」

 「わーい、楽しみ~」

 「サイラス君はそうやって、ルナちゃんにコロコロコロコロ転がされてれば、大丈夫さ」

 相変わらずなサイラスとルナのやり取りに、パン屋のおかみさんがしたり顔で太鼓判を押す。

 ルナとサイラスから笑いが零れた。


  結婚して、ヤクばあちゃんが亡くなってから、ルナとサイラスはようやく人間関係が広がってきた。自分自身と向き合い、二人の関係性を育んで、自然と他の人が入る隙間ができてきたのだろう。


 よく買い物をするパン屋やよく食べにいく食べ物屋さんの人達。


 マークやマークの妻をはじめとした仕事関係の人達。サイラスの同僚であるギルドの職員やルナの薬師の仲間達。


 二人の周りに人が増えていくにつれ、自然とこの街で、この環境でなら、子どもを育ていけるかもと思えるようになったところで、授かった命。


 きっとこれからもトラブルもありながらも、それを二人で時にまわりの人と協力して蹴散らして、暮らしていくのだろう。


 ルナとサイラスは手をつないで、のんびりと家路についた。

 さぁ、帰ろう二人の家に。

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