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厄と呼ばれた少女が薬ばあちゃんと呼ばれるまで side ヤク

サイラスとルナの師匠であるヤクばあちゃんの人生譚。

ヤクばあちゃんが自分の人生を淡々と語るだけの話。


【キーワード】

ヒューマンドラマ/恋愛要素ゼロ/独白/人間兵器/魔術師/薬師


 これは人ならざる力を持って生まれてしまった少女の数奇なる人生の物語。


 この黒い目を見たらわかるだろう?

 アタシの生まれた国ではね、髪や瞳の色が黒に近ければ近いほど、多くの魔力を持っていた。年を取っても黒々としたこの目は膨大な魔力を身に宿している証拠さ。


 よくある話さ。生まれたのは貧しい村だった。そこにたまたま生まれた黒髪黒目の赤子がどうなるかなんてわかるだろう? 名前を付けられる前に、大金と引き換えに権力者に渡ったのさ。金と引き換えにたらい回しにされて、最終的には王族に囲われた。


 そんな、アタシにその王族はヤクと名前を付けた。

 その国では、厄っていうのは、『わざわい』とか『厄災』っていう意味があった。


 確かに、アタシはまがまがしい、わざわいを呼ぶ人間だったんだろうね。


 アタシの魔力量は計り知れないものだった。恐らく、普通の人間であったならば、その魔力量を身体が受け付けなかっただろう。不幸にもなぜか、アタシの体は普通の人間が持ちえない量の魔力を受け入れることができた。


 人が人ならざる大きな力を手に入れたらどうするかなんて、簡単にわかるだろう?

 そう、殺し合いだよ。


 なぜ人はただただ続いていく平穏で身の丈にあった暮らしを至上のものとしないのだろうね。

 アタシを囲った国の王族も例に漏れず、アタシという人間兵器を使って、他国への侵略を始めた。

 

 言い訳をさせてもらえるなら、アタシには必要な情報や感情を与えられなかった。

 衣食住には困らなかったが、戦闘時以外は魔力を封じる枷を体中につけられていた。

 最低限の文字の読み書きは教えられたが、勉強以外の書物に触れることはできなかった。

 

 周りの人々はアタシを利用するけど、同時にひどく恐れていて、アタシを世話する人は恐々と最低限のことをすると、足早に去っていった。


 ただ言われるがままに、魔術を発動し、それ以外はなにも考えず過ごす。

 本当に人間兵器だよね。


 なに? そんな力を持っていたら、そこから逃げることは簡単なんじゃないかって?

 それは、知識と考える力のある人間の意見さ。


 アタシのしていることがどんなことかもわからず、大きな力を持っているのにそれの使い方を知らない。

 まず、この状況がおかしいということがわからないし、逃げる方法もわからない。


 でもね、どんなに大きな力を持っていてもね、栄華は続かないんだよ。

 その王国は敵を作りすぎた。人間兵器の力を過信し、驕り高ぶった。

 終焉はあっけないものだった。他国の連合軍に平定されたのさ。


 アタシの処遇はどうなったかって?

 そりゃ、処刑一択だろ。


 普通はそうなる所を、連合軍の大将がえらく人道的な人でね。人間兵器にも情けをかけた。

 でも、アタシはそこで 首を刎ねられて、人生を終えていたほうが幸せだったかもしれないね。


 アタシは自分がどんな力を持っているのか、どれだけの人を傷つけ殺したのか、教えられたのさ。

 気が狂いそうだった。

 これからどれだけのことをしたら、自分の罪を償えるっていうんだい?

 

 更なる地獄はそれから始まった。

 人道的だと思っていた大将が、滅ぼされた王国の王族と同じようにアタシを人間兵器に仕立てようとしていることを知ったのさ。

 

 結局、大将も元々、王族と同じ人種だったのか、アタシという人間兵器を目の前にして狂ってしまったのかはわからない。


 それからは必死で、こっそりと魔術書を読み込んで、自分の魔力を自分で扱えるように鍛錬した。

 魔力封じの枷はつけられていたけど、前の王族と違って、アタシを油断させるためか自由があった。書物くらいは自由に読むことができたからね。

 もう二度と、この力を人を殺めることに使いたくない、その一心で。


 自分で自分の生を終わらせたいと何度も思った。

 でも、自分の身体が死後も利用される可能性があることを知って、そのことは諦めた。

 

 魔物を倒すと、魔力を貯めている器官である魔核ーー魔石が取れる。人間でも魔力が多い人間は魔核をその身体に内包している可能性があるということを論文を読んで知ったからさ。

 魔核だけでなく、魔力の多い人間はその髪や瞳ですら、魔力を帯びていて利用価値があるという。


 アタシが下手なところで死んでしまったら、今以上の惨劇が起こってしまう。

 どうにか、生き延びて人里離れたところで静かに暮らすしか、アタシに道は残されていなかった。


 このままここにいたら、人間兵器として利用される日々がまた始まってしまう。

 わかっていても、慣れた環境から飛び出していくのは怖かった。

 それでも、その頃には使いこなせるようになった様々な魔術で、その日が近づいていることを知って、月の出ていない闇夜に、アタシはそこを飛び出したのさ。

 空間魔術が使えたから、食べ物と生活に必要なものと、あと薬草図鑑と薬の調剤とポーション作成の本を携えてね。


 とにかく遠くへ遠くへ、何かに追い立てられるようにひたすら移動した。短い距離でしか試せなかった転移魔術が上手く使いこなせたから、なんとかなったのかもしれない。


 追手がくるかもしれない。誰かに見つかったら、また利用されるかもしれない。

 そんな恐怖と戦いながらも、なんとか生きていかないといけない。


 若い間は旅する薬師を装った。

 魔術の腕を生かして、冒険者になる道もあった。でも、どうせなら命を救いたかったんだろうね。まったく馴染みのない薬師となる道を選んだ。


 はじめはルナと同じく、呆然としたよ。だって、植物ってどれも同じに見えるだろう? 知識も教えてくれる人もいない。あるのは書物だけ。自分を実験台にして、試行錯誤していくしかない。


 時間だけはたっぷりあったからね、なんとか薬師としてやっていけるくらいの腕前になったのさ。


 それから長い年月を経て、やっぱりね魔力量のせいなのか普通の人間より寿命が長いみたいだと気づいてうんざりしていた頃にサイラスに会ったんだ。


 さすがに年を取って、旅する生活にも疲れてきて、とある辺境の村にたどり着いた。その国はあまり魔術のレベルが高くないし、その村では黒や茶色といった髪や瞳の色が主流で、アタシの黒々とした瞳も珍しいものじゃなかった。


 村長に交渉すると、この村にいた薬師が別の街へ移住してしまったらしく、村はずれの小屋に住んでいいという。その対価として、薬を安く卸す約束をしてしまった。


 サイラスは魔の森と緑の森の境で倒れていた。ボロボロな洋服もよく見ると質のいいものだし、本人も薄汚れているけど、端正な顔立ちをしていてまるでお貴族様のようだった。でも、手足には見覚えのある魔力封じの枷。枷に繋がる鎖は引きちぎられた跡がある。


 厄介事の予感しかない。ただ、一目見て分かる膨大な魔力量。それはアタシを越えているかもしれない。見捨てるという選択肢はなかった。


 「え? 魔女? 僕喰われるの? まーそれもいいけどさ。ただ、暴力とか性的なこととかはお断りだよ」

 拾って、身綺麗にして、手当をしてやったというのに、目覚めて第一声がこれだ。

 

 「お前を喰うとか、暴力とか性的なことなんて、こっちからお断りだよ! 助けてもらってお礼も言えないのかい?」


 「だって、僕、あのまま行き倒れて死にたかったし。勝手に助けて恩着せるなよ」


 「バカタレが! アタシやアンタみたいに魔力量が膨大なやつは死んだって利用されるんだよ!」


 サイラスは猫みたいに気まぐれで、怠惰でやる気のない子だった。サイラスは膨大な魔力がある上に、中性的な体つきと綺麗な顔をしていて、瞳は左が紫、右が水色のオッドアイという珍しいものだ。容姿が良い分、アタシより過酷な目にあってきたんだろう。その目はガラス玉のように何も映していなかった。


 それでも、自分が死んでもなお利用される存在だとコンコンと言って聞かせると、自分の身を守るために魔術の修業を始めた。魔術のセンスもあるようで、一回教えればすぐに吸収し、一通りのことを教えると自分で新しい魔術を編みだすことまでできるようになった。


 近隣の街の冒険者ギルドに登録し、しばらくは冒険者として活動して、ある日突然、自分の身の振り方を決めて来た。遠方の冒険者ギルドに職員として就職したらしい。それからも、前触れもなくふらりと遊びに来て、アタシの苦い薬草茶を飲んでは、なにを話すでもなく、ぼーっとしてから帰っていった。

 

 ルナと出会ったのは、奇遇にもサイラスを拾ったのと同じ場所だった。

 暴力などの痕跡がないことにほっとしたのもつかの間、その目には生気がなく、サイラスと同じく死なせてくれという。こんな場所でそんなことを言う子どもをほうっておけないだろう?


 ルナ本人には明かしていないが、ルナにも魔力は人より多くある。でも、攻撃魔術を放つことが性格的に難しいだろうと思い、魔力があることは伏せて、薬師になるよう勧めた。


 ルナは年相応にむくれたりするものの、サイラスと違って勤勉で真面目で、薬師として向いていた。


 計算外だったのは、あのなにものにも執着しなかったサイラスがルナに惚れ込んだことだった。

 本当に、なにに惹かれたのかはわからない。それでも、サイラスが生き生きしていることがうれしい反面、心配もつきなかった。老婆心で、二人にチクチク釘を刺すくらいしかできなかった。


 まぁ、サイラスがルナにどっぷりはまるのもわからなくはない。


 「ヤクばあちゃんて、ヤクって名前がぴったりだよね。だって、ヤクって薬師の薬の字をあてるんでしょう?」

 ルナは苦い薬草茶を飲みながら、にこにこして告げる。

 それがどんなにうれしかったかわかるかい?


 人間兵器だったアタシを薬師として認めてくれる子がいる。

 アタシが殺めた数多の人の数と比べたら、アタシの薬やポーションで救われた人の数なんてしれてるかもしれない。でも、少しは贖罪できているのかね?


 少なくともサイラスとルナの人生は救えていると思いたい。


 そうだよ。

 誰にも言ったことがないけど、アタシもサイラスと同意見だよ。

 なんで、ルナみたいに可愛くてまっすぐな子どもを可愛がらないのかわからないよ。

 親とか村人とか可愛がる権利をせっかく持ってるっていうのに。

 ちょっと外見が違うからって、ルナの本質を見もしないで、人生損してるよ。


 いいんだよ。

 サイラスが存分にルナを可愛がって、溢れるほどの愛を注いでるから。

 ルナもまた、サイラスを深く愛して、二人はお互いの愛に満たされているんだから。


 サイラスやルナをまっすぐに愛でられる人生を送りたかったとも思う。

 でも、後悔はしていないよ。

 だって、あの子達はアタシのおかげで今幸せに自分の足で立って生きているだろう。


 しょうもない人生だったけど、あの二人の師となれたことだけがアタシの人生の誇りだよ。

 願わくば、あの二人の幸せがずっと続きますように……

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