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部下が幼女相手に恋に落ちて、手に負えなくなった俺の話聞く? side サイラスの上司

サイラスの上司マーク視点です。

辺境の不憫な村娘ルナに恋するギルド職員でチート魔術師サイラスの苦労性な上司の胃の痛くなるような日常です。

サイラスが裏側で何を思いなにをしていたかが明かされます。本編のちょっと変わってるけど、チートで優しくて爽やか?なサイラスのイメージを崩したくない方にはおすすめできません。


【キーワード】

王都の冒険者ギルド/ギルド長/苦労性の上司/恋愛命の部下

 どこまでも続く青く澄み渡る空に祝福の声があがる。

 今日、婚姻した揃いの銀髪を煌めかせた麗しいカップルを見つめて、静かに涙を流す男が一人いた。


 「やっと、この日を迎えたか!! 長かった長かった……俺の不毛な日々……サヨナラ胃痛! ルナちゃん、絶対にその危険物(サイラス)の手を放さないでくれよな……」


 ◇◇


 え、俺が誰かって? この話の主人公ではないけど、一応自己紹介しておくね。王都の冒険者ギルドの本部のギルド長を務めるマーク、三十六歳、かわいい嫁と娘がいる既婚者。ずっと平穏だった人生に波風が立つようになったのはいつの頃からか……


 ギルド上層部の汚職の一斉摘発で上役がごそっと抜けて、A級ランクを持っていることと、無難に仕事をこなせて、円滑に人間関係を進められる人畜無害な人って選出だろーなと思わされる、突然の本部ギルド長就任か?


 それとも、部下としてあいつが赴任してきたことだろうか……?


 「初めまして。サイラスです。第三支部からきました。ギルド職員二年目です。冒険者ランクはS級。魔術師。鑑定スキル持ちです。よろしくお願いします」

 はじめは至極まともに見えたんだ。冒険者やギルド職員は厳ついというイメージがあるかもしれないが、魔術師や事務方など力勝負ではない分野もあるので、小柄で細くて色白なのは、そこまで珍しいことではなかった。ただ、中性的な美貌に色恋の揉め事を想像して、少しげんなりした。それを加味しても、圧倒的な魔力量、多彩な魔術の技術、しかも貴重な鑑定スキル持ち!の加入に気分が高揚する。ギルド長として、毎日キリキリしながら仕事を回していた俺は、きっとサイラスのおかげで仕事が楽になるに違いないと期待していた。


 しかし、サイラスはその圧倒的チートな能力に反して、クソほどもやる気のない男だった。

 

 「サイラス、またさぼってるのか?」

 ギルドの事務室のソファーにぐてっと体を預けている様は、銀色の髪と細身の体と相まって、まるで猫のようだ。冒険者達の目に付く、受付のゾーンではないのが救いだが、ギルド職員としてあるまじき姿だ。


 「あーギルド長。お疲れさまでーす。僕、本日の業務終わりましたんで。倉庫に溜まってた未鑑定の素材、全部鑑定して、鑑定結果の紙つけて、分類整理しましたよー。終わったのに、帰っちゃだめっていわれたから、ここで時間つぶしてるんですけど」


 「え? あの量を? もう終わったのか?」


「へへへ。広域鑑定っていう魔術編み出したんです。あと、自動書記を付帯して。一撃ですよ。分類、整理は生成した土人形にやらせました。人間がやるとケアレスミスとか起こるけど、魔術で自動でやればそういうのもないし、便利ですよねぇ」


 ここまでくると、魔術を作りだす圧倒的センスやそれだけの魔術を発動する魔力量に驚けばいいのか、それだけの能力を早く仕事を終わらせたい一心で使うことに憤ればいいのかわからない。


 サイラスは割り振られた業務だけを忠実にこなし、決してそれ以上の事をすることはなかった。ただ業務時間内に、業務をこなし、余った時間はひたすらぼーっとして、定時が来るとさっさと帰る。


 恵まれた才能を積極的に生かそうとせず、若干十六歳にして、死んだ魚のような目をしていて、無気力なサイラスに苛立つこともあった。だが、共闘しているときに、いつも掛けている色付き眼鏡が外れて、左が紫、右が空色の綺麗なオッドアイの中に、人生の闇を覗き込んだ者の持つ虚無感を見てから、そのままのサイラスを受け入れようと心に決めた。


 サイラスは業務へのやる気もないが、人間関係を円満にしようという気もなかった。


 「サイラスさんの着任祝いに今日はパーっと行きましょうか!」

 「いいですねぇ。ぜひ僕抜きで行ってきてください。僕、成人してますけどお酒もお酒を飲んで絡んでくる人も大嫌いなんで」

 サイラスの着任初日にギルド一のお調子者が肩を組んで声をかけると、サイラスはうんうん頷きながら、場を凍らせた。


 「あと、僕、結構潔癖症なんで、体に触れないでくださいね」

 そいつが組んだ手を肩から払いのけると、手袋をした手で肩をぱっぱと払い、洗浄の魔術をかけた。


 「今日は挨拶だけで、仕事はないって聞いてますんで、帰りますね。お疲れさま」

 小柄で細身、華奢な体つきに銀色のふわふわな髪、色付き眼鏡のおかげで瞳の色はわからないが、レンズ越しにもわかる涼し気な切れ長の目、鼻筋や顔の輪郭もシャープで、全体的にやわらかい猫のような風貌の彼から、放たれる爆弾発言の数々。


 しーんと静まり返ったギルド内で、皆思うことは同じだった。


―――コイツ、触るな危険(アンタッチャブル)案件だ


 ほどよく距離を置いて同僚としてつきあっていけばよい他のギルド職員と違って、俺は曲がりなりにもギルド長であり、あいつの上司なので、叱咤激励して、なんとか仕事をさせなければならなかった。


 人に無関心なのは徹底していて、心配していた色事の揉め事は一切なかった。ギルド一の美人の受付嬢が冒険者に絡まれていても素通りするし、サイラスの美貌に一部のギルド職員や女冒険者が浮足立ち、囲まれてボディタッチされるようになると、常に防御の魔術を張り巡らせ、自分に触れられないようにした。しかも、サイラスに害意や好意を持って触ろうとすると、ビリッと電撃が走るオプション付きだ。ボディタッチで篭絡することはできないし、話しかけても無視されるし、色付きの眼鏡越しでも感じられるくらいの冷めた目で見られるので、肉食系の多いギルド職員や女冒険者達もサイラスの攻略はあきらめた。


 そんなサイラスに異変があったのは、サイラスが着任した翌年のことだった。俺も、やっとサイラスの扱いのコツがつかめてきていたところだった。


 ギルド長の執務室に戻ると、応接用の低いテーブルにものうげに頬杖をつくサイラスがいた。執務室にサイラスがいるのは、その日に課せられた業務が終わったとはいえ、人目につく場所でぐてーっとだらけられると他の職員の士気が下がるためだ。かといって、業務時間内に仕事を割り振り続けると、速攻で仕事を終わらせてしまうので、他の人の仕事がなくなってしまうし、サイラスが抜けたときに困ったことになる。故に、業務後のだらっとした時間をここで過ごさせるスタイルに落ち着いたのだ。ただ今日はいつものような、まったりとくつろいでいる様子とは違っていた。


 「はーマーク、俺どうしちゃったんだろ……ルナのことが頭から離れないんだ……動悸もするし、俺、なんかの病気なの?」

 ものうげな顔で、コテンっと顔を傾けるとノン気な俺でもくらっとくる色気がある。ちなみに着任して一ヶ月後にギルド長の執務室での休憩を許可してから、ギルド長ではなくマークと勝手に呼ぶようになった。ギルド長の威厳どこいった?


 「えーと、ルナとは? えー人間? 犬? それとも猫?」


 「ルナの名前を呼ぶな! ルナは人間のかわいい七歳の女の子だよ」


 「人間!!! 女の子!!! かわいい? 名前を呼んではいけないなら、どう呼べば?」


 「えーと、天使ちゃんか妖精ちゃんって呼ぶといいよ。サラサラの銀色の髪で、紫の瞳がキラキラしてるんだよ。あんな可愛い生き物はじめて見た。今は妖精だけど、将来はきっと女神みたいになるんだよ!」


 「えっ、もしかして一目惚れ? しかも七歳って、え、お前今十七歳だよな? まさかの幼女趣味……?!」


 「ルナって、家族や幼馴染に無視されたり、意地悪されてるんだって。あんな天使みたいなかわいい子にそんなことするなんて信じられないよね! 大切にできないなら僕にくれたらいいのに……。いっそのこと攫ってきちゃおうかな……?」


 「誘拐はやめてね? なんかするときは俺に一言相談してね?」


ーー緊急事態発生(エマージェンシー)緊急事態発生(エマージェンシー)

 頭の中でパトランプが輝く。


 「ねー七歳の女の子って何をもらったら嬉しいかな?」


 「えー……あー……、髪飾りとかブローチとか?」

 まだ、混乱する俺は、同じ年頃の娘を思い浮かべてなんとか返事を返す。


 「じゃー今から買いに行こっと。明日もルナに会いに行ってくるね!」

 サイラスはご機嫌で執務室を去っていった。


 俺の執務室では、色付き眼鏡を外しているのでよく見えるいつもの死んでいるオッドアイが、キラキラ輝いている様に本気を感じて恐れおののいた。女どころか人にまったく、興味関心がないサイラスがルナとやらと会ったあとに、思い返して頬を赤らめている。相手が同じくらいの年頃なら、はじめての恋を祝福できるけど、相手は……相手は……、まだ子どもじゃないか……!!! 俺は、新たなる問題の出現に頭を抱えた。なんでコイツはいつも想像の斜め上を行くんだ!!!!


 ……うん、恋に落ちたのではなくて、恋に恋してるんだきっと! いや、恋なんかじゃない。恋なんかじゃない。かわいいかわいいって、犬や猫に感じる母性とか庇護欲なんだよ! きっと! いつか目が覚めるはず。覚めるよな……? 覚めてくれ……!


 しかし、俺のそんな願いは虚しく、サイラスはどんどんルナにのめり込んでいって、そのチートな能力をルナに関することに全振りするようになった。


 今までも、ヤクさんという薬師の高品質ポーションを受け取るために、月に一回くらいルナの暮らす東の辺境の村へと足を運んでいた。ヤクさんは、サイラスの魔術の師匠で、たまたまサイラスが持っていたポーションを任務中に俺がもらって、その品質に驚き、それ以来、定期的に本部にも納品してもらっている。サイラスは転移魔術と空間収納魔術が使えるので、そういった意味でもポーション受取りは適任だったのだ。


 それが、ルナと出会って、月一回からぐんぐん回数を増やして、週に一回になるのはあっという間だった。そんな頻度で納品できないよ!とヤクさんからも苦情が入り、月一回までと決めると、東の辺境の出張の仕事を積極的にこなすようになった。東の辺境付近の支部からの特殊スキル、魔術を使える人の派遣依頼とか、なかなか引き受け手がいなくて消化されない難易度の高い依頼の消化願いとか。そうして、堂々と辺境の村に週に一回は行くようになった。


 どうやら、東の辺境付近の支部でも、本部に着任したときのように女性陣がざわめき、サイラスフィーバーが起きたようだが、はじめから対策をしていったためブリザードキャットと呼ばれているらしい……


 王都でも、業務が終わるといそいそと街に探索に行き、お土産の菓子の候補を探したり、お土産の菓子を買うのに長蛇の列に並んだりしているようだ。


 あの生気がなく世の中全てが視界に入っていなかったサイラスが生き生きとしていて、年相応の生きざまに戻ったことは喜ばしい。ただし、相手が幼女でなければ。

 頼むから、揉め事は起こしてくれるなよ! 俺には祈ることしかできなかった。


 そんな俺の願いも虚しく揉め事は起こる。


 あー今日もよく働いたと充足感に包まれて、自宅のベッドで、心地よい眠気にうとうととしていた時のことだ。側頭部をコツコツコツコツ、鋭いなにかでノックされた気がした。気のせいかと思い、寝返りをうって、またまどろみに戻ろうとするも、コツコツコツコツは止まらない。


 え、なになになに。暗闇でコツコツの正体を見てみると、紙飛行機……??


 もうこの頃には時間を問わず起こる怪奇現象の原因はアイツだとピンとくるようになっていた。今度はなんだ。真夜中だぞ。俺の脳が起動するまでに、紙飛行機と思われる物体は、俺の体をコツコツコツコツ突いてくる。

 

 え、これをどうしろと?


 『メッセージ。開いて』

 頭の中に直接サイラスの声が響く。難度の高い、相手の脳に直接話しかける念話の魔術を使ったのだろう。また、魔力と技術のを無駄遣いして……


 “マーク、ちょっと顔かしてくれ。転移魔術込めた魔石送るから、魔力込めてすぐ来て”


 コツコツしてくる紙飛行機を開くと、また説明が不足しすぎてるメッセージ。読み終わるタイミングでぽんっと紙飛行機が消えて、代わりに黒色の魔石がコロンと転がる。


 ……だから、今、夜中で、眠るところなんですけど? こちとら寝巻なんですけど?

 ……わかってるよ、行きますよ行きますよ。


 隣で眠る妻を起こさないようにそっと、ベッドを出ると、メモを残し身支度を整え、転移の術を施された魔石を握った。


「もう我慢できないよ!! なんでダメなんだよ!!!」

「何回言ってもダメなもんはダメだよ。あんたは一回、頭冷やしな」

 着いたらそこは、修羅場でした。


 ヤクさんの家で、ヤクさんとサイラスが対峙していて、魔力量の多い二人がバチバチしていて、居るだけで息苦しい空間だった。サイラスは珍しく感情をむき出しにして、泣き叫んでいた。うん、わけわからん。辺境の村も時間軸いっしょだよね? 今は良い子は眠る真夜中なはずだよね?


 とりあえずサイラスの頭上に水魔術で水球を出すと、はじけさせて水を浴びせる。

「真夜中に人の事呼び出してんだから、座っていきさつ説明してくれる?」

 サイラスはふてくされた顔をして、一瞬で風魔術で自身を乾かすと、しぶしぶといった感じで椅子にかける。ヤクさんがお茶を淹れて、簡単に説明してくれた。


 ルナという子は、ヤクさんのご近所に住んでいて時々遊びに来る子なのかと思っていたのだが、どうやらもっと深い事情があるようだ。辺境で珍しい色彩ゆえに、村人や家族に疎んじられ、幼馴染にいじめられているらしい。成人となる十五歳に村を出て行っても、自立できるよう薬師の技術を叩き込んでいるところらしい。たまたまポーションの納品時に会って以来、目を離すと、際限なく甘やかすサイラスに、会いに来るのは週に一回二時間とか、形に残るものはあげるなとか苦言を呈して、それを守らせるのに苦心していたようだ。


 ヤクさんやルナから境遇や今後の展望を聞いてはいたものの、聞くだけと実際に見るのとは違う。今週の面会は消化してしまったため、一目見るだけと、夕方に猫の姿に擬態して、やってきたらしい。そこで、幼馴染のダレンに髪を掴まれ、暴言を吐かれているルナを見てしまった。幸いなことに、ダレンはすぐに去っていったようだが、サイラスの怒りは収まらない。ルナの前に姿を現したり、ダレンに手を出すことはなんとか我慢したが、ヤクさんの所に乗り込んで、『村を焼き払って、ルナを連れて行く』と宣ったらしい。


 「サイラス、私達は万能じゃない」

 ぶすくれて口を噤むサイラスに代わって、事の顛末を話し終えたヤクさんの言葉が静かに響く。

 「神じゃないんだよ。どれだけ魔力量が多くても、どれだけ魔術を操れても。他人を救う事なんてできないんだ。辺境の小さな娘一人助けることなんてできないんだ」


 「でも……」

 「でも、なんだい? この村を焼き払って、ルナを連れ出すことはできるだろう。それで、この村がなくなり魔の森との均衡が崩れて、魔獣があふれてやがてこの国が滅びてもいいとでも? 自分たちはよその国に逃れますからって? それで、ルナはそれだけの犠牲を払って自分が助かったと知って幸せになれるのかい? よその国で目立つ容姿のあんた達二人で、なんのトラブルもなくやっていけるのかい?仕事はどうするんだい?


 もしくは、ルナが死んだように偽装することもできるだろう。それで、王都に行って、ルナはルナじゃない人として生きるのかい? 偽装がいつかばれるのではないかと怯えながら? あんたを誘拐犯にして? あんたに囲われてあんたに養われて、それってこの村にいるのとどう違うんだい? 暴力や暴言にさらされないかもしれないけど、それって自分の人生を歩んでいるって言えるのかい? あんたが死んだとき、ルナはどうやって生きていくんだい?」

 言い募るヤクさんの正論に、言葉を返すこともできずに、サイラスは俯き拳を強く握りしめていた。強く握りしめすぎて、そこから血が滲んでいる。


 「なんで……なんで……僕はこんな無力なんだ……」

 ぽろぽろと涙をこぼすサイラスに、無情にもヤクさんはさらに畳みかける。


 「あの子は全てを理解して、状況を受け入れて、今の自分にできることをしているんだ。自分の足でしっかり立ってるんだ。自分の未来に向かって。私やあんたにできることなんて、ほんのパン屑ぐらいのもんさ。


 苦しんでいる人を見守る方がつらいこともあるんだよ。苦境を見ているだけという状況ほど辛いことはない。そこからさっさと救い出してあげた方が、こっちも楽だよ。でも、長い目で見るんだ。どうしたらルナが幸せか。私たちにできることは、苦しんでいるルナの傍にいることしかできないんだよ。それをゆめゆめ忘れるな」

 結局最後まで、サイラスは言葉を発することはなかった。


 「あんたがルナを大事に思っているように、ルナもあんたを大事に思ってる。誘拐犯や殺人犯にさせたくないんだ。そのことを忘れないように。でも、あの子にとってあんたとお茶をする時間はきっととても大事な時間で、癒される時間なんだよ。まーパン屑にもちゃんと存在意義はあるんだからさ」

 別れ際のヤクさんの言葉にはしっかりと頷いていた。ところで、俺って空気だったけど、なんのために呼ばれたの? サイラスの回収係?

 お土産にヤクさんは胃薬くれたけど、なにこれフラグ?

 実際に、それからはその効能の高い胃薬が手放せなくなるんだけどな。


 サイラスは、しばらくは沈んでいたけれど、徐々に普段の調子に戻っていった。相変わらず週一回のルナとのお茶の時間は死守するし、お土産選びに余念がない。変わっていないように見えて少しだけサイラスは変わった。困っている人がいたら手を貸したり、仕事をできるだけ普通の手順でしたり。相変わらず色付き眼鏡と分厚い手袋は手放せないみたいだけど。


 たまに『焼きてぇ……』『殺してぇ……』って独り言が聞こえるけど、それ魚のことだよね?


 それから数年が経った。人に壁はつくるものの、着任時の尖った感じからだいぶ丸くなったサイラスに、周りの人はやっと思春期の難しい時を抜けたのかと思っていた。実際は、幼女に恋したのをきっかけにアレコレあって、少しだけ精神的に成長しただけなんだけどな!!


 そんなある日、ギルド長の執務室に帰り、執務用の机の椅子を引いた時のことだ。

 椅子が収まっていた空間に、サイラスが背を丸めて座り込んでいる。どうしようどうしようと頭を抱えるサイラスにこっちが頭を抱えたくなる。


 今 度 は な ん だ?


 「毎回毎回、変なところから登場するなよ。今度はどうした?」

 なんとか執務用の机の下から、ぐにゃぐにゃになったサイラスを引きずり出して、応接用のソファーに座らせる。


 「マークどうしよう。僕ルナのこと好きみたい。あっ好きって犬猫を好きっていうあれじゃなくて、女の子として好きってことで、恋とか愛とか的なことで、将来は結婚して、おじいちゃんとおばあちゃんになるまで添い遂げて、死んでも一緒にいたいし、むしろ死んでも一緒で、生まれ変わってもまた一緒にいたくて、とにかくずっと一緒にいるってかんじの好きなんだけど」


 え、 今 さ ら ?


 そして重い。恋を自覚してないのも驚きだけど、その思いの重さにドン引きする。ヤクさんはそんな話しないだろうし、俺も恋愛というものに疎そうなサイラスにあえて、そういった話をふらないようにしていた。サイラスは二十歳になってようやく、自分の恋愛感情を自覚したようだ。激重だけど。


 「ねー二十歳と十歳って、だめなの? この前読んだ小説に幼女趣味とかロリコンって書いてあったんだけど! 僕がルナを好きなのってダメなの? おかしいの?」


 「まぁ、十七歳の時に、七歳の少女が好きって言った時は、やばいなって思ったけど……」

 二十歳と十歳か……うーん、絵面的にまだちょっとアレなかんじはある。

 二十五歳と十五歳……まだ、ギリギリアウト?

 三十歳と二十歳、これなら大丈夫なかんじだなぁ。


 「なんでなんで、確かにルナが七歳の時から好きだけど、だめなの? ルナと同い年だったら、ルナが七歳の時に好きでもおかしくないんでしょ?」


 「まーそうだな。同い年なら、小さい頃から好きってむしろ純愛っぽいな……年が開いてると、小さい頃から好きってなんか変態っぽいんだよな……」


 「僕ほど純粋にルナを好きな奴なんていないのに! ねぇ、マークどうすればいい? 僕の体を十年若返らせればいいかな? それとも、十年後のルナの所に今の僕が行けばいい? あれ、そうすると今のルナが一人ぽっちになっちゃう? ねぇ、僕どうすればいいの? どうすればルナと同い年になれるの?」


 ついには、禁断の時魔術にまで手を出そうとしているのを見て焦って、年を経ればおかしくなくなるから、それまで、清い関係でいれば大丈夫だとなんとか説得して、事なきを得た。


 本人が自覚した愛はそれからドンドン重くなっていった。


 ルナの十二歳の誕生日前のことだ。


 「あ、依頼入ってた南の孤島の古竜倒しに行ってくるわ」

 なんかちょっとそこまで魚釣りに行ってくるわ、くらいのノリで、止める間もなくふらっと出かけ、サクッと古竜を倒して帰ってきた。


 えーと、その古竜、S級冒険者がパーティーで綿密な作戦立てて、長期戦で相打ち覚悟で挑む相手だからね。その底知れない力をもっと世界の役に立ててくれないかなぁ。くれないよね。


 「ルナの誕生日に紫の魔石プレゼントしたかったんだよね。魔術の付与たくさんできる大きい石。古竜の魔核になってる魔石って幸運の加護ついてるでしょ。周囲の人間に怪しまれるから、防御はつけられないんだよねー。えーと、認識阻害に感情察知に音情報通信、位置情報感知……。認識阻害はこの石を察知されないよう指定っと」


 もう、何も言えない。形に残るものはダメだという制約を潜り抜けるために、魔石に周りの人から認識されないよう認識阻害をかける手の込みよう。ヤクさんの許可は降りるのか?

 そんな俺の心配をよそに、無事、ルナの手に魔石が渡ったらしい。この魔石のすごさを知ったら、倒れるんじゃないか?


 「んー家って先に準備しておいた方がいいのかな? やっぱり一緒に探すところからはじめたほうがいいかな? ルナの好みもあるしなぁ」

 それからサイラスは、王都で二人で住む家を熱心に探しはじめた。時々、首から下げた古竜の逆鱗を撫でながら。古竜の逆鱗がどうやら、ルナにあげた紫の魔石と対になっていて、ルナの感情や周りの音や位置を知る受信機になっているらしい。いちおう常時受信しているわけではなく、ルナの強い感情を感知するときだけ、受信するようになっているらしいが。これはセーフなのか?っていうか、まだ恋人同士じゃないよな? まだ相手十二歳だしなぁ。なんかもう、結婚した俺の嫁!みたいになってるけど、ルナとそのあたり、すり合わせてるんだろうな?

 

 色々と気になることはあるものの、ご機嫌なサイラスに水を差さなくてもよいかと放置して一年後、東の辺境のギルドから緊急召集があり、俺とサイラスも出動した。

 ワイバーンの大群が確認され、魔の森を出ないうちに駆除せよとのことだった。魔物は瘴気を好むので、あまり魔の森を出ないが、翼を持つ魔物は移動が一瞬なので、油断できない。


 たまたま、ルナとお茶をする日だったようで、突然の召集に不機嫌顔で現れた。瘴気避けの重装備を確認していると、上下のつなぎの戦闘服に色付きゴーグルという軽装で現れた。

「おま、瘴気あるところにいくのに正気か?早く瘴気避けの装備に着替えろよ!」

「え、僕、いつも魔の森でもどこでもこの恰好だけど? 僕の周りに瘴気避けの防御壁つくって、空気も空間魔術と風魔術で供給されるようになってるし。大丈夫だよ、戦闘に必要な魔力はそれを常時発動してても全然残ってるよ。あーあ、ルナとの憩いの時間を邪魔したんだから、さくっと全滅させるかぁ」

 その言葉に嘘はなく、薄暗い魔の森を縦横無尽に駆け巡り、次々とワイバーンを倒していく。


 「人と一緒だと、やりにくいんだよね。他の人の位置に気を付けて攻撃しないといけないし、守ってやんないといけないし」

 緊急召集で、俺とサイラスと辺境にたまたまいたA級ランクの冒険者三人と対応していたので、さすがのサイラスも少し手こずっていた。あーあー足ひっぱっちゃってすまんなぁ。


 と、なんとなく緊迫感のないまま、粛々と討伐していたのだが、突然サイラスが立ち止まると、俺と一緒に来ていた冒険者を四人をまとめて防護壁で覆う。次の瞬間、残りのワイバーンの首が全て吹き飛んだ。そして、全てのワイバーンの死骸が消える。


 「ルナがピンチだから行くわ。ワイバーンの死骸は生体反応ないの確認済みで、本部のギルドの倉庫に転移させたから。マーク、帰るくらいは自力でできるよな? じゃ、俺行くから」

 俺と冒険者が目を瞬いてる間に、サイラスは消えた。


 後から聞いたところによると、ルナが幼馴染のダレンにキスされそうになるという緊急事態が発生したらしい。えっとワイバーンの討伐のが状況として重くない? え、扱い軽すぎん?

 そして、ルナのピンチに駆けつけたどさくさで、告白されて思いが通じ合ったらしい。その浮かれようは凄まじかった。


 「あールナってなんであんな可愛くて綺麗で天使みたいなのに、妖精みたいなんだろ。つきあうってことは、もうほとんど結婚してるのと同じだよね? だって成人して王都に来たら、一緒にいたいって、それって結婚するってことだよね? 朝起きたらルナがいる生活ってすごくない? おはようからおやすみまで、隣にルナがいて、おやすみからおはようまで隣で眠って! なにそれ天国なの? やばくない僕一回死んでるのかな? でも、死んじゃうとルナと一緒にいれない……」

 これまでも独り言は気持ち悪かったけど、のべつまくなしに惚気なのか呪詛なのかわからないものをまき散らすようになった。せっかく上がっていた周りの評価も下がり、『脳内幼妻のいるヤベー奴』と再び、遠巻きにされるようになった。


 そんなサイラスを見て、十七歳の頃にはじめてルナと出会った頃のように、俺には危機感が募った。

 ヤクさんに連絡を取り、サイラスを西の辺境へ出張させると、密かに東の辺境の村へと向かった。サイラスの執着のもとであるルナの所へ。


 ルナはどうやら不憫な境遇にあるようだ。話に聞く限りでも同情に値する。しかし、サイラスとつきあうというなら話は別だ。サイラスは今や王都の本部ギルドでなくてはならない人材であるし、はじめて会った十六歳ですでに生気のない目をした少年をなにくれとなく世話するうちに、保護者になったような気もしているのだ。

 可愛さや庇護欲だけで、取り入って寄生しようとするならば、容赦はしない。そんな姑根性で、鼻息荒く、乗り込んだのだが、対面してすぐにその心はぽっきり折られる。

 

 あまり威厳がないし、周りから侮られてばかりいるけれども腐っても王都のギルド本部のギルド長だ。いつもは下ろしている前髪をきっちり後ろへなでつけて、ギルド職員の正装で挑む。

 百戦の猛者でも怯む眼光で目の前の少女をねめつける。

 細身の体に、紫の大きな目を瞬かせて、両手の拳をぎゅっと握りしめて、少し震えながらも目を逸らそうとはしない。そのまっすぐな目線には受けて立つという気概が感じられた。

 

 本当に十三歳なんだろうか? うちの娘と変わらない年頃だけど、まとう雰囲気は全然違う。


 そして、妙に納得してしまう。儚い容姿に、瞳に宿る強い意志。

 庇護欲と、そして一部の男の加虐心をそそるのだろう。


 「はじめまして、ルナです。今日の訪問の用件はサイラスとの交際のことでしょうか?」


 「王都の本部の冒険者ギルドのギルド長をしているマークだ。サイラスの上司でもある。君がサイラスとつきあうことになったのは、聞いている。サイラスは有能でね、ギルドでも大切な人材なんだ。今日は、君がどういうつもりで、サイラスと交際しているのかを聞きにきたんだ。ざっくばらんに話してほしい」


 「つきあうといっても、私は成人までこの村を離れられないので、気持ちが通じ合った以外は、これまでと変わらないと思います。サイラスがヤクばあちゃんの家に来た時にお茶をする、それだけの間柄です。サイラスには、成人まで王都に行けないことも伝えてありますし、気が変わったら、いつでも別れるということも伝えてあります」


 もうこの序盤の時点で、大人の威圧感バリバリでいったことを後悔していた。儚い姿からは想像できないくらいしっかりしているし、会ったばかりなのに誠実さと健気さに、もういいよって言ってあげたくなる。


「で、王都にきたらどうするの? 結婚するの? サイラスのとこに転がり込んで養ってもらうのかな?」


 それでも、これだけは上司として保護者として確認しておかねばならないと心を鬼にする。


 「王都に行ったときに、サイラスの気持ちが変わっていなかったら、そのままおつきあいしたいと思っています。結婚についてはわかりません。


 住むところは探すのを手伝ってもらったりするかもしれませんが、初期費用は今コツコツとヤクばあちゃん経由で辺境の冒険者ギルドに納品している薬代で賄う予定です。サイラスの家に住むつもりはありません。


 冒険者登録をして薬師として、身を立てる予定です。薬草を使った調剤はヤクばあちゃんにお墨付きをもらっていますし、今ポーション作りも教わっているので、なんとか食べていく分は稼げるのではと思っています。もし、薬が売れなくても、冒険者の最初のランクは私にもできる雑用もあると聞いているので、自分のことは自分で養っていくつもりです」


 「私はただ、サイラスと一緒にいたいだけなんです。いえ、会えるだけで十分なんです。許していただけるでしょうか? サイラスの気が変わったり、お仕事の邪魔になるようでしたらすぐ別れます。王都から出ていきます。つきまとったりしません」


 「だから、サイラスとつきあうのを許してください」


 目の前の少女が、畳みかけるように話すのをただただ聞くことしかできなかった。言いたいことを言い切ると、少女の目からぽろりと大粒の涙が一粒零れる。それをぐいっと手で乱暴にぬぐうと、口を一文字に結んだ。その目にもう涙はなかった。


 もう、おじさん泣いちゃいそうなんだけど。なんなのこの健気な少女。いやヤクさんをはじめとした、俺とか周りにいる大人がこの少女を追い込んでるんだよな。


 「ルナ!!!」

 周りの空気が魔術の気配にぶわりと揺れると、目の前の少女を抱き込むようにしてサイラスが現れた。あれ、今日は西の辺境の任務与えてなかったっけ?


 「マーク、なにしにきたの? ことと次第によってはただじゃおかないよ?」

 やばいやばい。久々に見る瞳孔の開ききったオッドアイ。最近、ルナちゃんとの交際でふぬけていたけど、本来のサイラスはヤバい奴だった。


 「ルナ、このおっさんにいじめられたの? 大丈夫。コイツなんて偉そうにしてるけど、ほんとにそのへんの虫くらい大したことないからね。気にしちゃだめだよ。泣いたの? ルナを泣かせたの? あのおっさん」

 ルナちゃんは、サイラスの腕の中で、ほっとした表情をして、静かに涙をこぼしながら、首を横に振る。


 「サイラスをよろしくって……それだけ……サイラスに会えてうれしくて……泣けてきちゃって……お仕事大丈夫?」

 「仕事は秒で終わらせたから、大丈夫。僕に会いたかったの、かーわい。ほんとにあのおっさん、余計なこと言ってない?」

 泣きながらも全方位に気を遣うその健気さに、こっちまで胸が苦しくなる。この子は、サイラスの愛にどっぷりと浸されていても、きっと自分を失わないんだろうな。だからこそ、余計にサイラスは溺れていくんだろう。


 はぁ。これはとんだお節介だった。部屋の片隅で、はじめから黙って成り行きを見守っていたヤクさんの表情は涼やかだ。ルナちゃんが王都へ来たときの一番はじめの砦が俺だ。どれだけヤクさんやサイラスが言葉を重ねても、ルナちゃんのことを穿ってみてしまうだろう。そのことがわかっていて、無駄足になるとわかっていて、俺を納得させるためだけにこの機会をもうけてくれたんだな。

 ヤクさんに頷いて、帰途につくことを知らせると、それに気づいたルナちゃんがサイラスの腕から抜け出して、俺にとことこと近づいてきた。


「ギルド長さん、サイラスとの交際は認めてもらえますか?」


 ハイ、俺、終了のお知らせぇぇぇぇぇぇ―――


 サイラスと俺を気遣って至近距離で小声で尋ねてくれたけど、サイラスがルナちゃんの発言を一言だって聞き漏らすわけがない。ルナちゃんが宥めたことで閉じていた瞳孔が全開になってるぅぅぅぅ―――


 『死ね』

 俺の脳内に直接サイラスの声が響く。念話なんてまた高度な事をさらっと。ルナちゃんにこの物騒な発言を聞かれたくない一心で高度な術を使ったのね。


 「うんうん、もちろんだよ。王都で待ってるよ」

 「これからもよろしくお願いします。もし、私がお仕事の邪魔になったり、サイラスに好きな人ができても言い出せないときとか教えてください。それでは、お気をつけて」


 『もだえ苦しんで死ね。ルナに何言ったか、王都に戻ったら一言一句違わず教えろ』

 もう、おじさん涙目。

 “ゴ・メ・ン”

 念話なんて高度な術使えないから、必死で口パクする。

 

 「サイラス、今日はお仕事終わり? お茶する時間ある?」

 不穏な空気を知ってか知らずか、ルナちゃんが無邪気に尋ねると、とたんに部屋に満ちた重苦しい空気が霧散する。


 「うん、お茶しようか。急いで来たから、今日はおみやげがなくてごめんね」

 「サイラスとお茶できるだけでうれしいからいいの。今日、パンを焼いたから食べる? くるみの入った甘くないやつだから、サイラスも食べられると思うの」

 「ルナの手作りかぁ。楽しみ」

 わーお前、潔癖症じゃなかったっけ? 俺といる時ですら外さない手袋はしていない、ベタベタベタベタ、ルナちゃんに触れている。俺に鋭い一瞥を投げつけると、ルナちゃんの腰を抱いて、部屋から出て行った。


 あの後、ルナちゃんから『サイラスをそれだけ真剣に思ってくれる人がいてうれしい』なんて言葉をもらって、俺は首の皮一枚で命が助かったらしい。あと、俺とルナちゃんの会話をヤクさんが記録していたみたいで、サイラスはそれを見てルナちゃんの凛々しさと健気さに号泣し、惚れ直したらしい。


 「もうさ、十分、ルナは辛い目に遭ってるんだ。二度と、あんな状況に追い込まないでほしい。せめて、ルナに会う時は、俺も立ち会わせて」

 普通のテンションで、サイラスに告げられて、返す言葉もなかった。でも、反省はしているけど、後悔はない。サイラスが好きになって、溺れるように愛する相手がルナちゃんみたいな人だと確認できてよかった。


 無事に成人を迎えて、多少のゴタゴタはあったものの無事にルナちゃんは王都に来ることができた。なんだかんだ言って、すぐに結婚するんだろうなという俺の予想に反して、ルナちゃんはサイラスにかたくなに線引きした。


 しばらくは、サイラスに押し切られてサイラスの家で暮らしていたけど、自分で治安がよくて、冒険者ギルドから近い集合住宅を、借りて一人で暮らし始めた。冒険者ギルドで冒険者登録をすると、コツコツ調合をはじめ、薬やポーションを納めはじめた。うん、有言実行はすばらしい! でも、もういいんだよって何度言いたくなったか……おじさん、前言撤回したいよ……


 ルナちゃんが一人暮らしをはじめて、ちゃんと仕事がしたいからと締め出され、四六時中傍に居られなくなったサイラスがまた目を血走らせて、今度はピアスを作り始めた。

 「魔力の塊を作って、そこに魔術を刻むんだ、そうすると核となる魔石が小さくても力が弱くても、どれだけでも魔術を付与できるんだ……ふふふ……認識阻害……今度はルナを他の人間の印象に残らないようにして、防御と感情共有と映像共有と位置情報と……音声通話もできるようにして……」

 愛を越えて怨念のこもった、銀の金具の紫と空色の魔石がついたピアスをルナちゃんと自分の両耳につけてやっと、安心したようで、いつものサイラスに戻った。


 そして、王都ギルド本部に冒険者登録に現れたルナちゃんに、激震が走った。儚い妖精みたいなルナちゃんを抱え込むようにべったりとくっついているサイラス。サイラスはルナちゃんにデレデレしつつも、周りの見惚れている男たちを牽制するのを忘れない。


 「すみません、冒険者登録お願いします」


 ――脳内幼妻、実在したんだ――!!!!!


 一瞬ギルド内が静まった。心で思うことはみんな一緒だ。その気持ちよくわかる。


 その後も、毎日、時間の許す限りルナちゃんにまとわりつくサイラスにルナちゃんも幸せそうな笑顔をふりまきつつ、毎日あいさつのようにされるプロポーズに『うん』ということはなかった。意地悪とかじらしているわけではなく、サイラスの横に立つのにふさわしいくらい仕事や自分に自信がつくまで待ってほしいという理由だった。なにそれ、また泣かせにきてる?


 ルナちゃんは、虐げられるか、ヤクさんに薬師として鍛えられるか、人生の大半を厳しい状況で過ごしていたので、休憩や遊びの時間をとるのに罪悪感があるようだった。そんな、ルナちゃんをサイラスは買い物やピクニックに連れ出して、隙あらば甘やかしていた。


 あらゆる事態を想定した万能ピアスをしていても、避けきれない不快な出来事はある。


 最近入ってきた受付係は貴族令嬢で、まだまだ膿が出し切れていない冒険者ギルドの悪習の縁故採用だ。ドレスか?と思うような華美な服装で出勤し、見目のいいギルド職員や冒険者には媚びを売り、女性には手厳しい。それだけでも、周りは不快なのだが、人によって不正な鑑定をしたり、条件のよい依頼を気に入らない人に回さなかったり、職務違反をするようになった。貴族だからとなかなか強く出ることができず、なんとか穏便に解決できないかと悩んでいたある日、事件は起こった。


 いつものようにルナちゃんが、薬やポーションを納品しに来た時に、この貴族令嬢の受付係が対応した。

 「胃薬、喉薬、体力回復のポーションを納品しに来ました」

 「……はぁーい。品質大丈夫か、確認しますねぇ」

 鑑定用の魔道具に薬やポーションを次々載せていくと、顔をしかめた。


 「えーこれってぇ、全然ダメですけどぉ。とてもとても買取できませぇん。なんか田舎くさい匂いするしぃ。早く持って帰ってください!」

 「えっ」

 「薬師としてもダメだし、子どもみたいだし、田舎に帰ったらどうですかぁ? サイラス様に全然似合ってないの、わかりません? サイラス様につきまとって、うっとうしいんですよぅ。サイラス様もあなたのことうっとうしいって言ってましたよ」

 「……本当だな?」


 「そうよ。あなたは知らないかもしれないけど、サイラス様とアタシつきあってるの。あなたのこと邪魔だって言ってたわよ」

 ドヤ顔で言い募る貴族令嬢の手を手袋をしたルナちゃんの手がガシッと掴んだ。

 「お前みたいなゴミカスとつきあっていない!!!! お前ごときが僕の綺麗で可愛くて天使で妖精で女神なルナのことを罵倒するなんて、万死に値する」

 「えっ? サイラス様??」

 ふわっと霧が晴れるように、ルナちゃんの姿がサイラスの姿に変わった。え? 擬態する魔術なんてあるの? なにそれ? もうギルドの諜報部門で働いて。


「あと、お前は鑑定結果を偽装した。現行犯だ。マーク、ルナの薬とポーション鑑定しろ」

 なぜ部下に顎で使われてるのかな? 一応、魔道具で確認すると薬もポーションも、いつもの安心安全高品質なものだった。手でオッケーマークを出す。


 「お前はクビだよ。貴族だからって調子に乗ってんじゃねぇよ。自分の素行不良で三回も婚約破棄されてんだろ? いろんな男に色目使いやがって気持ち悪ぃ。あと、お前の実家の伯爵家、違法薬物の原料の栽培と生成、販売で捕まって、取りつぶしになったから」

 おーい、クビ宣告は、ギルド長権限じゃないかなー? まぁ、ルナちゃんにまで、被害が及びそうになっているのに対応できてない俺にも怒ってるんだろうけど。


 きっとこの受付嬢、ルナちゃんを溺愛してデレデレするサイラスを見て、ルナちゃんさえ排除すれば、自分がそのポジションに成り代われると思ったんだろうなぁ、ご愁傷さま。昔のように正面から挑むばかりではなく、裏からも画策できるようになったなんて、サイラスの成長も感じられるな。

そして一同、再認識した。


―――このカップル、触るな危険(アンタッチャブル)案件だ


 ルナちゃんが王都にきて三年の月日が経ち、サイラスのプロポーズが三桁を越えたある日、俺はルナちゃんを呼び出した。


 俺の対面に座り、緊張するルナちゃん。既視感のあるこの光景。俺はしょうこりもなくお節介をやくことにした。


 「ギルド長、今日はなんのお話でしょうか?」

 ああ、ルナちゃんは年を重ねても変わらないんだね。そのまっすぐで綺麗な紫の瞳に向き合う。


 「ルナちゃんは、本当にサイラスが相手でいいのかい?」

 俺の意図がわからないのか、困惑しつつ顔がこわばっている。


 「ルナちゃんの出会った男って、クソな幼馴染とサイラスだけでしょう?サイラスは君を囲い込んじゃってるから、他の男を知らない。それで、サイラスを選んで、一生サイラスだけでいいの?」

 

 「確かに、私は他の男の人を知りません。でも、出会った時から一緒にいると温かい気持ちになって、ふわふわして幸せで、サイラスといると穏やかな幸せを感じるんです。それに、綺麗で男らしい手とか、やわらかい髪とか澄んだ瞳とか見惚れてしまうし、抱きしめられるとドキドキするんです。穏やかな気持ちとときめく気持ち、相反するような気持ちを抱ける相手が稀有なものであることは、私にだってわかります。他の男の人は知りません。でも、サイラスが私の唯一だってことはわかります」


 「……でもさ、サイラスの全部の面は知らないでしょ? あいつ、ルナちゃんと会う前はすっごい怠惰な奴だったし、気に入らない奴にけっこうえげつない事するし、ルナちゃんへの思いって、たぶん君が知るよりめちゃくちゃ重たいよ? それに耐えられる? 好きでい続けられる?」


 「確かに、私が知っているのはサイラスの一部なのでしょう。でも、サイラスが優しいってことは知っています。私のために、時に苛烈な事をしているのも感じているし、それに……サイラスの気持ちが重いの……私、うれしいんです。私、誰からも愛情をかけられた事がないから、まっすぐにたくさん愛情を表現してくれて、うれしいんです。どれだけでも、サイラスの愛情が欲しいんです。この紫の魔石も、ピアスもどれだけすごい物なのか今はわかるつもりです。その思いも束縛もうれしいんです。安心するんです」


 えぇーまさかの割れ鍋に綴じ蓋!!!!!


 「私、まだサイラスの隣に立つのにふさわしくないでしょうか?」

 あれ、既視感。たらりと背中に冷や汗が伝う。最近、表情豊かになったルナちゃんは涙目だ。なんで、そんな自己肯定感低いの?


 「いやいやいやいやいや。違う違う。今回はそうじゃないんだよ。もうそろそろ結婚かなーって思って。サイラスの激重な気持ちに少しでも怯む気持ちがあるなら王都からそっと逃がしてあげようかと思ったりなんかしちゃって…」

 もごもご言い訳してたら、執務室の扉がバ――――ンッと開いた。


「マ――――――ク!!!!!!!!!!」


 派手に登場したサイラスは、えぐえぐ泣いてるルナちゃんを抱きしめると、えげつない殺気を向けてくる。


 「ルナがピアスを音声通話にして、俺に会話聞かせてくれてなかったら、お前今頃、頭と体がサヨナラしてたからね。………まぁ、俺も気になってたことではあるけど。これで遠慮はいらないってことか」

 ルナちゃんを横抱きにすると、颯爽と執務室を後にした。転移魔法じゃなくて扉から入ってきたことはちょっと成長が感じられるのか?

 またしてもルナちゃんのおかげで、俺の首が無事だったのは間違いない。


 それから、しばらくしてプロポーズを成功させた一ヶ月後、この良き日を迎えているというわけだ。


 ルナちゃん、サイラスの手を絶対放さないでくれよ!!

 ギルドと俺の胃袋の平和のために!!

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