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見下していた幼馴染への恋心に気づいてももう遅い side ダレン

クズな幼馴染ダレン視点のお話です。過去の回想と少しだけ本編後のお話。

【キーワード】

モラハラ/パワハラ/セクハラ ※児童虐待表現あり ※いじめ表現あり ※嘔吐表現あり


最後にちょこっと、ルナ×サイラスの激ヤバカップルに瞬殺されるダレンのシーンがあります。(ここだけ読みたい方は★へ飛んでください)


 『もう、その手を放して。あんたなんかに従わないんだから』


 『人の気持ちも考えずに所有物のように扱う幼馴染も、もういらないの』


 『ダレンのことは隣の家の他人だとしか思ってないわよ。嫌いだし、苦手』


 ずっと可哀そうだと思って、庇護してきた幼馴染は、たくさんの言葉の刃を放つと、俺には見せたことのない柔らかい笑顔を隣の男に見せる。


 そして、ずっと隣に居ると思っていた幼馴染は、手に入ると思ったその日に、俺の前から消えた。

 ずっと俺のものだと思ってたあいつは、一度だって身も心も俺のものだったことなどないのだと、愚かな俺はこの時やっと気づいたんだ。


◇◇


 辺境の村で産まれた俺には、幼馴染がいた。

 濃い色の髪や瞳、褐色の肌が主流のこの村で、幼馴染のルナは異色の存在だった。まっすぐに煌めく銀髪、宝石のような紫の瞳に透き通る白い肌。産まれてからしばらくは、隠されて育ち、はじめて会ったのは三歳ぐらいだったと思う。


 一目見て、ルナに夢中になった。銀の髪を陽の光にずっと透かして、触っていたいし、珍しい紫の目は宝石のように綺麗で、いつまでも見ていたくなる。美しく大きな紫の瞳を銀色のまつ毛が彩って、その色彩はなによりも美しい。どんな春の花より明るい桃色の唇も、小ぶりだけど通った鼻筋も、すべてが俺を魅了した。透き通るような白い肌はやわらかくて、顔や体のどのパーツも好きで、ルナの全てをずっと見ていて、ずっと触れていても、きっと飽きることはないと思った。手をつないでいないと、誰かに取られてしまうのでは、と危機感を抱いた俺は、会うたび手をつなぎ、その手を放すことはなかった。


 ルナは俺にとっては、綺麗でこの上なく大切な宝物だった。しかし、どうやら周りはそうではないらしいと、敏い俺はすぐに気づいた。


 ルナの家族はまるでルナが存在しないかのように振る舞う。ルナが産まれた時に、隣の家は『よその男の種では』『取り違えられたのでは』と大騒ぎになったらしい。結局、産婆や手伝いの者達の証言で、母親の腹から産まれたのは確かなのと、貧しいながらも真面目な夫婦だったと評判なため、村長が『実子として認める。実子として育てるように』と言ったことで、騒動には幕がおりた。


 しかし、真面目さゆえか、村を揺るがす騒動になったルナにルナの両親は筋違いで静かな恨みを向けた。王国では十五歳まで、子どもの養育や保護が義務づけられているから、最低限の衣食住は提供する。でも、ルナに与えられるそれはひどいものだった。家族が食事をする円卓ではなく、部屋の隅で食事するよう強要し、食事は家族とは別で粗末なもの。小さな家で家族みなで寄り添うように寝ていたが、少しでも視界に入れたくないのか、窓もない狭い物置がルナの寝床で居場所となった。あてつけのようにルナが産まれてから間を開けずに弟と妹を産むと、あからさまにルナを無視し、話しかけることはなかった。


 村の人達も、ルナが通るとまるで道端に捨てられたゴミのように蔑んだ視線を向けて、そっと避けて行った。そんな大人達を見て、子ども達もいじめることはないものの、遠巻きにして、誰もルナに近寄らない。


 そんな様子を見て、俺は密かに高揚した。この村では誰もルナがいらないのだ。こんなにキレイなのに。こんなにすてきなものはないのに。がんばって守らなくても、これは俺のものなんだ。それからは俺の心に余裕ができた。


 それからの俺は、ルナを表立って大切にすることはしなかった。そんなことをしたら、俺までルナと一緒に泥に沈んで、村で白い目で見られることは確実だからだ。それに、万が一、ルナの美しさに、価値に気づくものがいたら困る。


 「ルナ」

 毎朝、ルナの家まで迎えに行く。さしずめ、家で虐げられているルナにとって俺は物語の王子さまのようなものだろう。本当は満面の笑みで迎えてほしいが、物心ついたころには、ルナは陰気で内気になっていて、せっかく迎えに行ってもその表情は暗い。それでも、きっと内心はこんな家から連れ出してくれる俺に感謝して、喜んでいるに違いない。

 小さくてひんやりしているルナの手をとり、いざなう。この時間が俺にとって癒しの時間だった。


 さあ、今日はなにをして遊ぼうか。初めの頃はどんな遊びがしたいかルナにも聞いていたが、『家にいたい』『外で遊びたくない』などと言うので、いつしかルナの意見を聞くことはなくなった。家の中にいたってすることなんてなにもないだろ? ずっと家に閉じ込められていたから外の楽しさを知らないだけなんだ。


 今日は、少し年が上の兄達は村長の家で読み書きを教わる日だったので、ルナと二人きりで一日遊べる。うれしさのあまり、ルナの手をつないだまま駆け出した。


 「待って…」

 ルナのか細い声が聞こえたけど、俺はむしろスピードを上げた。俺と手をつないでいたら、ルナだって無敵なんだ。俺は体の成長も早くて、このころはどんどん足が速くなっていて、それをルナに見せて、『すごい』って言われたくて、野原を越えて、草木をかきわけて、村はずれの森まで全力疾走した。


 「あ…っ」

 一瞬、つないだ手がぐんっと引っ張られて離れる。

 どさりっと音がして、振り向いたら、木の根につまづいたのか、ルナが顔から倒れていた。


 しまったと思ったが、顔を上げたルナが涙をためているのをみて、身体の奥からほの暗い思いが湧き出てきて、ぶるりと震える。

 ルナは陰気で内気だったが、いつも俯いて、その表情をめったに変えることはなかった。


 もっと見たい ――ルナの涙を、悲しんでいる姿をもっと見たい。

 

 しかし、そんな俺の思いは通じずに、ルナはきれいな瞳にたまった涙をぬぐうと、またいつもの無表情に戻り、スカートについた泥をはたいて、自分で立ち上がった。

 「ダレンとは、もう遊ばない。家に帰る」

 その紫の瞳に強い意志を感じて、少しひるむが、幼心にここで俺が従ってしまったら、もう二度とルナが手に入らない気がした。


 「ルナのくせに俺に逆らうな。俺が遊んでやらなかったら、お前は一人ぼっちなんだぞ。お前は、俺の言う事を聞いてりゃいんだよ」

 ルナの両腕をぎゅっと力を込めて握りしめると、額と額を合わせる。紫の目の強さに負けないように、睨みつけた。兄達ともしょっちゅう喧嘩しているので、相手を威嚇する方法はわかっていた。

 ルナの瞳の奥にわずかな怯えを認めて、とたんに心が満たされる。


 その時からルナを虐げて、追い込んで、怯えさせ困らせることに、なんともいえない心地よさを感じるようになった。


 それからは、わざとルナが困る状況にそれとなく追い込んだ。『帰る』と言われた時のことが、すごく心に刺さっていて、ルナの土地勘のない場所を選んでわざと置き去りにすることが多くなった。


 さあ、早く俺の名前を呼ぶんだ。助けを希うんだ。


 物陰からこっそり伺う、そんな俺の思いとは裏腹に、ため息をつくことはあっても、黙々と歩みを進めるルナにイライラが募る。そんな我慢比べみたいな時間が続いて、どこにもたどり着けずに、ルナがへたりこんだ所で姿を現す。


 「ルナ、なにしてるんだよ。勝手にどっか行ってさ。俺がいないとお前はダメだなぁ」

 ああ、可哀そうで惨めなルナ。茜色に染まる野原をルナの小さくて白い手をつないで歩きながら、ほくそ笑む。


 だんだん、ルナも色々な場所がわかるようになり、姑息にも目印をつけたりして、あまり置き去りが効果がなくなってきたので、無理やり一緒に木に登ったり、浅い川に突き落としたりした。

 ルナの綺麗な白い肌から血が出るのを見た時は、ヒヤリとしたが、手当すると、それがとてもいいことのように思えた。


 ルナに意地悪して困らせて、優しくしてやったら、ルナは俺なしではいられなくなるのでは?と。それは甘美な感覚で、さらに俺の心は満たされた。ルナの世界には俺だけしかいないような感覚がした。


 ルナの家族をはじめ、村の大人達は俺のしていることを知ってか知らずか、誰にも咎められることはなかった。むしろ、ルナの家族にはルナを連れ出していることを感謝された。


 はじめは、異物としてルナを遠巻きにしていた子ども達も俺がルナを子分のように従えているのを見て、こいつには何をしてもいいと思うようになった。


 兄達や友達と遊ぶ時にルナを連れて行くと、鬼ごっこで永遠にルナが鬼になるようにして、さらにルナが休むのを許さなかった。なにかの遊びでルナが失敗すると、みんなで小石をぶつけた。特になにもなくても、イライラしたときなんかに腕をつねったり、『汚ねぇ髪だな、目障りだ』なんて言って、髪をひっぱったりした。


 俺のルナなのに、とか触られたくないとか思う気持ちより、なぜか兄や友達に虐げられているルナを見ると快感を感じる。その光景をずっと見ていたいと恍惚とした気持ちに浸った。にやりとした笑いがどうしても顔に出てしまう。


 もっと苦しんで、もっと嫌な気持ちになって……そして俺に縋りついてほしい。


 ルナが崖から落ちた時は、さすがの俺も真っ青になった。わざとではないし、ルナに大きな怪我をしてほしいわけでもないし、ましてや、死んでほしいわけではない。それからは、大きな怪我をしないように気を付けたし、友達や兄達がエスカレートしないよう止めたり、誘導したりした。


 子どもの頃は、ルナを虐げて、助けるという単純なループの日々に満足していたけれど、次第に物足りなさを感じるようになった。どれだけ窮地に追い込んでも、ルナはダレンの名を呼ぶことも、助けを乞うこともなかったからだ。

 その表情も、怯えや困惑や痛みを伝えることもなくなり、いつもごっそりと魂の抜けたような人形のようなものになったからだ。


 ダレンは自分が恵まれていることを自覚していた。将来は権力と金をほしいままにしたいと幼い頃から思っていた。家も金持ちだし、体も産まれつき大柄で、このまま成長すれば、村一番の大男になるだろう。体つきも顔も熊のように厳つい父親と違って、今でも美しいと言われる母譲りの整った顔は老若男女問わず魅了しているのもわかっていた。ダレンも黒や茶が主流のこの村では珍しい赤髪緑目だった。しかし、父が赤みの強いこげ茶で、母が緑がかった黒目であったことと、どちらかというと濃い色合いであったこと、ダレンの逞しい体躯と美麗な顔をよりいっそう引き立てる色合いであったため、忌避されることはなく、むしろもてはやされた。


 年頃になると、同じ年頃の女の子達から熱い視線を向けられるようになった。『逞しくてかっこいい』『物語の王子様みたい』そう騒がれると、ルナに感じるのとは違う心の部分が満たされるのを感じた。村の女の子達は、ルナとは違って、綺麗に着飾っていて、目がキラキラしていて、ダレンは優しく優しく接した。その態度にまた、周りの熱は上がっていった。


 ダレンは自分が容姿や能力に恵まれているのも自覚しつつ、周りをよく観察し、謙虚な姿勢を崩さず、権力者や年長のものに媚びた。自分が思うままにふるまうのは、権力と金を手にした時だと思っていたのだ。


 たまたま、魔獣討伐に来ていた冒険者と仲良くなり、剣の指導を受けた。褒められてうれしかったのもあり、またその冒険者の筋肉隆々とした姿に感銘を受けて、剣の鍛錬や体を鍛えることにも勤しんだ。


 同年代の男の中で、一番はじめに男になったこともさらにダレンに自信をつけた。はじめては女冒険者で、どちらかというと強引にことを運ばれたのだが、閨の才能もあったのか、滞在する最後の方には、女冒険者の方がダレンに溺れていて、別れを惜しんでいた。


 それからは、タガが外れたように、女に溺れた。女冒険者はもちろん、村の女達もダレンが男になったことを敏感に感じ取って、その手の誘いは数多あった。よほど好みに合わないことがない限り、来る者は全て拒まなかった。


 辺境では強い男に女は群がる。それが自然なことのように、ダレンの周りには女達が集まった。ダレンの雄々しい美貌と見え隠れする色気に、同世代の女達も夢中だった。はじめてであろうと、恋人がいようと、ダレンに言い寄る者を拒むことはなかった。仕方がない。ダレンが魅力的なのだから。村はずれの魔女の避妊薬のおかげで、妊娠の心配もない。ダレンは好きなように放蕩にふけった。


 家業を手伝い、村の人々の手伝いをし、剣の鍛錬をする。息抜きに女達と遊ぶ。将来の足場を固めつつ、上手く息抜きをする生活の中でも、ルナのことを忘れたことはなかった。


 ダレンはじっと昏い目でルナを観察した。

 ルナの銀髪と紫目と美しい顔立ちは相変わらずダレンの好みだった。しかし、棒っきれのようにガリガリの体は好みからはずれていて、食指が動かない。

 最近は、村はずれの魔女のところに足しげく通っているようだ。

 ルナの交流相手が男だったり、権力のある者だと危うい。しかし、村はずれの魔女相手に、外れ者同士で傷をなめ合っているだけなら、別に構わない。むしろ、ルナが年頃になり、育つまで人目に触れないほうが好都合だ。そう思って、観察は続けたが放置した。


 その日は冒険者にはじめて魔獣退治に連れて行ってもらった。戦う冒険者の後ろで、はじめて身にまとう瘴気対策の重い防護服に戸惑い、魔獣に恐怖を感じ、身を縮めている間に戦闘は終わってしまった。

 自分は見ているだけの初級ランクの魔物の討伐だったが、目の前で繰り広げられる戦闘にダレンは興奮した。


 その帰り道、ルナを見かけた。頬をゆるめてかすかに笑みを浮かべている。

 なんだか無性にイライラした。あの魔女の影響か? やはり年老いたばあさんでも話し相手がいると違うものなのか?


 気づくとルナを威嚇し、木の幹にその細い体を押し付けていた。

 久々に近くで見る紫の瞳におびえの色を見て、歓喜が押し寄せる。


 ちょっと味見ぐらいしてやるか、相変わらず好みの顔してるな……

 キスぐらいは手慣れているので、いつも女達にするように、顎をあげて、艶やかな桃色の唇に顔を寄せる。


 ガッと鈍い音がして、鼻に衝撃が走る。あまりの痛さに蹲る。鼻から血がたらりと垂れて、脳みその奥の線がカッと切れた。


 ルナの分際でなにしやがる。もう手加減しねぇよ。


 ひりつく怒りのまま、ルナの方を見ると、木の根元に向かって、嘔吐していた。

 なんだ、体調が悪くて俺にかからないようにしたのか……

 一瞬で怒りは収まった。


 「ダレンとはこういうことはしない」

 怒りすら湛えた紫の瞳がダレンを射抜く。ダレンの体にぞくりとしたものが走った。

 ああ、こいつこういう眼もできたんだな。


 手折りたい。屈服させたい。服従させたい。

 他の女には感じないこの感覚。

 やっぱりこいつは俺だけのものだ。


 その場は、嘔吐が止まらない様子と吐瀉物の匂いに辟易として退散した。


 しっかり、将来を考えねぇとなぁ。

 その頃から、ルナを自分のものにするために本気で考えるようになった。


 ルナはダレンのものだ。他の誰にも渡したくはない。

 かといって、成人を前にして、ルナと結婚しようとは思っていなかった。ルナは、権力や金から一番遠いところにあるし、自分がルナだけでは満足できないことは分かっていた。


 ダレンは派手だった女関係を清算し、昔から言い寄ってきていた村長の娘のアビゲイルと婚約した。成人したら、ルナは村はずれに小屋でも建てて閉じ込めて、誰にも会えないようにして囲うことにしよう。

 そうしたら、ようやくルナの世界はダレンだけになる。

 ああ、あの紫の瞳がダレンに屈服して溺れるのが今から楽しみだ。


 それからは、ルナに一時の希望を持たせるため、そして婚約者に疑われないようにするために、ルナには迫らなかったし、あまり話しかけないようにした。

 もしかして逃れられるかもと希望を持たせて、持ち上げてから落としてやったほうが、濃い絶望の色が見られるだろ?


 そして迎えた成人の儀式の当日。

 ルナは相変わらず棒っきれのように細いが、それも一興だろう。


 前日に、成人の儀式の夜はダレンの家に来るようにしっかりと釘を刺した。

 ルナには村からも、ダレンからも逃げる手段も、生きていく術もないはずだ。それなのに、ダレンはざわざわとした胸騒ぎを感じた。


 成人の儀式の会場で、村長と婚約者のアビゲイルと上座に座りながら、入場したルナを見て、思わず舌打ちする。ルナははじめてこの村で人目にさらされてその儚い美しさを皆に知らしめてしまった。早く囲って手をつけないと、横からかっさらわれるかもしれない。ダレンは儀式の間もイライラと貧乏ゆすりをし、焦りに苛まれた。隣の婚約者が不機嫌な顔をしているのも気づかずに。


 ルナは、儀式が終わって、宴がはじまっても、宴の雑事をする女達のいる場所にいるのでなかなか声をかけられない。焦れたダレンは、女達の輪の中にいる、ルナに声をかけた。人前で声をかけないようにしていたので、周りにいた女達は驚いた眼を向けてくる。


 その時には焦りと苛立ちが最高潮に達していたダレンは、適当なことを言って、その輪から強引にルナを連れ出した。腕を引っ張って、引きずるようにルナを連れて行く。人のいない方へ。人のいない方へ。


 その途中、婚約者から引き留められたので、適当に言いくるめておざなりにその頬にキスをする。後ろを振り向くこともなく、再びルナの腕を強くひく。


 早くわからせなければ。

 ルナの世界にはダレンしかいないのだ。

 ダレンしか必要ないのだ。


 だから、急に自分の指がルナの腕から引きはがされたとき、呆然とした。その衝撃で小柄で軽いルナは後ろへ吹き飛んでいた。


 今までで一番強い力を紫の瞳に宿し、滔々とルナの話す言葉はダレンの脳裏をすり抜けていく。


 は? 村から出ていく?

 俺のことがいらない?

 俺はただの他人で、苦手で嫌い?

 

 なんとか単語だけを拾いあげるけど理解が追いつかない。

 

 俺の事が嫌いだろうがどう思おうが、ルナは俺のものだ!!!

 逃げるなんて許さない!!!

 怒りが全身を駆け巡った。その衝動のままにルナに襲い掛かろうとしたときに、逆に自分が吹き飛ばされた。


 しかも、仰向けに無様にひっくり返ったまま、蛙のように手足を氷で地面に縫い付けられる。

 自分をこんな惨めな状態にして、さらに愛おしそうにルナを抱きしめている得体の知れない優男に殺意がわく。どうやらこの村では馴染みのない魔術が使えるらしい。動けないもどかしさと、ルナをその腕におさめている光景にギリギリと憎しみがわいてくる。こんなひょろっとした女みたいな奴、腕力だったら絶対に負けないのに。魔術さえなければ、その細い首を一度に締め上げられるのに。


 しかし、男の魔術が思ったより強力で、手足がなくなるという宣告に焦って、ルナに助けを求めると、逆にこれまでの俺のルナに対する心情や悪辣な行為がルナに筒抜けであったことを知る。


 ルナ……ルナ……見捨てないでくれ。

 怒りと情けなさと、それでも許してほしい気持ちとでぐちゃぐちゃになる。涙があふれて止まらない。


 「さようなら。あなたのことはきれいさっぱり忘れるから、あなたもわたしのことは忘れてね」


 そんなセリフを最後に投げると、ルナは揃いの銀髪の男と愛おしそうに見つめ合い、うなずき合うと、俺の目の前から二人は消えた。 


 二人が魔法のように消えた後、どのくらい呆然と佇んでいたのか……


 ルナがいなくなった。


 その事実は俺の心にぽっかりと穴を開けた。しかし、その現実を認めたくなくて、俺は走りだした。


 まずは、ルナの実家へ向かい、夜中にもかかわらず扉をドンドン叩く。鍵が開くと、驚いた顔をしたルナの父親が立っていた。


 「え、ダレン君、ルナと一緒ではないの……?」

 そんなルナの父親の声に答えずに、ルナの寝床である物置を乱暴に開ける。そこはもぬけの殻だった。一切なにも物がなく、ガランとした空間だけがそこにあった。


 「ルナの……ルナの荷物はどこいったんだよ?」

 思い入れのない実家にルナがいるなんて、これっぽっちも思っていなかった。ただ、なにか出奔先の手がかりとかルナを思い出せるものの一つでもないかと来てみただけだ。


 「え、ルナの荷物なんてこの家には元々一つもないよ。ダレン君もルナを身一つで引き取ってくれるって言ってたよね。あれ、でも布団くらいあったはずなんだけど……」

 後ろでもごもごと聞き取りづらいこえでしゃべるルナの父親に怒りが湧く。

 お前らが、お前らがルナをちゃんと家族として扱わないから!

 ルナを大切にしないから!

 お前ら家族がルナが村を出ていくのを躊躇させるような重しになれなかったから!


 だから、ルナは村を出て行っちまったんだよ!!!!!


 やりどころのない怒りを物置の扉を蹴り壊すことで発散する。驚くルナの父親の脇をすり抜けて、再び走りだす。


 かすかな希望にすがって、村はずれの魔女の家を目指す。心のどこかではわかっている。あの魔術師の男と消えたルナは魔女の家にはいないってことを。それでも、なにかに駆り立てられるように夜道をただひたすら走った。


 だって、ルナが消えるなんて嘘だろう。

 いや、あいつが消えたからどうだって言うんだ。なにを俺はこんなに必死になってるんだよ。あいつなんて下僕で、憂さ晴らしの相手で、ただの駒の一つだ。数多いる女の一人だろう。少し毛色が違うくらいで……


 どうってことないだろう。金と権力と女。俺を構成するうちのちっぽけな一つのパーツだろ。一つ欠けたことでどうということのない存在だ。

 そうでなければいけない。そうでなければ俺は……


 それでも、息がきれても、自分の心の奥から湧き出る衝動を止めることはできなかった。


 家とも呼べない掘っ建て小屋のような魔女の家にたどり着くと、灯りがついていないことにも構わず力任せに扉を引く。鍵は掛かっていなかったようで、その扉はあっさり開いた。


 灯りの灯し方がわからないので、窓から差し込む月明かりの中、部屋の物を無茶苦茶にひっくり返していく。どうしようもない気持ちをぶつけるように物を手にとっては、空に投げる。薬草、本、書類がめちゃくちゃに部屋に舞った。


 色々な薬草の混じった匂いに、思わずせきこむと、部屋の隅で瞬く黒い瞳に気づいた。


「ひっ」

 黒いローブに包まれた老婆の黒い瞳は俺の全てを見透かしているようだった。

「気は済んだかい? 私とあの子はただの茶飲み友達だよ。ここにはお前さんが求めるものはなーんにもないよ」


「あいつの私物とかないのか? ……あいつの行先とか知らないのか?」

 老婆は静かに首を横にふった。


 だから、なんで誰もあいつの拠り所になってないんだよ!!!

 あいつが持ち物を置いたりとか、行先を相談するとかそういう心を許せるやつがなんで、この村にはいないんだよ!!!


 また、行き場のない怒りが湧いてきて目の前の木のテーブルに拳を叩きつけると、ルナの家の物置の扉のように砕けることはなく、まるで鋼鉄のように硬くて、自分の拳に血が滲む。なんだかやる気をそがれて、魔女の家を後にした。


 それからどうやって家まで帰ったかは覚えていない。怒りとか悲しみとかが後から後から湧いてきて、夜が明けるまで、親父の秘蔵の酒をただひたすら煽った。


「ダレン、ダレン……やだもう汚い。酒くさーい」

 ゆさゆさと肩を揺すられて、夢うつつにその手を振り払う。止めてくれ、俺はもう起きたくないんだ。


 ガンッと衝撃が走ったあと、気づくと床に転がっていた。どうやら、椅子から蹴り落とされたらしい。ガンガン頭が痛むし、気分も悪い。椅子から蹴り落とされたことに怒る元気も残っていなかった。


「起きろよ、ダレン。婚約者のアビゲイル様からお話があるから」

 なぜか、婚約者のアビゲイルとダレンの取り巻きの一人がにやにやと嫌な笑いを浮かべて、ダイニングテーブルに揃って腰かけていた。


 こっちは成人の白の正装が所々破れ、泥や木の破片などで汚れているというのに、目の前の二人は成人の正装から着替えて、余所行きの服をまとっていた。いつもの力関係と違っていることに苛立ちを覚えつつ、椅子を戻してのろのろと腰掛ける。


 「ダレン、あなたとの婚約は破棄します。あなたの有責でね。違約金の話は親同士でしてもらうことにするわ」

 「あ、俺が新しい婚約者になって、予定通り一か月後に結婚式挙げるから、心配ご無用だよ。むしろお前は自分の心配しなくちゃだよなぁ……」

 「はっ?」

 これが二日酔いなのか、頭がガンガンする。気持ち悪さが酒のせいなのか二人の言葉のせいなのかわからない。


 アビゲイル、お前子どもの頃からずっと俺の事、好きだったんじゃないのかよ!

 あんなにしつこくつきまとって、結婚だって楽しみだって言ってたのに……


 お前が婚約者ってどういうことだよ!!

 あんなにも俺の事慕ってたくせに。アビゲイルのこともお似合いだって、おめでとうって言ってくれたのに……


 「ダレン、あなたの外見はとっても好みだったの。でも、限度があるわよねぇ。あの外れ者の娘を気にしてるとは思っていたけど、あんなに執着しているだなんて思わなかったわ。ただ可哀そうな幼馴染を気にしているのかと思ったけど、どうやら違ったようね。あの娘は、今どこにいるの? 寝室にでもいるのかしら?」

 「お前、村中、お前とあの娘のこと、噂になってるぞ。アビゲイル様っていうすばらしい婚約者がいるってのに、あんなみすぼらしい娘がよかったのか?その様だと逃げられたのか? まさか、殺したんじゃないだろうな?」


 「殺してなんかいねーよ!!! あいつはこの村が嫌になって出てったんだよ!!!」

 ルナのことを言われて、突然、俺の中の柔らかい触れられたくない部分に触れられた気がして、カッとして言い放つ。


 「あらそう。成人したし、あの娘がどうなろうと知ったことではないけど。騒ぎを起こさないのなら、ダレンも結婚式に招待してあげてよ。では、ごきげんよう」

 「噂のこともだけど、今まで、アビゲイル様の婚約者として忖度されてきたから、これからはお前の実力で生きていかないといけないから大変だな! じゃ、元気でな!」

 言いたいことだけ言うと、二人は去っていった。


 それからの俺はもう何も考えたくなくて、酒に溺れた。あれだけ好きだった女にもぴくりとも反応しなくなったし、ルナに懸想して逃げられたとか殺したという噂がたった上に、アビゲイルに婚約破棄された俺に寄ってくる女はいなかった。


 酒に溺れる三男を両親は、困惑しながら、腫れ物に触るように接しながら、好きにさせてくれていた。

 夜更けまで酒を呷り、朝になると気絶するように眠る。夕方に目覚めるとふらふらと酒場まで移動し、夜中まで飲む。店が閉店になると家に帰り夜更けまで飲む。そんな生活をどのくらい繰り返したのか……


 「王都の冒険者ギルドに凄腕の薬師がいるらしいぞ。それがなんかすっげーかわいいみたいでさー」

 「いいよなー、王都には腐るくらい可愛い子とかいるんだろうなぁ」

 「そんでさ、その凄腕の薬師の子、キレーな銀髪に宝石みたいなキラッキラした紫の瞳なんだってー」

 「へーこの村じゃお目にかからない色だなぁ」

 「薬師の妖精とか言われてるらしいっすよ。一目おめにかかりてー」

 その日は、酒を呷りながらも、いつもの喧騒の中で、妙に耳につく会話があった。


 ガタリと席を立つと、そいつらの隣に座る。

 「その話、もっと詳しく聞かせろ。今日は俺のおごりだ」

 「なんっすかーおっさんもこーゆー話、興味ありますぅ? この前、魔獣退治に王都から来た冒険者達が噂してたんで確かだと思いますよー」

 「でも、こんな辺境にいたんじゃ縁がないわなぁ」

 「まーでも、妄想するだけでも、酒が進むじゃないっすかー」

 その後も話はとりとめなく続いたが、有益な情報はそれ以上得られなかった。


 それからの俺の行動は、酒に浸った脳みそにしては驚くほど早かった。

 迅速に行動したつもりだが、鈍った体では、なかなか思うように行かず、王都の冒険者ギルドにたどり着くまで、一年かかった。地方の冒険者ギルドで登録して、身銭を稼ぎながらの旅で思うように路銀が稼げず、ゆっくりと進むしかなかったのだ。



 そして、王都に着いて早々に冒険者ギルドの受付で、受付係の小柄な女性を怒鳴りつける。ルナを捜すより先に、冒険者ギルドに対する溜まりに溜まったうっぷんを晴らすことにしたのだ。王都にたどり着くまでの、地方の冒険者ギルドは所詮、支部だしな。王都が本部なら苦情はここにあげたほうがいいだろう。


 「なんで、俺のランクはEランクから上がらないんだよ! 実力十分だし俺より弱っちいやつもどんどんランク上がってんじゃねーか。ギルドの査定ってどーなってんだよ。ちゃんと説明しろよ!!!」


 「地方ギルドでも説明があったと思いますが、ランクの査定は資格を持ったギルド職員が、実績を考慮し、実技を見て、厳正に審査しております。今、あなたがEランクなのであれば、それが、あなたの正当なランクです」


 俺の大柄な風貌にも動じずに、こちらをまっすぐ見つめて淡々と説明する受付係の姿に、ルナが重なって、胸糞悪くなる。

「お前じゃ話にならないんだよ! 責任者出せや!!!」

  

 「はーい。呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! 責任者でぇす」

 そこにふらりと現れたのは、いつぞやのルナを攫った優男だった。


 「んー餌にこうも上手く食いつくとは……しかし、時間かかりすぎでは…? 思ったより、しょぼい実力だったのか…?」

 

 「は? お前が責任者とかふざけてんのかよ!」

 ぶつぶつ何かをつぶやいているヤツの胸倉をつかもうと詰め寄ると、ついと避けられる。まるで猫のようにつかみどころがないその動きに余計にイライラする。


 「王都の冒険者ギルド本部の副長ですよ。ほらこれが身分証。ハイ、じゃ責任持って審査するんで、闘技場に行きましょう」

 パンッと両手を叩くと、そそくさと身分証を見せて、歩き出す。まぁ、ちょうどいい。コイツが今もルナと一緒にいるかはわからないが、ルナの逃亡を手助けしたのは事実だし、ギルドの副長ならルナの情報を吐かすことも可能だろう。今の俺がこうなった原因をギッタンギッタンにしてやらないと気が済まない。


 「は?」

 なぜか、闘技場のグラウンドに気づいたら倒れていた。

 さっき、こいつと向かい合って立っていたのに一瞬の出来事だった。


 闘技場に着いて、正面に向かいあうと、ネクタイの先を胸ポケットに入れるその仕草にまずムカついた。そして、おもむろに色付き眼鏡を取りはずし、眼鏡を放る仕草をすると眼鏡がどこかへ消えた。露わになった瞳は、左は紫、右は水色のオッドアイ。髪色だけでなく、瞳もルナと揃いであることに無性に腹がたった。だから、はじめの声かけの前に仕掛けた……仕掛けたはずなんだが……


 「なんか舐められてるみたいなんで、今日はノー魔術で行きましょう。身体強化すらしてないですよ。ほら、僕ってこう見えて体術も得意なんで」

 なぜか頭の上に足を乗せられて、グリグリと靴でグラウンドに頭を押し付けてくる。靴から落ちた砂がパラパラと目に入り、屈辱と苛立ちが募るが、頭が動かせない。その間にも頭はグラウンドにめり込んでいく。


 「あっ、今日は思う存分思い知らせるんだった。危ない危ない。ついルナを虐げていた恨みが出てきてしまって困るなぁ……。ハイハイ。いくらでも何度でもかかってきて下さい」

 パッと足を放され、肩で息をする。それから、苛立ちのままに何度も何度も突っかかっていくが、気づくとグラウンドに倒れている。


 下から掬い上げるように持ちあげに行っても、横から上から下からフルスイングで殴りに行っても、蹴り上げようとしても……一体、なにが起こっているのかすらわからない。


 ハァハァと荒い息が漏れる。こいつに指一本触れられないまま、自分の体力だけを消費していく。額からは玉のような汗が流れ出ていた。なんでこんな女みたいになよなよした奴にパンチの一つも入れられないんだ……


 「んーそろそろ自分の実力わかっていただけました? ご自慢の筋肉も酒浸りのせいでだいぶ落ちてますし、贅肉はついてますし、そもそもちょこっと鍛錬したぐらいで、誰かに教えを乞うことも実戦も体験してないわけですから、強くなるわけがないんですよ。冒険者なめないでもらえます? 今日あなたに対応した受付係の方があなたよりランク上なんですよ。僕じゃなくて彼女と戦っても、あなた勝てませんからね」


 息を整えながら、蹲ったまま、屈辱的なことを聞かされても、もう体を動かすことすらできなかった。


 「はー手ごたえのない……今のあんただったら、ルナにも勝てないですよ」

 その一言に突き動かされて、ただ目の前の男に突進していく。

 ゴッと鳩尾に、男の強烈な蹴りが入る。ずっと、触れられることもなく転がされていたので、攻撃されるとは思わず油断していた。あまりの衝撃に呼吸ができなくて、口をハクハクする。


 「これに懲りて、もう僕やルナの前に姿を現さないでください。前回の別れ際にも言いましたよねぇ。次、僕やルナの前に姿を現したら、玉踏みつぶして、お前のお前をちょんぎって、八つ裂きにしてやるって。次会ったら、実行しますからね」

 

 「ハイハイ、レフリーレフリー。お前私情入りまくりで、弱えぇ相手にやりすぎだから!」

 鳩尾を蹴られた衝撃で、顔面から地面に突っ込んで、またしても頭を足で踏まれていた俺は、呼吸ができなくて朦朧としていた。朦朧としているなかで、誰かが制止に入ってくれて、命が助かったのはわかった。そして、こいつが化け物であることと、なによりもルナを大切にしていることもわかりすぎるぐらいわかった。


 「だって、こいつホントならもうぶっ殺したいぐらいなんですけど! 一回じゃ足りないよ。来世と来々世と来々々世の分まで殺しておかなくちゃ! ルナが安心して輪廻の輪に乗れない……だって、来世と来々世と来々々世もその先もずっと、僕とラブラブハッピーライフ送るって決めてるんだから! そうだ、未来永劫生まれ変われないようにコイツを漆黒の炎で焼いちゃおうか?そうしたら、証拠も残らないし……」


 「怖い怖い怖い。瞳孔めっちゃ開いてるから閉じて! ホントお前ルナちゃんがらみになるとマジで怖いから。ね、犯罪、だめ、絶対。ギルド職員の掟」


 ぼんやりする頭で、こいつと俺のルナへの執着や気持ちの重さって変わらないんじゃないかって思った。なのに、こいつはルナの隣に居られて、とけるような笑顔を向けられていて、俺はルナを失った。その違いってなんなんだよ?


 わかってる。本当はルナが村から逃げたときにわかってたんだ。こいつの腕の中で安心しきって、心からの笑みを浮かべるルナを見て。微笑み合い、うなずき合う二人の間に確かにあるもの。相手を思う心。相手の幸せを願う気持ち。それは愛って言われるもの。


 「サイラスっ」

 そこに飛び込んできた人物に、ぼんやりしていた頭が覚醒する。

 焦がれていた銀色に艶めく髪、キラキラと宝石のように輝く瞳。年を重ねても変わらない可憐な容姿。


 「サイラス、大丈夫。怪我してない? もう、また私に黙ってなんか画策してたでしょう」

 確かに噂にたがわず、久々に見るルナはまるで妖精のようだった。以前より体つきはふっくらとして、なによりその表情は、人形のような無表情ではなかった。ぷくっと頬をふくらまし、サイラスに詰め寄る。


 「えー蛆虫のくさったのを退治してただけだから、大したことないよ。靴がちょこっと汚れたぐらいでさ。それより、ルナに心配かけて申し訳ないような……心配してくれてうれしいような……」

「もーマークさんにもまた迷惑かけてぇ」

 お互いに両手をつないで、無事を確認するルナも怒りつつ甘えてじゃれているようで、辺境の村に居た頃との違いに驚く。


 「ルナ……」

 思わずこぼれ出た言葉に、やっとルナの目線がダレンに向いた。


 「……?」

 名を呼ばれて、こちらを見たものの、顔をしかめて、首をコテンと傾けた。困ったようにサイラスの方を見た。


 「はは……覚えられてもいないのか……」

 確かに、ダレンの風貌はルナと別れたときからずいぶん変わっている。体つきもだらしなくなったし、酒と長旅の影響で、髪も艶がなくなり、無精ひげがぼうぼうに生えている。実際の年齢より老けて見えるだろう。村一番のモテ男だった面影は一つもない。


 「あー彼はだいぶ風貌変わりましたけど、辺境の村でルナを虐げていたゴミカスことダレンだよ」

 ルナはサイラスの紹介に、「ふーん」とだけつぶやくとダレンには目もくれず「ねーそういえば夕飯なんにする? もうお仕事お終い?」と再びサイラスに向き合う。


 「ハイハイハイ。サイラス君は今日はここまでで大丈夫でーす。うん、ぜひともルナちゃ「ルナちゃんって呼ぶな!」……奥様、夫を回収して速やかに帰ってくださーい」

 

 好きの反対は無関心って、どこで聞いた言葉なんだろうな。村から逃げ出すときのルナには、ダレンへの嫌悪や恨みがあった。まだダレンに対する感情に色があった。

 それが今は無色で、そこにはなにもない。ダレンに対するあの無の表情を見て、やっとルナのことをふっきれそうな気がした。


 「ハイ、あとダレン君は1年経ってもEランクのままってことはとっても冒険者に向いてないと思うので、辺境の村に帰って、家業とか手伝ったらどうですかね? 戦闘のセンスゼロなんで、放牧とかのがお似合いですよ。そろそろ親孝行とかもしたほうがいいですしね~。ということで、もう二度と王都に足を踏み入れないでくださいね。魔王を目覚めさせたくなかったら。


 ハイ、特別に辺境の村までの路銀は支給しますから! うん、今日のことは忘れるってことで」


 軽い口調で話しながらも、目の前の男の目は鋭く、笑っていない。馬鹿な俺にもわかるよ。あの二人に関わったら、この男にも殺られるってことを。

 もう、あの二人にも、王都にも、冒険者ギルドにも近づかないと心の中で誓った。男は俺の表情に納得したように頷くと、ボロボロの姿のまま、辺境の村行きの長距離乗合馬車に放り込まれた。

 

 ガタゴトと馬車に揺られながら、ぼんやり流れる景色を眺める。


 本当に大切なものは、きちんと大切に扱わないといけないんだな。人も自分や相手の気持ちも。


 二人の間にあるような愛や絆を持たない自分を侘しいと思う気持ち。

 ルナを失って、大事な宝物を失ったような寂しいという感情。


 ずっと、認めたくなかったそれらを目の前に突き付けられて、認識したけど、すぐには呑み込めない……


 きっと、一生かけて、咀嚼して、呑み込んでいくんだろう。

 のんびりと羊でも追いかけながら。

ダレンは、羊飼いになって、人生哲学をテーマにした詩を詠う吟遊詩人になればいいと思うの(´・ω・`)

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