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在りし日のドラゴンキラー

作者: よには


 1年……365日は長いと思いますか?

私には非常に長く感じます。

あなたに会えないから。


 では、1日は長いかと聞かれたら短いと答えるでしょう。

1年の内1日だけ許されたあなたとの時間は、瞬きの間に終わってしまいます。

日々が積み重なって築かれていく私の軌跡の中で、最も輝いているのはあなたと過ごした60日ほどの時間です。


 しかしながら、これからの私にとっては1日も1年と同様に長く感じてしまうかもしれません。


 あなたはもう居ないのだから。



* * * * *



 竜と人との間に生まれた私は寿命が長く、人であるあなたから見たら時間の流れから外れた異物に見えたことでしょう。

年老いていくあなたと変わらない私。

時間の感覚が違うことに気づいたのはいつだったか。

少なくとも私よりあなたの方が先に気づいていたでしょうね。

私は世間や竜、そして人というものを知らなすぎたのだから。


 あなたは優しく、賢く、負けず嫌いで、努力の方向を少し間違えるような素敵な人でした。

同種の人とも、神聖な存在である竜とも違う、半竜の化け物を個の私として扱い、「筋力で負けるのは男として情けない」などと言って肉体改造をしようとしたのは私が知っている限りではあなただけです。

そもそも知り合いなんて、片手で数えられるほどしか居ないんですけどね。

ともあれ、あなたの前でだけは私は一人の女の子で居られました。


 私は竜からは人という劣等種の血を継ぐ忌み子として、人からは怪物の血を継ぐ化け物として扱われました。

竜は長く生きている方が多く、排他的で、考え方が固まってしまっていたのでしょう。

同族以外を下に見るか無関心かのどちらかの場合がほとんどでした。


 人は同調精神が強く、異分子や少数派を嫌う種族でした。

もちろん、全員が全員という訳では無いでしょう、あなたのことを見ているので分かります。


 どちらにも属せなかった私は人里離れた渓谷にて竜である父の手一つで育てられました。

父は私に竜としての生き方を教えてくれました。

他の生命の生存圏を荒らさないこと。

無闇矢鱈に火を吹かないこと。

人化の方法、渓谷での生活術、竜と人の文化や言語……。

全て、かけがえのない財産です。


 私の母親は人間の貴族で、母の兄は一領地の主でした。

その領地、ヴァレリー領は私の住んでいた渓谷から一番近い人里で、竜と隣国に挟まれた地域でした。

国境の防衛を任されることから、国からの信頼が見て取れます。


 私の境遇を哀れんだ父は、母に会いに行けるよう領主様の許可を得てくれました。

私は生まれてから父以外の者と関わってこなかったため、母親というものが分かりません。

人はおろか竜の日常ですら知りませんでした。

私が知っていることは私の生まれがありふれたものではないことだけだったのです。


 私たちがヴァレリー領に入るのは1年に1度という制約付きでした。

おそらく、人と竜とが交流しないためだったのでしょう。

竜は神聖な存在であると同時に膨大な力を持つ化け物ですからね。


 竜と人との間の子に幸せな道は考えられない。

どちらの種族からも腫れ物のように扱われていた私が保証します。


 竜と人は価値観の違いは勿論ありますが、それ以上に時間が違います。

寿命の長い竜にとって1年は何千分の一でしかありません。

人にとっての1年がどんなものであるのか。

私が最初から理解できていたなら、もっと、ずっとやりたいことがありました。


 初めてヴァレリー領へ行くとなったときのことは今でもよく覚えています。

父の温もりしか知らず、他人と比べることもない環境で育った私にとっては渓谷から出るということは未知との遭遇の連続でした。


 この時、ダグラス・ヴァレリーに会わなければ私の1年は起伏のない、穏やかなものだったでしょう。

あなたに出会えて良かった。

あなたが居なくなってしまった今でも、心からそう思います。



* * * * *



「君が従妹のドラゴンさん?」


 初めてあなたに会ったのは5歳の頃でした。

少し舌足らずに話しかけてくれたあなたの姿は年相応に可愛らしく、卸したてのような白いシャツに袖を通している、良いところのお坊ちゃんを物語の中から引っ張り出してきたかのような出で立ちでした。

あなたは最初から自分の叔母が竜との間に子供を授かったことを理解していましたね。


 そんなあなたと相対する人化した私は母親似でした。

少し癖のある青みがかった銀髪を肩口で切り揃え、丸みを帯びたお子さま体型の体は年中野宿とは思えない白磁のような輝きを放っていて、父親譲りの琥珀色の双眼を除けば、ヴァレリー家の娘らしい愛らしい外見をしていました。


「なんで角とか鱗とか翼とか隠しちゃったの? 格好良かったのに」


 かっこいいという言葉で女の子は喜ばないんですよ?

どうやら、街の外に居たときから見ていたらしく、なぜ半竜状態で来なかったのか気になったようでした。


「メルトが……竜が来たって、みんなビックリしちゃうから」


 私も自分の住まいに人が来たら驚いて隠れてしまいそうですし。


 当時より、竜からとれる血は万病を治す薬と言われ不老不死の効果があるとさえ語られ、鱗や翼は武具として有用であり、角や牙は火が吹き出ると噂されていました。

確かに、鱗は頑丈で有りながらも軽いですし、竜は火を吐くことは出来ます。

翼はある程度の防暑及び防寒として使っているので外套として便利でしょう。

しかし、角や牙から火が出るといった話を聞いたことはありません。

噂には尾ひれがついて回るものですし、おそらく血に関しても話が回る内に大きくなっただけでしょう。


「え!? 口から火を吹けるの! 見たい見たい!」


 初めての邂逅は私の心に陽を射すような暖かい、楽しい時間で、瞬く間に過ぎるというものはこの事をいうのだと思いました。


 帰り道、武装した方々に警護……警戒されながら城壁の外へと連れて行かれました。


「また遊びに来てね、メルト!」


 街から離れていく私たちに、ダグラスはにこにこ笑いながら大きく手を振ってくれました。

今だから良くわかりますが、歓迎してくれていたのは、母とダグラスだけだったと思います。

それもそのはずで、圧倒的な武力を持つ考え方の違う生き物が近くにいることがどれだけ恐ろしいことでしょうか。

私は持つ側なので完全に理解することは出来ませんが。


 私とあなたの間にある障害がこの城壁だけだったらどんなに楽だったでしょうか。


 また会いたいと心からそう思っていました。

今なら分かりますが、このような感情を抱いた時点で、竜としては三流だったのでしょう。

情なんてものは竜にとっては不要のものなのですから。


 私が両親に背負わされた竜と人の架け橋になる期待に応えられないことは、この時点で決まっていたのかもしれません。

それほどまで、私たちは違いすぎたのだから。



* * * * *



 血は争えないもので、数回会うと私はダグラスに惹かれていました。

当時は新しい玩具を与えられた子供のような感情だと勘違いしていましたが、それは紛れもなく恋でした。


 10回目に訪れた頃だったでしょうか。

 ダグラスはあそこに一際光る星があるだろうと多くの光が溢れる星空の中でも白と青の星を指差しました。


「メルトは星祭りって知っているかい?」


 どうやら指差した2つの星はそれぞれ恋人関係にあるらしく、1年に1度星の川を渡って逢うことができるようでそれを祝うのが星祭りとのことです。

きっと、私達の関係が彼らに似ていると思ったから話したのでしょう。

しかし、彼らが1年に1度しか会えない原因は彼ら自身にもありました。

私たちのどこに非があるというのでしょう。

私たちがいくら勤勉になろうとも、私たちを隔てるものは決して無くなりはしません。

それぞれの種族による同調圧力が私たちを別つのです。


 私たちの前にある川は闇夜に輝く星のように綺麗なものではなく、酷く醜いものでした。

 だから、私たちの終わり方もあっけなく、感慨のない終わり方だったのでしょう。


 1年に1度会えるという報酬のために1年間会わないという任務があった。

私たちは甘い飴に踊らされているだけでした。



* * * * *



 これは15回目くらいに訪れた頃だったでしょうか。

会って早々に彼は言いました。


「メルトは可愛いね」


 可愛いという言葉で竜は喜ばないんですよ?

知っていますか?

女心は非常に面倒なものなのです。


 この数年で、彼は大きく成長し、男らしくなっていきました。

人として成人を迎えた彼は竜から見れば頼りないですが

一言で言うなら、「非常に私好みの青年」になっていました。


 しかし、彼は婚約者を取らず、一人で領地を統治すると言い出しました。

どうやら彼の理想のお嫁さん像はハードルが高いとのことで……。

きっと、私のせいだったのでしょうね。


 当時は私の抱いている感情が恋かどうかわかりませんでした。

私は母と彼と彼の両親以外の人とほとんど話をしたことがありませんでした。

城壁の衛兵、雑貨屋の主人、渓谷の治安維持依頼の窓口とほんの少し話す以外に人との交流が無いのです。

ですので、人間という種族に惹かれているのか、ダグラス個人に惹かれているのか。

当時の私には知るよしも無かったのでした。


 ただ、彼のことを思い浮かべると胸は高鳴り、ぼーっとしてしまうことは事実でした。

今聞かれたら「愛していた」と即答するでしょう。



 この年、私の母が老衰で亡くなりました。

渓谷にいた私にもダグラスから連絡が届き、数日泣き暮れた記憶があります。

数少ない私を人として見てくれる優しい母だったから。


 私は自分が思っていた以上に『人間らしさ』を手にしてしまっていました。

そして、次に彼と逢ったとき、私たちは一夜の過ちを犯したのでした。

初めては痛いと母に聞いていましたが、優しさに包まれながら貫かれた私は彼に愛されていたと言えるでしょう。

 あとから冷静になった私は自己嫌悪に陥りました。

人には人の生活があります。

半分が竜の私にはそれを侵食する権利はなく、人の優しさに付け込んだ自分が許せなかったのです。



 次の年、私はダグラスに会いに行きませんでした。

人の生活圏を喰い荒らしてしまった私には罰が必要なのです。

私たちは1年に1度しか会えません。

人間の寿命を考えると多くても70回ほどでしょう。

私にはその重みはわかっていませんでしたが、彼にはわかっていたのだと思います。



 その日は雨が降っていました。

私にとってはたった1年と思っていたものも、あなたを知ってからは非常に長く感じるものとなっていました。

竜の生息地にダグラスが向かうという報せを聞いて私から出向くから死に急ぐのは辞めてくれと手紙を書きました。

私に対する最上の罰はあなたにとっても同様のものであり、結局、お互いが心の大半を占める必要不可欠な存在になっていることを確認しただけに終わりました。


 それでも、私たちは会う頻度を増やしたりはしませんでした。

これ以上先に踏み込んでしまうと、後に戻ることが出来なくなってしまうのだから。



* * * * *



 時間というのは残酷なもので、このまま止まれと願えども、無情に過ぎ去っていきました。


「老いたわね、ダグラス」


 人の輪から外れている私にそういう君は変わらないなと頷いて微笑みました。

初めて会った時から50年ほど経過していました。

舌足らずで話していたお坊ちゃんだった姿はそこにはなく、人並に皺や白髪が増えた壮年の男性になっていました。

それでも、執務をしつつも体を鍛えることを辞めないのは私への対抗心からなのでしょうか。

いつまで続けるんですかね、これ。


「まだメルトに勝つことを諦めていないからね」


 そういう私を人として扱ってしまうところがダメなんですよ、大好きです。

私にとって、あなたと交わした言葉一つ一つが大切な宝物でした。



 ある時、お酒に酔った振りをしてあなたに尋ねました。


「ねえダグラス。あなたは仮にも領主なのでしょう? 跡取りを残さなければならないのではなくて?」


「妹の息子が優秀だから後継者は問題ないよ。もう数年もすれば領主の地位も家督も譲るさ」


 その後は君と暮らせる所を探したいなと小さく呟いていたことを聞き逃すような私ではありません。

彼もまた、私に聞こえることを承知した上で声に出したのでしょう。


 彼は領主には向いていませんでした。

優しすぎたから。

そして何より、初恋に対して一途すぎたのだから。



* * * * *



 数年後、彼は私をおいて深い眠りに就きました。

それを知ったのすら1年振りにヴァレリー領に赴いたとき、彼が亡くなってから半年後なのですから、どれほど私が歓迎されていなかったかよくわかりますよね。


 どうして私を置いていったの? なんて思うこともなく、ただただ空虚でした。

近くにあるはずなのに手の届かない大事なものが、見えなくなって消えてしまった。

私はこの感情を知りませんでした。

そもそも、竜にこの感情は不要だったのでしょう。

命を失う怖さを知ってしまうと、弱くなってしまうのだから。


 半竜という歪なものでも人と竜の架け橋になることは出来ず、どちらからも腫れ物として扱われる哀れな存在にしかなれませんでした。


 人として生きていくことのできない私は、気づけば竜ですら無くなっていました。



* * * * *



 小粒の雨が深々と降る鼠色の空の下で私はあなたを想っています。

振り返った過去の後悔を洗い流していく滴に心地よさを感じます。

あなたがいないこの世界になんの価値があると言うのでしょうか。

無意識に渓谷に戻ってきた私はーーー


「おかえり、メルト」


 もう二度と聞けないと思っていた優しい声が聞こえて思わず岩影に隠れてしまいました。


「どうして…………」


「メルトと夜を共にした日から体に異変が起きていたんだ。内側から力が湧いてきて止まらなかった。少量でも竜の血を浴びたからかな? ドラゴンキラーの英雄は人間離れした能力を身につけるって言っていたけど、僕もある種のドラゴンキラーだったってことだね」


 そこには愛して止まない彼が居たのでした。

 どうやら領主の交代や引き継ぎが済んだから亡くなったことにして、私の元に来てくれたとのことで……。


「あぁそうか、竜の血じゃなくて体液かも知れないね!」


「ばかぁ……ばかぁ……」


 宝箱に入れたく無いようなものでも、またこうして言葉を交わせることがどうしようもなく嬉しくなってしまいます。

ああ、顔が熱くてなって口から火が出そうです。



* * * * *



 1年は長いと思いますか?

そう聞かれたら、非常に短く感じると答えるでしょう。


 私は今、最高に幸せだ。

最後までお読み頂きありがとうございます。

活動報告にあとがきがありますので気になる方はそちらもどうぞ!

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