『まつり』
街に到着したのは、太陽が真上に差し掛かり少しばかり過ぎた頃。
――レギュート街。
国内でも有数の自然を誇り、花と緑の街と別称で親しまれている。年中観光客が足を運ぶ穴場として有名だ。
「ちょうど祭りをやってるようです。賑やかでしょう?」
「本当に」
白灰の敷石に、不透明な色鮮やかな石があちこち敷き詰められている。街の広場では踊り妖精が花の精霊と行く人々を和ませていた。妖精の服についた水の雫が太陽に反射され、次々と光を代えては虹色に輝く。
噴水の芸に合わせて舞い踊る姿はとても愛らしい。
「すごいな、花がいっぱい」
「このユアンでは月に一回踊り妖精たちのショーが開催されるようですね。月ごとに花が代わるのが特徴でして」
「月ごとに旬の花があるのか」
何もかも新鮮だ。
エメラルドグリーンを含んだ蒼い空。
街行く人々は賑わいをみせ、道端では各色のトタンの屋根で仕切られた店が並ぶ。賄いの声があちこち飛び交い、活力に溢れていた。物色中のシリウスを横目に、別の意味でゼロは落ち着けなかった。街に入ってから度々注がれる視線を感じていた。
原因は分かる。
陽光の下、柔和な曲線美、身についた振る舞いは場違いなのだ。
自然とそうなってしまうから、気をつけなければならないのだが。
それに加え、ゼロの身長は女性の平均身長よりいくらか高い。
流れるような白銀の髪、紅の瞳。陶器に酷似した白い肌、人形のように精巧な容姿も一層目を引く。細い首筋も自然に朱をさした唇も、なにもかも。
この目立つ容姿を最大限隠す方が先だ。
「シリウス」
ガラス工芸に目を奪われてる青年に声をかけみる。
聞こえてないようだ。確かに珍しいが、それ以前に注目されてるのに気づかないのはなぜだ。
もう少し大きい声で名を呼ぶ。
「シリウス!」
「え、何かおじょ……」
言葉を最後まで聞かずに、唇を両手で塞ぐ。
「お・ま・え・わ・す・れ・る・な・よ」
「む、むみひゃふぇび(すみません)」
やっと失態に気づいたらしい。
途端に腹の虫が爽快になり、思わず腹部分を手で隠す。前にいたせいで聴こえたシリウスが吹き出して笑い、すぐに「失礼しました」と真顔になる。
「屋台並んでるようですし、なにか探しましょうか?」
「ついでに、髪留めるゴムと羽織る服買ってこい」
「髪留め?」
「小細工なしの適当なものでいい」
「は、はい」
彼に小さな財布を投げて渡す。
うっかり落としそうになりながらもキャッチしたシリウスは、ベンチを指差した。
「その場から動かないようにしてくださいね」
「子どもじゃないし」
さっさと行けと手をひらひらし、少し離れた花壇のベンチに座る。手を加えられた上部を蔦がいい具合に絡まり、アンティークっぽい加工が気に入った。何人かが同様にベンチで小休憩をとっていた。
茶を帯びた銅の髪が人混みに埋もれると、広場のほうに視線を向けた。
愛らしい踊り妖精がラッパの音に合わせて舞を披露している。さまざまな人種の人々が見入り、拍手をわかしていた。
ーー久しぶりに外に出られた。
「こんな感じなんだなぁ……」
昨夜のことが質の悪い夢幻のように感じる。外の世界に出られたこと自体現実だと思い知らされる。
吸い込まれそうな黒髪に、鋭利な三日月の瞳に触れる度に困ったように笑いながらも、求めてくれた残酷な人。
今も愛してるのに。何一つ自由はなくても、彼だけがいれば十分だった。側にいない日がくるなんて、甘い夢に追いすがった頃は予想もしなかった。
「気づかないふりをしていた報いだわね」
いつかは大変な事態が起きて、外へ出ざるを得なくなるだろうとも薄々は予想していた。それでも、このままずっと、怯えて日々を願い続けていた結果がこの罰だろうか。
穴を埋めるようにシリウスが側にいるのも予想外だったけれど。
「楽園、か」
心当たりがあるといえば、生まれ育った国が《至上の楽園》と呼ばれていたこと。
そして、エディン家、王家を含む三大血縁家が神の子孫だということ。人間とは違い、長寿生命体ということは誰からも教えられず自然に知った。
――本当に神の子孫ならば、そこに真実があるのかも知れない――
『深い真実は君自身にあることを忘れないでね』
ガリッという音と痛みで、無意識に首筋を引っ掻いた手に気づいた。わずかに血が付着していた。
◆
腰の曲がった老婆は優雅な手つきで紅茶を飲んでいた。
最低限の家具を配置しただけのひっそりとした部屋では、ノック音がよく響いた。
「はいりなされ」
青年が片手に鳥を抱えて入ってきた。
鳩ほどの大きさのある、黄の鳥は右足に筒がついている。机上に置くと可愛らしい声で鳴いた。
「伝言鳥が留まってたからさ、捕獲しといたぜ」
青年の言葉に老婆は目を細め、足についた筒の中身を取り出す作業にかかる。
「よし、あちらにも連絡が入ったね。ひとまずお疲れ様」
「夜中からドタバタしててもう俺っち、眠いっス」
「ひゃっひゃっひゃっ。それならガラテア、今から屋敷中を清掃しなさい」
「はぁっ!?」
紅茶の香りを堪能しながら、素っ頓狂な声を上げた若者に無情な命令を下す。
「できれば正午の鐘がなる前に終わらせぃ」
柱時計に青年が目をやれば、哀れ、残り一時間もなかった。
◆
しばらくすると、美味しそうなのをいくつか手に戻ってきた。
「買ってきましたよ。名物のミートパンをご用意しました。中身は色んな種類があるのが特徴なんです」
「ありがとう。どれもうまそうだ」
できたてのパンを一口、二口と頬張る。濃厚なチーズとミネストローネが中から流れ、舌鼓を打った。
「よく食べますね。足りなかったら買ってきますから申し出てくださいね」
パンの他に魚焼き、厚切りステーキがゼロの左右で待っている。鼻をくすぐる匂いがたまらない。お祭りの特権に、ゼロはすっかり満喫している。
「朝から何も食べてないもの。僕からすりゃ、腹の空かないお前がどうかしてる」
基本小食である聖獣は、なんと丸いパンを平らげるだけで満腹感を得るらしい。その場面は一度も見たことがないので、ちょっと信じられない。
「でも、良かったです」
ベンチの横に立つシリウスの安堵した顔に不思議に思い、パンを加えたまま彼の方を向く。
「実をいうと、外の出来事に楽しめるか心配でしたので。これが旅人御用達のフード、こちらが茶色のカラー眼鏡です。ある程度は目立たなくなるかと思います」
黄土色のフードは襟に大きなボタンがあり、腕を通してみた。胸下に刺繍された花模様がワンポイントらしく、なかなかセンスは悪くない。カラー眼鏡は意外とする人が多く、縁も花模様にコーデリングされている。
なるほど、要するにお土産みたいなものだろう。
「なにもかも新鮮で楽しいよ」
パン屑をこぼさないように、人目をはばからず口を大きく開けて頬張る。
「汚れがついたら大変なのでナプキンを敷いてくださいね」
食べきらないうちに、膝に広げた白いナプキンが置かれる。
「むぐ……子供じゃないのに」
大きなパンを味わいながら、もぐもぐしていると。
「ゼロ様、シリウス様」
「ん?」「え?」
幼い声に呼ばれて顔を向けると、子供がいた。十~十二位であろう、ごく普通の少女が大きな肩掛け鞄を抱えて立っている。
近づく気配もなかったので、一瞬心臓が止まったかと本気で思った。
「エレナ様!?」
「はい、なにか」
誰、と聞くよりもシリアスが驚いて名前を出し、少女が返答する方が早かった。
橙を帯びた亜麻色の髪をおさげにした、小柄なりにしっかりした印象を受ける顔立ち。一重のわりにぱっちりとした鳶色の瞳とは逆に、おちょぼ口がいかにも生意気そうだ。