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ゼロの楽園  作者: 櫻森 わん
第一記 運命
8/20

『扉はひらかれるーー』

 娘のお気に入りである、薄青色のセーラーカラーが風になびく。

 うつむき加減で何かを思い悩んでいる雰囲気に、シリウスは情けなく待つしかできなかった。

 しばらくした後、吹っ切れたような顔をして視線が合う。


「シリウス、約束して。お前は離れた場所にいろ。――呑み込まれるな」


 最後の言葉に得体の知れない畏怖を覚えた。

 ――呑み込まれる。

 意味を聞きたかったが、有無を言わさない瞳に渋々諦めた。


「わかりました。そのようにします」


 二人は荷物を抱え、低い丘陵地で遠く屋敷を見つめる。


「これで屋敷ともお別れですね」


 あまりにも相違する情景。屋敷だけでなく、所有領土までも雑草が埋めつくしている。ひび割れた大地と枯渇し死した樹。腐臭にも似たような、なんともいえない匂いが仄かにする庭。

 ゼロの隠れ場所だったあの薄暗く、幻想的な森も面影一つ残らず屍の残骸と化した。


「それだけの魔力があれば、僕をいつでも消せただろうに」

「お嬢様」

「冗談だよ。魔法石も幾らかあっただろうね、……盗られてるとは思うけど」


 白銀色の髪をかき分け、ゼロがしんみりとした声で見据える。

 

「なんのために閉じ込めたか、ますますわからないな」

「お嬢様の命を守るためでしょう」

「それだけで、あんなに厳重にするか? 外すら出さず?」

「……とにかく、お嬢様の命を守る為だと」


 エウクレイウスから耳にたこができるほど、うんざりと忠告されていた。彼女がむやみに出たがるから、命の保護のためにやむを得ず幽閉するのだと。

 現に住み始めて数ヶ月間、よく行方を眩ましてシリウスたちの手間をかけたのだから。

 足元に置いた革袋を背負い、ゼロは服を軽くはたいた。


「向かうのは東のレギュート街だよね」

「そうです、お嬢様。国外しした血族の一人が『いろいろと話したいことがあるから、こっちに顔を出しなさい』と手紙よこしてくれたのは助かりましたね」

「僕、一度も家に行ったことないんだけどなぁ」

「案内の者を送ってくれるそうですから」


 不意に歩きだそうとした足を止め、ゼロが振り向いた。


「あのね、『お嬢様』はやめて『ゼロ』と呼んで欲しい」

「えーと……それは」


 シリウスは悩んだ。

 今まで定着していたせいか、言い換えるのは妙に違和感が残る。

加えて今や契約者となった主を呼び捨てにするのはポリシーに引けた。


「今までは許したけどもう捨てなさい。僕がいうのもあれだが、今は放浪の身なんだから」


 外の世界はどうだかわからないんだし、と意見されて賛同する。


「そうですね。では、ゼロ様と呼びます」

「様もいらなーい!」

「えぇ……」

「はい、もう一度!」

「わかりました、ゼロ」


 ふいに見せた儚げな微笑に、心臓が一瞬静かに高鳴った。

 あぁ、本当に黙っていれば可愛いのに。


「それでよし」

「ここから先はずっと砂利道ですから転ばないでくださいね」

「失礼な。そこまでドジじゃない」


 太陽はまだ低く、早朝から肌寒い日であった。


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