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ゼロの楽園  作者: 櫻森 わん
第二記.花緑小都市~レギュート街~
18/20

『夜明けの唄』

 白々と夜が明けてくる頃、三人は病院をあとにして深い森へと歩み出した。馬車が一台ほど通れるくらいに狭い道を歩く。


「人型じゃなくても聖獣のほうが持ち運びが楽じゃないか?」

「目立つにはいきませんし、全然軽いので問題ないです」

「それもそうか」

「獣道ルートに入ったらそうします。二人乗りでもできますから」

「頼りにしてるよ」


 エレナはシリウスにおぶられて、眠っている。揺れ心地がとても良いのか、ぐっすり夢へ旅立ってるようだ。しばらくは会話しても起きないだろう。


「リオ、いなかったな」

「怪しいフードの方なら、既にいませんでしたね」


 借りた物を返そうと捜したが、見当たらなかったので受付に聞いてみればエレナを渡した後に、すぐに引き払ったという。フローラのかかりつけ病院だったこともあり、エレナは問題なくパスできたのは幸いだった。

 ーー『渡したものは持っててください、とのことでした』。

 渡されたコインのような物は錆び付いてて、道具で磨かないとわからない。なにか丸みを帯びた線が僅かになぞればわかるのみだ。今度、リオに会う機会があったら渡そう。


「ガラテアは今頃どこかな」

「先に行かせても宜しかったのですか?」

「あいつの強みは情報だ。薬も待たせてあるし、せいぜい役に立ってもらうとしよう」 


 薬を半端強引にガラテアの手に握らせ、病み上がりだと小言を垂れていたので「そこは頑張れ」と有無を言わさずに送った。

 仕事は迅速、正確、ナンパしてこそがモットーな彼だ、うまいことやってるだろう。


 リャン帝国との国境ーー。

 ガラテアと合流できた時には数日が経過していた。伝書鳩を飛ばしながらやりとりし、ようやく国境を越えた。真昼も過ぎる時間帯、麓は国境を越えた旅人で少し賑わいを見せている。


「伝書鳩、いつのまに用意できたとは驚いたよ」

「あぁ、ババァが飛ばしてた鳥が俺っちのところに来てな。コルコダン公国にも飛ばしたら、昨日戻ってきたっス」

「返事きたのか?」

「きてるきてる。読むのは空中飛行船に乗ってからっスよ、個室も抑えました」


 飛行船の個室、とエレナが気づいて真顔になる。


「ガラテア、その資金は一体どこから」

「さすがエレナ。白癒結晶をちーっとばかし売ったら充分なお金になったっス☆」

「おいおいおい」


 治療薬を売る荒手に出たガラテアは、計算してるのか全然余裕で話を続ける。片手にチケットらしき紙を数枚持っていた。


「どうせリャン帝国国境近くの飛行船に乗ったら、コルコダン公国の国境近くに降りられるんスよ、終点だから。お金は高くつくけど、あちらさんが持ってくれるっス♪」

「そこまで話を進めたのか」

「話が早すぎますね……」


 ガラテアの手際の良さに感心しつつも、ちゃっかりしてるところはちゃっかりして呆れるように笑うしかない。伝書鳩の筒なら、お札複数は収納できたらしく、後でお礼を伝えないとだなと思うゼロなのだった。

 問題なく乗船の手続きをし、ガラテアが受付で色々と話し込むのを横目に指定の個室へと入った。


「なかなか広いな」


 四人分のシングルベッドが並び、テーブル一つとチェア四つしかないコンパクトなサイズだ。寝るだけなら十分な広さだ。壁には構図が飾られ、空中飛行船にはスイートルームは二つ、個室ルームが五つ、その他は一般の座椅子と配置されてるらしい。一通り、シャワールームやトイレを把握し、窓へ近づく。


「外からの眺めがいいですね」

「いい天気だな、自然が良い」

「お待たせ〜」


 遅れてガラテアが入室し、両腕にどっさり何やら持ちこんでテーブルに置いた。飲み物やお菓子、用途不明の物が複数ある。


「買ってきたのですか?」

「ナンパして施しもらってきたのですか?」


 ほぼ、同時にシリウスとエレナの声が被る。


「ナンパっス」

「どうやってもらってくるんだ」

「企業秘密! スイートルームの客からもたまたま会えたから、高級のもあるっス♪」


 やたらすごく生き生きと目を輝かせるガラテアの様子に、シリウスとゼロはついていけない。

 日常茶番らしく、エレナが慣れた様子で品定めをしている。


「そういや、空天暦に起きた出来事は知らないっけ?」

「……あれから八十年も過ぎたんだったな」


 はっとしてゼロは気まずく呟く。時間が置き去りにした代償はあまりにも大き過ぎる。ベッドに腰かけ、ガラテアがノートを取り出して広げた。ゼロも続いて隣に腰をかける。シリウスとエレナはお金の計算と、物の整理整頓に集中していた。


「世界は今、三つ巴になってる。あとは中立国がいくらかっス。毒大蛇(セインペルク)聖白蝶(ルカルク)大鷲翼(イーグリット)だな」


 聞きなれない単語にゼロは小首を傾げた。なんとか記憶を頼りに思い出そうとするのだが、やはり知らない。辛うじてニュアンスだと、毒大蛇(セインペルク)はなんとなくわかる気はする。


聖白蝶(ルカルク)大鷲翼(イーグリット)?」

「直接見たわけじゃないから自信ないな〜。紋章があって、それぞれこうなんスよ。コルコダン公国のは多分、聖白蝶で間違いないっス。この二つが特に争ってる」


 丁寧に描かれた三つの紋章はそれぞれ形からして相違してる。

 ーー細長い結晶のような菱形に蛇が巻き付いている。菱形の下部には薔薇が一輪咲いている。『毒大蛇』だ。

 ーー女性らしい柔らかな曲線の両手に、白蝶が今にも羽ばたき飛びそうな動きのある逆三角形の紋章。白い彼岸花が背後で咲き誇っている。いかにも『聖白蝶』らしい。

 ーー横に転がる卵の上で一羽の鷹が止まっている。花はなく、至ってシンプルだ。形は丸く、『大鷲翼』だけが異質だ。


「アリスの紋章じゃないーージェミニ家のか」

「そうみたいっスね。ババ様も出来の悪い甥のだって止めようとしてたみたい、無理だったけど」

「これを八十年も……」


 ふと、ガラテアの年齢は幾つなのだろうかと疑問が湧く。フローラの弟子としてもだが、臨機応変しなければならない程に変わりゆく世間や精通するまでは長い間をかける必要があるだろう。

 今はこうして共に旅をしてるのが不思議な縁を感じる。


「手紙読んでみない? これっスよ」

「あ、そうだな。ありがとう」


 コルコダン公国からの手紙を受け取り、封筒を開ける。綴られた文字はどこか懐かしく、優しい文章がゼロを包み込んだ。真っ先に瞳に映るのは、『おかえりなさい』の文字だった。


「……降りたら、馬を手配してあるから引き取って向かえ、と。ここの牧場とはどこだ?」

「どれどれ……少し距離あるっスね。馬車で向かえば当日中には着きそうだけど、夕刻前くらいかな〜。ここから終点まで二日はかかるんスよ」


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