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ゼロの楽園  作者: 櫻森 わん
第二記.花緑小都市~レギュート街~
16/20

『枯れ果てた薔薇』

「まさか隊長が二人もやられるとは!」

「所詮は捨て駒だからな。プリシラ総隊長のお心のままに」

「帰ったら酒だな!」


 戦で興奮しているのか、途切れ途切れ耳障りな声が届く。

 暗黄色の甲冑姿の兵士たちが段々と明確に姿を確認できた。嫌な思い出を呼び込む名前を耳に拾い、ゼロは苦虫を潰した顔になる。

 ーープリシラの命令か。


「あいつら、ニケ軍で間違いないようだな」


 記憶が正しければ、プリシラはアリス側に元々つき、女隊員としても有名ではあった。少女ながらに軍官の一族の出で負けず嫌いだったのを覚えてる。


「勝利の女神、ですか」

「あぁ、〝ヴィクトリア(アリス)〟の軍だ。誕生日祝(じゅうにさい)にもらったんだったか」

「誕生日祝……?」


 どんなスケールだ、とシリウスのツッコミは内心に留めた。


「黄旗、ここから見えるか?」

「黄薔薇と蛇ですね」


 ハート型に黄薔薇を囲む2匹の黒蛇のモチーフが描かれている。傍目に愛らしい印象を受ける。


「アリスが愛でていた花だ。E家の紋章は林檎だが、それすら我が姉は入れたくないようだな」


 皮肉混じりにつぶやくと、気合を入れ直して軽く腕の運動をする。


「さて、行くか」

「ゼロ」


 止めるままなく、旋風を起こして兵士の前へ去った主の後を追う。


「ゼロ、か」

「フローラはどうした」

「さぁな、さっさと行けばいいだろう。ゼロは対象に入っていない」

「どういうことだ?」


 瞬間、黄色い紋章が足下に拡大し、兵士たちの姿が光に包まれた。


「わははははーーおかえり、夢幻の果てから」

「待て!」


 瞬く間に黄色い紋章が地に浮かび上がり、嘲笑の洪水を沸かせながら黄色い霧となって兵士が消えていく。


「遠隔魔法!?」

「僕がここにいることも知られてるな……。シリウス、馬になれ」

「御意!」


 不気味な痕跡を後に生者のいない街を一角獣にまたがり、ゼロは屋敷へと足速に向かった。

 所々地に落ちている屍を尻目に通過していく。なぜ、神にも等しい血族が下々を巻き込むのか理解できない。常に王宮内でいざこざはあっても、慕われていた〝楽園〟を懐古しながら、ゼロは祈りを捧げた。


 限界を留めず、見事なまでに屋敷は崩壊していた。先ほどの血の匂いが充満した広場とは違い、瓦礫の焼け焦げた匂いが鼻をかすめていく。


「フローラ……」

「なかなか朽ちぬ身体じゃのう」


 無限に語る激しい攻防戦の痕跡にゼロは絶句した。もしかしたら、ここでも月狼が加勢していたのか、その予感は少なくとも当たっていたようだ。致命傷となった首には夥しい血痕がこびりついている。もはや痛みもなく、命尽きるのを待つだけのようだ。


「ガラテアは?」

「俺っち、ここ」


 声がした方向を振り向くと、不透明な球体が姿を現し、中からガラテアが出てきて瓦礫の壁に寄りかかる。一目で辛そうに右腕を押さえている。


「シリウス、保護してきて」

「かしこまりました」


 痛みがあるのか、脂汗が額に浮かびながらも、味方が来てようやく肩の力が落ちていった。


「どこかお怪我を?」

「右の腕おっかけてるし、肋骨も何本かやられてるかな〜。ババァが結界を張ってくれなきゃ危なかったよ」

「一度に大量の魔法を使ったんですか!? そんなことしたらっ!」


 悲鳴に近い問いかけを無視し、力なくフローラは手招きする。表情はいつもと変わりないのに。側によると、どこで余力を残したのか力強くゼロの右腕を掴んだ。


「ーーレオや」


 真摯な声色にゼロは言葉を紡げない。なにか伝えたいことがあるのに、有無をいわさない力強い瞳がゼロを射る。


「楽園の真実を求めてはいけない」


 幾度なく、祖父からも言い聞かされてきた言葉だ。それでもゼロは進もうとしている。光など差さないであろう、修羅の道を。


「今まで信じてきたものが……崩壊する」


 結果が残酷なほどに永遠の奈落に等しくても、求める気持ちは歳と共に強くなっていく。


「それでも知りたいかぇ?」

「はい」


 迷わずに即答した美しい娘に、大きく深呼吸して、フローラはいつものように話す。ますます力強く腕を握られ、ゼロは苦痛に歪む。爪が服を通り越して食い込んでいく。


「コルコダン公国に迎え。ーーカインが待っている」

「えっ」

「ーー血筋だけは絶やすんじゃないよ」


 双眸を見開いたまま、それきり、フローラは息耐えた。

 永久に等しい時間を半端呪いながらも、傍観者として生きてきた時の見守り人は激動の最中を終えたーー。


 ーーあの日は薄桃色の花びらが舞う和やかな日だった。


「あ、フローラ」

「ハルモニア」


 若きエウクレイウスは五人目の子供が生まれたというのに仏頂面で、ソファで新聞紙を広げて読んでいた。フローラが遊びにきたのが面白くない風であった。そんな弟の横を素通りし、大きな揺籠であやかされてる赤子を見下ろす。黒髪に真紅の瞳をした、生まれながらにも既に美しさが一際目立つ赤子だった。


「ーーこの子の名前は?」

「アンジェリカよ」

「三人目の娘か。サンドロの世話もまだ手間がかかるじゃろ」

「心配いらないわ。ほら、お兄ちゃんだものね」

「おばちゃ!」


 紅梅の瞳をした幼い甥っ子の鼻を軽く摘むと、アレッサンドロはすぐ泣き出した。ふふんとフローラは勝ち誇った顔をする。


「まだまだじゃな」

「んもう、フローラ姉様。いじめてはなりませんわ」

「可愛がってやってるんじゃよ」

「あう!」


 ぽかぽかと小さな反撃を受けて、フローラは嬉しそうに笑った。楽しそうな声にエウクレイウスが少し口角を上げたのを見逃さなかった。口数は少なくとも、子供を愛する気持ちは多少なりともあるのだと驚いたものだ。 

 なによりも、エウクレイウスとフローラが大切だった。そのためなら喜んで国外しにもなろう。


「お父様とお母様にもお見せしたいわ」

「もう少し落ち着いてからにしよう、フローラ。今は王族の閲覧が先だろう?」

「デュナミス坊やも来るかしら。サンドロと同じく小さな女の子を欲しがっていたから、仲良くしてくれるといいのだけれど」

「そうだな」


 ーーあぁ、やっとここに帰れた。

 

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