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ゼロの楽園  作者: 櫻森 わん
プロローグ
1/20

『ゆりかご』

 世界は

世界樹を中心に廻る


楽園は二度喪われた


 繰り返し原罪の罪を

仔らに捧げよう。



《アーク幻文書 冒頭》


 

 一斉に――紅の花びらが視界を覆い尽くした。


「王が……王が、身罷られた‼︎」


 齢十一を迎えたばかりの少女は茫然自失として、異様な雰囲気に置き去りにされた。少女の白銀の髪、白い肌、膝丈のワンピースドレスにも容赦なく飛び散る。 


「ぎゃぁぁぁぁ‼︎」「こっちに……!」


 足元が誰かの赤い液体でみるみる囲まれ、思わず片足をあげた。

 汚れのない白壁は見慣れた人が歪な十字架を作り、そこから無数の血潮が脈を打っていた。大理石の廊下は細長い川が道を伝う。複雑に繋ぎ合っては、分裂する。


「姫様、お逃げくださっ……」

「ルナ!」


 スローモーションのように倒れる女性を、ただ目前の急変に少女は為す術もなく、狼狽するしかなかった。


「レオ」


 聞き慣れた声に見上げ、相手の姿に瞳を輝かせた。


「アリス姉さま!!」


 緩やかなうねりを帯びた淡い金髪の少女が廊下にいた。

 誰もからも愛されるアンティークドールのような容姿は、いつだって両親の自慢で、大好きだった。

 身を包んだ安堵は片手から零れた雫で疑念にすり替わる。

 姉の右手に握られた短剣。紫陽花の模様が滲み狂い咲いたワンピースに着いた血は真新しい。


「ね、姉さま」


 刃を伝い、零れ落ちる赤い雫は点々と軌跡を記す。


「レオ、こっちにおいで」


 普段と変わらず優しく微笑し、アリスは少女に手を伸ばした。 側へ行けば、今より恐ろしい事態が降りかかる。レオはアリスを座視したまま、立ち竦む。

 その様子でアリスは不意に笑みを消した。

 濃い桃味を帯びた赤い――紅桃の瞳が細くなる。


「気づいたの。子供ガキのくせに賢い子は嫌いよ」


 覚えのない殺意に身体を震わせると、アリスが手に握っていた肉塊を蹴った。緩やかなカーブを描いて降下した物体――血気を失った白い指。記憶に残る、紅い石を宿した金の指輪。

 脳裏を美しい母の姿が横切った。紛れもなく、母が毎日磨いていた指輪だ。

 悲鳴にならない叫びは喉奥で絡みつき、口を手で覆う。

 ほんの数十分まで抱きしめて、侍女に任せて去った人。見る影もなく変わり果てた肉親を前に恐怖感が襲った。

 アリスの薄笑いがまるで悪魔のように重なる。

 刻々と縮まる距離に我に返り、動かない身体に焦燥感が誘う。


「……どうして」


 振り絞った声が震えてるのが、嫌になるくらいわかる。

 根深い殺意を隠した瞳に怯えた少女の姿が映る。


「あたしね、すごく欲しいものがあるの。得るには、あなたが邪魔になるわ。――消えて」


 美しい天使は死を告げ、嬌笑して詰め寄る。

 気がつくと、その場から全力で疾走していた。

 道端に横たわる屍に目もくれずに、一心に。



――――


――――――



 鐘が挽歌のように流れて国中に響き渡る。

 不思議と涙は出てこなかった。

 永久の栄光を誇るはずの、面影ももはやない城下町を通り抜け、丘陵地を目指して走る。

 息は絶え絶えで苦しい。

 脇腹が刺すように痛い。

 足の関節が悲鳴をあげ、芝生に転倒しては、立ち上がる。


「っ……うわぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」


 刺すような痛みに耐えながら頂上に辿り着くと、下界の惨劇とは裏腹に澄んだ青空が視界一杯に広がった。

 いつも我がままを聞いてくれた、優しい優しい姉。

 家族が大好きだった。子供の理想を押し付けた結果だとしても。

 仮にも王家を影で護る一族が亡国に加担するなんて。

 丘陵地から王国を一望する。穏やかな風が妙に、気味悪い。

 生まれ育った国が赤い業火に包まれ、時間の経過と共に澄んだ水に沈んでいく。


「――――か?」


 怜悧な声が背後から響き、レオは驚いて振り向いた――。




 他に身寄りがいなかったレオは、親の話しか存在を知らない祖父に引き取られた。

 街外れの奥まった場所に孤立した、存在する荘厳な装飾の屋敷が新居地となった。

 住人は他に二人の青年がいて、祖父とは対照的に温かく歓迎してくれた。

 人なりの姿をしていたけれど“聖獣”という種族だという。

 彼らが希有な存在だとレオが知るのはもう少し先になる。


 あの日、背後に立っていた祖父を見たとき、同じ紅の瞳で血縁者だと判った。

 交流が全くなかった上に、気難しい老人とは馬が合わず、自然に距離を置いた。数年経過した現在、必要程度の会話しか言葉を交わすことはない。

 生活に慣れるに従い、血筋に恥じないように勉学や剣術、魔術などあらゆる知識を絶え間なく叩き込まれた。

 おかげで《勉強》は大嫌いだ。

 悪夢の甦る初夏、静かな秋冬、新たな春が当たり前に時だけが自分をあの時へ置いていって、巡っていく。

 月日は憂いもなく流れていき、十五の誕生日に小さな決断をした。


 ――エディン家で特殊な後継者の証を持つ“ゼロ”の名を継承する。


 それは『原罪』の意味を示唆した。

 血と血で贖われた小王国の終末は薄れることもなく、いつまでも鮮明に記憶を焼きつけた。


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