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もう嫌だ! 帰る! 帰るーっ!!

 羅美は、

『好きでもない。それどころか、どこの誰かも分からない男の子供を産む』

 ために出産に臨む。普通に考えたら本当に馬鹿な話だ。惚れた男の子供ならまだしも、いや、せめて自分にとって利のある打算の結果ならまあ自分のためと割り切ることはできるかもしれないが、まったくそうじゃない形で命までかけようってんだから、馬鹿以外の何者でもないよな。

 それでも自分に宿った命をここまで守ってきた羅美のことを俺は褒めたいと思う。親がどんなクソ野郎であっても、それ自体は子供には何の関係もない話だ。そのことを俺が証明してやる。

 だから、

「羅美、俺がついてるからな」

 そう言いながら手を握ってやると、

「お父さん…! パパ、怖いよ……!」

 緊張のあまりパニックを起こしているのか、ポロポロと涙を流しながらギュッと俺の手を握り返してきた。いよいよ母親になろうってのにこんな子供みたいな様子で大丈夫なのかと思わなくもないが、そうなんだよ。羅美の精神年齢はまだまだ子供なんだ。それこそ、継父にヤられた十一歳の頃どころか、ヘタをしたら実の父親が事故で亡くなった頃からほとんど成長できていない可能性すらある。

 俺と一緒に過ごした間にちょっとだけは成長したかもしれないが、それすらまだ一年も経っていないからな。

 体はいくら大人と大差なくなったって、精神がこれじゃ、<大人>だとか言えないだろ。

 しかし赤ん坊は、そんな母親の事情なんて考えちゃくれない。当たり前だ。赤ん坊ってのはそういうもんだからな。その事実もわきまえないで子供を産もうなんてのがそもそも間違ってると思う。

 だから子供が、『子供ができるようなことをするんじゃない』ってことなんだと俺も感じる。

 それでも、こうなってしまった以上はもう逃げられない。どんな結果になろうが出産を終えるしかないんだ。

「あーっ! うわーっ! もう嫌だ! 帰る! 帰るーっ!!」

 本当に小さい子供みたいになって泣き喚く羅美を、ベテランそうな看護師は、

「はーい、赤ちゃん産んでからでないと帰れませんからねー。頑張りましょう。赤ちゃんも頑張ってるよ、お母さん」

 まるで動じることなくさらっと受け流してそう告げてみせた。きっとこれまでにも同じような場面に何度も出くわしてきたんだろうなとまで感じさせる様子だった。

 前妻が長女を産んだ時には、逆に立ち会い出産を断られたから、前妻は、普段自分が見せない姿を俺に見せるのがよっぽど嫌だったんだろうな。

『好きな人にみっともない姿を見られるのは嫌だ』

 とかそんな殊勝な話じゃなくて、俺のことをそれだけ信頼してなかったという何よりの証拠だなと感じたよ。



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