目標6:安全な水とトイレを世界中に、は下水道にも
彼女はこれからの予定を話した。予定は未定ではなくきっちり決まっており、過密スケジュールだという。
食後の珈琲を飲み終わったらすぐにでも移動する必要があるらしい。
店を出ることがいざ決まると人は感傷的になるもので、入店してから人肌の珈琲を飲んでいる今時点までの記憶がパラパラ漫画のようにめくれていく。
指の脂が不足し始める年齢となり、鼻頭から滲み出る脂でSDGs。とある美容研究家は、SDGsが今ほど提唱される随分と前から脂リサイクルを推奨していた、という会社の女の子たちの会話をいつだったか漏れ聞いた。
カレー談義の15分間パクパクと口を開閉する自分が三倍速の速さで計5分間見えた気がした。
そういえば、入店時に彼女が白い割烹着着用のイケメン店員に手渡していたものは、透明なビニール袋に入った白い粉だった。
店員は恭しく両手で受け取り、店の奥に消え、その後ホットケーキを彼女に提供していた。
彼女はカレー談義の合間を縫い、白い粉の成分の詳細をひっそりと潜めた小声で僕に語ってくれた。
対面に配置されたソファーに座る僕と彼女。
彼女も僕も、おしりの位置をソファーの座面ぎりぎり手前になるよう可能な限り浅く腰掛け、身を前に乗り出して話した。その様子を傍から見れば、仲の良いカップルに見えたかもしれない。目撃者となるべき老紳士はいつの間にやら消えていた。
料理が提供されるまでの待ち時間のうちの2割が白い粉の説明に費やされた。
僕のカレー語りはほぼ独り言で、彼女は僕が喋る様子を慈愛に満ちた聖母の微笑で見守ってくれていた。
彼女に付いて店を出て、雑居ビルの階段をおりる。
なお、飲食の支払いについては、簿記制度上で買掛金や未払金と呼ばれるツケ払い(負債の増加)とし、現金はお財布から出て行かなかった。彼女とは見ず知らずの初対面、もちろん勤める会社も違う。仮に、彼女にとって僕との飲食が仕事だったとするなら、交際費として費用計上すると思われた。
次なる目的地への移動も徒歩だ。
その間、彼女は白い粉の配分を変える実験をした話などを聞かせてくれた。
ベーキングパウダーは入れ過ぎても少な過ぎても良くないのだそうだ。ベーキングソーダは成分が幾らか異なるのだそうだ。




