落とし物なんですが、用水路の中でした ←元ネタが何か分かりますか?
会話と行動と感情の変化。
僕は、自分の口から飛び出した言葉の一言一句を思い出す。
「あ、すみません」を一度、「はい、あねごいします」を二度、「あの、メニューにはカレーが無いように思うのですが」が一度、その後約15分間に及ぶカレー語りが一度。
簡単な受け答え以外、ほぼカレーの話しかしていないことに気付く。
次に、ちょっとした一挙一動を含めた自分の行動を思い返す。
拾って声を掛けてくれた彼女を振り向いた上体捻りが一度、同意「はい」と同時の顎下げ及び依頼「あねごいします」と同時の頭下げが各二度、膝笑いからの小刻み揺れが一度、その後の、見つめ合いから店までの移動や食事等の一連の動作が一度。
無駄な挙動は必要最小限、膝笑いからの小刻み揺れと目から涙がこぼれ落ちたくらいだと気付く。
そして、感情の変化。
好きだ。
見つめ合った瞬間、僕の心臓は鷲掴みされた。
好きだ。
例え彼女が夜の雑居ビルに羽ばたく妖しい蝶であろうと、金色の蛹のオオゴマダラの成虫(白黒斑模様)だろうと、ヨナグニサンだろうと、彼女が好きだ。
僕は悩んでいたはずだった。
仕事、会社の人間関係、仕事、仕事、夕食、仕事。
納期が間に合うか、資料作成が間に合うか、プレゼンで噛まないか、大口注文が取れるか、納期が間に合うか、パワハラによる胃痛、外部からのメールの返信、資料作成、栄養の偏り、洗濯、掃除、トイレ掃除、人間ドック。
ぽろぽろと、ボロボロと、劣化した革製品のように、古くなった角質のように、メンタルが落ちていった。
あぁ、また落ちる。
歩くたびに落ちて、落ちて、落ち続ける。
メンタルが落ちていく。
落ちても落ちても軽くならず、体感の重さは反比例するように。
嫌だと思う気持ちは、汚い感情は、概ね75メール内の距離を歩くたび道路に登場する下水道マンホールのマンホール蓋が豪雨時に吹き飛んで水が噴き出すようにあふれ出ていく。
あぁ、拾わなくては。
手を伸ばし、拾い集める。
自分の欠片を、自分を構成する物質を、それが目を逸らしたい汚物であっても、バラバラになってしまいそうな自分のカタチを保つために拾い集める。
ジェンガが崩れる原因はたったの棒一本。企業が破綻する原因は赤字を化粧し誤魔化す粉飾決算。自分を見失う原因は心の崩壊。
集めて、集めて、だが、用水路に落ちた欠片に手が届かない。
欠片は暗い水に沈んで見えなくなり、僕が失われる……そう思った時に、背後から声を掛けられた。