いらっしゃいませご主人様?
先程と全く同じ言葉。
雨乞いするでも任侠一家の姐御に依頼するでもない、ただの言い間違えの、「あねごいします」。
先程噛んだ時、彼女はとても穏やかに微笑んでいた。
街路樹の周囲に生えた雑草のカラスノエンドウがそよ風に吹かれ揺れている。
その茎にびっしり張り付いたアブラムシを、彼女は愛おしそうに見守っていた。
「あねごいします」も二度目であるため、若い彼女に「ウザい、キモい」と呆れられたのではと思い、恐る恐る彼女の様子を窺った。
彼女は先程と変わらぬ初々しさのまま、とても穏やかに優しく微笑んでいた。
緊張から膝が笑い小刻みに揺れ動く僕を愛おしそうに見守る彼女と目が合い、押しボタン式の信号機が黄色点滅から青に変わるまでの間、僕と彼女は見つめ合った。
ステンドグラスの小窓が万華鏡のように色を変化させ、照明を抑えたやや薄暗い室内に落ち着いた光を透過させている。
向かい合わせのソファー席に尻を沈ませた僕と彼女に、白い割烹着姿の見た目爽やかなイケメン店員が、店内には不釣り合いの野太い声を掛けた。
「姐御、お帰りなせぇ。兄貴もシノギ、お疲れ様やした」
雑居ビル二階にある喫茶店。
いかがわしいホテルへは蝶は飛んで行かず、移動した先はギャップ販売に重きを置く、手作りおにぎりと食後の珈琲を提供する隠れた名店だった。