第3話 昼休みの嵐
昼休みの時間になり、教室は賑やかになっていく。みんなそれぞれが友達同士で固まったり、食堂へ移動したりしている。七宮さんも仲良しの二人と集まって、俺と少し離れた場所で昼食を食べ始めた。
そして俺はというとボッチ…というわけではなく友達はいる。
「すまん伊月、購買が混んでて遅くなったわ」
こいつは大野優斗。一年生の時に同じクラスでひょんなことから仲良くなり、それ以来いつも一緒にご飯を食べるようになっていた。
両手には大量のパンが抱え込まれており、机の上に置くとパンの山ができていた。俺は毎日弁当を作ってきている。
「あとついでに告白もされていた」
「どうせ後輩だろ」
「なぜわかった」
七宮さんが完璧美少女として学校一有名なら、優斗は容姿だけは完璧と二・三年生の中で有名だ。身長は百八十センチあり、細マッチョな体型をしている。顔も俳優顔負けで都会を歩けばスカウトマンに声をかけられるのは間違いないと確信がある。まあスカウトマンに声をかけられてもデビューすることはないという確信もある。なぜなら優斗は恐ろしいほど馬鹿なのだ。入学したばかりの時は、同級生どころか上級生の女子たちにも目を付けられ、それはもうモテモテだった。しかし関わっていくごとに優斗の狂気じみた発言や行動から女子たちも引いてしまい、離れていった。仲が良い俺も変人かと思われてしまうことが多々あるため迷惑だ。だが俺も優斗も他に友達がいないため結局一緒にいる。腐れ縁なのかもしれない。
まあつまり優斗に告白する奴なんか、優斗のことをまだよく知っていない後輩に決まっている。
「その様子だとまた断ったみたいだな」
「あたりめえよ。あんなやつに俺の自由を制限されるのはごめんだからな」
優斗は自由主義だ。誰かにとらわれること、ルールに縛られるのが嫌いなのだ。これが変人扱いされる主な要因だ。勇気をもって告白をした人に対して、平気で傷つけてしまうような発言をするクズである。教室で優斗の発言を聞いた人たちが顔を引きつっているのがよくわかる。俺は優斗のこの考え方や性格は理解しているつもりであるが、気持ちに正直になりすぎだ。まあよく言えば裏表がないし、陰口は言わない、周囲の目にとらわれず自分らしく生きている奴だ。
「俺は優斗がモテて羨ましいよ」
「何がいいんだ、めんどくさいだけだ。俺は伊月が羨ましいよ。告白されなくて済むし」
「お前喧嘩売ってるのか?」
優斗は悪気もなくこういうことを言ってしまう。これで悪気がないのは質が悪すぎると思いませんか?
こういうこと言うから優斗は友達ができない、俺は言わないのに友達ができない。あれ?なんだこの敗北感。俺は気づいていないだけで、優斗と同じくらいの何か人として欠けているものがあるのかもしれない。
本当に必要としている人には無くて、必要としていない人にはあるのは理不尽な世界だ。俺も年頃の男子だからモテたいという欲求はある。
「モテモテの色男になりたいな」
「ん?何言ってるんだ伊月。お前はモテてはいるだろ?」
「はいはいどうせ俺はモテませ…は?」
俺は箸でつまんでいたブロッコリーを弁当箱に落としてしまった。優斗のほうを見るといたって真面目な顔をしている。「冗談はよせ」と言いたいが、優斗は思ったことしか口にしない。というか思ったことは絶対に口にする。そして冗談なんか言うやつではないのはわかっている。
「じゃあ俺のことが好きな人を知ってるのか?」
「俺とか」
「お前はどうでもいい」
モテてるってお前にかよ。どうせ俺のことを好きな女子なんていないのだろうとため息をついた。
「期待して損した」
「そうか。まあ俺以外だと柳――――――」
「何をしているの大野」
「げ、嫌な奴が来た」
優斗の声はいつの間にか横に立っていた芽衣によってさえぎられた。眉をぴくぴくとさせており、何やら怒っているのが見て取れる。そして大野は明らかに嫌そうな顔をしている。
「大野、昼休みは部活の会議があるの忘れているでしょ」
「いや覚えてるけど」
「はは、芽衣はまだまだ優斗のこと分かってないな」
自由主義の優斗が会議に出席するわけがない。一年たっても芽衣はまだまだ優斗の扱いに慣れていないな。
ドゴンッ!!
教室に轟音が響き渡る。教室にいる人たちが一瞬ざわつくが、芽衣を見て納得したかのようにまた元の雰囲気に戻る。芽衣が優斗の後頭部をつかんだかと思うと顔面を机にたたきつけた。
実はというと、優斗の自由主義を制御できる人がいる。それが俺と芽衣だ。
芽衣と優斗はもともとテニス部で同じであったが、異性ということもあり特に関わりがなかった。しかし俺が優斗と仲良くなったことがきっかけに、必然的に芽衣と優斗が関わることが増えていった。
俺は仲を深めて優斗を制御できるようになったが、芽衣は圧倒的恐怖だ。
「もう一発いく?」
「…行く」
「いくってもう一発やれってことね」
「会議に参加させていただきます」
訂正する。芽衣は俺以上に優斗の扱いに慣れている。
個人の自由主義という主義だけでは到底かなわない法や政府という相手がいる。それが優斗にとっての芽衣なのだ。
優斗はとぼとぼと教室を出ていく。あの攻撃を受けても顔面に一つの傷もないのは、やはりあいつが丈夫であるあかしだ。
「ほんと、なんで同じクラスっていうだけで私が呼びにいかないといけないのよ」
不服そうにしている芽衣を横目に、俺は食事を再開する。
「今日も弁当作ってきてるのね」
芽衣は俺の弁当箱を覗きながら言う。
「まあ料理は嫌いじゃないからな。でも母さんが作ってくれていた弁当が最近恋しいよ」
一人暮らしをしていると、自分で工夫しながら料理をするのも楽しいのだが、段々とほかの人の手料理が恋しくなってくるのだ。きっと一人暮らしを経験している人ならわかってもらえるはずだ。
「ま、まあ私もその気持ちわかるな~…」
芽衣のお母さんはご近所でも料理上手として有名だ。高校生の時に好きだった芽衣のお父さんの胃袋をつかんで結婚したというのも聞いたことがある。俺以上にそういった手料理の味に飢えているのかもしれない。
「い、伊月。その…提案なんだけどさ…」
「なんだよ」
もじもじとしており、どこか恥ずかしがっている芽衣の様子に疑問を思いながらも聞き返す。
「明日、私が弁当作ってきてあげる!」
そして意を決したようにそう叫んだ。
ふむ…芽衣のお母さん直伝のご飯を食べることができるのか…これは食べるしかない!
「食べたい」
「ほ、ほんとっ!?」
「あ、でも明日の芽衣の弁当が…」
「い、いいよ二人分作ってくるし」
芽衣は帰宅部の俺と違って部活で疲れているだろうに、早起きをさせて二人分の弁当を作らせるのは流石に気が引ける。
「じゃあ俺が芽衣の分の弁当を作ってこよう…うわ!?」
俺が言葉を言い切る前に芽衣は俺の胸ぐらをつかみ、自分のほうへと引き寄せる。さっきの優斗への拷問を見ていたため(殺されるっ!?)という恐怖が芽生えたが、それ以上に俺と芽衣の顔の距離がほんの数センチまで縮まり、心臓が飛び跳ねそうになる。幼馴染で見慣れている顔とはいえ、美少女には変わりはない。
「ほ、ほんとうに!?」
「ほ、ほんとうだから胸ぐらを…」
俺が弁当を作るだけで喜んでもらえるのは大変うれしい。しかし、申し訳ないのですがそろそろ解放してください。ぶんぶんされてくるちぃです。誰でもいいから助けてください。
「イチャイチャしているところ悪いが柳木、早く会議に来い」
芽衣の手がぴたりと止まった。教室の入り口のほうを見ると、優斗が立っていた。
やっぱり俺たち親友だ!
芽衣も冷静になったのか、教室の人たちに注目されていることに気づいた。
「イチャイチャしてない!それにあんたが言うな!」
芽衣の顔が真っ赤になったかと思うと、俺を突き飛ばし大野に怒り始めた。俺は壁にたたきつけられる。
「ぐは!?」
なんて理不尽な暴力なんだろうか。しかし、これで助かった。だが次の犠牲は確実に優斗だろう。優斗は逃げるように廊下を走り始め、芽衣も追いかけるように教室を出ていった。嵐は過ぎたようだ。次の嵐はテニス部が会議する教室だろう。
俺はおとなしく席に座り、優斗の無事を祈りながら弁当を食べることを再開した。
「ふーん…弁当作ってあげるんだ…」