第2話 何人子どもが欲しい?
「今日の授業はビデオを見てもらいたいと思います」
クラスは「やったー!」「先生最高!」などと喜びの声が上がり,踊りだすやつもいる。
世界史の授業では時々先生がお気に入りのビデオを持ってきて見せてくれる。もちろん世界史に関係するものだが、普通に授業を受けるよりかは遥かに楽なためみんな嬉しいのだ。この時間の間に徹夜の傷を癒すものや宿題をする奴もいる。俺も嬉しい。
「見えづらかったら席移動していいから」
先生のその言葉とともにクラスメイトは一気に動き始め、テレビの近くを仲の良い友達と一緒に陣取っている。「小学生か!」とツッコミたくなるが、こういう純粋なところがこのクラスの良いところなのかもしれない。近くの人たちが前の方に行ってくれたおかげ、で良く見えるようになったので動かないでよさそうだ。後ろのほうにいるのは俺だけ…そう思っていたが隣の七宮さんは俺と同じで動いていなかった。
「みんな無邪気だね」
「そうだね。七宮さんは前の方に行かなくてもいいの?」
七宮さんと特に仲の良い、いつも一緒に昼食をとっている女子二人は、最前列のテレビの真ん前をキープしている。二人も七宮さんのほうを見て手招きをしている。
「ここからでも観えるから大丈夫」
七宮さんはそう言うと二人のほうを向いて両人差し指で×を作り、首を横に振った。
すると二人は一斉に横にいる俺のほうを見た。急ににやにやし始めたかと思うと、七宮さんのほうへ向き直し、片方は親指をたてて、もう片方は敬礼をしていた。
え、やだ陽キャこわい。なんか…何かしらの標的にされたみたいで嫌だ。陰キャあるあるだけど陽キャに見られて笑われると怖いよね。
「あっでもこの角度はちょっと見えづらいかも…」
そう言って七宮さんは俺のほうに席を近づけてきた。
えっちょっと近くないか…?というかもう椅子が連結してしまってるよっ!?
足や肩が触れ合うギリギリ。女の子特有の匂いと甘い香りが俺の鼻をくすぶる。
「えっちょ七宮さん、反対側とかも空いてるよ…?」
「ううんここがいいの。それとも…ダメ…かな?」
上目遣いで子犬のようなつぶらな瞳でみつめられる。甘い声が洗脳するかのように俺の脳に直接響く。本当にあと少し前に出てしまうと、唇と唇が触れてしまう。
不覚にも俺はドキッとしてしまう。たぶん俺の顔は赤くなってしまっているだろう。
「うん、いいよ」
「ありがとう!」
嬉しそうにしている七宮さんも少し頬が赤くなっているのが見えた。きっと隣の席になると、無意識のうちに七宮さんはこういうことをしてしまうから、人々は彼女に魅了されてしまうのだろう。そして何人もの思春期勘違い男子が被害にあってしまうのだろう。俺はそういう勘違いをしないようにしよう。
◇
テレビはオーストリア継承戦争の話となっていた。
やっぱり席が連結してしまっている影響もあり、時々七宮さんの太ももや肩が触れ合ってしまい、その度に七宮さんの柔らかさと、体温による熱が俺に伝わってくる。いちいち心の中で悲鳴を上げてしまっている。妹とはわけが違う。
顔に出てしまっていたりしないだろうか。あとで変態などと罵られないかが怖い。
だが今はそれより…
「じーーーーっ」
実際に言ってはないのだがそんな効果音が聞こえてきそうな勢いだ。明らかに隣に座っている七宮さんからの視線を感じる。さっきからそれが気になってテレビに集中できない。
「あのー七宮さん、なんでテレビじゃなくて俺を見てるんですか?」
「気のせいだよ桜田くん。わたしはちゃんとテレビを見ているよ?」
俺が七宮さんの方を見ると、やはりこっちに顔が向いており、俺と目が合う。
「やっぱり見てるじゃないですか」
「さっき桜田くんが話しかけたから見ているの」
勘違いだよ~と言ってはいるが横目で七宮さんの方を見るとずっと俺の顔を見ている。
だが他に何か言っても俺と七宮さんでは頭脳レベルに差があり論破されてしまいそうなので言い返すのをやめた。
「オーストリア戦争といえばマリア・テレジアだよね」
「うん、そうだね。それに十六人も子どもがいる話を初めて聞いたときはびっくしたよ」
「わたしもびっくりしたよー、ちなみに桜田くんは何人子どもが欲しいの?」
急に想像もしていなかった返答をされ俺は咳き込んでしまった。どうしよう聞き間違いかな…?念のためにもう一回聞いとくか。
「ごめん、なんて?」
「桜田くんは何人子供が欲しい?」
やっぱり聞き間違いじゃなかった。
「きゅ、急だね」
「これは将来にも関わってくるものだよ」
七宮さんの口からこんなことを言われると思ってもみなかったが、真剣な顔をしていたため誤魔化せない。
「えっと…二人かな?」
なんとなくではあるが今の俺の家庭が、両親と俺と妹の二兄妹で上手くやれているので、俺もこういった家庭を築きたい。
「ということは最低でも二回は桜田くんと交われる…」
「ごめん聞こえなかった、何て言ったの?」
急に七宮さんの声が小さくなったため、テレビの音でかき消されてしまいうまく聞き取れなかった。
「ううんなんでもないよ。でも十人ぐらいでも良いんじゃないかな?」
「十人!?なかなかの大家族だね…」
でも確かに七宮さん子供好きそうだしな。それに家庭科部で家事ができると評判だし、何より性格もよい。そして何より性格が良いからきっと幸せな家庭が築けそうだ。七宮さんの夫はきっと前世で世界を救うぐらいの功績をした人じゃないと結婚できないだろう。
「子どもが多いぶん幸せも大きいよ」
「そ、そっかー」
「でももし二人だとしたら…」
「?」
「子どもの名前は何にする?」
ふんわりとした優しく微笑む七宮さんの表情に俺の目は釘付けになる。ただ子どもにどのような名前を付けるかを聞かれているだけなのに、七宮さんと結婚して子供の名前を考えている光景が脳に浮かんでしまった。本当に思春期童貞脳が。ヤバい頭が回らない。何か答えないと。
「男だったらシンジ、女だったらレイと名付ける」
「質問から逃げちゃダメだよ桜田くん。あと汎用人型決戦兵器に子ども乗せてしまいそうだね」
まさかこのネタが通じるとは七宮さんやるな。
「逆に七宮さんは子供に何て名前つけるたい?」
とりあえず自分が答える側だとこの質問はドキドキしてしまうから、七宮さんが答える側に回ってもらうことにする。
「そうだね…」
七宮さんは顎に手を当てて、考え込む。俺が言うのもなんだけどそんな真剣に考えこむほどの話題だろうか。
「男の子だったら『つきさ』、女の子だったら『さつき』がいいかな」
「へーどっちもいい名前だね、漢字は何にするの?」
七宮さんはシャーペンを手に取り、ノートに書き始める。
「これかな」
ノートには『月咲』と『咲月』と書かれていた。男と女で漢字の順番を逆にするだけだ。月と咲という字が好きなのだろうか。
「わたしね、できれば夫と私の名前を組み合わせて作りたいの」
「へー、咲が七宮さんの名前で月は…」
もしかして七宮さんの好きな人のヒントなのか?俺はクラスメイトの顔を見ていきながら、名前に月がついているのかの確認をしていく。だが思い当たらない。ほかのクラスの人かな…。ふと七宮さんのほうを見ると、まっすぐと俺を見つめていた。
―――――あ、俺の名前に月ついてる。
「どうしたの伊月くん?」
七宮さんはいたずらな笑みを浮かべている。きっと七宮さんは俺をからかっているのだろう。だがそのからかいは成功している。俺の顔は真っ赤になってしまっているだろう。
「からかわないでよ」
俺は顔が赤くなっていることがばれないように、反対側の窓のほうに顔を向ける。質問を聞くほうが何十倍もドキドキしてしまっている。
「ちゃんとテレビ見ないといけないよ」
「くっ…」
ちゃんと俺は返事することができなかった。恥ずかしくて何の音も耳に入ってこない。
「本気なんだけどな…」
結局、テレビの内容を理解することはできなかった。




