第1話 消えたパンツ
「あれ…おかしいな…」
俺の名前は桜田伊月、二カ月前に高校二年生になったばかりの容姿、頭脳共に平凡な男子高校生だ。
そんな俺だがあることに気づいた。
「パンツがない…」
俺のお気に入りの青のボクサーパンツがない。昨日たたんでタンスにしまっていたはずだが見当たらない。一応ベランダや部屋中を探したが見つからない。二重にはいてもいない。
仕方なく俺は違うパンツを適当にタンスから取り制服に着替えた。どうせ部屋の掃除をしていたら何でもないところから見つかるんだ。
「なんだこの液体」
タンスの前らへんに液体が少しだけポツポツとこぼれていた。別にここらへんで水を飲んだりもしてないんだけどな。もしかして雨漏りか?いやでも昨日雨降ってないしな。
「まあいっか」
伊月は考えるのをやめた。
◇
「いってきまーす」
見送ってくれる人はいないのについ癖で言ってしまう。
俺の通う神崎高校は家から通うには遠かったため一人暮らしを始めた。両親は「一人暮らしを経験することは大切」と心良く俺の背中を押してくれた。しかし、妹だけは全然許してくれなかった。あらゆる手段をもって一人暮らしを阻止しようとしてきた。当時、妹は中学二年生だったが、色仕掛けとガチ泣きはさすがに困惑した。最終的には両親が妹の体を取り押さえて、なんとか引っ越しできた。警察に取り押さえられた犯人のように暴れていたが、さすがに大人二人の力には勝てないらしい。
別に1・2時間で会える場所なんだから、そこまで必死に止める理由もないのに。まあそれだけ慕ってくれていると思っておこう。
「いたっ!?」
突如、後頭部を鈍器のようなものでしばかれ、大きな声を上げてしまう。
とは言っても犯人は分かっている。毎日されているが慣れないものだ。
「おいラケットで俺の頭を叩くな、俺はボールじゃないぞ?」
幼馴染の柳木芽衣。
明るめな茶髪のポニーテールにくりっとした大きな目、部活動で鍛えたであろう身体は引き締まっており、胸もそこそこある。無駄に容姿が良い。
スポーツ女子と言われれば、学校の全員が芽衣と答えるだろう。なにせ学校では運動部のアイドルと言われているのだから。
実家が隣同士で小学校の時から一緒に登校しており、高校生になったらもう一緒に登校することはないと思っていたが、まさかの同じ高校で芽衣も一人暮らしを始めたため、今もその日課は続いている。
「伊月はわたしのボールだから」
「なんだそのジャイアン方式は!」
さっき俺の後頭部をしばいたラケットをブンブンと振り回していてたまらず叫んだ。水色と白でデザインされたラケットで、去年の芽衣の誕生日にプレゼントした。初めて渡したときは「ラムネじゃん(笑)」と俺のセンスをバカにしてきた。もとから芽衣が使っていたラケットのほうが良いものだったため、部屋に飾ってもらうぐらいで良かったのに、今でも大切に使ってくれている。
だがそのラケットが俺を苦しめている。部室に置いていたらいいのにいつも持ち歩いている。
「まあでも県内の期待のエースのボールになれるなんてある意味誇らしいな」
芽衣はテニスで全国的に活躍するであろうと言われている注目の選手だ。実際、中学校の時は全国大会に出場していた。
去年は不慮の事故で怪我をしてしまい大会に出ることはできなかったが本人も、今年こそはと意気込んでいる。
「ほ、褒めたって何も出ないんだからね!」
頬を少し赤くし、プイッとそっぽを向く。
「なんだそのツンデレみたいなセリフは」
「ツンはあってもデレはない!!」
「うがっ!?」
さっきよりもはるかに強い威力で後頭部をラケットでしばかれた。高校を卒業するまで俺は生きているだろうか。さすがに大学は一緒じゃないだろうし。
「伊月、最近心配事とかない…?」
少し聞きにくそうに、芽衣が俺に聞いてくる。
「なんだ急に」
「いや…そのね、私も一人暮らしを始めたから色々と大変なことがあったから、伊月の悩み事とか分かってあげれると思うの」
正直、急に何言っているんだと思ったが、同じく高校生で一人暮らしをはじめ、幼馴染でもあるから心配事があればいつでも相談に乗るよという、芽衣なりの優しさなのかもしれない。実際、俺の両親に「芽衣ちゃん伊月をお願いね」と言われたときに「任せてください!」と張り切ってたしな。
「相談に乗ってくれるのはありがたいけど、今は特に心配ことないな」
「あるでしょ。例えば料理をするのは好きだけど皿洗いをするのがめんどくさいとか、高校生にもなって彼女ができないとか、パンツが盗まれているとか」
「いやなんだ最後の。最後だけおかしいだろ」
結構的確に俺が最近家で悩んでいたことをあてられた。家事をするのがめんどくさいからメイドが欲しいなと考えていたし、高校生にもなって彼女ができなくて虚しくなっていたり、パンツは…確かに失くしてしまったけど盗まれたわけじゃない。
「逆に芽衣は悩み事とかないのか?」
「伊月の身体かな」
「俺の身体に何かあったら犯人はお前だから。おっともうこんな時間か。ちょっと急ぎ歩きで行こうぜ」
スマホを見ると、結構しゃべっていた影響で歩くのが遅くなっていたようだ。もしかしたら遅刻するかもしれない。
「私だったら全部解決して上げれるのにな…」
◇
学校に到着し、下駄箱で芽衣と別れた。俺は2-2組で芽衣は2-4組とクラスが違う。
まだ芽衣に叩かれた頭が痛い。頭をさすりながら俺は教室に入り奥の窓側の列の1番後ろの席につく。我ながら席替えの引き運の良さに惚れ惚れする。
芽衣はああいう暴力的なところが無ければ普通の可愛い女の子なのに。
「桜田くんおはよう」
「あっおはよう七宮さん」
声の主の方に視線を向け、挨拶を返す。
隣の席の七宮咲さん。
七宮さんは学年…いや学内1番の有名人かもしれない。黒髪のショートカットに、誰もがすれ違うと振り向いてしまうほどの整った容姿。そして性格も良くてみんなに優しく、勉強も常に上位をキープしている。文化部ではあるものの運動部にも負けない運動神経を持っている。七宮さんほど完璧な人は見たことがない。民からも女神と崇められている。
「ん?あーまた柳木さんに叩かれたの?」
俺が頭をさすっていたのを見て察してくれたようだ。
最初は七宮さんもラケットでたたかれていることを言うと驚いて心配してくれていたが、今では毎朝七宮さんに笑われるようになった。
「そうなんだよね。あいついつも朝容赦なくラケットでしばいてくるんだよ。家出る時間変えてもなぜか遭遇してしまうし…」
「ふーん…」
さっきまでの笑顔がなくなり少し考えこむように七宮さんの表情が硬くなり真顔になった。
普段あまり見ない表情にゾッとする。
「どうかしたの?」
「いやなんでもないよ。相変わらず仲が良いんだね?」
「えっ良くないよ、たぶん芽衣は俺のことボールとしか思ってないよ」
俺がそう言うと、七宮さんがキョトンとした顔になる。なんだか「察しの悪い人ね」と言いたげな顔だ。
「あのね、きっと柳木さんは桜田くんのことーーー」
チャイムが鳴り七宮さんの言葉が途切れる。チャイムは朝のHRの合図で担任の先生は厳しい人なので教室は静かになりみんな席に着き始める。俺と七宮さんも前に向き先生が来るのを待った。
(七宮さん何言おうとしたんだろ…)
最初は気になったものの先生の長話の間に忘れてしまっていた。