第10話 赤い糸
「よいしょっと…」
学校へ行くための支度を終えて、朝のルーティンである洗濯物を干している。
今日は台風が過ぎた後のような晴天でよく洗濯物が乾きそうだ。
目潰しされていて七宮さんがあれからどうしたのかをすぐに見ることができなかったが、Yシャツはちゃんと畳んで脱衣所に置いといてくれていた。
服屋さんに置いてあるように綺麗にたたまれており、ここでも七宮さんの家事力に関心する。
ああ良かった、今回は何も盗まれて……
「……パンツが1枚足りない」
昨日履いていたパンツが見当たらない。そういえば七宮さんが持っていたな。芽衣がいる状況でもパンツだけは持って帰っている。侮れない…どうやら懲りていないようだ。
◇
俺は部屋を出て鍵を閉める。何回もドアノブをガチャガチャとさせて閉まっていることを確認する。まあ閉まってても入られるけど……。こればかりは考えても仕方ないので諦める。アパートのセキュリティを俺が強化する権利もお金もない。管理人のおばあちゃんに言っても難しいだろう。いっそのこと引っ越そうかな…。
とりあえず学校に遅刻しないように階段を降りて道にでる。
「いぎっ!?」
後頭部に衝撃がはしる。痛くはあるのだが、さすがに何年もやられているためか、この感覚には慣れたものだ。後ろに振り向くとやはり芽衣が立っていた。約5時間前にあんなことがあったのに毎朝の習慣である後頭部叩きはやるらしい。
「痛いなー、後頭部ハゲたらどうするんだよ」
「どうせあんたはハゲるわよ」
「どうせとはなんだよ。そこらへんにはちゃんと気を使っているから問題ないよ」
生活習慣には気を使っているし、シャンプー選びもネットでハゲ予防に対するレビューが良いものを選んでいる。ドライヤーだって丁寧にしている。
「でもあんたのおじいちゃんハゲてるじゃん。それにおじさんだって最近前髪が薄く…」
「やめろ。それ以上は言うな」
確かに俺はハゲ予防は完璧にしている。だがしかし遺伝だけはどうにもならない。父方と母方の祖父はどちらともハゲており、この前実家に戻った時、お父さんもハゲ始めてきていることが見て取れた。無駄な努力かもしれないと分かっていても、男はただ絶望した未来を簡単に受け入れることはできないのだ。
「助けてあげたんだからいいでしょ?」
じゃあ今まで1000回以上叩いてきたこともチャラにしろということですか?でも確かに夜中のときは助かったから言い返せない…。きっと芽衣が来てくれていなかったら、今頃俺は登校できていなかっただろう。
「それにしても芽衣の登場はナイスタイミングだよな」
「そ、そうかなー偶然じゃない?」
本当に偶然なのだろうか?
小学生のときは隣の家同士で早く家を出た方が遅いほうの家の前で待っているというのが習慣だった。
しかし中学生になっていつの間にか俺が家を出るのと同じタイミングで、芽衣も家から出てきて一緒に登校するようになっていた。
今まであまり考え込むことが嫌いで気にしてなかったが、新ためてよく考えてみるとすごい確率なのではないだろうか?
「もしかして俺たち赤い糸で繋がってたりしてな!」
と俺は冗談を言ってみた。
いつも通り「うっさいバーカ」と言ってラケットで叩いてくるだろう。そう思って目を瞑り身構えていたが中々叩かれない。俺は異変を感じて目を開くと、芽衣は湯気がのぼるのではないかというほど顔を真っ赤にしていた。
「ど、どうしたんだよ芽衣らしくない」
いつもと違う芽衣の様子に困惑する。決して起こっているわけではなく、ぽけーとした顔をしており、どこか驚いているような、喜んでいるような、恥ずかしがっているような…よくわからない表情だ。
「いや…その…わたしのこともちゃんと見てくれてたんだなと思って…」
「いや何言ってんだよ、いつも(毎朝)俺は見ているよ」
するとさらに顔を赤くさせてうつむいてしまった。昨日は寝るのが遅くなっただろうし、もしかしたら寝不足で体調不良なのかもしれない。
「大丈夫か?」
「い、いや…その…」
そしてぷるぷるとしながら何かを必死に絞り出そうとしている。そして決心がついたように、顔を勢いよく上げ、俺のほうを見る。
「わ、わたしもだよ!」
そう言って芽衣が両手で俺の右手を握りしめた。何当たり前のことを言っているのだろうか?毎朝顔を合わせている仲なのに。一緒にいた時間。そして同級生の誰よりも芽衣を見てきて、理解もしているだろう。
「俺のことを一番わかっているのは芽衣だろうな」
「当たり前じゃん。伊月のことなら何でもわかるよ」
芽衣は幸せそうな笑顔を俺に向けてくれた。やっぱり芽衣も七宮さんに負けず劣らずの美少女だな。それに今ここだけ見ると愛を確かめ合うカップルみたいだ。俺は芽衣を女として見れていないし、芽衣も俺のことを男として見れていないだろう。しかし、そういったお互いが気を使わなくて済む関係は良いことだと思う。こういうカップルでもよいかもしれない。
「あらあら朝からお熱いわね」
「若いわね」
俺と芽衣の様子を見ていたおばさん二人が、ほほえましい笑顔で会話をしている。芽衣は顔がさらに真っ赤になったかと思うと、俺の右手から手を放し、再びラケットを握りしめる。
「手つないでんじゃないわよバカ!!!!」
「さすがに理不尽じゃない!?」
俺は学校に向かって走り始めた。芽衣はラケットを振り回しながら、逃げる俺を追いかけてくる。それをみておばさんたちはさらにニコニコしていた。
本当に災難続きだ。