前世の記憶がよみがえったので、叫びました。そうしたら、溺愛されました。
ここは公爵家の夜会。
煌びやかなホールの中央に跪くのは、本日18歳の誕生日を迎えた嫡男エドワード様。
「レミエナ侯爵令嬢。私と結婚してもらえるだろうか。」
そう言って、婚約者の私に手を差し出す。
周りの女性が、男性までもが彼の凛々しさにため息を漏らすのがわかる。
震える声で、はい、と答えて手を伸ばした瞬間、前世の記憶がよみがえった私は思わず叫んでしまった。
「前世では婚約破棄されて、今世では愛のない結婚なんて嫌よ!!」
ハッと我に返った私だが、時すでに遅し。
呆然としたエドワード様と周囲の人々をみて、私は脱兎のごとく逃げ出した。
「申し訳ありませんでしたーーーーー!!!!」
前世、レミエナは日本という国に住んでいた。父親は小さな会社の社長。中学生の頃、父に連れられたパーティーで大企業の息子に一目惚れされた。付き合っている人がいると訴えても聞き入れて貰えず、婚約を結ばされ、転校も勝手に決められた。せめて、友人や恋人が巻き込まれないように、と精一杯悪女を演じて嫌われて転校した。
転校先の学校は、お金持ち学校でレミエナには全く合わなかった。勉強に力を入れてなかったことに気づかずテストで目立ってしまい、虐められた。礼儀作法では、卑しいと嗤われた。
婚約解消してほしいと叫ぶと、『父親の会社がどうなってもいいのか。そしたら、一家全員路頭に迷うぞ?』と脅された。まだ幼い弟に不自由をさせるわけにはいかないと、涙を飲んで耐えた。
そして、待っていたのは結婚半月前にして婚約破棄。愛想もなく、礼儀もなっていない女なんかより、癒しとなる女の子が良くなったらしい。その腕にはケバケバの女が寄り添っていた。
邸宅を追い出されて30キロの道を歩いてかえったレミエナを待っていたのは、両親からの罵声と暴力だった。果てには弟に、お前のせいで僕はこれからひもじい思いをするんだ、と泣かれた。
自宅を出てフラフラと彷徨っていたところ、目の前には小学生とこちらに向かってくる暴走車両。その娘を道の端まで突き飛ばしたまではいいが、疲れ切った体では自分を動かすことはできず、そのまま跳ね飛ばされた。
思い出した記憶に混乱しながら、私は廊下を走っていた。
自分はあのまま死んでしまったのか。だとしたら、なんとみっともない人生だったのだろうか。
いやいや、そんなことよりもはやく家に帰らなくては。エドワード様に捕まったら確実にお説教である。あの外面を外した黒い笑みで迫ってくる。でも、私のことなんて好きでもないのだから放っておいてくれたらいいのに。
待てよ。このまま家に帰ったら公爵家と侯爵家、両方の顔に泥を塗ることになるのではないだろうか。ホールに戻って家族に相談すべきか?でも、ホールに戻れば、エドワード様がいる。説教が待っている……。
そこまで考えて私は決めた。一度止めた足を再び動かす。よし、逃げるが勝ちだ。先人よ、ありがとう。
馬車まで50メートルほどになったころ、後ろから足音が聞こえてきた。が、振り返らずに走り続ける。今は一分一秒が惜しいのだ。侯爵令嬢が最大出力で走っている姿をみられるなど恥だが、捕まって説教されるより断然マシである。
だが、足音はだんだん近づいてくる。もしかして、エドワード様でなかろうか。騎士団で鍛錬していたエドワード様ならば、令嬢の鈍足に追いつくのもたやすいだろう。
慌てて御者に声を掛けようと口を開いた瞬間、後ろから腕を捕まれた。恐る恐る振り向くと、やはり、そこにいたのは真っ黒な笑みを浮かべたエドワード様だった。
そのあと、問答無用とばかりに横抱きにされた私は、夜会の控室に連れてこられた。そこには父を始めとした私の家族全員とエドワード様のご家族が揃っていたが、私の家族は喜色満面で、公爵家の方々は渋面を浮かべている。
「エドワード様。この結婚には娘も納得しているとのことでしたが、今日の様子を見たところ、そのようには思えませんな。ですから、この婚約は解消とのことで…」
「いや、待ってくれ。侯爵。そんなことしたら、エドワードがどうなるか…」
声を掛けてきたお父様とそれに反応した公爵様を無視すると、エドワード様は周りが全員立っている中、ソファに腰かけた。そして、手の中には私。そう、私はエドワード様の足の上に座らされているのだ。家族の前でとてつもなく恥ずかしい。
「さあ、レミエナ。言いたいことがあるなら聞こうか。」
真っ黒な笑顔を浮かべながら、私に問う。もちろん私は答えられるはずもなくて、首を振った。
「そうかい。なら私が聞かせてもらっていいかな?まず、愛のない結婚とはどういうことだい?」
輝くような麗しい笑みで問われて、嘘をつける令嬢がいるだろうか。
「…だって、エドワード様が愛していらっしゃるのは、フェイジョア様なのでしょう?だから、私とエドワード様の間には愛なんてないではないですか。」
「…フェイジョア?誰だいそれは?」
「まあ、お忘れになってしまったのですか。幼いころ、茶会で、お好きなものは?と伺ったら、フェイジョアだ、とおっしゃっていたではありませんか。」
ピクリと眉を寄せたエドワード様は、部屋の隅に控えていた執事を呼ぶ。
「私の部屋の会話集~幼少編~を持ってきてくれ。」
その声に、先ほどまで黙っていたお兄様が反応した。
「会話集?なんだそれは。まさか、エド。レミエナとの会話をすべて書き記しているのか。」
親しい物言いなのは、エドワード様とお兄様が、ともに王太子殿下の側近として働く同僚だからである。
睨むような目つきのお兄様をエドワード様は睨み返す。
「そうだけど。文句あるかい?」
「大ありだ!バカ!そんなことして!お前、ただの変人じゃねえか!」
激昂するお兄様に、頭を下げたのは公爵夫妻だった。
「申し訳ない。エドワードは昔からレミエナ嬢のことになると、私たちには手が付けられなくて…」
沈痛な表情のご両親を意に返さず、エドワード様は執事が持ってきたノートをピラピラとめくる。
そのノートは、びっしりと流麗な文字で埋め尽くされていた。
そして、一つのページで手を止める。
「レミエナ。もしかしてそれは君が6歳のころ、公爵家の中庭で開かれた5月17日の茶会の15時27分ごろのことかい?」
あまりに細かい数字に私は怖くなったが、そのくらいの年齢だったと頷いた。
エドワード様は安心したように微笑む。
「そのフェイジョアは南国のフルーツのことだよ。その少し前に商人が持ってきたんだ。レミエナも食べたはずだけどな。」
あまりの勘違いに私の顔から火が噴いた。家族と公爵家の方々の憐みの視線が私に突き刺さる。
「では、よく茶会でおっしゃられていた、瞳が綺麗だ、髪も美しくすべてが麗しい、とはどなたに向けたものなのですか?エドワード様には恋い慕う方がいらっしゃるのでしょう?」
そう私が問うと、エドワード様の顔が固まった。すると今度は、部屋中の憐みの目線がエドワード様に向かう。どうしたのだろう。女性への誉め言葉を家族に聞かれて恥ずかしかったのであろうか。
お兄様が同情した表情でエドワード様の肩をたたいた。
「あの、その、なんだ。レミエナの兄としてはこの結婚に反対していたが、それはやめよう。同じ男として、お前を応援することにする。」
そう言って、部屋を出て行ったお兄様に、ほかの方々も同じように肩をたたいて続く。
二人っきりの室内に、エドワード様の沈んだ声が響いた。
「つまり、私の気持ちはレミエナにまったく届いていなかったということだね…。」
「エドワード様…?」
唐突に手を握ってきたエドワード様の顔を私は覗き込む。
すると、エドワード様はさらに顔を近づけてきて、自分の唇を私のものに重ねた。彼の熱が唇を通じて伝わってくる。
何分経ったのだろうか。名残惜しそうに彼が離れていき、真っ赤になって動揺する私の頬に手をそえる。
「私が恋い慕うのは、幼いの頃からレミエナ、君だけだ。瞳が綺麗だと思うのも、髪も美しくすべてが麗しいと思うのも君だけだよ。」
私の心臓がドクンドクンと飛び跳ねている。きっとエドワード様にも聞こえているに違いない。何も返せない私を横抱きにするとエドワード様は部屋を出て歩き出した。
「今日からは夫婦だから時間はたっぷりある。…ああ、不思議そうな顔をしているね。婚姻書類は昨日のうちに用意されていただろう?私の求婚に君が答えた瞬間に王宮に提出するよう手配していたんだ。君は、はいと言ってから逃げ出したからね。書類は提出されて私たちは夫婦だよ。
本当は二人で出しに行きたかったんだけどね。一秒でも早くレミエナと結婚したかったから、ごめんね。」
ポカンとする私を抱えたまま、エドワード様は私室の扉を開く。
「よし。ここなら、話を聞かれる心配もないだろう。さあ、愛あふれる結婚に変えようか。前世での婚約破棄という話の聞きたいしね。レミエナはどこのどいつと婚約していたのかな。」
ビクリとした私をみて、エドワード様は、レミエナには酷いことはしないから安心して、と優しく笑った。ホッと息を吐いた私をエドワード様はソファにおろしてくれる。そして、額にキスを落とした。
「愛してるよ。レミエナ。」
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「婚約を破棄されたのに溺愛されてます」
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「転生した悪役令嬢は「世界征服」を目標に奮闘する」
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