玄関
私の名前は、橋塁能智39歳会社員で独身だ。
よし、玄関を開けるぞ。
って、まて、まて、俺の右足待てぇぇぇ。
まだ、足を降ろしてはいけない。
ふぅ~。
これからランニングを始めるなら、ジンクスは大事だ。
それは、右足から降ろすのか、左足から降ろすのか。
この最初の一歩がこれからのランニング人生を決定するかもしれない重要なイベントに違いない。
例えば、左から足を降ろしてしまい、慣れてない左足首をけがしてしまう。
そうすると、文字通り、出足をくじかれてしまう。
では、慣れた右足から降ろすべきか?
そうとも言えない、それは、慣れた右足はこれまでの生活で慣れ切った右足だ。
もしも、右足から降ろしてしまい、これまでの人生となんら変わりない生活に逆戻りしてしまえば、私のボーナス査定は最悪の結果となってしまう。
うぉぉぉぉぉーーーーー。
どうすればいいんだ。
最初から、つまづいてどうするんだ!
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
心音か聞こえてきて、口から出てしまいそうだ。
しかし、俺も男だ。
こんなところで、つまづいてどうするんだ。
男を見せるんだ。
よし、決めたぞ。
ゆっくりと丁寧に問題が起きないようにそーーと足を降ろした。
左足を!!
・・・・・着地。
ふぅぅ~。
大仕事だった。
しかし、問題なく着地することが出きた。
左足に決めたのは、これからのジンクスを新しい人生のスタートとするためだ。
これから俺は人生をやり直す。
もうすでに、後戻りはできない。
スタートの幕は切って落とされたのだ。
39年間のたまった膿をこの瞬間から切り離すのだ。
よし、左足の次は右足だ。
いや、待て。
左足を降ろした後に、靴を履くべきか!?それとも、右足を降ろしてから左足から靴を履くべきか!?
いかん、新たな問題が発生した。
だが、よく考えろ。
右足を上げたまま、靴を履くことが出来るのか!?
いや、それは不可能だ。
だとすると、私の体の構造からすると、左足を降ろして、右足を降ろす、そして、座ってから靴を履く。
ふぅぅ~。
今の所はこの方法で問題なかろう。
よし、成し遂げることが出来た。
一念岩をも通すという。
一途に思いを込めれば何事も成就することが出来るとはこの事か!
おれも、少し利口になった気がする。
これで、玄関を開ければそこに待つのは道との遭遇。
新しい発見、未来の展望が待ち受けている。
そう、思い起こせはこれまでの人生で玄関を開けることは移動の為の一部だった。
そして、そこから車までの道のりをスマフォを片手に移動する毎日だった。
しかし、今日は違が~う。
片手にあるのはスマートウォッチだ。
走行距離に、歩数計測、心拍数管理と便利時計だ。
俺はランニングを開始する。
この扉を開くとその先にあるのは、奇跡の未来。
そして、道の未来がそこには待っている。・・・はずだ。
右手をゆっくりと扉をつかむために伸ばし・・・・。
まて、待て。
良いのか、俺、良いのか、先ほどジンクスが大事といったではないか。
ジンクスで俺の将来が決まる。
未来が決まる。
そう自分に言い聞かせたのではなかったか?
だとすると、いつも通りに右手を伸ばして、右手でドアのノブをつかむことが俺の未来をつかんでくれるのか?
ここは、少し、慎重になる必要があるんじゃないのか?
よし、足は左足から降ろした。
これは成功だ。
では、手はどうするんだ!
右手を伸ばすのか?それとも左手を伸ばすのか?
うぅぅぅぅーーーー。
どうすべきか?
いっそ引いてしまうか?
いやぁぁぁ、ないないない。
引いてしまったら、これまでやる気に満ちた作業の連続をすべて無にしてしまうことになる。
ランニングもやめてしまうということではないかぁ。
それだけは・・それだけは・・・お代官様ぁぁぁ。
ご無体おぉぉぉ。
うん、ここでも、ジンクスは大事だ。
そうだ、右手でいつもドアを開けるから、今日は、いや、これからは左手でドアを開けるべきだ。
まて、待て。
慣れない左手でドアを開け損ねたら、それこそ、ジンクスが台無しになってしまう。
ゆっくりと、ゆっくりと手を伸ばして・・・・そぉぉぉっと握る。
よし、そして、ドアノブをゆっくりと回足て一気におす。
フュュゥーーーッ!
朝の冷たい風がドアの隙間から入ってきた。
「うわっ冷たい。さぶぅっ。うぇ~。こんなに寒いのにこんな薄着で大丈夫かな」
思わず弱気な声が出てしまった。
だめだ、ここでくじけたらだめだ。
明日に向かうんだろう。
明日に向かうためにはここでくじけてはいけない。
頑張るんだ。
やる気を出すんだ。
ボーナス査定の為だ。
俺はドアを最後まで一気に開け放った。
突然の暴風にそのまま部屋まで飛ばされるのではないかと思った。
しかし、その暴風を乗り越えると、そこは台風の目なのか、木漏れ日なのか、天使の光なのか優しく包み込んでくれた。
いける、今ならいける。
走るんだ。
負けるな。
走るんだ。
そして、俺はドアの外に1歩を踏み出した。
どうでしょう。
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