文学少女はここにいる
ローマ字だらけの紙を片手に歩く友人の肩を叩いた。
「なあスグル、お前何してんのさっきから。みんな驚いてるけど」
とタカシは言った。
「ラブレターを渡してる。一目瞭然じゃん」
「いやいや。無作為に求愛するなんておかしいだろ」
「あっ、ごめん。次の獲物が来たから黙ってて」
獲物とか言ってるし。タカシは仕方なく様子を伺う。
ターゲットは眼鏡をかけたパッツン黒髪の女の子だ。手には分厚い本を抱えている。
「もし良かったら、付き合ってください」
スグルは手紙を突き出す。パッツン黒髪はそれを眺めて、
「何これ」
と押し返した。
「うん。当然の反応だ」
呆れたタカシは呟いた。
「タカシは分かってない。あそこで、不倫はしないでね、って言ってくれたらホンモノなのに」
良く見るとローマ字は卑猥な台詞しかない。
「スグルよ。せめてフランス語とか、馴染みのない言葉にしなさい。ローマ字はバレるよ」
諭すタカシを無視して、今度はレモンを取り出した。
それをみつあみの女子に投げる。女子は無言で投げ返す。
「はあ、そこはさあ。きゃー爆発するわ、でしょ」
スグルはため息をつく。
「せめて図書室でやれよ。お前無茶苦茶だぞ」
「けっ。ホンモノはどこだ。文学少女はどこにいやがる」
血眼で辺りを探るスグルは一種異様な化け物に成り果ててしまったのだろうか。
それからスグルは腹が減ったらしく、購買へ向かった。
ところが目当ての焼きそばパンには人だかりができていた。
「ま、まずい」
スグルは駆け出した。周りの学生を突き飛ばし、足蹴にしている。掴んだ焼きそばパンを放すまいと必死の形相だ。
「あっ」
次の瞬間、焼きそばパンは半分に千切れた。反動で壁に後頭部を強打したスグルは蹲った。
そこに茶髪のギャルがやってきて、
「みんなを蹴散らさなきゃ地獄に墜ちずにすんだのに。お釈迦も残念がってるわ。どうしようもあらない」
と吐き捨てた。
直後、死んだ魚の目をしたスグルの瞳孔が妖しく光る。
「あらない、だと?」
立ち去ったギャルの背中を食い入るように見つめている。
「おいおいスグルどうした」
「ふっ。遂に見つけたホンモノを」
スグルは不敵な笑みを浮かべていた。
「至って普通のギャルじゃん」
「ははははは。タカシの目は節穴か。冗談でも針で突いたらいかんぞ。あれはギャルの姿を借用した文学少女だぜ」
どこかで雲雀が鳴いた気がした。どうせ叶わぬ恋だろうに。タカシは肩をすくめて舌を出す。




