03-022.利益と不利益は時に等しく行動によって打ち消される。 Durchsetzung.
2156年8月14日 土曜日
祭り2日目。初日に2000人以上を相手どり秒単位の対応に迫られた大変忙しない経験をしたティナであった。まさか6000個の内、4500個も売れるとは思っておらず、祭りには魔物が棲む、などと下らない感想を述べた姫騎士さん。そして、本日も朝から長蛇の列。しかし店頭販売特典ブロマイド付きアバターデータの在庫が2種類合わせて1500個を切っているため、実質700人強で販売は終わると思われる。皆、2種類ずつ買って行くので見積もりと大きく違わないだろう。だとすれば、午前中で販売が終了となるのはほぼ確定。
今日も会計にリーフェを借り、護衛はソフィヤとエリカなのは変わらずである。
「いらっしゃいませー、ようこそお越しくださいましたー。」
「(うーん。2日目だから客足も昨日の午後の様に疎らだと思ってたんですが。)」
「はい、こちらセットで2枚です。あらら、落とさない様に気を付けて下さいね。」
受け取り体制を崩した顧客に手を差し伸べた姫騎士さん。ただ商品を受け取るよりも密着することになったのだが、姫騎士さんは涼しい顔。ハプニングはお客側だったのだろう。年若い見目麗しい女の子が落としそうな商品と一緒に手を掴む、身体が密着する、腕に柔らかいものが当たるなど、盛大に慌てふためき、碌に喋れなくなっている。
「(あー、そうですね。今日初めて来る方もいらっしゃるからですか。)」
なんでもない様にシレッといつもの嫋やかな笑みで顧客対応しつつ、全く違うことを考えて一人納得する姫騎士さん。
建前を喋りながら心の声で本音をブツブツ言う姫騎士さんくらいになると、おしとやかな販売店員になりながらも全然関係ない考えをするくらいルーチンレベルで熟せるのだ。
昨日のお昼休みに入った時間より30分は早く、商品が全て完売した。もう無くなると判っていても列に並んでいた10人。最後の商品が販売されたときに歓声と賛辞を贈ってくれた彼らに、ティナは「特別ですよ?」と言い、サイン帳にサインと握手、ツーショット写真を撮るサービスでフォローをした。買えないのが判っていても、その最後まで見守ってくれていた顧客達への感謝を込めたのである。
「みなさま、おかげさまで完売となりました。ご購入出来なかった方は残念でしたが、またの機会がありましたらよろしくお願いしますね。」
そう締め括ってブースの表から消えるティナ。ブースのポップにはサイン会の参加者抽選は13:30からとデカデカと告知されている。
ブースの電気が消え、上から覆う防護シートが降ろされるが、告知ポップだけが良く見える位置に設置されている。
これで、時間になったらプログラム進行はティナが行い、会場数カ所のインフォメーションスクリーンに番号を表示するのだ。もちろんコンピューターの乱数によるシャッフルなのだが、スタートとストップは姫騎士さんが行う。
それまでは、一寛ぎタイム。
「ふーーーーーー、皆さんお疲れさまでした。」
「お疲れさまでした、殿下。」
「やはり、私は動き回っていた方が気が楽ですね。」
「マグロですか、姫。」
呆れたように返すソフィヤ。つい先ほどまで生き生きと顧客対応していた姫騎士さんは何処に行ったのかと。
「もしかすると回遊魚が前世だったかもしれません。」
「ピチピチお肌がビチビチお肌になる訳ですね、姫。」
「いえ、リーフェさん。そんな上手いこと言われても。」
下らない軽口をたたきながら、ジョゼが用立てた2種類の弁当を分ける。今日のティナはプレッシツェルを使ったサンドイッチである。ドイツやザルツブルクではおなじみであるが、フランス人のジョゼ作。これでもかとハムが入り、チーズと葉野菜にトマトを挟んだ豪快なサイズのサンドイッチである。
ふと、このお祭りの主催から館内アナウンスが流れる。
『アニヴァーサリーエージェンシーの蓑崎 拓海様、いらっしゃいましたら、姫騎士ブースへお越しください。繰り返します――』
まさかの有名人を個人呼び出し&まるで暗号にならない訪問先の案内である。
アナウンスを聞いた一般客も騒めき立つ。と言っても興味がある、知っている名称である、などの人々が反応したたけなので、その他大勢はアナウンスがあったな、程度だ。
「どうも、休息中のところ失礼します。お呼ばれされて蓑崎、ただいま参りました。」
「初めまして、殿下。蓑崎のマネージャーを務めています西郷です。」
「急なお呼びたて、申し訳ありません。昨日のお話、詳細を詰めようと思いまして。」
ティナは、昨日オフを利用して姫騎士のアバターを買いに来たChevalerieファンの役者である蓑崎が、マネージャーを引き連れて来場しているため館内放送で呼び出したのだ。
昨夜の内に仕事の打診をしたところ、二つ返事で返ってきたため、今日の空いた時間に詳しい説明をする旨を伝えてあったのだ。電子会議の予定だったが、蓑崎がサイン会の抽選で本日も来場すると聞いたので直接お話をする方向に。
実は昨日の閉場時に、このペースでは最終日の1日が丸々空きになってしまうことが予測された。今現在、全ての商品が完売し午後全部使ってサイン会の時間に充てられるので、その予測は正しかったことが証明されたのだ。
予想以上の人出と注目度。姫騎士の名を印象付けるのに残った時間をサイン会と撮影会だけで使うのは勿体ない。
だから。
ティナは昨日の内に動いた。
まず、国際シュヴァルリ評議会本部と日本支部、マクシミリアンの理事長であるロートリンゲン卿に、Chevalerie関連の突発イベントを敢行する旨を伝え、許可をもぎ取ったのだ。あくまでも国際シュヴァルリ評議会の看板で動くために。
今いる新東京国際展示場で近年改修されていた、Chevalerie競技が十全に可能となったフロア――現在地点の2階上だが――を借り切って、一般人の参加者を募り騎士と実際に相対して貰い、騎士とは何か、競技とはどんなものかを知るきっかけになればと。後は競技ルールではないユーザールールなどにこちらから合わせて触れ合いコーナー的な体験イベントの体で。
時差などお構いなしで電子会議を開き小一時間程あれこれと決めていく。ティナが発起人の個人的なイベントの扱いになるのだが、Chevalerie復興の名目で会場レンタル料の7割を国際シュヴァルリ評議会本部が受け持ち、1割を日本支部、残った2割をティナが受け持つことにし、再建中の日本支部の負担を少なくすることで落ち着いた。その代わり、評議会からは機材を至急かき集めて搬入することと、機器を操作する人員の派遣をお願いする。ロートリンゲン卿には評議会の相談役の立場で動いてもらい、会場のレンタルを捻じ込んで場を用意する方向へ。ホントにあっと言う間に話が決まり、話を詰めている会話の最中に既に会場を借りる手配まで完了していたのだから驚きだ。
そこまで決まれば段取りに勤しむティナ。日本にいる知人の騎士達にメールを出し、ブースを貸してくれた出版社の責任者も巻き込んで引き連れ、このお祭り主催者へと話を持っていく。Chevalerieの突発イベントを開きたい旨を伝える。費用も会場もコチラ持ちで、場所も既に抑えたから詳細を詰めませんか?、と軽いノリの姫騎士さんに閉場後の事後作業に忙殺されていたスタッフ達を唖然とさせる。颯爽と仕切り、あれよあれよという間に事を決めていく姫騎士さん。費用も負担する上、機材や専任スタッフ、警備員も用意するので主催の冠だけ貸して欲しい、と。
予定としては午前中に準備、午後から本番と言った形だ。お祭りの閉会時間を超過しないため、イベントは最大3時間と設定している。
ティナが日本のメディアに関わる話が出た際、可能であれば日本でChevalerie復興のエージェントとして動いて欲しいと、国際シュヴァルリ評議会本部、と言うよりロートリンゲン卿からお願いされていたのだ。それもあって、自分の予定が空く3日目にイベントをでっち上げ、姫騎士啓蒙活動にChevalerie普及の一挙両得×二兎を追うことにしたのだ。
近年のコスプレはキャラクターを表現するためにChevalerieの競技システムであるSDCを使って物語に登場するリアルな武器を持ったり、運動が得意なものは戦闘シーンを再現したりする。また、アトラクションスポーツである「Épée et magie RPG」競技のプロやアマチュアなどもイベントで公開競技をしていたりと、アクティブなユーザー層の割合も増えて来ている。その人員を使わない手はない、と姫騎士さんは画策する。
そう言ったユーザ層が参加してくれれば御の字だが、空振った時も考慮して今日本にいる知り合いの騎士へ参加を打診したのだ。いざとなれば海外で戦う騎士同士の模擬戦を見せることで目的の一つは果たされる。
そして、司会を顔馴染みの蓑崎に打診した。彼は来独してマクシミリアンでアバター購入する際は、販促のために売り子となっている騎士とも良く話をする顔馴染みであるが、それぞれの騎士相手に試合運びや使った技などについても細部に渡って会話が出来るマニアである。司会云々より解説者の能力があると踏んで仕事をお願いしたのだ。
突発すぎるイベントに、会場の借り入れ、司会の仕事を依頼など、本来であれば即日に話が決まることはない。それが可能になったのは費用に人員の負担という強行策、会場は権力と貸し出し側が得られる将来的な展望と打算、司会は好意から、である。
強引とも言える話が決まり、昨晩の内に出版社とお祭り主催のWebサイトで緊急告知し、イベントの参加者を募る。会場にも文字だけだが告知のポスターが要所要所の目立つところに貼られ、館内に点在するインフォメーションスクリーンにも目立つ様に告知を表示中。
そのおかげで、有名な騎士と手合わせ出来る機会と受け取って貰え、「Épée et magie RPG」競技のチームや、記念に参加しようといったコスプレイヤーがそこそこの数、応募した。そもそもSDCで有効となる装備や武器デバイスを持ってきている人員はお祭り参加者の中でも極一部である訳で、そこから更に一握りが反応したのだが、それでもティナが想定していた期待値を上回る数だったのでまずまずと言ったところだ。
「では蓑崎さん、明日はよろしくお願いしますね。」
「承知しました。こちらこそ宜しくお願いします。」
大まかなスケジュール進行を刷り合わせて明日に備える。
蓑崎とマネージャーは、この後のサイン会抽選にも参加するとのことで手を振りながら退出していった。
彼が今回の仕事を契機に、解説者として国内Chevalerie大会の顔となるのは別のお話。
「いやー、ティナも無茶するね~。学祭のノリでイベントやっちゃうなんてさ。」
「マリー姉さま、初手が上手くいきましたから。こういった催しは勢いも大切です。」
普通は、複数の会社間で行う打ち合わせの時間調整だけでも1、2日かかるものだ。それをミサイルに跨った様な勢いで関係者の手を掴んで引きずり回しながら最短で成り立たせたのだ。ティナの言う「勢い」はレベルが違っていた。
花花と小乃花を迅速に事を運びすぎる、とブツブツ零していた姫騎士さんの方がえげつない方法で事を運んでいるのだが、ツッコミを入れたところで「それはそれ、これはこれ」と涼しい顔で言い放つのが目に見える様だ。
「殿下、宇留野 京姫様が拠点に到着されました。ご同行は浜崎 朱里様です。お二方はゲストルームへ案内しましたとのことです。」
「ありがとうございます、エリカさん。おもてなしをお願いしますと、今日の常駐担当の方へ伝えて下さい。」
「かしこまりました。」
もう暫くすれば、小乃花が東京に到着する時間になる。呼び出したゲスト達には、神田小川町に滞在する護衛から、それぞれ迎えに出向いてもらっているので任せても大丈夫だろう、とティナは頭を切り替える。
「さて。そろそろサイン会抽選の時間です。ボタンをポチッとなぁしなければなりません。」
そう言いながらサイン会場となるブースに赴くティナであるが、その手には古臭いボタンの付いたスイッチボックスを持っていた。
サイン会の抽選方法だが、ティナがスイッチボックスのボタンを押すとインフォメーションスクリーンに表示された升目の中に数字がクルクル回り、「ポチッとなぁ」の台詞と共にストップボタンを押すと画面が爆発する演出と共に升目の番号が固定される妙に凝った仕掛けである。
抽選で選ばれた200名は、出版社が用意した色紙以外でも自前のサイン帳など、サイン貰う箇所を選べるようになっている。態々、サインを貰うためにティナが表紙になったドイツ刊行の雑誌を持参したり、ティナの試合画像やTV出演画像を使い写真集仕立てに冊子を作ってきた者など、そう言った労力を惜しまないファンにはサインと共にキスマークを付けたりとサービスをする。中にはAbendröteのティナがシースループリンセスドレス姿で撮影されたA2判ポスターをパネルにして持参した猛者もいた。彼は抽選が外れていたらどうしたのだろうか、と思いながらサービスするティナ。
また、サインの合間に写真を撮るファンに目線をよこしニッコリほほ笑んだり、余裕がある時は手を振ったりと細かいサービスも欠かさないのは姫騎士が姫騎士で在るための矜持である。
こうして閉場までの2時間半、順調にサインを熟して盛況の内に終了した。
18:00過ぎの東京は、日の入りが近いこともあり薄暗くなってきている。西日は傾き、茜色に染まる空が段々と群青色に浸食されていく。もうじき夜の帳が降りるだろう。
神田小川町、「Calenberg-Rechteck(カレンベルク・レヒトエック)」25階。
ティナが昨晩打診して集まった騎士達をリビングに集めている。これから明日の打ち合わせを行うためだ。
「みなさん、ようこそいらっしゃいました。急な申し出を受けていただき、ありがとうございます。」
「いや、ティナが大慌てで人を集めるなんて珍しいこともあったものだしな。」
「まさかの緊急招集。」
「私が来てもよかったのかしら。」
上から、京姫、小乃花、浜崎 朱里の台詞だ。
「いえいえ、朱里さん。強い騎士は一人でも多い方が助かりますよ。」
「それなら良かったわ。私のことは朱里でいいわよ。」
「そうですか。なら私はティナと呼んでください。」
そして30代半ばだろうか、中年男性に顔を向けるティナ。この人物は小乃花が戸隠から連れてきた。
「初めまして磁雷矢さん。Chevalerieのイベントに巻き込んでしまって申し訳ありません。」
「なに、かまいやしないさ。良さそうなイベントじゃないか。即興で組み立てるなんて実に面白い。」
彼は、磁雷矢 将馬。戸隠流忍法四十代宗家、現代を生きる乱破である。ドラマや映画などでアクション監修や武術指南を度々協力しているので一般でも名前を聞いたことがあるといった認知度の御仁である。
そして、もう一組と言えば良いのか二人の騎士に向き直るティナ。
「態々、鹿児島から来ていただきありがとうございます。まさか申し出を受けて貰えるとは思いませんでしたよ、テレージア。そして加賀美 至道さん。」
「水臭いです、殿下。私は助けます。あなた困っている。」
「気にすっこっはない。俺も世界で戦うレベルの相手に一手指南して貰れたかったとこいだ。」
「……。すいません、方言は覚えてないので言語を英語にしませんか? テレージアも無理に日本語じゃなくても良いですよ?」
『申し訳ありませんわ、殿下。わたくし、日本語は習い始めてほんの数カ月ですので本当は日常会話まで辿り着いていませんの。』
『オレも方言のことを忘れていました。すいません。』
全員が基本言語を英語へ変更。明日のイベントも英語メインの方が良かろうと言語の方針がまず決まった。この時代、大抵の国で英会話が出来る様に教育を受けているので実質、意思疎通が行える共通言語と思って良いだろう。各母国語を使う人々は自分の国の言葉に誇りを持っているので、言語を英語に統一する動きなどはないが。
『京姫、この蕎麦は15秒。』
『判りました。15秒で湯切りですね?』
小乃花は土産として持参した戸隠蕎麦を京姫に茹でさせている。自分が食べたいから勝手に蕎麦を茹で勝手に夕餉として振舞うと言うフリーダムな行動中。
笊がないので、適当な器に蕎麦が盛られて次々に配られる。蕎麦汁も勝手に漁ったコップなどに注ぎ、何とも不揃いな食卓になっている。
『…なんか、有無を言わさずお蕎麦が配られているんですが。』
『小乃ちゃん、戸隠蕎麦がお気に入りだからなぁ。交流会がある度に門下生が経営する蕎麦屋に入り浸ってるよ。』
『このお蕎麦美味しいわ。ちょっと水っぽいのは仕方ないか。』
『至道さん…。わたくし、この啜ることがどうしても上手く出来ませんの。お義母様に方法を伺ったら笑われてしまいましたわ。』
『ああ、テレージアは何を食べてもお上品になるからね。気にすることはないよ。』
ズズズーッと蕎麦を啜る音がそこ彼処に響く。
打ち合わせをする筈が、いつの間にか夕食タイムに突入している。折角なのでと、至道&テレージア組から薩摩揚げが器に盛られ、辛子と醤油が添えられている。小鉢に盛られている伊賀の山菜佃煮は小乃花が持参したものだ。
『なんと言いますか。いつもの光景ですね、京姫。』
『そうだな。この収拾がつかない感じはいつもと同じかな。』
『ここに花花がいませんから騒がしさはいつもより控えめですけどね。』
そのお騒がせ箱は、母国を騒がせている最中だ。世界選手権代表の席をもぎ取るのに代表選手全員に喧嘩を売ったことが自国内でニュースとなり、勝敗の動向が国民の注目を浴びているのだが。
『それでは、明日のイベント詳細についてお話させていただきますね。』
夕食の一寛ぎ後に漸く本題に入る姫騎士さん。
明日のスケジュール進行と、応募にて一般から参加表明をしてくれた人たちへの対応などを詰めていく。
最大3時間の枠内を有効に使い、お遊び要素も盛り込んで人々の記憶に残る様に。
各人が様々な意見をだし、意識を刷り合わせる。
そうして夜は更けていくのだった。




