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シュヴァルリ ―姫騎士物語―  作者: けろぬら
第3章 Einen schönen Tag! 姫騎士の穏やかなれど怒涛の日々です

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03-016.宇留野御神楽流。 Klärung.

すげえ難産。

そしていつもより短め。

2156年8月7日 土曜日

 朝から子供達の元気な声が聞こえて来る。木製かプラスチック製だろうか、模造刀(・・・)が打ち合う軽い音がカン、カンと響き、時折混ざるドタドタと駆け回る足音は、歩法を習い始めてからそれ程経っていない者がいることを思わせる。


 宇留野御神楽流の道場では、土曜日の午前中に年少の部を設け子供達に稽古をつけている。午後からは一般の部となり、年長の者――主に社会人だが――が稽古をする時間に割り当てている。

 いつもと違うのは、夏季休暇になって京姫(みやこ)が師範代として教導を手伝っていること、そしてティナが子供達に混ざって稽古に参加していることだ。もちろん稽古場を借りて鍛錬しているのではなく、宇留野御神楽流の手解(てほど)きを受けているのである。


「おもしろい稽古風景です。防具を纏って模造刀で打ち合うなんて最近ではあまり見ませんね。」


 この道場、年少の部では型稽古の後に模造刀で地稽古(打ち合い)をする。この時代、袴タイプの剣術道着は防刃ファイバーが織り込んであり、地稽古に移る際は道着と同様にファイバーが織り込まれた手甲、首元まで覆うフェイスマスクを着用することで切り傷などを負うこともない。無論、安全対策も十分に施されている。扱う武器は、鋭利な部分をなくした良く(しな)る木製の芯にゴムをコーティングした模造刀、年齢の低い子供達にはソフトビニールやウレタン素材で作られた玩具に近い模造刀が渡されている。しかし、ある程度緩和されているとは言え、攻撃が身体に当たれば痛みを感じるのだ。


「これは、武器は怖いと教えるためのものだよ。」


 人間は、自分へ向かってくる物体を視覚で認識した場合、防ぐ、回避すると言った行動をとる。これは幼児期から学習することで「物が当たると痛い」と脳が覚えているからだ。しかし、訓練を積む、慣れてしまうなどで認識が変わることがある。

 刀身がホログラムだからこそ、それが当たり前と思わない様に根底に植え付ける必要がある。慣れは特に恐ろしいもので、ホログラム故に危険がないことが身体に染み付けば、身体に迫りくる危険物もホログラムと同様、などと誤認することがあるのだ。それは、模造刀など、実体がある武器を奮う場合にも当てはまり、ホログラムのつもりで攻撃したら相手が、或いは自分が怪我をするなどの事故が起こる時がある。だから、武器は怖いもの、当たれば痛いものだと繰り返し教えるのだ。


「ホログラムが精巧過ぎて現実との区別が曖昧になる訳ですね。年数回は実体のある武具を扱った事故がありますものね。」

「そもそもホログラムと言えど武器だ。武器は扱いを間違えれば危険なものと根付かせれば良いんだよ。」

「確かに。その考えの在り(よう)が正しいと思います。ただ、ここまで徹底しているのは初めてです。」


 既に稽古は終わっており、キラキラした目の小さな子供達に纏わりつかれながらの姫騎士と鬼姫の会話である。



 ティナは午後、一般の部も引き続き参加した。

 だから稽古に訪れた門下生は驚いた。皆、京姫(みやこ)は帰省していることを知っていたことから、今日の稽古で久方ぶりに顔を合わすだろうと楽しみにしていたのだが、そこへ世間を賑わす姫騎士の顔を見たからだ。いつもの(たお)やかな笑みで挨拶するティナに対して、驚きの余りぎこちなくなってしまった彼らに罪はない。


 一般の部は、主に成人した大人の門下生が多いが、15歳以上が対象である。この時代でも日本の教育制度は、6・3・3・4制であるため基本、高校生以上から参加可能となる。例外としては、年少の部では持て余す腕前を持っている者も対象だ。ティナや京姫(みやこ)の様に騎士(シュヴァリエ)として独り立ちしているレベルならば猶更である。

 そして、競技ではなく純粋に宇留野御神楽流を扱う者として鍛錬を積みに来ている輩が多いためか、門下生は男性が中心だ。所謂、おじさんと呼ばれる年配の方々の比率が高かったりするのだ。そこに混じって自分の子供と言える程、年の離れた娘が二人参加しており、稽古場に(いろどり)を添えることとなった。


 年少の部では、騎士(シュヴァリエ)を目指す子供が多くいることから剣技主体であるが、本来、宇留野御神楽流は神事の技として生まれ、その技は大身槍(おおみやり)が主体である。一般の部は神事の技が主体となるため、今日はゲストであるティナに、その独特とも言える槍の型で一番最初に修める、序一段と呼ばれる5つの型を体験して貰っている最中である。


京姫(みやこ)。」

「なに? 父さん。」

「ティナちゃんは宇留野の歩法をもう理解しているのか。剣術の下地があるとしても先ほど教えたばかりだぞ? それに槍の振り方も堂に入ってる。」

「うん。私の試合で槍術を見たことがあるとしてもおかしいな。宇留野の歩法は知らない筈だし単なる模倣とは違うみたいだ。」


 宇留野親子がティナの型稽古を訝し気に見ている様に、ティナ自身も神事の技を訝しんでいる。


「(やはり技や歩法は違いますが、慣れ親しんだ動きですね。本質が同じ、と言った方が良いでしょうか。)」

「(納得です。この技を修めているからこそ京姫(みやこ)が容易くゾーンに入れるようになった訳ですか。)」

「(今までは精神が技に追い付いてなかったから発揮されなかったのですね。)」

「(世界は広いですね。国は違えど同じ答えに辿り着いた流派があったとは驚きです。)」


 ティナが振る槍の技は、初めて教わったとは思えない程の鮮やかさを持っていた。門下生達も最初は上手いものだと思っていたが、次第に熟達していく動きに驚きを隠せず魅入っていた。

 数度、序一段の型を繰り返し、納得がいったのか動きを止めるティナ。周りの視線を感じていたが、どうやら物珍しさから見られていた訳ではないことは彼等の表情から判った。


「みなさん、どうしたのですか? おじさまと京姫(みやこ)は、そんな難しい顔をして。」

「ティナ。聞きたいんだが、なんでそんなに序一段の型を理解しているんだ? いくらなんでも在り得ないと思うんだ。」

「それは、本質が同じだからですよ? むしろ京姫(みやこ)から何故そんな台詞が出るのか驚きです。」


 心底、驚いた表情をするティナ。驚く立場が周りと入れ替わったと言える状態だ。


「ティナちゃん。本質が同じとはどういうことか教えてくれないか。何と比べて同じなんだい?」

「ああ、おじさまは私の使う奥義をご存じないですからね。」

「ちょっとまってくれ。ティナの奥義と本質が同じと言うことか?」

「ん? いえいえ、奥義を修得する前の下準備が、ですよ?」


 今度は京姫(みやこ)が一瞬驚いた表情を見せてから眉を寄せて困った顔になる。


「うん。すまないがどういうことか私は全く判らない。」

「はい? おかしいですね、話が噛み合いません。……もしかして、技の組まれている意味合いが失伝しているのですか?」


 失伝と聞き、宇留野親子は何か思い当たった様で顔を見合わせる。


「…神憑りか。」

「父さん、それは…。」

「かみがかり、ですか? ちょっと分からない単語ですね。」


 ティナが京姫(みやこ)の父、壱劫(いっこう)から聞かされたのは、神をその身に降ろすことを神憑りと呼び、宇留野御神楽流は元々が神事の技であり、神憑りと呼ばれる奥義が存在していたとされることであった。


「神憑りはBeses()senheit ()のことですか。でしたら、宗教的トランス状態に入るものを例えていると思いますよ。私の奥義も元々はドルイドの技を利用したものですし。」


 再び驚かされる宇留野親子。実戦で練られた技を宗教儀式の型に当て嵌めたものと思っていたが、実際に儀式として効果が得られるものだと言われたからである。

 門下生達も自分達が知らない宇留野御神楽流に関わるであろう話に耳を傾け、次の言葉を待っている。


京姫(みやこ)には、SonneMachtっと、日本語だと陽の力ですね。この奥義は説明しましたよね。」

「確か、ゾーン状態へ強制的に入ったり抜けたりする切り替えをする技だと…。」

「そうです。奥義は強制的にゾーン状態をつくりますが、そもそもゾーンに入れる下地がないといけません。その下地造りに覚える技が同じ本質を持ってると言うことです。」

「じゃあ、序一段の型がティナの流派の技と同じ動きがあるってことか? そんな動きをしたことなんて見たことないぞ。」

「正確には、技や歩法など動かし方は違いますが、その動かし方の意味と(もたら)す効果が同じなんです。」


 だから慣れ親しんだ動きから当て嵌めることが簡単だったんですよ、とティナは事も無げに言うが、京姫(みやこ)達は動きの意味がどの様な効果を引き出すのか判らない。失伝とはそういうことである。

 その様子を見て、ティナは言葉を続けた。


「特定の動作や視覚、聴覚、筋肉への刺激など、儀式の動作による暗示で宗教的高揚を引き出せることがあります。」

「技の中に儀式動作を再現して、宗教的高揚で得る効果のみを取り出すんです。」


 ここまではいいですか、とティナは京姫(みやこ)達が話を咀嚼するのを待ってから核心部分を伝える。


「その効果とは、アドレナリンの分泌を人為的に引き起こすことです。」

「アドレナリン? 興奮すると分泌されると言う?」

「そうです。闘争に紐づくホルモンです。」


 アドレナリンの分泌により、心肺機能の上昇による身体能力の向上、血中ブドウ糖の供給増加による感覚の鋭敏化、痛覚の麻痺を引き起こす。身体に痛みを感じない、動きがゆっくり見える、時間が間延びするなど様々な効果が表れる。

 それを人為的に引き起こす方法が宗教儀式の中で育まれたのだろうと推測される。


「つまり、俺達の流派にはそこに至る技法が含まれていたってことか。」

「そう言うことです、おじさま。多分、型の順番などを組み合わせる手順が幾つか存在してたはずです。」

「手順、それと組み合わせがある?」

京姫(みやこ)、元々が宗教儀式ですから相応の作法があったと思われます。」


 人の身体は同じ構造をしている。であれば、特定の動作による人体への影響は個体差はあるものの等しく発生すると思われる。ただ、民族の風習や思想の違い、そこに至る方法をどの様に見つけたかによる差異が必ずある。だから、効果を得るための必要な手順が変わってくるのだ。そして、それは正しい作法を知っていれば出来ると言うものでもなく、身体に根付く様な鍛錬を積む必要がある。その上でそこへ至れる者自体も極僅(ごくわず)かである。その少数が伝道者や巫女などとなり、次の世代に伝えていく役割を担う。


「なるほど。だから本質は同じでも技が違うと言うことか。私は知らずの内に技の本質に触れていたんだな。」

京姫(みやこ)がおかあさまに師事してから1週間程度で効果が出始めるなんて普通はありえませんから。だから事前に下地が鍛錬されていたと判断してたんです。」


 覚えた技の効果を発揮するにも精神の在り方で可否が変わりますから、とティナは言う。


 何か思うことがあったのか、京姫(みやこ)は顎に手をやり思索を始めた様だ。時たま、うーん、と唸る声が聞こえる。


 ティナの母ルーンも、京姫(みやこ)がヘリヤと戦った試合を見てゾーンに至る技を修めていると判断した。こう言った技の特徴として、同じ鍛錬を積んでも効果が表れる者は一握りである。この試合では、まず三昧(サマディ)に踏み込んだことに引きずられてゾーン状態に入ることになったと推察された。共に紐づく形で発動している様子であったため、ゾーン状態へ至り易くなる様、心を安定化させる方向で精神修養に重きを置いたのだ。


「ありがとうティナちゃん。まさか流派の謎を教わるとは思わなかったよ。これからは技の解明が命題だな。」

「おじさま、かなり長い時間がかかると思いますよ? 技を修めれば誰しも至れるものではありませんから。」

「それこそ何代か掛ければいいさ。失ったものを取り戻す切っ掛けが掴めただけでも十分だからね。」


 眉唾な言い伝えレベルであった宇留野御神楽流の神憑りが、思いがけないケースで俄かに現実味を帯びてきた。

 まさか、海外の別流派に類似する技法から教えられるとは宇留野家の面々も思ってもみなかったことである。


 先程から何ごとか考えこんでいた京姫(みやこ)が不意に顔を上げて口を開く。


「ティナ、(うち)の流派が行きつく先は三昧(無心)の領域に入ることなのか?」

「いえ、それは関係ないですよ?」

「へ?」

「あくまでゾーン状態に入ることが目的ですから。似た奥義を使える私がサマディ(無我の境地)に至ってないでしょう?」

「あれ? じゃあ、私は…? あれ?」

京姫(みやこ)は普段から槍を振ることしか考えてないからじゃないですか? それこそ勝敗も二の次で。」


 うっと言葉に詰まる京姫(みやこ)。図星を突かれて言葉がなくなるパターンである。


京姫(みやこ)は槍を与えておけばご機嫌になりますからね。」

「だって、槍好きなんだもん!」


 出てきた言葉は駄々っ子のそれであった。



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