【改】01-009. 驚きです、パリイの攻防 ~透花その2~
続・花花メイン
20201020サブタイ変更
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20250215 改稿
――第二試合。学園生解説者エトヴィンのアナウンスがから始まる。
『さて、第二試合が始まります。第一試合では陳選手が、独特の身体運用で二連撃を決め二ポイントを奪取。しかしながらサバレタ選手は、ダメージペナルティがありながらも陳選手の猛攻を凌ぎ、ヨーロッパ最強武術と呼び名に相応しい風格を見せました!』
インターバルを経て、待機線で並び待つ花花とマグダレナ。アナウンスが間に挟まったので、ちょっと待ちぼうけ気味だ。
『ヒーナ拳法か、はたまたシュパーニエン式武術か! これからの展開がどう転ぶか全く想像つきません! 何が起こるか判らないこの試合、皆さまもお見逃しなきよう!』
どうやら学園生解説者の話は終わったようで、少し間を置いてから審判が引き継ぐ。
『双方、開始線へ』
漸く掛かった呼び声に、二人は開始線へ赴き向かい合う。試合ごとに剣を鞘に仕舞うため、花花は剣身のない武器デバイスを胸元に持ったままだ。
稍あってマグダレナが先に口を開く。
「ウフフフ、凄いわ、凄かったのよ。身体の可動域を見越して反撃させないなんて初めての経験よ。見事ね、見事だったわ」
「人間、できないコトはできないヨ。あの一瞬なら別のできるコトもできないヨ」
「ええ、ホンとよ、ホンと。何もできなかった。そう、できなかった」
「こっちもやりニクいヨ。次の手考えると頭ハゲそうヨ」
「ウフフ、光栄だわ、光栄よ」
『双方、抜剣』
審判は会話の終了を読んで合図を掛ける。マグダレナは鞘からレイピアを引き抜く。そして手首だけでクルリとレイピアを回した。
花花の武器デバイスから剣身が生成される。同じように腕花で手首の外側を一回、内側で一回ずつクルリと回した後、準備の型、預備式の並歩持剣で待ちの態勢に移った。
剣を回すルールは特に無い。つまり、これはファンサービスの一環だ。こういった細かい仕草も喜ばれるため、時折織り込まれる。
『双方、構え』
花花は第一試合と同様に、剣を構えるまでの一連の演舞を披露した。普段は試合最初のみなだけだが、花花は敢てもう一度舞う。この試合は、もう一度見ることに費やすと決めたため、思考ロジックを真っ新に切り替える意味合いがある。そのくらい、崩すのが難しい相手なのだ。
――結局、第二試合は、双方、有効打が入らずポイントに変動がなかった。確かに第一試合よりは攻防は激しくなったが、お互いが自分に被弾しないような仕掛け方が目立つ。また防御時の迎撃へ移れないように潰される一進一退どころか進むこともままならない、といった状況だ。
「(まるで掛からないわ、掛からないの。一段目を反応すらしないなんて、見極めが優れているの、優れているわ)」
強いて言えば、マグダレナが前後の歩法を用いた二段階で仕掛ける攻撃も花花には通じなかったことか。
マグダレナは攻撃で虚実の使い方が上手い。予想外の遠い間合いから攻撃を仕掛けて相手に反応させる一段階目。これが虚だ。二段階目の攻撃が本命で、第一段目に意識が反応していれば、防御体勢へ入る前に呆気なく決まる。これが実の攻撃だ。マグダレナが戦い辛いと言われる要因の一つが、点の攻撃を虚実で活かした距離の欺瞞のである。
聴勁で、周囲の情報――空気の流れや振動さえも――を精密に感じ取る花花には、よほど複雑な虚実を仕掛けなければ通じはしない。
「(嗯嗯。もうクセ直すしたネ。それに闘牛士厄介ヨ。牛と命やりとりするは勘所が精密ヨ)」
先の試合で花花が見付けた〇.一秒を切る動作の遅延は既になくなっていた。一瞬の攻防から何を弱点として突かれたのか客観的に分析し、即座に修正出来るのは瞠目に値する。
それだけではない。花花の洞察時間が長くなる程、マグダレナが此処ぞと言う場面で危険察知力が如何に高いかを見せ付けられたのだ。闘牛は人よりも速度が速く、且つ大重量である。そんな相手と実戦をして来たのであれば、一瞬の判断力が高いのも頷ける。判断を誤れば、少なくとも重症、最悪そのまま帰らぬ者となるのだ。命をベットに戦う者は、それだけで芯の通った強さと危険に対する勘所を持っている。
だからこそ、攻め入る瞬間――それを造り出すタイミングだとしても――を見出す必要があるのだ。
結局のところ、この試合では大きな動きはなかった。
互いが攻め入るポイントを探るも、付け入るタイミングを見いだせず。多少の攻防はあったが、深くまで踏み込めず。傍目からは膠着状態と見えただろう。しかし実態は、次に向けての情報を抜き出す戦いであった。
そして、第三試合に突入した。
『第二試合は、所々で際どいサービスシーン(※)はありましたが、お互いポイントに加算なし! 依然、陳選手が2ポイントを保持しています』
※花花の仆歩などの上下機動でオシリ全開、マグダレナが前に踏み込み突きをした時にスカートがずり上がってパンモロ、その他モロモロ。
ちなみに。解説者や審判は学科に紐付くものではない。基準を満たす技術力があれば、他の科からも立候補出来る。解説の彼、エトヴィン・ホルデイクもその一人だ。
『振り返っても両選手とも攻めきれないシーンばかりで、非常に警戒していることが判ります! 撃ち払いなど高度な技を目にすることもチラホラ。しかし決まらず双方の剣が離れていくことも屡』
情報収集の牽制だとしても、二人の武技では高度なものとなる。そして、元々が決定打とならないと判って剣を交えた状況であるため、外からは「決められなかった」と見えても仕方がない。
『しかーし‼ 注目はこの第三試合! 二人がじっと耐えたのはこの時のためにある! これから先、一瞬たりとも目が離せません!』
学園生解説者は意外と的を得たアナウンスをしている。確かに花花とマグダレナは次で決めるため、情報を集め、戦術を練っていたのだから。
『双方、開始線へ』
審判の呼び声で、この試合を見ている観客は息を飲む。どのような結末になるか予想が付かないだけに、見逃すまいと目を凝らすのだ。
二人は三度目の開始線へ向かう。が、観客も、マグダレナも少し違和感を感じた。その違和感の元は、花花である。
武器デバイスを胸の高さで剣身が下に出現するような持ち方は変わらないが、よく見ると左右両手にも武器デバイスを持ってきている。つまり、副武器デバイスを使うと言うことだ。
『双方、抜剣』
審判の声と共に、二人の武器デバイスから剣身が生成される。
花花の武器デバイスが中国単剣なのは変わらない。そして、もう一つは短刀サイズで、三又に分かれた刺突武器のようだ。中央が長く、両脇がその五分の二程の長さしかないフォークのシルエット。
これは、筆架叉と呼ばれる刺突と打撃がダメージソースとなる汎用武器だ。日本では釵と呼ばれる十手の親戚である。それを左手に装備している。そして、準備の型、預備式の並歩持剣は右手に中国単剣を左手に筆架叉を持つ形となっている。
「ウフフフ、驚いたわ、驚いた。ここで二刀流になるなんて」
「攻撃の手が足りないヨ。なら手を増やすヨ」
スペイン式武術にもレイピアとダガを使った運用がある。ダガは主にキタルで使い、近接になれば刺突、斬撃に使用する。しかし、花花の持つ武器は、刺突武器にしか見えない形状だった。
マグダレナは推し量る。手を増やすと言ったが、この武器はキタル用途だろう。だが、ロンペ・ラ・セスパーダとするなら刺剣には向いていない形状だ。どういった役目を負わすのかが読み切れないでいた。
『双方、構え』
花花は、ここでも演舞をした。陳式太極剣三六式の第二弾、第三段を二刀を使ったアレンジで剣を構えるまでの型を預備式の状態から披露する。今回は目で追うのも厳しい速度だ。剣が高速に回転するさまは観客も随分喜んだようで歓声が上がる。
そして、右脚と右腕を前に剣先を相手に捉え、左手は頭上の高くに構え、筆架叉の剣先を相手に向ける。第三段の鷂子翻身を変形した構えで終わる。
今回の演舞は実戦の速度をマグダレナに見せることが目的だ。速度と精密さの札を持っていると。このタイミング情報を追加することで、思考に過負荷を与える。
『用意、――始め!』
審判の合図と共に動いたのは、マグダレナだ。
直前で情報過多に追い込まれたマグダレナだが、そこは歴戦の騎士。
自分がやるべきことの優先順位は揺るがない。
まずは右回りに動き、時折前後の動きを加え、花花が筆架叉をどのように使ってくるのか確認した。彼女は筆架叉をレイピアの切先から斜めに交差させ、進行方向自体をキタルする動作が基本となるようだ。
マグダレナは切先が触れる距離から、ほんの少しだけ踏み込んだ間合いを取る。此方の攻撃は後少し蹈み込まなければ当たらない距離だ。
先ほど、構えの際に花花が見せた高速動作の挙動に驚きを持ってはいたが、実のところエスパーニャ式武術から見れば怖くはない。
なにせ、いくら速かろうと相手より遠い間合いを持つため、相手が間合いへ入る前に刺突を決められるからだ。いくら速く動こうが、点の攻撃をほぼノーモーションで発動できる刺突より速い攻撃はない。第一試合で花花が見せた上下の挙動も、迎撃ではなく前脚を引く身体の移動など、回避に専念すればどうにでもなる。そこから落ち着いて刺突をすれば良いのだ。
「(ふむ、あの奇妙なダガの運用はエスパーニャ式と同じですね、同じです)」
花花の筆架叉は形状がフォークのような刺突特化。両脇の短い杭は剣を引っ掛け易くするためのものだろう。此方の間合いには、そもそも届かない。ならばキタルされながら攻撃をする。相手が攻撃する手を物理的に増やして来たのなら、そこに付け込めば良い。
マグダレナは仕掛ける。花花が左回りを始めた動きに合わせ、此方は前方向へ二連続のステップ。一度目は間合いを詰め、二度目は突きを入れる。今迄の虚実を伏線に、虚はなく実のみでの攻撃だ。
レイピアの切先を筆架叉でキタルされたが織り込み済みだ。剣が筆架叉で右斜め下へ流されるに任せ、腕が少し下側に向いた。
この蹈み込みでは、相手の胴まで切先は届くが、花花の剣ではマグダレナの腕にギリギリ当たる絶妙な距離だ。
やはり、このタイミングを逃す筈もなく、腕を狙って刺突が迫る。レイピアを斜め下に向いている状態で維持したまま、手首を下に曲げつつ腕を真っすぐに戻す。花花の突きをカップヒルトで受け、そのまま上へ逸らす。そして腕を斜め下に戻し、筆架叉を滑らすように胴へ突きを入れた。
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が響く。
カップヒルトで迎撃はしたが、すぐに反撃されるだろう。反撃が当たらない距離を取るためレイピアを引き抜く。が、レイピアが動かない。
先ほど逸らした花花の剣が、上から肩口に振って来た。
――ブーと、合わせて一本となった通知音が響いた。
花花は、第二試合でマグダレナが虚実を伴う二段階攻撃を効かずとも繰り返していたのは、この攻撃の布石であったと知る。さすが闘牛相手に戦うだけあって、気配どころか攻撃の意思を乗せず巧い攻撃ではあったが、それを罠に変えて来た。繰り返しの中にたった一度。まんまと引っ掛かって仕舞った。
縦の移動から更に蹈み込みが伸びてきた。此方の左移動に合わせてだ。一瞬自分の右側が無防備になった。「ここで仕掛けてくる」と花花にも判る。迎撃を繰り出すタイミングを見事に外されたため、ぶっつけ本番の迎撃方法を使う。
遠間の時と比べ、必殺の速度で突きが迫ってくる。中国単剣の上を滑るように迫りくるレイピアを筆架叉の中棘と外棘で引っ掛け加締め、左下に攻撃の導線を外し受け留める。歩法で蓄えていた纏絲を左腕で使い、勁力を上乗せて停止させるだけの威力を持たせたのだ。
攻撃の勢いが急激に堰き止められ、マグダレナの右腕は斜め下へ傾く。
相手が深い間合いに入り込んだことで、その右腕が間合いに入る。花花はこのチャンスを逃さないため、最速で突きを放つ。剣を振り被ったら間に合わないのだ。
そして、ここで驚かされる。花花の刺突に対して、剣先は下に向いたままの形で下がった右腕が戻ってきた。レイピアの切先はそのまま筆架叉で加締めた場所を軸に、手首関節の稼働範囲で腕を水平にしたのだ。
腕に向かった中国単剣の刺突が、キシッと金属が擦れる音で斜め上方向へ弾かれた。
カップヒルト。レイピア同士が戦うための防御の機能だ。つまり防御された。
「(やられたヨ。止められる前提の攻撃だたヨ)」
してやられたと花花は呟く。胴の斜め下に刺突を受けた感触が入っているからだ。
なるほど、パーリングされるのも、カップヒルトでの迎撃も初めから織り込んでいたのだと。
筆架叉で受け止めたレイピアは、剣身とほんの少し角度が出るよう、中棘と左棘で挟むように加締めていた。だが、レイピア自体に角度を付けられれば、今のように胴へ切先を滑らすことは可能だ。そこを突かれた。
ならば、此方はパーリングした後の戦いを見せよう。
胴にレイピアが刺さったまま、筆架叉を持つ左手を前方向へ捻り、骨を整列させる。これで筆架叉の棘が梃子になり、体重を乗せた状態でレイピアが折れる勢いで固定した。これで腕の動きを封じる。
マグダレナは斜めに攻撃したため、より深い間合いに入っている。それは花花の射程内と言うことだ。
攻撃手段は上に逸らされた中国単剣。マグダレナの腕の上から肩を狙える位置にあった。剣の運用で点剣を使い、挙がった右腕から手首を下に向けるように剣を動かす。横から見れば、剣と腕で山を造ったような姿勢だ。
そして切先は、右肩の付け根に届かせた。
『陳・透花選手、合わせて一本。双方、開始線へ』
審判が合図を出した。
第三試合の場合、合計で二本先取しない限り試合は終了しないが仕切り直しがある。
双方、ダメージペナルティの時間が残っている状態で再び戦いは続行される。
だが、双方でこれ以上ポイントを挙げることはなかった。
それも当然なのだろう。
ポイントを奪えたのは、双方が練りに練って漸く造り出した一瞬だったからだ。
無情にも試合を終了する合図が発せられる。
『時間一杯、試合終了。双方、開始線へ』
開始線に並ぶ二人は、やれやれと言った表情。終始、神経を削られる相手同士だったことが伺える。
『東側 マグダレナ・ペレス・サバレタ選手 二ポイント』
審判が掌を上に、マグダレナに向けて手を差しながら戦績を述べた。
『西側 陳・透花選手 一本と一ポイント』
そして、次は花花の戦績を述べてから少しの間を置いて、その手を上に挙げて勝者の宣言をする。
『よって勝者は、陳・透花選手』
この試合を観戦していた客から歓声が上がる。
第三試合までの全てがフルタイムで使われた戦いだった。これは相当珍しいため、観客も盛り上がっている。
花花は武器デバイスを持ったまま両手を頭上で振り、ピョンピョンと飛び跳ねる仕草で観客に応える。
一際、勝利を讃える歓声が膨らみ、喧騒を生んだ。
その喧噪を背に受けながら、マグダレナは小さく息を吐いてから言葉を綴る。
「まいったわ、まいったのよ。ダガで剣を止めるなんて。ビックリしたわ、ビックリよ」
「そちこそヨ。剣のお椀で道かえるされたヨ。あれは防御ちがうて攻撃ヨ」
「ええ、そうよ。レイピア同士で使う返し技よ。アレが攻撃だと気づくなんてすごいわ、すごいのよ」
レイピア同士では、カップヒルトを防御に使う。相手の剣がカップヒルトに届くと言うことは、此方の剣も相手に届く。ならば、防御した瞬間が攻撃に出る瞬間でもある訳だ。攻撃の導線を外す役目が果たせれば、既に突き出している此方の刺突が速く到達する。ある意味、捨て身に見える技である。
「ほんと、やりニクかたヨ。西班牙武術最強言われるはダテじゃないヨ」
「私も驚いたわ、驚いたのよ。中国武術相手は楽しかったわ。奥が深いわ、深いのよ」
「哦、確かにオモシロかたヨ。次はもとイロイロ見せられるするヨ」
「そうね、またね、またやりましょう。次は闘牛士の技を見せるわ、見せるのよ」
その言葉に花花は楽しみが増えたと、締まりない顔で笑みを零した。
競技者待機エリアへ下がる二人を見送るように、男性解説者のアナウンスが客席に流れる。
『試合コート五面第四回戦の初戦は、試合時間を目一杯使った稀に見る技能戦でした。勝利した陳・透花選手、予選ベストエイト進出、おめでとうございます!』
『敗れたとは言え、シュパーニエン式武術の神髄をこれでもかと見せてくれたマグダレナ・ペレス・サバレタ選手、次回の活躍も期待します!』
Chevalerie競技に於いて厳密には勝負に負けた者を敗者としない。
便宜上そう呼んでいるが、負けは次に勝利するための経験であると見做すからだ。
技術を振り絞り、己を賭けて戦った者には勝敗関わらず敬意を払う矜持があるのだ。
だから学園生解説者も、この言葉を選手を贈る。
『素晴らしい技を披露してくれた二人に、盛大な拍手を!』
観客から、歓声と拍手が溢れる。
二人は、その中を手を振りながら、試合コートを後にしたのだった。