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シュヴァルリ ―姫騎士物語―  作者: けろぬら
第3章 Einen schönen Tag! 姫騎士の穏やかなれど怒涛の日々です

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03-007.Termin. 夏休みの計画。

2156年6月27日 日曜日

 昨日は新製品記者会見で夕方まで時間を取られていたため、今日の午前中はティナの弟であるハルを構う時間に充てていた三人娘。花花(ファファ)とハルはいつもの追いかけっこと言う名の鍛錬に、(けい)を使う基礎となる動きが組み込まれた怪しい踊りを披露。ハルに請われてティナと京姫(みやこ)も一緒に謎のダンスパーティーに参加。傍から見れば得も言われぬ怪しい儀式を行っている様であるが、それも口性無(くちさがな)いことだろう。


 兎角、京姫(みやこ)はハルに甘い。彼女は末っ子であったためか、幼いころは自分の下にも妹弟(きょうだい)が居れば良いと思っていた。その潜在的欲求がハルと出会ったことで幼い子供の可愛らしい様子から年の離れた弟の様に思え、ついつい猫かわいがりしてしまうのだ。

 ハルはハルで、母と姉の気配によく似た花花(ファファ)京姫(みやこ)を家族だと思っており、新しいお姉ちゃんに甘えることは以前にも記載した通り。

 10:00のおやつタイムでは京姫(みやこ)の膝にハルは陣取り、葡萄のジャムを乗せたチーズクーヘンを食べさせて貰っているところだ。おいしー、と喜ぶその姿に京姫(みやこ)も頬を綻ばせている。対面では花花(ファファ)が大口を開けてチーズクーヘンを放り込んでいた。


「それで、ティナは来週から公休を取るのか?」

「いえ、取りませんよ? 場所がご近所ですから大会の日程だけで済みますもの。」

「ご近所? どこヨ?」

「会場はザンクト・ペルテン市ですから、ザルツブルクからリニアで1時間くらいです。」

「ウン、良く判らない場所ヨ。」

「地名を聞いても今一つ思い浮かばないな。」


 彼女達は、7月5日から始まる、エスターライヒの選手選考大会についての話をしている。当然、ティナが出場する公式大会であるが、ちょうど1週間後に開催となるのだ。大抵、公式大会などの出場時は移動や準備のことを鑑みて数日前には現地入りをするので、ティナがいつから出かけるのか京姫(みやこ)が聞いてみたところである。海外留学生の花花(ファファ)京姫(みやこ)が他国の地理に疎いのは当然であろう。更に留学先の隣国となれば尚更である。


「ねぇね、おでかけ?」

「そうですよー。来週になったらねぇねは試合に行くんですよー。」

「おしごとだ!」

「ふふふ、そうですよー、お仕事ですね。」


 おしごとがんばってねー、と弟に激励されてニコニコと笑顔になるティナ。ハルは姉のファンサービスや試合などは仕事と認識しているため、邪魔をしない様に弁える、物分かりが良い子である。その代わり甘えるときは目一杯甘えるので子供らしさとしてはバランスが取れている。


「それはそうと、京姫(みやこ)は夏季休暇で帰省しますか?」

「話が飛んだな。私は、7月31日にフライトチケットを取ってるよ。戻ってくるのは9月に入ってからだな。」


 今年の夏休みは、7月30日から9月13日までの1カ月半である。但し、9月6日から9月13日までは、新入生の寄宿舎受け入れや、次学年度の準備などと諸手続きで学園へ頻繁に出向くことになる。


「私も親戚から招かれまして、8月の5日から22日までは東京にいますので。時間がありましたら京姫(みやこ)のお宅にでも訪問しようかと。」

「へー、日本に来るのか。東京からなら2時間圏内だよ。(うち)はいつでも構わないよ。」

「それなら、こちらは8月の13から15日と19日は予定が入ってますので、それ以外でお伺いします。」

「ふーん、日本(リーベン)も楽しそうヨ。京姫(ジンヂェン)の家も興味あるヨ。」

「古い武家屋敷だから国でも今時では珍しい建物だよ。豪華さはかけらもないけどな。」

花花(ファファ)も一緒に行きますか?」

「ワタシ、夏は忙しいヨ。代表の選手、ミンナ(たお)さないといけないヨ。」


 花花(ファファ)の口から不穏な台詞が飛び出し、思わず目を剥くティナと京姫(みやこ)。今度はいったい何をやらかしたのか、と訝しむが驚きの答えが返ってきた。


「ケンカ売たヨ。ミンナよりワタシの方が強いから補欠違うて代表にしろ言うたヨ。」


 花花(ファファ)の言う代表とは、世界選手権大会の代表である。彼女は全国大会で1位となった選手とあたり、好勝負を繰り広げたのだが時間切れで1ポイント対2ポイントと判定負けをした。結果、ベスト8止まりとなったのだ。ちなみに、花花(ファファ)を破った河南省で予選1位を通過した選手は、全国大会1位の選手とあたり、あっけなくストレート負けをした。だが準々決勝であったため代表入りには届いている。結局、全国大会1位の選手を一番追い込み、且つポイントも取らせない戦いをした花花(ファファ)が補欠枠に入ったが、それに満足はしていなかった様だ。


「また、とんでもないことをするな、花花(ファファ)は。」

「目を離すと何を仕出かすか判りませんね、ホントに。」

「だが、いきなりだな。何かあったのか?」

阿姨(おばちゃん)に、言われたヨ。ホントの技、競技に出さないのはオカシイて。」


 花花(ファファ)は陳家太極拳を使う拳士である。厳密にいえば、暗部の持つ裏の技がメインとなる。Chevalerie(シュヴァルリ)競技に出るために、流派が習う短器械(剣など)長器械(槍や棍など)の技を使って試合に赴いているのだが、それは主となる戦い方ではない。自分の本来の技法より練度の劣る技を用い、更に競技に合わせた運用をして来たのである。常に制限をされた中で窮屈に戦ってきているのだが、それでも上位に入り込むのが彼女の地力が高いことを証明している。

 そして、ここが一番の特徴なのだが、花花(ファファ)は自国に戻ると、試合は中国武術のみと言って良い戦いになる。花花(ファファ)は実戦で練ってきた技を本質の全く違う競技の技に合わせていた。その弊害として、花花(ファファ)の持つ高い戦闘力が発揮されなかった過去がある。

 そのため、競技に特化した武術や、相手が中国武術に特化したカウンター戦法を練る武術――競技のルールに則する様に当て嵌めた技――に良い様にされてしまうこととなった。


「ワタシ、勘違いしてたヨ。競技だから競技の技で戦う必要あるて。そんなの無かたのヨ。」


 ヘリヤとの戦いでポイントを奪った苗刀(ミィァォダオ)の技は、競技の技ではなく実戦の技であった。これは強すぎる相手を前にし、全力を出す必要に駆られた結果、競技の技を使うと言う意識が消え去ったのだ。

 つまり、花花(ファファ)はティナと同様に、競技で使われる技(・・・・・・・・)以外を持っていると言うことである。


「おかあさま?」

「ちょっと口添えしただけよ? 騎士(シュヴァリエ)騎士(シュヴァリエ)である必要はないってね。」


 Chevalerie(シュヴァルリ)競技は騎士(シュヴァリエ)のためにあるものではない。レギュレーションを守っていれば誰でも参加できるのが魅力の一つでもあるのだ。例えばウルスラ。彼女は騎士(シュヴァリエ)と呼ばれるが、狩人である。そして、ルーンこそが騎士(シュヴァリエ)と呼ばれながら実態は騎士(シュヴァリエ)ではなかった代表格である。


「馴染めないもの、無理に馴染むはいらないヨ。スッキリしたヨ。」

花花(ファファ)…。」

「ははは。これはますます手強くなるな。」


 過去、花花(ファファ)が競技に技を合わせるために苦労していたことを知っているため、しんみりしているティナとは対照的に京姫(みやこ)は嬉しそうに笑っている。まるでいつもの花花(ファファ)と入れ替えた様だ。

 京姫(みやこ)こそ槍を振り回してスッキリしたんですね、とティナはジト目になっているが。


「しかし、再試合だなんて良くそんな無茶が通りましたね。その方が驚きです。」

「国は出場選手が誰でも興味ナイヨ。勝てる選手なら文句言わないヨ。」

「なるほど。だから全員倒して証明すると。」

「そゆコトヨ。」


 なんともアバウトな話である。元々が国内で発祥した武術競技に力を入れているため、Chevalerie(シュヴァルリ)競技人口は多くとも、どちらかと言うと二の次になっていることも関係する。何せ、他の武術大会の隙間にChevalerie(シュヴァルリ)競技の全国大会を捻じ込むくらいだ。武術は国内需要で十分賄えてしまっているため、Chevalerie(シュヴァルリ)を通して、世界に戦いの場を移す者がまた少ない。


「ふぁーふぁもおしごとー?」

「そーよ、ワタシもおしごとヨ~」


 どうやら試合をする様子を感じたハルを花花(ファファ)が対面から両手を伸ばして頬をモミモミとしてやれば、キャッキャと嬉しそうに身体を捩る。

 京姫(みやこ)は膝の上に座るハルが落ちない様に抱きかかえている。その様子は仲の良い姉弟に見える。むしろハルが皆の弟として扱われているので、そう見えるのは当然だろう。


「ちょっと、花花(ファファ)。クーヘンが下敷きになりますよ。」


 テーブルの対面側へ手を伸ばしている訳で、卓上のケーキやらお茶やらが巻き込まれそうである。


「おっとっとヨ!」

「危ないなぁ。ティーカップを引っ掛けるところだったぞ?」

「てへぺろヨ。」


 花花(ファファ)が死語(2156年現在)を使ってきた。情報はデータベースとしてネット上に残っているため、100年くらい昔のネタも簡単に拾って来れるのである。


「そうだ。仕事で思い出したんだが、ティナも日本の番組に出演してみないか?」

「は? いきなりですね。」

()! 京姫(みやこ)日本(リーベン)のテレビ番組持たカ! 技いっぱい見て貰えるヨ! イイネ!」

「いや、ゲストコメンテーターで呼ばれたんだ。だから戦う訳じゃないぞ?」

「そかー。ザンネンヨ。」

「ゲストコメンテーター? 京姫(みやこ)がお呼ばれしたのでしょう? お友達参加企画ですか?」

「いや、そういう訳ではないんだけどな。私の交流がある騎士(シュヴァリエ)で興味がある場合は連れて来て良いと言われたんだ。」

「やっぱり、お友達参加企画じゃないですか。私を誘うと言うことは夏に収録があるのですね?」

「ああ。そういうこと。どうする?」

「いえいえ、まだどんな番組か聞いてないのですが…。」


 京姫(みやこ)は県大会決勝戦後にTVのコメンター番組で騎士(シュヴァリエ)自体の特集をするため、騎士(シュヴァリエ)の立場でコメンテーターとして参加の打診があったこと、番組進行は司会者以外はアドリブであることを説明した。


「すごいですね。素人を呼んでアドリブでお話させるなんて。番組として成り立つんですか?」


 ティナの疑問はもっともである。素人が場の流れや言葉を選んで発言することは難しい上、それが視聴者に受けるものかも判らない。大抵は、ある程度展開がスケジューリングされており、それに則したコメントを予め用意しておくものである。素人ではどんな発言が不適切なのか判らないからだ。


「司会者がトーク番組のエキスパートなんだ。どんな相手だろうとタイムリーな話題を振って面白おかしくコメントを引き出すんだ。」

「それ、相当な大御所じゃないですか? ただの売れっ子エンターテイナーでは出来ない所業ですよ?」

「その通りだよ。日本で指折りのコメディアンだよ。」

「うーん、京姫(みやこ)のコメディーヨ。日本(リーベン)の笑い、ツボ判らないヨ。」

「コメディ番組でもないし、私がお笑いをするわけじゃないからな?」


 花花(ファファ)京姫(みやこ)はいつもの様に軽いコントになっている。それで行けるんじゃないのだろうか。

 ティナはそんな二人を眺めながら日本で「姫騎士」の知名度向上とファン獲得には良い機会ではないかと計算中。


「ちょっと興味がわきました。」

「え? 私はお笑いをしないよ?」

「いえ、そちらではなく。生放送番組ではないのですよね?」

「ああ。収録番組だよ。収録は8月9日で、放送が8月27日になる。」

「ふむ。その話、受けても良いですよ? 一応、装備は持参するので騎士(シュヴァリエ)姿を要求されても大丈夫です。」

「そうか! 出てくれるか! 実は一人だと不安だったんだよ。」


 なし崩しに近い形でティナの出演が決まった。驚いたのは番組制作会社で、まさか「鬼姫」のみならず、「姫騎士」も参加してくれると言う話に歓喜したが、追加予算を得るためスタッフは交渉に走り回ったと言う。そして、嬉しいことに「姫騎士」は日本に造詣が深く、且つネイティブで日本語が使え、諺やスラングまでも扱えると言う。通訳なしで意思の疎通が出来るのは大きなアドバンテージとなる。

 京姫(みやこ)の縁で上位の騎士(シュヴァリエ)が参加してくれたらラッキー程度だったのが宝くじを当てたのだ。しかし、世界的にも有名人であるティナの出演料は京姫(みやこ)よりずっと高くなってしまう。それは有名度云々ではなく、番組にも出慣れており、一定の成果を上げる出演者であるからだ。

 金額の交渉に入った際、ティナは、「京姫(みやこ)と同じでかまいませんよ。誘われて一緒に出演するだけですから。」と言うが、さすがに日本国内で視聴率を稼いでいる番組が高額出演者に該当する相手を安く起用するのは業界的にも悪い噂になる元であるため、有名スポーツマンゲストの出演料に上乗せされた形で金額は落ち着いたのだった。


「顔合わせや番組説明に、リハーサルがあると思うのですが、それはいつでしょう。」

「8月6日の午後からだな。」

「それでしたら、私が日本につきましたら、収録が終わるまでそちらでお世話になった方が都合良さそうですね。」

「家はかまわないが、東京に滞在する予定なんだろ? TV局もそちらの方が近いから便利だとは思うけど。」

「いえ。折角ですので京姫(みやこ)のご自宅へ伺おうかと。二人一緒の仕事ですから動きやすいでしょう?」


 数日お世話になりますね、とティナはニッコリとほほ笑むのである。

 今年の夏は賑やかになりそうだ、と京姫(みやこ)はクスリと笑っている。

 全員(たお)すヨ!と意気揚々な花花(ファファ)


 こうして夏の予定が決まっていった。



 ちなみにマクシミリアン国際騎士育成学園は、夏の課題として、単位が不足もしくは心配な生徒向けに単位を補填できる課題、研究や学科など、自分が伸ばしたい項目に則した課題など、生徒達が自由に選べる。学校で指定された宿題の解答欄を埋めて提出すれば良いというタイプではない。個人が何を選び、そこから何を得られたのかが重要なのだ。


 ――閑話休題



「あら、そうでした。マリー姉さまにもスケジュールをメールしませんと。」


 そう言いながらティナはAR表示のキーボードを打鍵する。ふむふむ、とメールを推敲してから送信。


 宛先は、マルレーネ・ディートリント・カレンベルク。通称マリー。

 ティナの10ほど年上の再従姉妹(はとこ)にあたる。

 彼女こそが、ティナの人生を大きく変えた張本人であり、日本で成年指定のコミックライター、つまりエロ漫画家として生計を立てている貴腐人である。


 東京では彼女のマンションで世話になる予定で、8月の13日の金曜から15日の月曜まで3日間、夏のイベント(祭り)の手伝い兼、姫騎士の啓蒙活動で参加することになっている。


 そして、8月19日 木曜日。

 マリーにコネも全て使って貰い、ようやく調整出来た日程である。



 この日は、姫騎士が姫騎士を成すために最も重要な日となるのだった。



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