03-003.Verbreitung. 流動性概念と固定的観念の闘争。
2156年6月17日 木曜日
UMA騒動から2日経つが、森林公園謎生物の噂は継続中。
それもその筈、UMAの正体が姫騎士などとは公表する訳がない。ここに来て、ようやくティナも件の噂話を聞き及んだが、噂が消えるまで放置することにした。こういう場合は噂を誘導したりなど、余計な手出しをすると返って悪化するケースが多いからである。
取り敢えず、鍛錬はもう少し森の奥まで立ち入ることにし、更に気配察知のために神経を研ぎ澄ませる鍛錬も同時に熟すことで人目を避けようかと画策中。
学園敷地内の森林公園は、木々が生い茂る森部分などを自然に任せる様に育樹している。街路樹の様に整備された風景ではない。故に、順路となる遊歩道もあちこちに蛇行しているので、全長は2kmを超える。適度な距離があるため、騎士科の生徒達が良くランニングしている姿を見かけるのだ。もう少し離れると乗馬、と言うより騎馬トレーニングコースに交わる場所に出るのだが、遊歩道からでは遠く馬の嘶きが聞こえる程度である。
「うーん、この辺りがベストですかね。」
ガサガサと木の上から飛び降りたティナの足音は聞こえない。木の上を移動する技術もあと数日もあれば練度が戻り、同じ様に無音となる。態々音を立てて木の上を移動する技であるならば、それは単なる芸の範疇だ。
一通り鍛錬を終わらせたティナは、現在の場所をトレーニング場と定めるかどうか決めていた。と言っても、そんな真剣に悩んで決めることではなく木の生え具合や人の往来が少ない等を比較して大体この辺、とアバウトだ。
本当に門外不出で秘伝のため外部へ閲覧させないということであれば、それ専用の鍛錬場所を別途用意するか、学園の敷地内に占有区画を借りるなどの手を使えば良い。なので、秘伝の技を使うが、たとえ覗き見られても問題ないレベルである。もっとも、ティナが受け継いでいる技は特殊な訓練を積んだ下地が無い限り、見様見真似で出来るものではない。だから「ちょっと秘密の特訓」などと気安く言える程度の隠し立てだ。
本日は木の上を移動することは当然ながら、落下に対する技術が錆び付いていないかの確認をしていた。この間、イベントで城壁から飛び降りた際に理想の形にならなかったからだ。何度も高所から飛び降り、音を完全に吸収しつつ落下ダメージを分散する。それが確認出来たら落下攻撃の鍛錬、加速を付与した落下等々と小一時間程度汗を流す。
ティナは、と言うか彼女の一族は早朝に鍛錬を行う習慣がない。鍛錬に充てるのは日中でも午後以降、もしくは夜としている。元々、森の民の生活サイクルとして、日中帯の時間は生きるための仕事を熟すことに充てている。早朝から身体を疲労させて日々の生活を送るのは難しい。畑仕事や狩りの前に疲れ切った状態では満足に仕事が出来ないからだ。全てを武術に注ぎ込んでいる訳ではないからこその時間配分である。
「おっと、そろそろ戻らないと時間に間に合いませんね。」
ティナが普段行う鍛錬と比べれば、汗をかく程の運動量ではないが、そこはそれ。シャワーを浴びてサッパリと身だしなみを整えたく思うのは乙女の矜持ではないのだろうか、と言うことにしておく。
クルリと森に背を向けて足早に寄宿舎へ帰るティナであった。
今日は、ドイツの全国系放送局でホーエンザルツブルク要塞攻略イベントの特番が放送される。エスターライヒも同様である。それぞれ放送権を取得して放送局毎の番組構成となっているので、ドイツとエスターライヒ両方の放送圏内に入るローゼンハイムでは番組の見比べなどが出来、一粒で二度美味しいお菓子状態である。
エスターライヒの放送では、現地で実況を受け持っていたファンキーなコメントが特徴の女性解説者、アンネリース・ペルファルが全編に渡って解説を付けるらしい。多分、面白おかしい番組になるだろうと予想されるが、これでも彼女は人気のアナウンサーであり、視聴率も結構稼ぐ売れっ子なのだ。不適切発言ギリギリのコメントも多いので制作側は胃を抑える者も出るのだが。
ドイツは2時間番組だがエスターライヒでは3時間番組と、力の入れ方が違う。なにせ、ザルツブルクに本社を置く、世界的な老舗飲料水メーカー「Red Pull GmbH」や、ティナの父が経営する「Calenberg-Akustik .AG」、ティナが看板キャラクターとなっているウィーンに本社を構えている下着メーカー「Abendröte」などがメインスポンサーとなり、資金をジャンジャン投入したのだ。この3社はイベント自体にもスポンサーとして資金の4/5程を提供している。
エデルトルート率いる「Salzfestung」は「Red Pull GmbH」がオーナーのプロチーム、「Calenberg-Akustik .AG」は三人娘のスポンサー、「Abendröte」もティナが看板となり利益率も跳ね上がっているとくれば資金も快く提供すると言うものである。他にもスポンサードを受けている騎士が多数参加していたため、スポンサーが幾つも協賛しており、イベント自体の資金も潤沢であった。
放送局と言えば、世界規模でネット配信を行っている会社も放送権を取得しており、近日に全世界向けに英語版の番組が制作されることも発表された。その発表でドイツ語圏以外の国からの期待も大きく、放送前から問い合わせが殺到しているらしい。大人数の騎士達による本物の要塞を使った攻城戦など、いままでに類がないイベントであるからだ。しかも現役の騎士どころか、世界中に名が知れ渡っている騎士が多数参加しているとあれば尚更だ。
「エデルトルートのCMも凝った造りだな。中世の騎士団を模してるのか。態々革袋の水筒まで使って。」
「水筒がRed Pull 缶のデザインを模してるところが何とも言えませんね。」
「ティナが裸のCMが多いヨ。裸のバリエーション豊富ヨ!」
「裸違います! 風評被害です!」
現在、夜19:30過ぎ。三人娘は、どうせならティナの部屋にある大画面のTVモニターで番組を見ようと言う話になり、エスターライヒの放送を見ているところだ。
17:30から放映しているため、既に2時間経過している。番組合間のCMなどはメインスポンサーのCMバリエーションを全部映すのかと言う程、度々流されているのも資金を出した度合が違うからだろう。
つまり、シースループリンセスドレスを代表に様々な下着姿のティナが登場したのだ。花花のボケも増量すると言うもの。
夕飯は花花食堂が持参してくれた中華料理とティナが用意したお茶のセット、京姫の持参した薄焼き煎餅と事前の準備は万全であった。卓袱台で食後にのんびりTVを見る家族団欒の様相。
番組自体は、さすが売れっ子の女性解説者。面白おかしくトーク番組の如く進行するのではあるが、解説が適切で判り易い。
自分達以外の戦闘なども数多く見ることが出来、中々に充実した番組であると言えた。
ただ、ティナにとってはこの後問題となる台詞を耳にすることとなった。
『お~っと! 城壁を走る黒い影! あれは何だ! 鳥か! 飛行機か! いや! 姫騎士だぁ~!!』
ちょうど、ティナが城壁を疾走からの大ジャンプ+空中で外套をヴァサッと脱ぎ捨てた新鎧お披露目のシーン。解説者も態々古臭い言い回しで、映像とのギャップを強く出している。
『いや~、フロレンティーナちゃんたら空飛んじゃうんだもん。しかもしかーも! 立ってるだけでAbendröteのティーバックがチラチラするステキ仕様だぁ~!』
そのチラチラは本当にティナが丹精込めてデザインにも携わり発注した特別仕様であるのだから困ったものだ。
『白銀の鎧なのに青く光るのは、この鎧のためにスペシャル調合したミスリルカラーって言うらしいですよ。キラキラと青い光が尾を引いてキレイですよね~。』
『まるで青い流星ってカンジじゃないですか!』
ピクリとティナの眉が動く。
『バッタバッタと騎士をなぎ倒していきます! 正に青い流星!』
『青い流星が騎士を翻弄していまっす! しかーし! この流れ星は消えません! 青い流星は空に輝き続けるのだ~!』
ティナがTVに向かってにじり寄りながら、声を荒げる。
「ちょっ! その単語はNeinです! あなた、自分の影響力を知らないのですか!」
TVに向かってがなり立てても返答がある訳はない。この放送は、視聴者参加の双方向通信番組ではないのだから。
「ティナ、一体どうしたんだ?」
「そうヨ? ナニを言ってるヨ?」
「姫騎士最大のピンチです! これがどうして叫ばずにいられましょうか!」
「は?」
「什么?」
二人はキョトンとさせられた。余りにも違うティナの温度差からであるが、何を言っているのかサッパリ判らないからでもある。そして、顎に手を当ててブツブツと考え込むように何かしらを囁いているティナ。完全に二人は置き去りである。
花花と京姫は、一人考え込んで説明放棄状態のティナに業を煮やし、問い質すべく声を大にする。
「説明だ、説明を求む!」
「ソウヨ! 何がピンチヨ! 判らないヨ!」
「はっ! 二人ともどうしたんですか? そんな大声をあげて。」
「いやいや、こっちがどうしたか聞きたいよ。」
「一体何があったか教えてヨ。」
今度はティナがキョトンとさせられた。おやぁ、と頭を巡らし、二人の顔を見る。ヒートアップから少し冷め、先ほどの発言に対して説明を求められていたことを理解する。
「ああ、先ほどの件ですね。思わず取り乱しました。」
「この番組の解説者、バラエティー系アナウンサーなんですが解説は意外にも適切ですよね?」
その問いに二人は黙って頷く。
確かに面白おかしく盛り上げている解説者ではあるが、要所の解説は的確で、且つ判り易く印象に残る内容である。
「だから結構売れっ子で、語録なども真似されたり流行ったりするんです。」
「しかも、この方が表現した言葉が二つ名になった騎士も結構いるんですよ。」
そこまで聞けば二人も納得した。成る程、さり気なく印象に残る言葉を綴る解説者なのか。影響力があると言うのも頷ける。何気なく思い起こされた単語からティナが何を危惧したのかを。
「青い流星…。」
ポツリと零した京姫の言葉からも判る通り、誰にでも記憶に引っかかるものと思われる。
正に二つ名にありそうな単語である。
「とりあえず、今日の番組は放映されてしまった訳ですからしょうがないですが、今後どう圧力をかけるかです。」
至って当然の如く黒いことを言い出すティナ。先程からあの言葉が広まらない様にどういうルートと伝手でなかった方向に持っていくべきか検討していたのである。
「まったまった! 圧力かけてどうするんだ!」
「ソウヨ! 首をキュッとする方が早いヨ!」
「花花も何言ってるんだ…。」
この辺り京姫は武家の末裔であるが、一般家庭で育っているので常識的な反応をする。暗部が生活の一部としてお隣で息衝いているティナや花花の発想とは異なるのだが、この二人が特殊なだけである。しかし、この場で多数決を取る場合は圧倒的不利になるのが常識人であると言うのが笑えないところだ。
それでも京姫は彼女達を止めざるを得ないため、普段では見ることがない身振り手振りまで加えて懇々と説得をするのだった。
「そかー。首キュッはダメかー。」
「むむむ。確かに裏で動いたことが漏れれば印象は最悪になります。うーん、悩みどころです。」
「普通に姫騎士らしい振舞が出来るイベントとかに参加した方が好印象だと思うぞ?」
「直近のイベントは6月祭で、姫騎士なのに格闘戦するんですが。」
「……。」
言ったは良いが、今日の特番放送と言い、6月祭と言い、謀った様に微妙なタイミングなので二の句を継げない京姫。
更に輪をかけて不味いことに、姫騎士Kampfpanzerungヴァージョンのアバターへ武術を実装するデータのリリース日が6月祭の初日となる。ますます姫騎士感を遠ざける一助を担ってしまうのが皮肉だ。
そして、姫騎士を前面で推す頼みの新製品発表記者会見は6月祭の翌日と言う後手に回った感が否めない。
今日から数え期間的には1週間少々と大したことではない様に見えるが、情報の伝達や噂話などは足が早いものだ。だからこそティナは焦って対応しようとしたのだ。
「ま、まあ、番組の途中で流れたCMは如何にも姫騎士らしかったから、そうそうイメージは変わらないと思うぞ?」
「そうであると有難いのですが…。」
「ほへー。拘るとイロイロめんどいネ~。」
花花は既に話半分で番組の続きを見ている。ちょうど大将同士の対決と言う手に汗握る展開を前にテーブルへ片肘付きながら「ホンとヨ。ヘリヤのパンツ隠れてるヨ。」と、とうとう新調して身体のサイズに合わせたヘリヤの騎士服を見てどうでも良い感想を漏らしていた。
攻防戦自体は3時間番組の内、2時間半で終了。その後は各ハイライトシーンである。やはり、ロープで城壁を登る竊盗と武闘家のインパクトは強く、ロープに脚を絡ませて壁面へ垂直に立ったり、ロープから頭を下にぶら下がって手を振ったりと大っぴらにサービスをしまくり、見る方をハラハラドキドキさせていた。実際は、ロープと一緒に落下防止用ワイヤー、つまり命綱をベルトの器具に通していたので、落下することはないのであるが。彼女達は命綱など考えもせずロープのみで挑むつもりだったが、安全基準のために後から無理やり付けさせられた物である。
青白い輝きの尾を引き、戦場を疾駆する姫騎士のシーンでは、またアノ言葉が登場し、ティナの眉根に皴がより捲っていたのは言うまでもない。時たま「ぐぬぬぬ」と呻く声が聞こえて来る。
番組は近頃では珍しい長丁場であるが、有名騎士が多く、実戦に準拠した集団戦と言う珍しいイベント構成は、見ごたえも十分で、更に俯瞰で全体を見なければ判らない様な戦略が練られていたりと、各処に影響を与えるであろう番組で会った。
色々と京姫から窘められたが、それでもブログやSNS系の正攻法な情報発信にて姫騎士の印象を少しでも向上させる動きを見せるティナであった。
「余り露骨過ぎるとあざとさが際立ちますから匙加減が難しいところです。」
アップする写真や文章などに、ほんのり姫騎士成分を混ぜ込むテクニックは感嘆すべきレベルである。さすが、今まで姫騎士と呼ばれる様に印象操作を欠かさなかっただけはある。
内容を推敲するティナも、ヨシヨシと出来栄えに満足している。
「姫騎士マシマシ汁多め油抜きです!」
それはちょっと違うと思う。




