03-002.Bestätigen. 嘱目の思料。
2156年6月15日 火曜日
夕食後、ティナの部屋に集まった花花と京姫。
今日の夕食は皆、給食センターから配給された食事で済ませている。基本、平日朝晩の食事は寄宿舎の料金に含まれており、給食センターから朝5:00と夕17:00に各宿舎の食堂にある給食室に配膳される。給食室には保温を行う食品庫が設置してあり、温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいまま、料理毎の適温で保管されるのである。自分で食事を用意する場合は、配膳が不要となる食事がどれであるか前日までに申請しなければならないルールだ。
ティナの部屋だが、以前にも記載した通り、約7畳のベットルーム、3畳のキッチン、風呂トイレ別、洗面室の間取りだ。居住空間としての広さはドイツやエスターライヒの学生寮としてはかなり狭い。大抵、首都圏以外の学生寮と言えば1室20畳程度は広さを持っているのである。
その代わりと言う訳ではないが収納がかなり大きい。騎士装備や関連備品の収納庫、壁に埋め込まれた大型クローゼットなどがベットルームとは別に標準で据え付けられており、総面積で言えば20畳近くと一般の寮と大差はない。機能を優先したが上で居住空間が狭くなったのである。そもそも、寮と言いつつも一部屋毎に風呂トイレ洗面が全て独立した設備として付随している時点で一般的とは言い難い。
そして今、その狭いと言われる居住空間で毛足が長いラグの上に三人娘は座り込み、食後のお茶を楽しみながらティナが今回スポンサーの製品イメージキャラクターとして直近にある予定などを色々と説明しているところだ。
「なので、CMもパイロット版が出来たので、プレスを呼んで製品発表会を開催する予定になってます。」
「それに私達も参加する、って言う認識で良いんだな?」
「ええ。ちょっと慌ただしいですが26日の土曜日、午後一にCalenberg-Akustik .AG本社の防音ショールームで記者会見となります。」
「ワタシ達、騎士服も着るヨ?」
「そうです。CM収録した装備で参加となります。」
国際オーディオショウなどの出展ではなく、新製品発表会なので音響などの設備が整っている自社で行う運びである。通常は平日に記者会見をすることが多いのだが、イメージキャラクタが学生のため休日に実施となる。
「で、CMの出来はどうだったんだ?」
「そうヨ、ワタシの出番どうだったか気になるヨ!」
「いえいえ、私もまだ見てませんよ? どうせなら皆で見ようと思いまして。」
「はーやーくー、はーやーくー!」
「子供か!」
「はいはい。用意しますからちょっと待ってくださいね。」
ティナは壁掛けにしている60インチのTVモニターとプリメインアンプの電源を入れる。オーディオ機器のCMなので、どうせならちゃんとしたスピーカーから音を出したいとの拘りである。
再生用データサーバのメニュー画面がTVモニターに映し出される。ARによって空中で指による操作をするタイプである。
メニューから今回送られてきたCMデータを選択すると、3種のブランドそれぞれで45秒、30秒、15秒と時間の長さが違うCMが格納されている。
「さて、それぞれのブランドで3種類ずつですか。誰のCMから見ますか?」
「ワタシ、見たいヨ!」
シュピッと勢いよく手を上げる花花。その眼は期待にキラキラさせて…いる様な雰囲気は出ている。
「じゃあ、花花のCMからにしようか。」
「はいはーい、っと。んー、長尺からにしますかね。」
TVモニターには花花のCMが再生される。ポップな音楽と共に花花がリズム良く街中を歩いていく様子を横から映したものだ。背景となる街中はカートゥーンの様に白を基調としたイラスト風になっており、花花を1フレームごとに背景の一部と共に切り取って貼り付けた様な構成となっている。切り取り方を大雑把にしていることで、花花の動きと実写の背景、イラスト調の背景にギャップが生まれ非常に動きが引き立つポップな映像となっている。ブランド【舞椿】のテーマである「躍動」が良く表現されている。
「イイネ! ワタシ、目立ってるヨ!」
「花花と製品のイメージを良くマッチした造りになってますね。」
「リズミカルに歩いてるのに動きがスルスルと滑らかに繋がってるのは流石だな。」
驚いたことに30秒のCMはパターンが替わり、正面から撮影した映像で構成されていた。直進だけではなく、クルリと回ったり、様々な動きをする花花が捉えられ、キャラクターの魅力が十分に引き出されている。
これには花花も満足した様で、イイネを連発していた。
15秒のCMパターンは基本ショートバージョンではあるが、45秒と30秒のCM両方から映像がピックアップして上手く繋げてあった。
「次は京姫のCMにしましょうか。」
そう言いながらティナは既に再生ボタンを押している。
TVモニターの画面が黒く染まる。黒の中に京姫が浮かび上がりタンッタンッと踏み込む音、ヒュンヒュンと槍を振るう音が響く。BGMを付けずにナレーションと京姫の動きによって発生した音で構成している。ブランド【鬼姫】のテーマ、「静寂」そのものである。後半に、上から滝の様に流れる水を槍で斬り裂くのであるが、その瞬間をスローモーションで再生し、流れが立ち切れた一瞬で槍を奮う京姫がその向こう側に見える演出となっている。CGではなく全て実写であることで臨場感を出している。京姫の技の音、水の音そして効果的に入るナレーションと言う静かな世界であった。そして、静かながら動きがある映像作品となっていた。
こちらも30秒バージョンは内容が少し異なり、京姫が普段使うことがなかった宇留野御神楽流の神事に用いる技が主流となっている。この技は一部だけ日本の全国大会で初めて公開されたのだが、従来の京姫の技として知られているものと全く異なるものが公開される訳である。
「こうして見ると、何だか恥ずかしいと言うか、こそばゆいと言うか。」
「京姫の技ありきの構成ですね。と言いますか、映像で見ても技の出が判り辛いですね。おかげでテーマの静寂が際立ってますよ。」
「短い方はオモシロイヨ。京姫が見せたことナイ技ばっかりヨ。」
「神事の技だよ、あれは。今までは通常の技に上手く繋げられなかったんだ。」
そして、最後は姫騎士さんのCMである。ホーエンザルツブルク要塞と姫騎士の組み合わせ、そしてティナが公爵の姫として終始振舞っていたことで豪奢であり清楚と言う複雑なイメージを表現し、大変出来が良かったとだけ言っておこう。
簡単にしか説明していないのは、ブランド【姫騎士】のテーマは「驚愕」であるが、先日行われたホーエンザルツブルク要塞攻略イベントで大暴れした姫騎士の方が正に「驚愕」であったため、CMのイメージが喰われてしまったのだ。
映像を見終えるまでティナは渋い顔を崩さなかった。多分、このフィルムを編集していた側も話し合いがあったのだろう。微妙に方向性が変わったことが伺える出来だからだ。
「失敗しました。イベントはもう少し控えめに動くべきでした。」
「あー、あの戦いの方が驚愕って言葉でしか言い表せられないからな。」
「纏絲に似た動きしてたヨ。知らない身体運用あるとは思わなかたヨ。」
「あれは森の民でも奧伝に近い高位の技ですから。」
後は、それぞれのブランド向けのポスター数枚ずつ、三人娘が一堂に会したポスターも数枚を全て確認した。
「何か要望とかはありますか?」
「問題無ヨ。ワタシの歩法がキレイに撮れてるヨ。バッチリヨ!」
「私も特には無いかな。特にまずい技などは出していないし。むしろ、よくあれだけ様々な角度から撮ってたんだと感心したよ。」
「まぁ問題があるとしたら私ですね、急遽、一部撮り直しも考えるべきかもしれません。CMのタイミング的にもイベントの印象が絡んできますので。」
ティナのブランドイメージがイベントで戦った時のギャップに引きずられる可能性が大いに懸念される。場合によってはイベント時の鎧でもって、一部監修を入れる可能性もある。が、そこはCMのプロデューサーを務めたナタリーナと、コンテを切ったテオファーヌの感性に任せる部分だ。CM作成者もプロなので、必要であれば直ぐさま打診してくる筈であるが、それがないと言うことは現状でリリースするのだろう。ティナは、いらぬ心配をしていると言うものである。
「では二人としては特に問題がなかった旨で伝えておきます。」
「ティナ、ひとつだけ。今回使った大身槍の複製品、私で買い取ることは可能かな。」
「結構なお値段になると思いますが譲って貰えるんじゃないでしょうか。プレスリリース後にはほぼ使わなくなりますし。」
CM撮影時の小道具として展示することも考えられるが、武器として所持許可が必要な3m近い槍をオーディオ会社が安全基準を満たす保管設備を用意して展示するのは余り益がないのも事実である。場合によっては美術館や刀剣類のコレクターに譲ることも視野に入れられていたので、京姫の意見は通り易いだろう。
ドイツやエスターライヒでも、実物の刀剣を美術品として扱うこともある。しかし、京姫の場合は、大身槍で奮いたいと言う思いがヒシヒシと伝わってくるのである。実家などの私有地で真剣を振る場所などを持っているのだろう。この大身槍を初めて手にした際に、「竹林があれば試し斬りをしたい」と言っていたことから、それは間違いないだろう。
「あとは刀剣取得保持許可証と、保管場所ですか。さすがに学園内での保管は推奨していませんから。」
「ああ、置き場か。悩みどころであるな。」
「一時的な保管に関してはウチで預かりますよ? リアル武器庫がありますから今も当家で預かっていますし。」
京姫はホッと安心した顔をしているので一時的に預ける場所も思案していたのだろう。
「日本に持って帰るつもりでしょう? 輸送の手続きと日本での所持許可はそちらでお願いしますね。」
「良く日本に持ち出そうとしてることが判ったな。手続きに関しては問題ないよ。意外と簡単なんだ。」
「京姫日本でチャンバラするヨ。悪即斬ヨ。」
「いや、時代劇じゃあるまいし。そもそも悪人でも斬ったら犯罪だって。」
「え? 剣の許可取たら大丈夫じゃナイカ?」
中国では基本、銃器の所持を禁止されていることから武器の許可に対する花花の認識は誤っている様だ。もっとも、この時代では日本の時代劇や侍、忍者などは世界的にも知られており、バッサバッサと悪人を切り捨てる物語は「CHANBARA」として広まっていることから現実と混同されることも多い。Chevalerie競技で侍ライクな騎士もいる訳で、日本について良く知らない外国人からは今でも侍集団がいると思われていることも屡ある。中国も同様にカンフー映画などから「KUNG-FU」の言葉が広まっているので、彼の国の人民は基本的に武闘家であると思われている節がある。
「そかー。サムライいないかー。」
「その精神を継いでる者はいるけどな。」
侍の精神と言えば、武士道精神を連想するのではないだろうか。「武士道とは死ぬことと見つけたり」の一節は有名である。しかし、この一節のみで本来の意味とは異なった解釈がされていることを散見する。
全文は「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて、早く死ぬはうに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわって進むなり。」であり、江戸時代に著された「葉隠」の一文である。
「葉隠」とは、主君に使える武士の心得を記した実用書、つまりビジネス書であり、前文の「武士道とは云々」の件も「何事にも必死の覚悟を以て挑むべき」と意訳するのが妥当と思われる。
そもそも「死中に活を求める」など、中国より渡来した後漢書の一文が故事の諺として根付いていることを考えれば、武士道=死を厭わない、とするのは、彼の一節から「殉死」を美学化して表面上だけで捉えたに過ぎないと伺える。
――閑話休題。
「じゃあ、後でCM放送がいつ頃から開始になるか聞いておきますね。そうそう、今回イメージキャラクタを務めたヘッドフォンですが、それぞれリファレンス機を後日送るそうです。」
「リファレンス機?」
「リファレンス? 何を見るヨ?」
リファレンスとは、参照や引用などの意味を持つが、オーディオ機器の場合、その言葉がかかる部分が異なる。オーディオ機器が目指すところは原音再生であり、元の音をどれだけ正確に再現するかがテーマの根幹にある。だからこそリファレンス機とは、製品の中で一番音の再生が優れ、且つ標準となる機器に対して呼ぶ言葉である。大抵は、その製品シリーズの最上級機がそれに当たる。
「だから人目に付くところでは他社製品を使わないでくださいね。」
「解った。どの道ヘッドフォンは持ってなかったし、他の製品は使わないよ。」
「好的ヨ!」
取り敢えずの業務連絡はこれで終了。
これからは乙女達の時間である。
「そう言えば、5月の終わりころから噂が立ってるのを聞いたことあるか?」
「噂、ですか?」
「哦、あれヨ。公園エリアの野生動物。」
「野生…動物…。」
どうもティナの言葉は歯切れが悪いのだが、顔色はいたって普通。噂を聞いたことないのかな?程度にしか感じさせるものはない。だから京姫も話を続けた。
「そうそう。森林側の話。目撃情報が出たよ。」
「呦! 進展あたヨ! 結局、ナニ動物ヨ? オサルさん? ウッキーヨ!」
「……。」
5月の後半あたりだろうか。学園の敷地内にある森林公園の順路から外れた木々の奥深く、夕方――日は高いので17:00くらいだが――になるとガサガサと大きな音が聞こえると実しやかに囁かれていた。
結構な頻度で音を聞いた者が現れているため、動物的何か、つまりUMAが棲みついたのでは?と噂になっている。
「どうも、噂の動物は木から木へ飛び移ってるそうだよ。音が聞こえて近づいた娘が見たのが人くらいもある大きな影だったらしい。」
「ほへー。随分大きいオサルさんヨ。バナナ食べるかナ?」
「猿とは限らないぞ? 大きさからオランウータンとかゴリラとか。まぁ、ホントにいたらセンサーに引っかかってるだろうけど。」
マクシミリアン国際騎士育成学園は敷地面積が100haと広く、公園や運動場などの施設を一般でも利用出来る様に公開している。そのため、不法侵入や飼えなくなった動物などの放置を防ぐ目的で生体センサーによる監視が行われている。
噂されている何らかの動物、しかも人と変わらない大きさの動物が実際に生息したとすれば、直ぐに対策がされるのである。だからこそ、正体不明の生き物に対して噂が盛り上がっているのである。
「ウッホウホヨ~。バナナよこせ~ヨ!」
花花が腕を丸める様に頭の天辺と臀部を掻く様に下唇を突き出してウホウホとモノマネをしているが、かなりの変顔である。
「確かオランウータンは現地の言葉で森の人だったな。」
「森の民の親戚ヨ! たぶんティナの知り合いヨ!」
「……。」
「…ティナ?」
「ティナどうしたヨ? さっきからダンマリヨ。」
先ほどから全く会話にも話題にも乗ってこないティナ。その無言を貫く様子に花花も京姫も黙り込む。
「……。」
「……。」
「……。」
沈黙が続く。京姫がお茶を飲む音、花花が御茶菓子のクッキーを齧るサクサクとした音がやけに響く。
「で?」
「森でナニしてたヨ?」
「……ちょっと森林浴に。」
「うそヨ。」
「うそだな。」
二人の視線は、この期に及んで何を言っている?、と物語っている。
「…ハァ、仕方ないですね。まさか、そんな噂話にまでなってるとは思いませんでした。」
とうとう観念したティナは一つ息を吐き、眉を八の字に曲げて語り出す。
「トレーニングをしてただけですよ。人目に付かない様に森の奥深くまで分け入ってたのですが…。」
「トレーニング? 木の上で?」
「孙悟空見たいヨ! やっぱりウッキーヨ!」
「ウッキィ違います! 森の民には木を伝って移動する技術があるんです! その鍛錬をしてたんです!」
「なんでまたそんな鍛錬を始めたんだ?」
「いえ、格闘術を解禁しましたから。付随する技もトレーニングに含めたんです。一応、秘技なのでヒッソリと。」
ティナは、春季学内大会で森の民の技術を公開し、アバターにも格闘術を実装する運びとなった。そのため、格闘術のトレーニングも学園内で再開したのだが、そこは秘技を多く含む流派。誰にも見咎められることが無い様に森の奥を鍛錬の場としていたのである。
「ティナ…。」
「はい? どうしました、花花。」
「バナナ食べるカ?」
「だからウッキィから離れて下さい!」
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
ティナと花花のコントを眺めながら、そんな故事を思い出した京姫。
実際はUMAの正体が姫騎士だった件について、何かとても残念な感を拭い切れないのだった。




