【閑話】恋する花傭兵 ~テレージアその2~
2155年12月16日 火曜日
1日一緒に行動したことでエゼルバルド騎士学院の学院生達とマクシミリアンの学園生それぞれの授業に対する取り組み方や文化的思想の違いが散見され、中々に有意義なものだったと言えよう。知り得なかったものをお互いが教え合うなど、良い意味で交流会の効果が出始めている。
2日目朝の1時間目はホームルームの時間に割り当てられている。これは昨日1日一緒に過ごしたことで双方の所感や疑問点など意見を交換する行う場として用意されたものである。
そこで交流会のリーダー同士が皮切りになりお互いの所感を述べていく。
「まさか規定単位を取れれば後は生徒が自由裁量で好きに授業を受けるなんて思わなかったよ。」
「そうか? オレ達は慣れちまったからかな。これが当たり前になっちまってる。自分に足んねぇモンは自分で選べってな。」
マクシミリアン国際騎士育成学園の特徴でもある学園生の自主性は、この様なところにも顕れる。教師は生徒が選んだ進む道を手助けをする位置取りなのである。
「やはり、授業も根本の部分が変わってくるね。戦術論なども全く違うと言うより、初めて聞く論理があるとは思わなかったよ。」
「だろ? 初めて聞いたときゃ驚いたぜ。まさか【永世女王】が組んだ論稿がもとだってんだからよ。どんだけ天才なんだあの人はよ。」
「【永世女王】は、今ここで講師をしているんだろ? その授業に参加できる栄誉に与る訳か。」
「おーい、アーサー。硬すぎ硬すぎ。気安いおばちゃ…ねえちゃんだぜ? 本人がフランク過ぎてよ。」
言い直したアシュリー。不用意な台詞を用いたために過去に何があったか伺える。
二人の会話を補足する様にふわりと振り向いた拍子にスカートが翻り、後ろ側の下着をチラッとさせながらテレージアが続ける。
今日はブルーのローライズであるが、そこまでスカートは翻っていないため今時点では確かめようがない。ミッチリと張りがあり形の良い臀部に下着が食い込んで妙にエロかったとだけ言っておこう。
「アズ先生の授業でしたら本日の3時間目にトレーニング論がありますわよ。お気になるなら体験してみれば宜しい事ですわ。男性には少しサービスになって仕舞う授業ですが。」
振り返り翻ったスカートの隙間から見えた下着をまた目で追ってしまった今回唯一の日本人である至道はサービスと聞いて、昨日テレージアの下着をガン見したことをイメージしたのであろう。顔が見る間に赤くなっていくのだが、再びスカートの中をじっくり追ってしまった目を彼女へ向ければ、また優しい笑顔を向けられていた。やんちゃな弟を見守る様なテレージアの視線に目を泳がす。
「…サービス? アシュリー、それは一体…。」
「アーサーよ。参加すれば判る。そして男女とも人気が高い講義だ。」
「そうか。兎も角3時間目か。楽しみにしているよ。」
この学園の授業は基本的に、教える→実施→考察と言う様に、学んだことを自分で体感して気になる部分などをピックアップし、何故気になるのか、どこに問題があるのかなどを深く考察したりする。自分が考え自分が納得しないものは身に就かないと言う、体験から学ぶことを是とした教育方針だ。
他の学園では、まだこの様な教導方法は殆どない。騎士科であれば騎士の技や立ち居振る舞いを教えて反復練習させるなどが多いのだ。
では、この差が生まれるのはなぜか。特にマクシミリアン学園側では他の学校と比べれば、遥かに多い他国の流派が在籍している。騎士科一つにとっても同じ流派を使う者は半分以下である。つまり、鍛え方、技の学び方が違う流派がたくさん集まっているのだ。
そして、その様な者達は自分達の技の鍛錬方法などもほぼ出来ている者が多く、それを悪戯に変えることは良い事ではない。ならば、身体の基礎となるトレーニング方法から、鍛錬方法を効率化させたり、身体負担を緩和したりすることで、その者が持つ能力を引き延ばす一助となる様に導く。
更には知らなかったことや言葉で理解していたものが実際にどう言ったことであるのか身を持って教え、自分の技がまだ育つ余地があると気付かせるのだ。
「うん、同じものを学んでも同じことをする必要がないっていう思想が凄いと僕は思うよ。」
「そうか? 主戦場も違えば戦い方も騎士に求める資質も変わるだろ? 上手い造りだと思うがな。」
「確かに上手い造りだね。見習うところは多いよ。問題は学院で同じことが出来るかと言えば難しいことかな。」
「なんだ? 教員の体勢や派閥の問題か? んな下んねぇことなら、おれの侯爵つかってもいーぞ?」
「ありがとう、アシュリー。派閥とかなんかより、そもそもここの方式で教えが出来る人物に心当たりがないのが問題なんだ。」
「あー、確かに騎士科は教員探しが一番難しいからなー。」
などと騎士を教えることの出来る教導員は絶対数が少ないことに突き当たってしまう。
こればかりは難しいところだ。今は、技術と基礎を分けて教師を複数用意する方法で補っている学校の方が多い。
交流会のリーダー同士の会話から、生徒達が色々と意見を述べたり、双方の学校での長所短所などを考察したりと、交流会の目的としては成功と思われる滑り出しであった。
「はいはーい! おねーさんから業務放送的な~。アーサーとパーシヴァルにパトリシアは今日も放課後に電子工学科でデータ取りヨロ~。」
「あっ! それと至道・加賀美は居る?」
唐突にウルスラから名指しで呼ばれ、少し動揺する至道。
「オレが至道です。なんでしょう。」
「いや、キミのアバターが加賀美・至道って性が先に登録されてた的だから判んなかったんだよねー。」
「キミも放課後に電子工学科に来る必要ある的~。だからアーサー達と一緒に集合ね。」
「え? あ、はい。」
「OK! 放課後ならテキトーな時間的でいいから。あっ! テレージアもついでに来て。アレの計測するからさー。」
「判りました、ウルスラさん。剣のみで構いませんですわね?」
「それでいーよー的。その子も連れて来てあげてー。」
ウルスラが指を刺したのは、至道である。テレージアのパンチラ2度のガン見し、その上で見た相手に案内をされるのは日本人的には精神的にきつい部分もあろう。しかし、断るのも角が立つなどと考えてどうするのがベストであるのか頭の中がグルグルと回っている状態である。この辺りに国民性の違いが現れる。
「あなたのお名前を至道さんと呼んでよろしくて?」
「はい? あ、どうぞ。お好きに。」
「では、わたくしのことはテレージアとお呼びになって。わたくしを呼ぶ際は敬称など不要ですわよ?」
「それは…テレージアさん、」
「テレージア」
「テ、テレージア…」
「はい、至道さん。」
零れる様な笑顔で相手の名前を呼び返すテレージア。
この笑顔は彼女の従騎士や、子供などに向ける顔である。しかし、シャイな国民性を持つ年頃の少年には聊か破壊力が在り過ぎた。
至道とて、女子とのコミュニケーションは普通にとれる。しかし、屈託のない笑顔を向けられることは日常ではまずないのだ。言葉も「うっ」と詰まり顔を赤らめる他、対処方法が思いつかずに見つめ返すことになった。
そしてテレージアは、クセで身内以外は「さん」付け(実際は敬称付け)するので気にしない様にと釘を刺す。
その言葉に至道は、身内ならば至道と呼ばれるのか…などとフッと思ってしまい、慌てて考えを追い出す様に頭を振る。
そのリアクションがおかしくて、クスリと再びテレージアに微笑まれるのであった。
――ある意味、待ちに待っていた3時間目。
トレーニング理論は、【永世女王】アスラウグが受け持っている。この講義は、騎士が騎士として在るためには欠かせない。
元々、マクシミリアン国際騎士育成学園創設の折、創設初期メンバーである彼女は、騎士科に設けられた学科の基礎的な部分を造った。そして、今は教員として学園に舞い戻った。学科について一番理解している者が教鞭を取っているのである。
教える者が講義内容の可否について全て把握しており、且つ判り易く教えてくれる。何より騎士として必須であるトレーニングを各々の特徴から最適となる方法で教授してくれるとあれば講義の人気が高くなるのも頷ける。
そして、エゼルバルド騎士学院の学院生達は、【永世女王】から直接教えを受けられるチャンスとあって心待ちにしていた者が多かった。特に女子は、【永世女王】の「騎士たるもの戦いは美しくあれ」と、自身の美を追求していたトレーニング方法を教えて貰えるとあれば鼻息も荒くなると言うものだろう。
トレーニングについては元より、体幹の維持や、骨盤や背骨と言った関節の歪み矯正方法、競技で使う筋肉にあったストレッチなど、図や3Dモデルなどを用いて非常に判り易い。
一通りの講義をした後は、どの様に行うべきかなどを生徒と共に実践しながら個人に合わせて集中すべき点等を的確に教える。
武術によっては良く使う技の乱用で関節に歪みが生ずることもあるが、それを簡単に矯正するトレーニングや日々続けることで最適なパフォーマンスを維持できる方法などを教えてくれるのだ。騎士として身体を維持するためには値千金の講義である。皆、一心不乱で学び、実践し、感覚を掴んでゆく。
「……なるほど。サービスとはよく言ったものだ。」
「だろ? 女子達は見られることなんざ気にしてられねーんだよ、この講義は。」
その言葉通り、女生徒達はアスラウグに学びながら実地でストレッチを熟している。
開脚やヒップアップ、関節の歪み矯正のため脚を大きく上げたりなど、教えを身体に染みつけるため真剣そのものである。
短いスカートの制服で、である。
だから、チラッ、チラッなどと言わずモロッと下着が丸見えとなり七色の花が咲き乱れる花畑に迷い込んだかの様相を呈している。いくら見えてもマナー的に気にしない風習だったとしても、ストレッチによってはセクシーポーズになっていたりと、眼前に繰り広げられる普段では決して見ることの出来ない景色に、男子生徒の鼻の下も伸びると言うもの。
「しかし、このストレッチは凄いな。このところ感じてた左肩の違和感があっという間に薄らいだよ。」
「まあな。さすが世界最強を誇る騎士が実践してただけあるぜ。あれでウチのオフクロより年上なんだよなぁ。」
アシュリーの母親より年上と言われたアスラウグは、20代と言っても良い若々しさを維持し、今などはライムグリーンのティーバッグを惜しげもなく晒しながら脚を180度開脚した状態で身体を前にペタンと倒している。マイクロミニのスカートでそんな恰好をしているため、アシュリー達からは臀部が丸見えである。
そんな男子生徒の中で至道は黙々と習ったトレーニングを熟している。実践して直ぐに効果が出始め、続ければ続ける程身体の調子が良くなった驚きで更なる効果を得るためと、それ以上に周りの景色に視線を向けない様に目の焦点を可能な限り合わせない様に修行僧の心持ちで打ち込んでいるのである。
しかし、細胞給電式コンタクト型モニターでは、こっそり動画を録画しているところがムッツリを通り越して残念感が漂う。盗撮は犯罪です。同じく録画しているアシュリーと同罪です。後、男子生徒以下数名。
如何、如何と煩悩を退散するべく頭を振る至道。見なければ良いと今更ながらに思い付き、仰向けになって外腹斜筋(横腹の筋肉)と縫工筋(股関節から膝に繋がり回転屈伸させる)の可動をスムーズにするストレッチを始めた。腿を垂直に膝を上げ、またゆっくり降ろす、上げた膝を身体の左右に開く、などなどを繰り返している。
仰向けの状態と言うことは、一番低い姿勢である。視界の隅には立ち上がっている女生徒を下から見上げる形となり、先ほどとはまた違った花畑が見える。
ふいに、影を差した頭上に目線を向ければ、視線の先にはブルーのローライズが見える。これは朝見たローライズだ。ミッチリと大きく形の良い臀部に少し食い込んだローライズでとても肉感的に映りフツフツと沸き上がるものを感じる、などと思った至道だが、我に返り目の前の現実に声を立ててしまう。
「え、なんでっ!」
「はい?」
ブルーのローライズを履いたテレージアは、脚元から聞こえて来た声に反応し、目線を下に向ける。
黒髪の少年が持つ黒い瞳と目が合い、まさかこんなところに人が居るとは思わなかった彼女は少なからず動揺してしまう。
その結果、脚を絡ませてストンと後ろに転ぶ。
そこは騎士。咄嗟に両手で受け身を取り、落下のダメージを抑える。
ポスッと凹凸のある床に尻もちをつく形になるのだが、カーペット敷の床にはそもそも凹凸はない。
「あたた…、あら?」
テレージアは、床に着いた手の位置と腰の高さが合わないことに気付く。その事実だけで自分が何処に着地しているのかは推測できる。それを確かめる様に、自分のスカートをそっと捲る。
黒い瞳と目が合った。
「な、ななななーっ!」
捲ったスカートを勢いを付けて元に戻す。と言うより至道の頭を包み込むように抑え込んだ。
つまり。至道の顔面に座っていた。更にスカートを捲るために上半身を起こしたことで、股間部分で口鼻を覆っている状態である。
これには至道も溜まらない。特に呼吸的な意味で。
「至道さん! 熱い息を吹きかけないでくださいまし!」
呼吸が儘ならなくなり、床をパンパンと叩く至道。テレージアには伝わらない様だ。
「ひゃん!」
ムームーと声を上げようとする至道。
その挙動が思わぬ下半身への刺激となり、ビクリと身体を震わせるテレージア。そして太腿をキュッと締めてしまう。
更に密着度が増し、いよいよ呼吸が厳しくなる至道。どいてくれ、と口を動かすが声は届かない。
「ちょっ! モゴモゴはダメですわ!」
新たな刺激で身を捩るテレージア。
さすがに下になってる至道がそろそろ危険域に入るだろうと、アシュリーが声を掛ける。
「おーい、テレージア。どいてやれ、どいてやれ。そいつ、窒息するぞ。」
「ほへ?」
少し唖然とするテレージア。そして自分の状況を思い出し、飛び跳ねる様にその場を離れる。
残されるはグッタリ気味の至道。
「至道さん! 申し訳ございません! 今お助けしますわ!」
叫ぶなり、至道の首の下に手を入れ、顎を上げさせ気道確保してから鼻を摘まみ、テレージアは大きく息を吸い込む。
そして勢いを付けて息を吹き込む。
人命救助で呼吸停止の際に用いるマウスtoマウスによる人工呼吸である。
人工呼吸された方は目を白黒させている。
息を止められグッタリとはしたが呼吸が完全停止してしまう気絶などはしていないのだから。
柔らかい唇の感触と、鼻腔をくすぐる良い匂いがするテレージアに我を忘れて茫然としてしまう。
2回目、3回目で漸く正気に戻り声を上げる至道。
「ま、待って待って! 死んでない! 死んでないから!」
「至道さん! 良かった、ご無事だったのですわね…。」
安心したテレージアは、フーと息を吐いてその場にへたり込む。
「全く。テレージアはその思い込み癖はもうちょっと何とかなさい。まずは相手の状態を確認することが先決でしょ?」
「アズ先生! …確かにそうでございますわね。わたくしのせいで至道さんが危うくなったと思ったらつい…。」
「もう。本当に危なかったら私が真っ先に動いてるでしょ? だから大丈夫だったのよ。」
クスリと笑うアスラウグ。
テレージアは真面目で面倒見の良い娘ではあるが、この思い込みで暴走するきらいがある。
だが、それでもマイナス方向の事態には陥らないのは不測の事態に対処する能力があり、そして彼女が素直で根っからの善人だと言うことが周りの悪感情を引き起こさない要因である。
だから面白おかしいキャラクタとして愛されているのである。
「…面目次第もございません。」
「すいません、オレが悪いんです。最初からもっと場所を考えてストレッチしてれば良かったんです。」
「いえ、至道さんのせいではございませんわ。わたくしが周りを良く注意をして見ていなかったことが原因ですわ。」
「いや、オレが…」「いえ、わたくしが…」
テレージアと至道は自分が悪かったとどちらも引かずにお見合い状態である。
パンパンと手を叩く音が響く。
「二人とも。そこまでにしときなさい。どちらも悪くないんですもの。それより授業を続けましょう。」
アスラウグの言葉に、テレージアと至道は目線を一度合わせた後、渋々その指示に従った。
一連の流れから直ぐ近い距離で授業の再開を始めた彼等ではあるが、少しよそよそしくなってしまっている。
二人は、時たま目が合うのだが、その度に顔を赤らめてしまう様になった。
それは羞恥から来るものかは、まだ当人達にも判らない。
アーサーは顔が赤くなる程に笑いを押し殺しながら呟く。一緒にいたアシュリーは訝し気に首を捻る。
「クックックッ…、久々に笑わしてもらった。さすがMr.ラッキーマンだ。」
「ラッキーマン? なんだ、そりゃ。」
「男子生徒が裏で呼んでる彼の渾名さ。彼はね、女性絡みのエロスなイベントを月一くらいで引き起こすんだよ。」
「お? 面白そうな話じゃねーか。具体的にもっと語ってくれ。」
「シャワー室を間違えて女子の騎士とかち合ったり、転んだ拍子に女子と縺れて胸を揉みしだいたり、ひっくり返ってスカートの中に顔を突っ込んだりと色々さ。」
「なんだそれ!? 羨ましーじゃねーか! …しかし女子に総スカン喰らいそうだな。」
「彼、アジア人特有のベビーフェイスだろ? それに普段は真面目でシャイだからか、女子からは弟みたいな扱いをされてるんだ。だからかね? しょうがないな的に許されてるよ。」
「くっ! ウラヤマシ過ぎる! オレはしこたま殴られたってーのに!」
「グウィルト侯…。」
血の涙を流しそうなアシュリーを見つめ、思わず彼の爵位で呼んでしまうアーサー。
騎士王の残念さを知ってしまった様だ…。




