【閑話】京姫と小さな老人 ~京姫その2~
「糞っ! 何が起こってる!!」
手に持った湯飲みを卓袱台に叩きつけながら老人はがなり立てる。
勢いで湯飲みからはお茶が零れ、卓袱台の端から雫が畳へとツツーと小さな滝を作る。
左目の下に刀傷がある白髪の老人は、高慢で居丈高な態度を取り続け、自分が何よりも上であると言う様に脇に控えた50絡みの壮年へ怒りのままに言葉をぶつける。
「木下っ! ちゃんと判る様に説明せんか! 一体どう言うことなんだっ!」
木下と呼ばれた少し前髪の生え際が後退した壮年の男性は、呆れたように飄々と答える。既に2度、同じことを伝えた。
「ですから、国際シュヴァルリ評議会の監査が入ったんですよ、日本支部に。不正発覚と言うことで職員が総入れ替えされています。」
「だから誰がそんなふざけた真似をしたかと聞いとるんだ! 儂に逆らう不届き者は誰だっ!」
「国際シュヴァルリ評議会の相談役ですよ。」
「なんだとっ! たかが相談役風情が何の権限を持ってこんな真似を!」
この相手を端から侮って言葉を放り投げる老人は、剣術界を束ねる組織「剣雄会」の名誉会長である加納 壮剣と言う名で、世間に加納大老と呼ばせている剣術界のトップだ。
今にも額の血管が切れそうに浮かび上がり、このまま卒中で倒れるのではないかと木下は心配している。むろん、加納某の身体を労わった訳ではなく、倒れられたなら入院等、諸処の手続きを現場にいた自分が巻き込まれるのを嫌ってのことだ。
「おや? ご存じない? 彼の御仁は役職名は相談役ですが、実質、国際シュヴァルリ評議会のトップですよ? それだけではなく、世界中に顔が効く大貴族の一員ですよ。」
自分が不正操作させた組織に対して実体を全く理解していない加納某に、木下は半ば呆れつつ言葉を続ける。彼は剣雄会に所属する幹部ではあるが、加納某の側近ではない。状況が判っていない加納某に呼び出されただけだ。
「その方が大激怒したんです。次々と剣雄会の息がかかった道場がChevalerie競技の指定から外されていることはご存知でしょう? どうやったか知りませんが道場の建築経緯や経営にかかわる不正情報まで掴まれている様です。」
「なんだと!? そんな、馬鹿な!! 一体どうやったんだ!」
「判りませんよ、そんなこと。兎も角、今までの様には行きません。暫くは大人しくするしかありませんね。そうでなくとも一体どれだけの剣術道場が潰れることやら。」
「待て! 試合の不正データは処分したんだろうな!? いや、それよりも県予選で朧霞が使えんのか!?」
「それこそ存じ上げませんよ。その辺りは加納大老が毎度、プログラムの使用やデータの改竄を指示していたでしょう? 不正発覚後にそこを誰も追及に来てないと仰りましたよね。ならば朧霞など、架空の技がバレなかっただけマシと思いましょう。」
もう二度と使うことが出来ない名の通り幻の技となりましたが、と木下は付け加えた。
その言葉で、不貞腐れながらも一安心する加納某。技が使えないのは厳しいが、不正の関与はばれていない様だ。などと、裏付けのない言葉で緩んでしまうのは国民性なのかも知れない。そうであれば認識が甘すぎる。
ここで最悪の事態を想定して行動していたならば終局は少し変わったのかも知れない。
データ改竄。加納某は、強敵に対しては自分に対する攻撃を無効化する不正プログラムを使わせていた。そして、自身の攻撃は外れても当てたと判定させている。逆に、相手の武器デバイスには攻撃が当たらなかったと判定させ、世間的には回避の奥義「朧霞」と公表していた。だが、秘伝であるため試合の実況に加え写真や動画などの記録は禁止と謳っていたのだ。朧霞を受けたものは己が技量の高きであることを理解し光栄に思うが良い、などと尤もらしい言葉を添えて。
そして、剣雄会の言いなりになる人員で構成させた国際シュヴァルリ評議会日本支部は、加納某に良い様に使われ、プログラムの不正改良やデータ改竄を行ってきたのだ。今まで発覚しなかったのは、国の事情を外に出すのは恥と、国内に囲う国民の体質と、技術力だけは高いプログラマーなどを抱えていたからである。
しかし、彼らは知らなかった。データベースに含まれる暗号データには、偽装した秘密のデータが格納されていることを。不正監視のため、本部の監査チームと本部経営幹部しかしらない操作履歴データ。プログラムの実行からトレース機能で全ての挙動が取得されている。不正なプログラムの動作、データの改竄も履歴から追うことが出来るのだ。万が一、競技システム「Système de compétition Chevalerie」を不正改造されたとしても、ブラックボックス化された基幹オペレーションシステムとデータベースソフトウェアへ履歴を取得する機能が持たされている。
つまり、不正は全て発覚しているのだ。その上で泳がされているのだ。
更には、加納某どころか、剣雄会に所属する道場主まで秘密裡に捜査の手は入り、犯罪の証拠はほぼ押さえられている。それに誰も気付かないのは危機管理が全く出来ていない。
所詮TVのニュースに流れる事件は他人事である、と認識し、自分達が裁かれる番になることはない、と根拠のない自信と安心感を持っているのだ。
「(剣雄会はもう駄目だな。新たに団体を立ち上げるか、古い体制に戻るかだな。)」
「(ウチは道場の建設に手を出してなかったから被害は軽く済みそうなのが救いだ。)」
加納某の元を辞した木下は、今後のことに思いを巡らせている。が、彼も旨い汁を吸っていた一人だ。既に証拠も押収されて関与していた事実を掴まれている。後は摘発のタイミング待ちであるため、今は泳がされているだけだ。
着々と包囲網は狭められている。政治団体の癒着や、非合法組織なども洗い出されており、既に足切りや組織の崩壊などが起こされている。
ロートリンゲン卿とブラウンシュヴァイク=カレンベルク家の実働部隊が一際優秀であり、数を惜しみなく投入したことも在るが、たった1週間程度で容易に全容が暴けたことに、実働部隊の人員もこの国の無防備さと危機管理能力の甘さが逆に罠ではないかと疑う程であった。
そして、彼等、剣雄会の不正に関わった者達は、通信履歴や相手先の情報は勿論、符号を使ったやり取りまで全て解明されている。連絡可能となる相手との通信にも必ず自動的に会話は録音され、そのデータはリアルタイムで転送されている。次第に通話自体も繋げることが出来ない相手が増えてゆく。簡易VRデバイス経由で国民番号は準犯罪者対応に設定されているからだ。
既にのっぴきならない事態に追い込まれた者は、資金を全て差し押さえられ、生活必需品の購入は出来るが全て現金払いとなり、引き出せる金額もギリギリ生活が出来るのみの金額に下げられた。そして生活の自由すら奪われた者も出始めた。逃亡なども個人識別用の生体素子を埋めることが義務付けられている国民であるため、どこへ行こうと身元が即判明する。飛行機や船など正規の輸送も利用できず、高跳びをするには非合法組織とコンタクトを取るしかないのだが、そもそも当てにした組織は全員捕縛されている。結局のところ、只じっとしているだけしか出来なかった。
ここまでが2156年4月13日 火曜日から4月21日 水曜日にまで怒涛の如く起こった出来事であった。
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2156年4月26日 月曜日
朝から雲一つなく、五月晴れではあるが、通年よりは心なし早く季節を巡らせているかの如く、暑いくらいの気温に汗がほんのりと滲む。
ここ、某県にある県立競技ドーム。県予選のために朝から集まった騎士達で賑わっている。
京姫は周りを見渡せば、小等部のころから戦ったことのある騎士などを所々に見掛け、目が合えば軽く手を振る。そして今年もまた来たのだ、と感慨深くなる。
件の老人、加納某はシード扱いのため今日この場には来ていない。とは言っても、VIP扱いであるため、人が集まる場所には元より出て来ないのだ。彼の老人を見るのは試合の時のみである。
Duelの県大会トーナメントは今日から3日間でA、Bブロックの勝者を決定し、中1日休息を挟み5日目に両ブロックの勝者で決勝戦となる。京姫が去年敗退した、あの老人と再び戦うのは決勝戦まで勝ち抜く必要がある。
――そして3日目。
既に地元の騎士達より頭二つは抜きんでている京姫が負ける要素はどこにもなかった。
体得しつつある初動が見えない攻撃は、全国大会の上位入賞者クラスでなければ対応することが出来ないレベルに達している。それに着いてこれたのは、今、Aブロックの決勝で下した浜崎 朱里だけだった。
彼女とは、ジュニア時代に何度も県大会の決勝で接戦を繰り広げた仲である。当時、日本で一番苦戦した相手とは県大会で当たっていたのだ。
「これが世界の壁ってヤツか。今回は完全に上を行かれたわ、宇留野さん。あのいけ好かないジジイをぶっ飛ばしてやって!」
「ぶっ飛ばすって…。それより浜崎さん、あなたも海外へ出ませんか? 今のままだと勿体ない。世界を体験すると戦いの認識が変わりますよ。」
「ふーん、あなたが具体例だとすれば魅力的な話ね。ちょっと考えてみようかしら。」
ヒラヒラと手を振り、浜崎 朱里は去っていった。
彼女もまた、加納某を快く思っていない一人である。むしろ、若い世代で彼の老人に好感情を持っている者の方が少ない。
その夜、加納邸。
加納某のBブロックは、明らかに格下の騎士をトーナメントに振り分けていたので、問題なく勝つことは出来た。しかし、次の決勝戦が問題だった。
「まずいぞ! 何だあれは! ただ事ではない立ち居だったぞ!」
まずいまずいと言いながら忙しなく部屋の中を往ったり来たりする加納某。彼が不味いと思っているのは京姫の存在だ。ヘリヤからポイントを奪った要注意人物ではあるが、所詮、年端もいかない娘の間で起こった出来事であると楽観視していた。
それが、実際に戦いの様子を垣間見て、京姫が強者の持つ佇まいと、達人の技に近い攻撃を持っていることを知ったのだ。今更なのは狭い世界でお山の大将気取りであった怠慢からであるが。
兎も角、このままでは負けることになると思わせる強さを持っていたことに、何とか手を打つべく愚考を繰り返しているのである。
「そうだ! 良い手を思い付いたぞ。これならば断われまい。」
ニヤリと厭らしく嗤う加納某。そして、謀の行動は迅速なのだ。お付きの者を声高々に呼ぶ。
「誰か在る! おお、広沢か。至急、宇留野家へ連絡しろ。明日の午後、儂自らが宇留野宅へ赴き宇留野京姫と面会するとな!」
明らかに自分が上位におり、断られることなどはあり得ないと言う思考からの台詞である。この会話も、森の民の諜報担当に筒抜けではあるのだが。
宇留野家では夜分に掛かってきた電話に京姫が出た。「そうですか。ならばお待ちしております。」と受けている。
この電話の数分ほど前、父から加納某が面会を申し込む連絡を代理人からして来ると聞いた。その父もSPとして密かに滞在している森の民の連絡担当から聞いたのだが。
京姫も、加納某について色々と聞きかじったことも含め、戦い以外での老人がどの様な人物か一度見極めたいと思っていたところなので渡りに船だった。
2156年4月29日 木曜日
約束通り、午後を少し回ったところで黒塗りの車が宇留野邸へ乗り付けてきた。
秘書然と思わせる人物が運転手も兼ねていた様で、車を降りて後部座席のドアを開く。
そこから袴に羽織りを纏い、足袋に雪駄を履いた老人が降りてきた。
お付きを少し後ろに引き連れ、杖を突き、敷石を歩きながら玄関を潜る老人たち。
そこには京姫が、玄関の式台を上がった槍床に正座姿で待っていた。
「ようこそおいでくださいました、加納大老。私が宇留野京姫でございます。どうぞお上がりください。」
「うむ。出迎えご苦労。」
横柄な態度を変えない老人に対して、三つ指を突いて礼をする京姫。相手によって作法を変えるなど彼女はしない。どの様な相手でも招く限りは礼を尽くす。
「では、加納大老。奥座敷へご案内する前に、杖を預からせて頂きます。」
「なぜだ。なぜ杖を預ける必要がある。」
「ここは武家屋敷。この場所は槍床と申します。奥座敷へ入る前に敵対をしない旨を示すため、武器を預ける間でございます。故に仕込み刀はお預かりする次第でございます。」
ピクリと加納某の眉が動く。持参した杖は仕込み杖であり、2尺程の直刀が仕込まれている。この場合、見抜いた京姫が大したものであるのだが、その様な思考にはならない老人である。
「…よかろう。業物故、粗相なきように計らえ。」
「はい。確かにお預かりいたします。」
京姫は、そう答えながら受け取った仕込み杖を槍床に設置してある鍵付きの武器ケースにしまい込む。そして徐に振り返り来客を奥座敷へ誘う。
「では、こちらへお入りください。」
奥座敷へ続く襖を開くと、長方形の大きな座敷机があり、加納某を上座へ促す。本来は家格が上の人物へ譲るものではあるが、話を拗らせるよりは、と父の勧めである。
「そちらで少々お待ちください。良き煎茶を頂きましたのでお淹れいたします。」
「ならば早う致せ。」
京姫は槍床の襖から部屋を辞する。槍床は横長の部屋で、その横から中の間と呼ばれる屋敷の中心へ繋がる部屋へ出る。そこから茶の間や厨(台所)へ部屋続きで至れる造りとなっている。
移動の間、京姫は加納某の人物に早くも呆れ果てる。確かにこちらは若輩者ではあるが、見下すような高圧な態度は他家に訪問した者が取って良いものではない。武人であれば尚更、最低限の礼は取るべきであろう。もはや、面会も碌な話ではないと誰しもが察することが出来るレベルであった。
「大層、お待たせして申し訳ありません。清水の極蒸し煎茶でございます。」
作法は崩さない京姫。出されたお茶はハッキリ言って、ほぼ最上級の煎茶である。そして、加納某の対面に座り、相手が一息ついたところを見計らい言葉をかける。
「して、加納大老。本日の御用立ては如何なものでございましょう。」
「そなたが最近活躍しているのを耳にしてな。彼の戦乙女に二太刀も入れたそうではないか。格上との戦いで随分と上達したようだな。」
「お褒めに与り、光栄でございます。」
「しかしだ。長巻だけが上達しても本懐ではないであろう。ならばこそ。明日の試合は、儂自ら刀の使い方をお主に見せようと思ってな。」
「と、いいますと?」
「明日の試合は刀にて挑め。儂がそれを受けてやると言うとるのだ。」
「加納大老の胸をお借りできるので?」
「そうだ。儂が胸を貸してやるのだ。儂が打ち刀を使うのだ。用法の違う太刀ではなく、刀で技を盗むのが良しとなろうぞ。」
つまりは。お前の技はだいぶ良くなったけど、あの武器だったからじゃね? 他の武器が使えなきゃ意味ねぇじゃん。だからオレの得意な打ち刀に合わせた武器で来いよ。もんでやっからよ。お前の持つ「刀」から選べよ。と言った意味である。
もっとも、裏の話をだせば、ヤリなんかだされちゃ捌けるわけねーだろ。こっちを楽に勝たせろよ。だから長いのじゃなくてよ、お前は短けぇ刀使えよ。てめえが調子コクとむかつくからよー。と心の中で言った意味である。
京姫は少し目を瞑り、ゆっくり開きながら加納某に向かって答えを返した。
「ならば、私は愛刀であります、備前国住長船七郎衛門尉行包作にてお受けいたします。」
「うむ。快い返事が聞けて嬉しく思うぞ。これで明日は楽しめるものとなる。礼を言うぞ。巫女風情の技でどこまでやれるのかはお主次第だがな。」
「はい。明日が楽しみでございます。」
相手を卑しめる様に最後まで暴言を吐いていた加納某は茶を飲み干してから帰っていった。風味を味わうこともなく、ただ水を飲むかの如く。折角の極蒸し煎茶も報われない。
京姫は正直言うと、残念でたまらない。小耳に挟んだ人物像より酷かったのだ、本質が。
言葉の中にも長物相手は嫌だから太刀でもなく剣を使え、と言ってきた。京姫が持つ武器の中で純粋な刀のカテゴリーに入るのは、この脇差だけだと知っていたのであろう。
詰まるところ、自分の打ち刀より20cmは短い脇差で参加しろと適当な理由で通そうとしたのだ。絶対断らないだろうと言う謎の自信を浮かべて。
ハッキリ言って、あちらの言い分を聞く必要など全くない。大体、無作法が過ぎており、ドイツのごく一般の家庭だったとしても尻を蹴って追い出すレベルであった。
この話の途中から、京姫は全て馬鹿々々しくなった。稚拙な話で脇差を使えといった老人が酷く小さく見えた。だから受けてやったのだ。
京姫が一つ心配なのは朧霞と呼ばれる、いつ避けたか判らない技と、回避したはずが当たっている斬撃にどう対応するかである。
只、あれこれ悩むより、技を出させる前に決めてしまえば良いではないか、とも思う。この考え方は花花の影響ではなかろうかと、知らず笑みを浮かべていた。
京姫は改めて自国の騎士達が、Chevalerie競技に対する取り組み方をどの様にしていたのかを思い起こす。
どうも国内では、相手の技を受けて、お互いの技を見せ合いながら戦う者が多い記憶が蘇る。むしろ、技を出される前に仕留めたり、技を仕掛けるタイミングを戦いの中で推し量りつつ、チャンスがあれば剣を振る、などの駆け引きがない。危険な技は出させない様に封じる戦略を使わないのも、競技が国内需要で賄えてしまう部分が大きいための弊害ではないかと。
国際規定されたルールの中で、自国内では暗黙の了解的振舞いが罷り通るのも如何なものかとも思う。
だからこそ、世界選手権大会などの国際競技で今一つ奮わないのではないかと勘繰ってしまう。
京姫は、その考え自体が余計なお世話だな、と少し自嘲気味に笑みを零す。
なにせ、自分は暗黙の了解を是とする戦いに嫌気がさし、自国を捨て本場Chevalerieの国へ飛び出したのだから。
「(だけど。……私はこれで良いんだろうな)」
Chevalerieはエンターテイメント性が非常に高い。
しかし観客は、騎士達が鍛えた技で真剣勝負をするところを見に来るのだ。
決して、技の優劣を競う競技として見に来た訳ではない。
それは別の競技で見られること。
求めるものが違うのだ。
「さて、小乃花は順調に勝ち上がっているみたいだ。」
簡易VRデバイスから、県予選大会の試合状況を確認する京姫。
過去、あれ程気を揉ませていた加納某の存在だったが、今では興味すら湧かなくなった。
去年、彼の老人に敗れた際に言われた一言が、国内での京姫の評価として広まっていた。
――良いところまで行くがまだ足りん――
京姫が、あの言葉に囚われていた意味はあったのだろうか。
器の大きさは決まっていない。そもそも、人にそんなものは無い。
心の在り様で、自分自身が器を作り大きさを決めてしまうのだ。
彼女は器が満ちていないからこそ、様々なものを学んだ。
人と触れ合い、剣を交え、友と語り合う。
そんな日常で、遥か遠く見ることも出来なかった頂が、直ぐそこにあったと気付かされたのだ。
だが、頂は一つではない。誰しもが自分の頂を持っていた。
だからこそ、皆で歩いていけるのだ。
寄り添うのではなく、並び歩く。
胸を張り、顔を上げて遠くを見つめ。
そして、いつの日か辿り着く。
頂きから見る景色には、更なる高きを持った頂きが見えることを知るだろう。
目指す限り、終わりなどは一生涯訪れないのである。




