【改】01-006. 春季学内大会第一部、開催です
----------------------------------------
20250215 改稿
二一五六年三月九日 月曜日
三月の第一日曜日の翌日から五日間、春季学内大会第一部が実施される。
競技種目としては、Chevalerie競技公式種目である、Duel、luttes、Mêlée、Drapeau、Quartier_général、Joste、Torneiが実施される。
Duelが水木金の三日間を予選として、その他六競技が月火の二日間で優勝決定まで行われる。Duelだけ日数が多く一日を占有して実施されるのは、競技の花形と言われるだけあって競技人数が一番多いためである。
Duelは、春季学内大会第一部では予選であり、四つのトーナメントから各ベストエイト、計三二名を選出する。そして、予選実施週の翌週水曜日から二日間、春季学内大会第二部が本選となる。
今季のDuel予選は、出場枠三六〇人の上限まで参加者が埋まっている。
Joste、Torneiなどの騎馬を使用した競技は、迫力もあり人気は高いのだが如何せん出場者自体が少ない。そのため、月火の午前中に試合が組まれ一気に優勝まで決める。
Mêlée、Drapeau、Quartier_généralは、月火の午後から2日間で優勝を決める。
学園内の諸行事は、予算や日程を含めた責任を伴う最終決定は学園側が受け持つが、実習の一環として運営を学園生に委ねられている。
学園は六年生の実科学校扱いであり、卒業時にはISCEDレベル四(四Aもしくは四B)が授与される。学科は以下に別れ、それぞれのスペシャリストを育成している。
・騎士科
・人間工学科
・スポーツ科学科
・電子工学科
・運営科
尚、一学年の基本人数は二四〇名で、内訳として騎士科は八〇名、その他の学科は各四〇名となる。(途中編入や留学、入学人数の変動などで、総数は多少前後する)
余談だが、学園は閉鎖空間特有の上下社会ではなく、横の関係を重視する横社会だ。これは22世紀の教育機関では世界的に広まっている構造だ。国際的に教育水準が向上したことで、必然的に卒業後の社会との関係性も考慮した方針を取る国が大多数となったことによる共通認識だ。
イベントの段取りと取り纏めは基本的に生徒会が受け持つが、実働部隊は各学科の人員で構成された委員会が主導となる。
今回は学内大会の運営であるため、Chevalerie競技委員会が主導する。
進行と運営を受け持つ運営科を中核に添え、機材を電子工学科、審判員と競技者のサポートをスポーツ科学科、救護関連を人間工学科、使用する会場と試合コートの取り纏めを騎士科が行う。
このように、各学科の生徒が集まれば競技大会の開催が可能である。そう言った教育方針なのだ。故に、学園生は即戦力となる人材が豊富であり、卒業後は騎士科以外の人員も引く手数多だ。
今は開会式が終わり、本日最初の競技であるJosteが開催されるまでの空き時間。
ティナ、花花、京姫の三人は、Joste会場の学園生観戦席へ移動中である。
この学園のChevalerie競技に関連する大会は公式下部大会の扱いであるため、有料で一般公開をする。
今も一般客に交じっての移動だ。そのため、時たまティナがサインを求められたりするが、笑顔で受けファンサービスを欠かさない。お得意のロイヤルお手振りも連発だ。
三人は空いた席を見つけて一息つく。そもそも、学内大会には地上波やネットなどの放送局も入り、学園生主体の放送もあるので、敷地内の至るところにある大小のインフォメーションスクリーンから生放送で観戦が出来る。また、簡易VRデバイスとモニタがあれば、どこでも個人で生放送を観戦可能である。態々試合会場に赴かなくても済むのだが、騎馬を駆る試合の迫力や臨場感を一度でも体験すると、皆がもう一度、と現地で観戦するために足繁くやってくるのだ。
「お馬さん、やって来たヨ」
花花の声に入場ゲートを見ると、八騎の騎馬が入場してくるところだった。
面頬や面鎧を開き、顔を見せた全身鎧の騎士に、馬鎧を装備した戦馬の行進。
正しく中世騎士の世界が眼下に広がっている。
武器デバイスはまだ展開されていないが、彼らの武器は四米程の突撃槍。
襲歩のスピードで、すれ違いざまに〇.一秒を切る中の攻防は迫力があり、見る者を惹き付ける。
行進の最後。葦毛の馬に跨った、威風堂々とした騎士が入場してきた。観客も彼が誰だか判ったようで歓声が上がる。
「ああ、【騎士王】はこちらに出ていたんだな」
京姫が言った【騎士王】は、二つ名である。彼の名はアシュリー・ダスティン・グウィルト。家系は、ウェールズを治めていた古い王族の末裔で、一四世紀にイングランドから侯爵を授与することとなった。
かのアーサー王(物語のペンドラゴンではない)のモデルとなった一族とのこと。
上級生組の五年生で、アーサー王の血を引いていることと物語のアーサー王が綯交ぜとなり、いつしか「騎士王」と呼ばれていた。普段は、Quartier_généralやDrapeauで指揮官として活躍しているが、今回はJosteに参戦したようだ。
余談だが、Quartier_généralは一二人が一チームであることから、円卓の騎士などとも呼ばれる。
本人曰く「オレはアーサー王物語じゃねえ」とのこと。
「めずらしいですね。あの人、Josteもやってたんですね」
「あれじゃないか? TV局主催の騎馬を使ったDrapeau大会に招かれてる話。その調整も兼ねているんじゃないか?」
Chevalerie競技は、国際シュヴァルリ評議会が主催する公式大会以外にも、企業や地域、ローカルな草試合も含めれば実に数多くの大会が開かれている。
スポンゾァ主催の大会やプロトーナメントなどは、公式大会と比べて賞金も高額であったりする。
「京姫、それどこのTVヨ?」
「確か、UKのどこぞの局だったと思う。優勝賞金一〇〇万ポンド(約一億五千万円)が設定されてた」
「あら、随分と賞金額が大きいですね。Drapeauなら頭割りでしょうか?」
「うらやましいヨ。ワタシ賞金は蒸籠買い直すしたいヨ」
賞金で買う程ではない。
午前中一杯を使ったJosteは、「騎士王」の優勝で終わった。何時もは指揮官としての優秀さが目を引くが、今日はJosteも強いと周囲に知らしめた。
突撃槍で巻き上げからの突きや、落馬扱いの強攻撃による一本勝ちなど見どころは多く、観客も満足のいく試合が続き大喜びだ。
「さて、私はこれからDuelコート施設準備の手伝いだ。二人は?」
学内大会中、騎士科の仕事は意外と多い。会場設営や試合コートの調整、消耗品などの備品確認や準備、学園生主体の外部向け放送動画への技術コメント、露天などの出展や手伝い、一般客の対応等、雑務が色々ある。それをローテーションで回している。
「ワタシ、屋台の店主ヨ! 呼び込みで演武ヤルヨ! 着替えなきゃヨ!」
花花を含む中国組は、こう言ったイベントでは中華屋台を良く出す。
今回は東坡肉を花巻(中華饅の皮の部分)で包んだファーストフードだ。
開会式に出るため、花花は朝の店番シフトを免除されているのだ。
「私は午後からアバターショップの売り子です。アバターデータが更新されましたので」
アバターデータとは、電子工学科と学園で公式リリースした3D格闘ゲームと3Dビューワーによる騎士辞典にアドオンする、騎士達の3Dモデルデータである。
主に学園生の騎士を対象とするデータだ。
有名となった者やユーザのリクエストで、対象者本人の試合で蓄積した戦闘データから格闘ゲーム用のモーションデータと3Dモデルをアドオンデータとして作成・販売する。
無論、モデルとなる騎士本人の許可が出たものだけだ。
時折、学園外の有名騎士にアバター実装もオファーを掛けることもある。
実装されたアバターは随時追加更新され、ゲームだけではなく時代を追えるデータベースとしても楽しめることもあり、二〇年に渡る根強い人気を誇る。
ティナのアバターはエスターライヒ全国大会の試合データが実装される。もちろん、ピンクのティーバックとクルリと回ってスカートを翻すモーションも実装データに含まれて販売される。
更に電子工学科の面々は、学園、およびAbendröte社と交渉している。
ティナがTVコマーシャルに出演した衣装――シースループリンセスドレス&下着姿――のアバター作成と数量限定販売の許可を取っていた。もちろん、ティナは即OKを出している。
一般公開などのイベントでは、電子工学科はアバターデータ販売の店舗を出店をする。その際、アドオンデータを別途販売するようなデータ更新がある学園生は、売り子として店頭に立つ。過去、自身のアバターデータを手渡し販売するサービスが好評であったため、特典の一つとして長い年月続いている。
ティナは更新したアバターデータの販促で今日明日は売り子となる。店頭販売特典はブロマイドと騎士辞典に反映出来るブロマイドデータが付く。
これが意外と好評で、学園で一般公開をするイベントがあるとファンやマニアが数多くやってくるのである。
そうして、二日間を売り子として精を出すティナだった。
この2日間で、luttes、Mêlée、Drapeau、Quartier_généralの優勝者が決定した。
Torneiに関しては出場者が少ないため、エキシビジョンの扱いで実施。
Quartier_généralでは、下馬評通り「騎士王」率いるチームが優勝を果たした。
問題は、luttes。
八人全員が敵となるこの競技は、敵同士の協力や裏切り等、競技者同士の駆け引きも醍醐味となっており、ヨーロッパでは人気が高い。それが、今回は気紛れなのかラスボスがエントリーしていた。
決勝試合では対戦者全員が協力し、一対七の対戦になったが、結果はラスボス一人の蹂躙劇。luttes本来の駆け引きもチェス盤ごと引っ繰り返され出場者は涙目である。
ラスボス。彼女の名は、ヘリヤ・ロズブローク。
ノルウェー王国国籍の戦乙女。現在、世界選手権大会Duelの部で連覇中。二つ名は【壊滅の戦乙女】。
世界選手権大会第一回から一〇連覇を成し遂げ公式記録無敗を誇る、公式名誉称号【永世女王】を与えられた騎士アスラウグ・ロズブローク(旧姓:ヴォルスング)の長女。
かつて、母親が世界選手権大会のluttesで起こした蹂躙劇をその娘が再現した。
ティナは、忙しいながらものんびり気分で売り子を熟していた。少し間が空く時は近くのインフォメーションスクリーンでチラチラ試合観戦をしていた。が、この試合の映像に言葉を失った。
のんびり気分が一気に吹き飛ぶ。冷汗が流れる。ヘリヤの本質に恐怖した。蹂躙劇など霞んで見える程に。
なんだ、あれは
なんだ、あの速さは
なんだ、あの練度は
なんだ、あの強さは
ヘリヤは、確かな技であらゆる対応が出来る基本に忠実な正統派スタイルと評される。
だが、その全力を誰も見たことがない。その前に勝ってしまうからだ。
しかし、この試合は、一対七の絶対的不利なもの。彼女の公式記録にも、このような状況は存在しない。全くの未知となれば、彼女がどう対処するのだろうかと見る者は期待する。競技場内で、放送の向こう側で。観客も騎士も変わりなく。
試合が始まる。
全周を敵に囲まれ間断なく攻め込まれる。
彼女に剣が触れることはない。
見ずに避け、剣を往なし、返り討つ。
三人同時攻撃を受けた時は異常な速度で対応する。
人間の出せる速度を超えている。
三〇分枠の試合が正味一分も掛からず。
正攻法で全てを捻じ伏せ蹂躙した。
そう、達人と言うに相応しい、異常な練度の基本技で。
小手先の技、策略も必要とせず、また逆に効かず。
人が辿り着ける遥か先を征く身体能力。
一つを突き詰めた頂点。その先の極致。
それが彼女の本質。
彼女は自分を追うだろうカメラに向かい、一言だけ言葉を放つ。
『あたしは見せた。だからお前も見せてくれよ――ティナ』
スピーカー越しに身が凍るラブコールを受けたティナは愕然とした。
いつの間にかラスボスにターゲットされてた。
物語の引きのように名指しの台詞。
そんなドラマ仕立ての演出はいらない。
模擬戦断ったのが火をつけたか。
正直泣きたい。巣に帰れ。
正直な話、ヘリヤがここまで異常な強さを持つとはティナも予想出来なかった。
もし、早い段階でヘリヤと当たるとすれば、小出しに技を出す計画が根底から崩れる。
色々な思いが去来し、ティナの顔色は青を通り越して白くなる。買い物客が肩を慰めるようにポンと叩いた。憐憫の目は「まぁ、がんばれ」と語っている。
生贄に捧げられるが如く陰鬱な気分でティナはDuel予選を迎えることになる。