02-024.手続きやらデータ提供やら意外とやることが多い日常です!
2156年 4月20日 火曜日。
雲間から射す陽光が春を感じさせる温かさを運んで来る昼下がり。学園の食堂では、テイクアウトでオーダーする学生達も多く、中庭のベンチや芝生などで昼食を楽しむ姿が目に留まる。
食堂のオープンテラスで良く陽の当たる場所に陣取ったティナ達三人は、食後の一寛ぎ中である。
「CM撮影の日程が決まりました。京姫の全国大会が終わってからですね。」
ふいにティナから告げられたのは、彼女達がスポンサードを受けている「Calenberg-Akustik .AG(以降、C-A.AGと呼称)」で発売する新製品のイメージキャラクターとしてCMに出演する予定についてだった。
各々がスポンサー契約をしているため個別に連絡を入れても良いのだが、どの道、三人一緒で行動する必要があることから学園との調整や諸々の準備などに経験が多いティナを窓口として統括することになっている。
「ちょうど一月後の5月20日の木曜から、日曜の23日までとなります。」
「仕事なので、21日は学園側へ公休の申請が出来ます。放課後一緒に手続きをしましょう。今後のことも考えて覚えて損はないですよ。」
「うひー、メンドくさそうヨ~。」
「業務による公休申請とかの書式のやつだな。中身がどうなっているのかサッパリ判らん。」
5月20日の木曜日は、移動祝日である御子の昇天日のため暦上は祝日だ。土日祝祭日は企業なども休業日なのだが、彼女達が学生であることを考慮してCM撮影を週末や祝日を絡める様、予定を組んでくれている。しかし、已むにを得ず平日に仕事をする場合、事前に届を出すことで公休となり、本来出席した際の半分程、単位が貰えるのだ。
「それと、京姫にはホログラムじゃない槍を振るって欲しいとのことです。模造品を造りますので日本に帰省する前に要望を教えてください。」
京姫は日本の全国大会予選に参加するため、今週の4月23日金曜日に公休を取ってミュンヘンから帰省する。実質3日間で要望を伝えろとのことだが、槍と言われれば何にするかは答えは一つ。
「要望は少ないよ。私の大身槍を本来の長槍で誂えて欲しい。」
「長槍ですか? 具体的に長さはどの位でしょう。」
「ああ。いつも使っている柄の部分を1.7mにして欲しい。私はその長さが一番扱い易い。」
「ええと、ホログラムの部分は変更なしで良いのですね。」
「そこは変わりなく。形状と構造、寸法の詳細は武器デバイスの登録データを流用してもらいたい。柄の素材もデータに合わせられればそれで。」
槍の長さとしては石突きから穂先まで2.7mになる計算である。京姫の槍術は、本来この長さで鍛錬しており、競技の際は短槍に長槍の技を転用しているのである。
柄の素材が使われれば重量も想定通りになるだろう。もっとも、中身の詰まった金属棒などを使われない限り誤差の範囲内であるが。
「了解です。どのみち、アバターデータ提供のため電子工学科に行きますから登録データに関してはこちらで手続きいたします。」
「遠慮なくお願いするよ。」
「長器械でナニするんだろネ? 戦う違うみたいだから想像つかないヨ。」
「詳細は後日と伺っていますので何とも…。当日打ち合わせして撮影出来るレベルとは聞きましたが。取り敢えずは気にしなくて良さそうです。」
C-A.AG側では、CMのシナリオや絵コンテも既に完成はしているが彼女達へは通知していない。京姫が直近で全国大会予選に赴くため、そちらを集中してもらうための配慮である。三人の内一人だけ通知しない方法もあるが、友人同士のやり取りでひょんなことから配慮が無駄になることも在りうるため、いっそのこと詳細は今教えず、全員纏めて後程と言うことにした。
放課後となり、三人揃って校舎北側から繋がる事務棟にやって来た。校舎と同じロココ様式風の外観を持つ建物だ。
この事務棟には、総務部や法務部、警備室など学園を運営する部署と教員室や理事長室などが存在する。学園生が各種手続きをする際は事務課で受付をする。
本来、オンラインで全て処理は出来る。しかし、過去、社会機構的に全てオンライン化したことによる弊害が発生した。人と人とのコミュニケーションが失われたことによる個々の感情が廃絶された血の通わない作業化、理由の説明や温情はなく様式に則った書類上のみでの冷酷な裁可。
一時期、0と1だけで判断する人間が増え、コミュニケーション不足から現実世界で他人に興味を抱かない者が急増した。他人との距離に隔たりが生まれ、礼節なども対面では行えない者も増える。
極めつけは交通事故で子供が車に轢かれ、瀕死の状態にあっても誰も見向きもせずそのまま亡くなるという事件を筆頭に、倫理的問題が世界各所で起こる様になった。また、疾病や貧困などで救済が必要な弱者などが放置されたりと歪な社会へ足を踏み外しつつあった。
ネット上では先の様な事故や個人のありかたについて批判や意見など色々と声も上がったが、それはネットの世界のみで流れた話題のひとつとして、すぐに忘れ去られ現実世界とはある種、無縁であった。それも含めて、便利であることと幸せであることは必ずしも一致する訳ではないと人類が気付かされ、人の在り方を見直す必要に迫られたのだ。
結果、人と人との繋がりは、どの様に社会が発展しても必要不可欠であると結論付けられ、社会構造の見直しが世界規模で計られた。個人の意思と状況を把握するためには対面が必要であるケースが掘り起こされ、血の通った手続きなどが復古したのもその一端である。
「はい、後はそちらに公欠理由を入力してください。具体的に書いていただければ審査が短く済みますよ。」
事務受付窓口の担当から記載要項を習いつつ項目を埋めていく花花と京姫。学園在学中にスポンサードを受けた場合、学園側もスポンサー企業の窓口とやり取りが発生する。保護するべき学園生が妥当な扱いを受けているか、学園側の公式なイベント等のスケジュール開示などなど、双方が調整し易い様に動くのである。そして秘密裡にスポンサー企業の内部事情を探り、相応しい相手であるかを判断している。
「こちらの記載は終わりました。ご確認お願いします。」
「出来たヨー。」
「私も入力し終わりました。」
「はい、ご苦労様。内容も大丈夫ですね。明日中には申請結果が通知されると思いますよ。」
公欠申請は、事務で記載内容の事実確認後、担任教諭、学年主任教諭を経て教頭が承認し、申請した学園生と学園長へ報告通知が届く承認ワークフローが行われる。それをもって、事務担当が、生徒の年間スケジュールに出欠フラグを立てる流れだ。
現在どこで承認待ちなのかは、申請した学園生も確認出来、遅延が見られる場合は催促の通知も出せる。
事務受付窓口の担当に、一言礼を告げて解散となる。
「一応、スポンサー絡みで公欠する場合、事実確認がきちんとなされますから架空公欠は出来ない様になってます。」
「ふーん。おサボリは出来ない仕組みヨ。」
「さぼる人間は公欠届など出さないと思うがな。」
京姫の台詞はもっともである。
三人はここで別れ、それぞれの予定を消化する。
花花は、ザルツブルクの岩塩を使ったメニューを中国組と一緒に開発中。
京姫は、ルーンに教わった精神修養を日常レベルに浸透させるため、通常生活と鍛錬を繰り返している。
ティナは、電子工学科へ赴き、アバターデータ用に提供する武技の披露。
電子工学科 アバターデータ調整ルーム。
アバターデータ作成のため、騎士に武技を実演してもらう試合コート準拠のモーションデータ取得室とデータ収集、およびコントロールを行うデータ室が繋がっている部屋である。
ティナは、アバターデータ用の寝技・関節技を今日の分を披露した後、アバターデータ担当のウルスラとお茶をしている。今回はお茶請けにウサギの燻製は出ていない。
「『FinsternisElysium die Kampfkunst』? そんな名前的なー? 」
「はい。フィンスターニスエリシゥム格闘術です。この度、一族から流派名を明かしても良いと許可を頂きましたので。」
ティナの格闘術に関して流派名だけは濁していた。偽名が出来たのでこれ幸いと適当な理由付けをして明かしたのだ。
ウルスラの後ろにあるガラス越しに見えるモーションデータ取得室には、「春眠暁を覚えず」を自ら体現するかの如く横たわる6代目総受け君の手脚が楽し気に色々な向きに伸びている。曲がってはいけない方向だったり関節が増えていたりするのは些細なことだ。顔面にクレーターが出来て厚みも半分以下になっている頭部から中身がコンニチハとしている風景に比べれば。
「暗黒楽園かぁ。なんだか物騒的な流派名だよねー。」
ティナは、ウルスラに言われて気付いたが、確かにフィンスターニスエリシゥムと言う名前自体も非常に怪しいのである。鏖殺術の外聞悪さに気を取られ過ぎて、厨二臭い名称部分はスルー状態だったのが悔やんでも悔やみきれない。しかし、内心とは裏腹に笑顔でそれっぽい説明を付けるティナ。もちろん、流派名の謂れも知らないため、適当な主観を話している呈で誤魔化しに入っているのだが。
「森の民は、古く黒い森の奥深くで居を構えていた一族ですからね。外部と隔絶された楽園ではあったのでしょう。」
「ふーん、そっか。流派名よりも技の方が物騒過ぎる的だけどねー。」
ウルスラは後ろに目をやり、6代目総受け君を見て大きく溜息をつく。
「7代目を用意しといてヨカッタ的なー。というか何故関節を折るかなー。」
「え? 関節は極めたら折るのが当たり前じゃないですか。でなければ意味がありません。」
「…透花も似たようなこと言ってた的。ナニその戦闘民族思考。」
「そうは言われても…。そういった技を修めてるとしか。」
ゴソゴソとグニャリとしたマネキンを取り出すウルスラ。ウレタンなどの柔らか素材で出来ているのか、自立は出来ない様だ。
「これ、待ち受け君2号。もう飛んだり跳ねたり的な技はないんでしょ? 明日はこの子で技掛けて。」
「ぐんにゃりですね。これ大丈夫ですか?」
「モーションデータ取るだけならこれで十分的な? 一応、センサーセル内臓してるから負荷値も計測できるけどー。」
「まあ、残りは絞め技系だけですから、これで問題ないとは思いますけど…。」
待ち受け君。衝撃吸収材と各種センサーユニットを多数搭載している自立可動用ボーンユニット非搭載の計測オンリー人形。ある程度の硬さと感触はあるが全体的に柔らかく、関節がないため多少粗雑に扱っても滅多に壊れることがない。関節技向けに造られたが、そもそも体術を寝技にまで網羅した剣術が少ないため、余り使用頻度がない。だから未だに2号なのである。
彼は逞し気な身体を持っており、ボディペインティングで黒のブーメランパンツを履かされている。最大の特徴は恵比須顔と言える笑顔である。関節技・絞め技を受けてもいつでも笑顔を忘れない健気な紳士である。
「健気と言いますが、ぶっちゃけこの状態でも気色の悪さが際立つのですが。」
「昔、作った連中が悪ノリした的な? いっそ覆面レスラーに転向させよっか。」
そう言いながら取り出したのはウサギの敷物お頭付き。以前にも登場したウルスラが狩ってきたウサギの革を自分で鞣したものだ。
敷物の胴体部分で待ち受け君の頭を包み、モフモフな頭部に早変わり。その頭頂部にはヘタリとウサギの頭が。
「ほら、ウッサウサー。可愛くなった的な?」
「いえ。不審者度アップですよ、それ。ともすればお巡りさんこちらです案件になります。」
「えー? そっかなー? リングネームはウサウサマスク的な?」
「名前の可愛らしさと実態がまるで違いますね。」
それよりも、とティナが身を乗り出して話を促す。
「姫騎士Kampfpanzerungヴァージョンの出しどころについて全くアイデアが出ません。」
「暗器か鎧を武器デバイスで使う以外は用途がない的だったっけ?」
「ええ、そうです。特殊装備部分を使うか格闘戦でない限り、いつもの鎧でも技は使えますし。」
「今のところ何かをヤル的なイメージになってるよねー。あの鎧。あと強者専用。」
「そのイメージを払拭したいところなのですが…。」
「うん、難しいよねー。アバターデータは格闘モードで切り分けられるけど、現実では戦闘スタイルを鎧に合わせる的な? でないと明確に切り分けられない的だよー。」
つまりは鎧に戦闘スタイルを紐付かせる方法である。しかし、それは制限となり自由な戦いの場を奪う。
今までは世界選手権大会を見据えて王道騎士スタイルのみで戦っていたが、諸処の経緯によって秘匿していた武術を公の場で披露することになった。むしろ、かけられていた制限を解除した形である。それなのに再び新たな制限を課すのは何らかの拘りがなければ意味のない行為に映るだろう。
ティナの場合、その拘りは二つ名【姫騎士】である。この名を固着させるために色々と暗躍、もとい根回し、もとい調整してきたので、それを捨て去る選択は在り得ない。
「いっそ、両方の技を使う第3の鎧的なナニかを用意すればー? アバターも増やせるし、電子工学科としては万々歳だけどー。」
奇しくもティナがいっそのこと、と考えていたプランと同じであった。視点と考え方を変えれば色々とアイデアはあるのだが、彼女達の年齢では人生経験が圧倒的に不足しているため、この辺りが落としどころとなる。
「そうですね、全ての流派を扱う専用鎧を考えておいた方が無難ですね。」
「Prinzessin Ritter Typ Perfekt とか最終形態的な?」
「なんか、物語の終盤で出てきそうな名称ですね。もしくは玩具とか。それにKampfpanzerungがヴァージョンと謳ってるのにタイプ呼びなのはどうも。」
「じゃ、姫騎士パーフェクトヴァージョン的で?」
「それも何だかなぁ的ですね。取り敢えずまだ存在しないものですから名前は後にしましょう。」
「そだねー。ウッサウサ鎧になるかも知れないし。」
思わず、なぜウサギ!?と問いただしたくなるティナであったが、スルー安定なので別の話題を振る。
「ところで、京姫の武器デバイスデータの件ですが。」
「あー、外部持ち出し申請終わった的だよー。そっちに送るよー。」
「届きました、ありがとうございます。プロテクトは担当外秘レベルなんですね。」
「そのデータ、2回までしか移動出来ない的だから注意してねー。あと、暗号キーは5回以降使えなくて元データも消えるから。」
「了解です。解凍したデータのコピーは?」
「移動制限は1回かなー。コピーしたデータも暗号キー使う的。コピーデータは5日で自壊するよー。細かいことはreadmeに書いてあるからー。」
「判りました。解凍する場所も良く考えないといけないですね。」
ティナは、少し冷めてしまった紅茶を飲み干し、暇乞いを告げる。
「それでは、そろそろ帰りますね。今日はお付き合い、ありがとうございます。また明日もお願いしますね。」
「ほーい。お疲れさん的ー。また明日ねー。」
Kampfpanzerungは明日も使うため、この部屋に置かせてもらっているので手ぶらだ。
寄宿舎への帰路でティナは3つ目の鎧について構想を始めている。
「問題は胴体部分ですね。Kampfpanzerungの胴体は意外と好評でしたから、その要素も取り込みたいですね。」
「京姫やテレージアみたいに履いてない路線は姫騎士と方向性が逸れますから除外ですね。」
「格闘術向けに金属鎧でビルドするとして、格闘パーツも新規デザインで造ってもらいますか。」
どうやら鎧をもう一両増やすことが決定になった様である。
「Abendröteの下着も自然にチラチラするデザインにしなければ!」
スポンサー会社の製品宣伝も忘れることはないティナであった。
しかし、下着メーカーの宣伝にパンチラを考慮するのはどうかと思うが。
全く関係ない話だが。
お疲れ様という言葉は日本独特の言語であり、海外では違う意味の言葉が使われる。
ドイツ語圏では、仕事などが終わった後の挨拶として「Schönen Feierabend!」、「良い仕事終わりの時間を!」と言う意味の言葉を用いる。
仕事が関係しない場合は「Schönen Abend!」、「良い夜を!」と言う意味の言葉となる。
お疲れサマンサ!とか微妙なネタが封じられるのである。
やっぱ効果あんまないねぇ↓
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黒い星が★★★★★になるとウレシイですよ。
しかし、ブックマーク増えねぇなぁ。




