02-023.オースタン休暇の終わりです、学園に帰還します!
2156年4月18日 日曜日
「そうそう、『FinsternisElysium die Kampfkunst』になったわ。表に出す流派の名前。」
「フィンスターニスエリシゥム格闘術…ですか? 安易な感は否めませんが…。」
下手に変えるとボロが出るでしょう?、と母ルーンは言う。
今日は午後には学園に戻るため、午前中の鍛錬は実施せず10:00の間食を摂っている最中、唐突にルーンが流派の偽装名を告げて来たのだ。
ルーンは、ケーニヒスヴァルトの一族へ、一般向けの流派名をどうするか丸投げしていたのだが、その回答が返ってきたようだ。
「小母様、なぜ流派名を変えるのですか? 今までの様にティナが名前を出さなければ判らないと思うのですが。」
「そうも言ってられないのよね。9月に一族の娘がマクシミリアンへ入学するのよ。」
「ナンか前に聞いたヨ。」
「ああ、言われてみれば。」
「同じ歩法を使うので同門だとバレますから。流派名を偽装出来ないか母方の一族に打診してたんです。」
あくまで鏖殺術の単語を出さないティナ。ちなみにアバターデータに格闘術を公開するのだが、そちらにも言い訳を付けて流派の名は告げていない。
「散手出来る相手増えるヨ。楽しみヨ。」
「いえ、その娘はナイフ二刀がメインなので、格闘術で花花と立ち合えるまでの練度は持っていません。」
「ふーん、残念ヨ。将来に期待ヨ。」
少し残念感を残す様に眉尻を下げ、間食のブラックベリーがたっぷり乗ったタルトを大口で食べる花花。タルトを紅茶で流し込み、ふむ、と思いついた様に口を開く。
「ナイフ二刀流は、エレさんの一族カ?」
ティナとルーン、そしてエレの動きが止まる。
エレの手にはフォークに刺したタルト。その先にハルが口を開けて待っている。エレのタルトはリンゴなので、ハルから請われ一口分け与えているところだ。ハルから催促のあーん、と声が聞こえる。
「ああ、坊。わるいわるい、ホレお食べ。」
タルトを食べさせると、おいしーありがとー、と笑顔になったハルの頭を一撫でし、花花に向き直るエレ。
「花花嬢ちゃん。どうしてそう思った?」
「ん? だって両手の動き、短い武器使う動きヨ。いつも別々に動いて器用ヨ。それに歩法がティナが二刀使う時のリズムになってるヨ。」
「…そうか。すごいな、花花嬢ちゃん。正解だ。私の再従姉妹にあたる娘だ。」
ティナとルーン、エレの三人とも、花花が武術に対する洞察力が予想以上に高く、内心驚きを隠せず思わず固まってしまった。
相手の歩法を読むことが得意な花花が、エレのことをティナと同門だと気付いていた可能性は高かった。しかし、使う武器と技能を言い当てられるとは思ってもみなかったのだ。
エレ、本名はアンシェリーク・ハブリエレ・ファン・クレーフェルト。
ネーデルランド時代のオランダに居を構えたWaldmenschen、森の民の末裔だ。
彼女の一族は、素早さを生かした身体運用とナイフによる手数の多い攻撃を得意とし、それを主軸とした技に特化して継いでいる。
代々クレーフェルト家は、森の民の長であったケーニヒスヴァルト家の護衛であったのだが、現在でも同様な立場で関係は続いている。
ケーニヒスヴァルトの麒麟児と言われていたルーンが、嫁入り先のブラウンシュヴァイク=カレンベルク家当主と共にエスターライヒに転居する際、オランダから護衛としてやって来たのだ。
主であるルーン以外の家族を守るために。主の武力は護衛を必要としない。だから搦め手で家族を狙われた時の護衛だ。
「ナイフ二刀なら筆架叉の散手にイイかもヨ。」
「ああ、あの釵か。あれは二刀武器なのか。」
「ソウヨ。京姫の国にも使てた武術あったヨ。」
「琉球空手か古流の捕縛術だな。空手と言えば釵よりもトンファーやヌンチャクの方が有名だな。」
「とんふぁー。なに? なに? おいしい?」
「ははは、食べ物じゃないよ。木で出来た棒の武器なんだよ。」
ティナがジト目で花花を見ている。この娘、また組手の犠牲者を増やすんではないかと。
「花花との組手は勉強になりますから願ってもないですが、まだ見習いなので程々にしてあげてくださいね。」
「わかてるヨ。ある程度でヤるヨ、ある程度で。」
一応、釘を刺すティナであったが、花花のある程度がどのくらいなのか心配が尽きない。
彼女は8月終わりごろに来ますから、その時に本人交えて紹介しますね、と詳細を省いて話を締めたティナ。
花花がもっと教えろとブーブー言っていたが後のお楽しみと言うことで納得させた。
「替わりと言っては何ですが、ちょっとだけ面白い技術をお見せしましょう。」
そう言って席を立つティナ。その瞬間明らかに様相が変わった。
「え? え? なんで? どうやって?」
「チョット、ナニヨソレ! オカシイヨ!」
ティナは普通に歩いているだけである。
そう、普通に。
それは武術の心得など全くない素人の動きだった。
ティナは自分の中に抽斗をたくさん持っている。ひとつひとつの抽斗に修めた武術が入っている。使う武術によって抽斗の開け閉めで切り替えるのだ。この切り替えが出来るからこそ、一度に複数の武術を修めても破綻しない。それがティナの異能と呼べる特殊技能である。
そして、抽斗を全部しまえば、武術を学んでいないティナが残る。
「ハルもするー。」
ピョンと椅子から飛び降り、ティナを真似て歩くハル。
ティナから可愛らしい弟に向けられた目は、驚愕であった。
誰も喋らなかった。
5歳の武術を習い始めた子供が、いきなり武術を知らない子供に変わったのだ。
「どおー? できたー?」
よくできました、と母ルーンはハルの頭を撫でる。褒められてクネクネとするハルと対象的に、驚愕の表情が顔に張り付いたティナ達。
「…驚いたわ。この子、ティナと同じ才能を持っているのね。」
「驚かされ過ぎです。纏絲の才能もあると言われているのに。」
「一体、どうなっているんだ? そもそもティナの動きからいきなり武が消えたんだが。」
「ハルもおんなじコトしたヨ。サスガに理解不能ヨ。」
「ちょっと見せて、不思議でしょう?と締めたかったのですが、まさかハルが同じことを出来るとは思いませんでした。少し、説明が必要ですね。」
花花はハルに纏絲を教えてくれる師匠でもあるわけだから知っておいた方が良いとティナは判断した。まぁ、知られたところで真似できるものではないので。
ティナは自分の中の抽斗について語った。それを切り替えて武術を修めたと。
抽斗は自分に収まるものであるから、自由に中身を取りだせると。
様々な技能や会話能力を持つ個人に対して「抽斗が多い」と言葉では良く使うが、ティナの場合は揶揄ではなく抽斗を抽斗として使っている。
「なるほどヨ~。ティナの術がどれも大師レベルなのは納得いったヨ。」
「う~む。これは特殊技能だな。技法も精神も丸々切り替えるなんて。誰も真似なぞ出来ん技術だな。」
「意外と便利ですよ? 抽斗を開ければ良いだけですから。それよりも――」
気になるところは幼い弟だろう。どの様なイメージで切り替えを行ったのか。今後、武術を覚えていくには現状の把握は必須である。初手を間違えれば歪んだ技しか身に着かないからだ。
「ハルはどうやったのですか~? ねぇねに教えてくれませんか~。」
ハルの頬を両手で挟み、フニフニと揉みしだく。接触によるコミュニケーションが嬉しい様で声を立てて笑い声が上がる。
「えーとね。ハルね。おもちゃばこいっぱいもってるの。」
「ねぇねみたいにぽいっていれるの。」
身振り手振りで見えないものを表現しようとしているハル。
やはり、ティナと同じ様に切り替えを行う術を持っていることが伺えた。その本質をティナの姿から真似て感覚的に使っている。
「ティナ…。」
「判っています、おかあさま。私も花花と一緒に月に何度か週末帰ってきます。」
ティナが特殊技能を使い始めたのは7歳を迎える前あたり。ある程度は自分で何をしているか判って使っていた。
さすがに5歳児のハルでは、まだまだフンワリとしか理解していないだろう。導き手が必要になる。
「よかったねー、ハル。ティナもワタシと一緒、お休みに帰ってくるヨー。」
「ねぇねもくるの! やったー! みゃーみゃは?」
「そうね、京姫も一緒にいらっしゃいな。鍛錬の成果を見てあげられるし。」
「いいのですか、小母様。私としても願ったりですが…。」
「みゃーみゃもくるー!」
「遠慮する必要はありませんよ? もう何人か増えても問題ないくらいですし。」
「ええ、遠慮は不要よ。ここに住んでくれても良いくらいだし。」
以前、二人がこの屋敷に滞在することを勧めたティナが言っていた同じ台詞をルーンが口にする。
思考や言葉から母娘であることが良く判る。口癖の様に会話を「あら、」で始めたり、状況が収まりそうなところにぶっこんで来たり。
取り敢えず、半ばなし崩し的に三人が隔週でザルツブルクに戻ってくることになり、ハルが一入喜んだのだった。
午後14:00過ぎ。ワゴン型ハイヤーが邸宅入り口のロータリーに到着した。騎士装備一式を持参している三人娘は大荷物と言ったところだ。家族総出で荷物運びのお手伝いとお見送りである。
かわるがわるハルを抱きしめ別れの挨拶をするのだが、名残惜しいのはむしろ彼女達だろう。ハルはお姉ちゃん達に可愛がられてクネクネしている。
別れ際のハルの台詞は「いってらっしゃい」であった。彼にとっては別れではなく家族の送り出しである。
三人娘は「いってきます」と笑顔で返し、送り出してくれた家族が見えなくなるまで手を振った。
温かさと少しの寂しさを胸に、こうして1週間に渡るザルツブルク滞在は終わりを告げた。
午後16:00前。マクシミリアン国際騎士育成学園 宿泊施設エリア寄宿舎4人部屋。
中国組と呼ばれる中国から留学してきた彼女達四人の居城だ。只今、花花がザルツブルクのお土産を展開中。人気の名産チョコレートよりも食いつかれた食材があった。
「どうヨ? 美美。」
「ウン、イイネ。苦味は少し薄いくらいネ。ミネラル多いのが気になるクラいネ。汤でもイケソウネ。」
土産の中には、ザルツブルクを象徴する岩塩を買ってあり、何の料理に合うのか味見中である。
この寄宿舎の脇には手作りの厨房がある。屋根と壁だけの部屋とは言えない野外の厨房だが、花花と中国一派が勝手に建築したものだ。
どうやら、ザルツブルクの岩塩は彼女達の食生活に彩を添えることが出来るレベルに達していた様だ。
美美と呼ばれる彼女は、姚・美羽蘭。愛称は美美。楊式太極拳競技で世界2位に入ったことのある選手であるが、騎士ではなく、人間工学科の4年生。
春季学内大会後のパーティで花花と一緒に演武を舞った相方であり、推手の相手である。散手は、二人の武術の本質が大きく違うため行うことは出来ない。だから花花がティナを散手相手に選べることに歓喜したのだ。
「ふぇ~、あの姫騎士、格闘も大師レベルカ。ハンパナイネ、世界は広いネ~。」
「ミンナもっと世界出ないとダメヨ。色々の武術知らナイと技が美しくならナイヨ。美美もどーヨ?」
「私、無理ネ。技と型は自信アルネ。でも、それ競技の中ネ。戦う出来るコト、積んでないネ。」
「そかー。美美は魅せる技持ってるのに残念ヨ。あ、衝撃受け流すスーツ手に入るから今度散手してみるカ?」
「哦、そのウチネ。絶対、勁使わない約束するネ。」
やはり、花花の勁は危険物扱いの様だ。知っている者からは必ずストップがかかる。
「天然の纏絲使い、5歳の小孩子ネ。いるとこにはいるネ。」
「10年後、楽しみヨ。他にも驚く才能あたヨ。」
「ちょうど第5世代にあたるネ。」
第5世代。騎士の区切りである。
元は、永世女王が王座に居続けた10年間を一区切りとし、次の10年を第2世代、その次を第3世代と10年単位で表す様になった。
今年はChevalerieの世界選手権大会30周年目の節目であるため、ここから10年は第4世代と呼ばれている。
ちなみにティナの母であるルーンは、第2世代前期に暴れまわるが、真面に戦える相手がいなくなり飽きたので騎士をスッパリ引退した。
今現在、世界選手権大会で2連覇以上の実績を持つのは、【永世女王】アスラウグと、【剣舞の姫】ジーグルーンの二人だけである。
その次点でヘリヤが記録に追い付いて来ている。
場所は変わって、寄宿舎2人部屋。
部屋の中には畳が敷き詰められており、中央の炬燵に小乃花が埋まっている。
荷ほどきしながら小乃花に土産を渡す京姫。彼女も名産のチョコレートやザルツブルクの岩塩を買っては来ているが、メインはホーエンザルツブルク要塞で買った少しデザインが斜め上を行くTシャツ。
思わず小乃花が「でかした!」と叫ぶ程気に入った様だ。色違いでも数枚購入しているので、お土産格納用のタンスにズリズリと炬燵からはみ出ながら仕舞っている。
チョコレートなどは炬燵の中に引きこんでデロリとさせながら口の中で転がす小乃花。唐突に、気になっていることを京姫に尋ねる。
「京姫、1週間でだいぶ変わった。心の状態がすごく安定してる。」
「良い師に巡り合えましたから。きっかけを頂いたんです。」
「うん。これなら行けそう。全国大会で待ってる。」
「そいうえば、小乃花はティナに加納大老のことを話されたのですね。そこから面白い話を聞けました。」
「何? どんな話?」
「加納大老が20年前に初戦敗退した相手、ティナの御母堂でした。」
そこからまつわるルーンのやらかしを聞いて小乃花は滅多にしない大笑いをしている。
「ハー、ハーッ。久しぶりに笑った。それで老害は取り敢えず倒せって、プフフッ、買い物ついでみたい。やっぱり他人が見てもその価値しかない相手。」
「今から負けた言い訳にどんなこと言うか楽しみ。」
そして、ティナが借りている一人部屋。
長袖Tシャツにパンツ一丁姿でベットの上で俯せになっている。
「姫騎士Kampfpanzerungを使うトリガーが思いつきません!」
「由々しき事態です! むがー!」
ゴーロゴロとベットの端から端へ行ったり来たり。
ゴトン。あ、落ちた。
「ぐぬぬぬー。参りました。アイデアが出ません。」
「いっそ、両方の技を使うメインの鎧を別系統で仕立てましょうか。」
やはり勝ち負けのことは殆ど考えていないティナだった。
やっぱ効果あんまないねぇ↓
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しかし、ブックマーク増えねぇなぁ。




