02-009.いらっしゃい、ようこそ我が家へ、です!
特にナニも起こりませんよ?
2156年4月12日 月曜日
午後14:00過ぎ。今日は花花と京姫を自宅に招く日である。13:00に学園の宿泊施設エリアへハイヤーに送迎を頼んだため、順調ならもう少々で到着するであろう。
「ねぇね、きたー?」
「まだですよ、ハル。後もう少しですね。」
弟は、姉の友人が来ると言うことで興味津々だ。数分おきに同じ台詞を繰り返している。
何度か同じやり取りを繰り返した後、敷地内の正面にある駐車場エリアへ1台の車が到着した。
「ねぇね、くるまー! きたの?」
「ええ、到着した様です。お出迎えに行きましょう。バルドさん、お手伝いをお願いします。」
「かしこまりました、お嬢様。」
三人で玄関を出て、敷地の入り口にある門まで出向く。敷地を囲む様に背の低い花が咲く樹木を植えてあり、その中心に門と言うより少し大きめのアーチがあり、つるバラを植え誘引している。バラの種類はフロレンティーナ。病気に非常に強い種で、花色は鮮やかな赤でカップ咲きとロゼット咲きの中間くらいの咲き方をする。花持ちが長く1週間は花を楽しめる上、花枝が長いため切り花にも向く。まぁ、今は花が咲いていないので全く判らないだろうが。
駐車場エリアは車のロータリーになる様、少しスペースを取っている。そこに、持参した荷物と共に花花と京姫が佇んでいた。
二人は近づいてくるティナ達に気付き手を振ってきたので振り返す。と、その間に弟が二人の元へ駆け出していた。
ハルは、花花と京姫の側で止まり、二人を交互に見た後、元気に挨拶をする。人見知りも物怖じもしない子だ。
「こんにちは! ねぇねのおともだち?」
「ハイ、コンニチワ。ワタシ達、ティナのお友達ヨ。ボクはティナの弟くんカナ~?」
「こんにちは、坊や。挨拶の出来る良い子だね。」
花花は、しゃがみ込み、ハルの目線に合わせて話をする。京姫も屈んで笑顔で接するも、言葉が少し硬いのはいつものことだ。
ハルは、ニヘラと笑みを零して自己紹介をする。人と会えば、まず名乗ることを躾けられている。
「ハルはねー、ミヒャエル・ジークハルト・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルクっていうの! 5さい!」
「ボクはハルって言うネ! ワタシ、花花ヨ! よろしくヨ!」
「ふぁーふぁ!」
花花は、そうよふぁーふぁヨ~、と言いながら両手でハルの頬を挟むように撫でる。触れ合いが嬉しいのか、ハルは声を立てて笑う。
「私は、京姫だ。よろしくな、ハル。」
「みひゃこ、みゃーこ…うー、みゃーみゃ!」
「ははは、私の名前は発音が難しいか。みゃーみゃでいいぞ? カワイイ渾名をありがとう。」
京姫は、ハルの頭を撫でる。そのハルはムフーと嬉しそうに目を細める。
弟が挨拶を始めたところで追いついていたティナは、三人のやり取りを微笑ましく見守っていた。花花など、初対面で自分の愛称で名乗ったことに驚きを覚える。そして、京姫の名前は子供では発音がし辛いため、途中で「みゃーこ」と言葉が出たことにベルを思い出し、クスリと小さく笑う。
二人が子供に寛容であることを嬉しく思いつつ、挨拶が一区切り着いた様なので口を開く。
「ようこそ我が家へ。二人とも、元気でしたか?」
「ティナ、久しぶりヨ! ワタシ、元気ヨ!」
「お互い変わりなさそうで良かった。暫くお世話になるよ。」
「こちらは、家を取り仕切っているバルドさんです。家族は後々紹介するとして、取り敢えず荷物を運んでしまいましょう。」
「よろしくお願いします、お嬢様方。大きな荷物は私奴が御預かりいたします。」
そしてバルドは、道場にお運びいたしておきます、と一言残し、ひょいっと二人の騎士装備格納用ケースを運んでいった。
「ほへー。シツジさんいるヨ。本物、初めて見るヨ。」
「いえ、バルドさんは執事ではありませんよ? 当家の家宰ですので。」
「家宰? まさか家を取り仕切る役職が必要なのか?」
「ええ。その家宰ですよ。うちは当主ですから一族の事業や政治的案件を含めて取り仕切る人材が必要なんです。」
だから家令ではなく家宰なんです、と言葉を添えて二人を引き連れアプローチを案内する。弟が彼女達の周りを楽しそうにクルクル回りながら着いてくる。彼が家族以外でこんな態度を取るのは珍しい。二人を相当気に入ってくれた様で、彼女達の滞在中は家族との良い架け橋となってくれるだろう、とティナは安堵する。
「西洋風のお屋敷、はじめてヨ。庭が広いヨ~。」
「私もこの手の屋敷にお邪魔するのは初めてだ。思ってたよりずっと規模が大きいな。」
「二人とも、西洋建築は初めてですか? 昔ながらの貴族家に倣った造りですから、ある意味新鮮だと思いますよ?」
ティナの自宅は、貴族家当主が居住する建物として、ある程度の豪華さを示す必要があった。そのため、懐古的にはなるがルネサンス様式を取り入れた数値的調和を基に設計されている。ゴシック様式の荘厳さや空間性、バロック様式に見られる彫刻や調度品を総合した建築などは、現代の生活環境としては相応しくないため、ルネサンス様式が採用された経緯がある。
線対称となった屋敷の中央にある玄関をくぐると、家族総出のお出迎えであった。招かれた花花と京姫が声を出す前に当主から挨拶がかかる。
「ようこそ、我が家へ。私はティナの父親でヴィルフリート・ユストゥスだ。ヴィルと呼んでくれればいい。」
「お二人ともいらっしゃい。母親のアルベルタ・ジーグルーンよ。私はルーンと呼ばれているわ。」
そのまま引き続き、使用人が恭しく挨拶を引き継ぐ。
「先ほどは碌にご挨拶もせず、失礼いたしました。私奴はバルドとお呼びください。」
「お初にお目にかかります。わたくしのことはヒルドとお呼びくださいまし。」
「いらっしゃいませ。私はエレでございます。御用の際はお気軽にお呼びください。」
ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家の面々は、最初から愛称にて挨拶をした。これから1週間、寝食を共にする娘の友人であると同時に、自社製品のイメージキャラクターとして長い付き合いになるだろうから畏まる必要はない、との意思表示でもある。
「皆様、ご丁寧に痛み入ります。私は、京姫・宇留野と申します。京姫、とお呼びください。」
「コンニチハ! ワタシ、陳・透花ヨ! 花花と呼んでヨ!」
綺麗にお辞儀をする京姫と片手を挙げ元気よく挨拶する花花。花花の挨拶は初対面では少々礼儀に欠けるが、それが自然と思える雰囲気を持っており誰からも受け入れられる、言わば特技である。ハルが一緒に片手を挙げているところが微笑ましい。
「ご好意に甘え、暫く滞在させていただきます。よろしくお願いいたします。」
「ミンナ、よろしくヨ!」
全く正反対の性格を見せる二人を面白く思う家族一同。ティナと合わせて丁度バランスが取れるだろうから仲良くなったのだろうと察する。
「二人とも自分の家だと思ってゆっくり寛いでおくれ。遠慮することはないよ。」
「お気遣い、ありがとうございます。小父様。」
「ありがとうヨ。忙しかたからユックリするヨ、叔叔。」
「さあ、二人とも。挨拶はそのくらいで。お部屋へ案内しますから。」
「ふぁーふぁ、みゃーみゃ、いっしょにいくの!」
ティナは、彼女達を2階のゲストルームに案内する。弟もキャッキャと笑いながらチョコマカと後ろを着いてくる。
滞在期間中は三人一緒の部屋でも良いのだが、各人の生活サイクルが違うので彼女達に1部屋ずつ割り当てた。部屋はプライベートルーム構造となっており、12畳のリビングと8畳のベットルーム、そしてミニキッチン、ユニットバスが付いている。
「こちらが京姫の部屋です。その隣が花花です。滞在中は自由に使ってください。取り敢えず、荷物を置いたらお茶にしましょう。」
「わかった。少し待っててくれ。」
「OKヨ! すぐ置いてくるよ。」
言った通りに、二人はすぐに出て来た。包装された手土産を持って。
「おみや持って来たヨ。」
「私も、日本の品が手に入ったから持ってきた。」
「あら、ありがとうございます。何を持ってきていただいたのか楽しみですね。」
「おみやげー、たのしみー!」
三人娘+弟がリビングに着くと、お茶の用意がされており、先に寛いでいた両親から声がかかる。
「みな、こちらへいらっしゃい。ヒルドの淹れてくれた紅茶は美味しいわよ?」
「紅茶が苦手なら言っておくれ。違うものを用意するから。」
「お気遣いなく。こちら詰まらない物ですが持参いたしました。どうぞお収め下さい。」
「ワタシもおみや持ってきたヨ。ハイ、どうぞ!」
「あら、ありがとう。開けてみても良いかしら?」
京姫の土産は、四角い缶に入った煎餅詰め合わせである。
花花の持ってきたものは、皇帝甘栗、月餅と栗饅頭の詰め合わせ、ひっつきパンダ。
ひっつきパンダは12頭セットで、手足がクリップになっており背中を指で握るとクリップが開くので色んな所にくっつけられる玩具である。
「いや、どれもこの辺りにはない珍しい物ばかりだね。ありがとう。」
「ぱんだー! たくさんいる!」
「これ、くっつくヨ。ホラホラ。」
そう言いながらハルの服にひっつきパンダをどんどんくっ付けていく花花。ハルは大喜びで皆に見せて回る。そしてお裾分けの如く、皆にひっつきパンダをくっ付けては満足顔を繰り返す。
「ははは、ハルはだいぶパンダを気に入ったようだね。素敵なお土産をありがとう花花。」
「どういたしましてヨ。タクサンいるから迷子に注意ヨ!」
「パンダさん、いなくならない様に気を付けないとね、ハル。」
「うん! きおつけるー。」
そう言いながら、母親の服にパンダが1頭くっ付けられる。
「ヒルドさん、緑茶ありますか、緑茶! 出来れば煎茶をお願いしたいのですが!」
「ございますよ、お嬢様。それでは人数分淹れてまいりましょうか?」
「いえ、是非、京姫に淹れてもらいたいです! 日本の天然水、まだありましたよね! 美味しいお茶を所望です!」
そして、京姫を見つめるティナ。茶~淹れて~茶~淹れて~と目が謳えている。
「はぁ、ティナは煎茶好きだな。わかったわかった淹れてくるよ。先日の空気を含ませた淹れ方をしてほしいんだろ?」
「Genau! せっかくのお煎餅ですから!」
「ヒルドさん、厨房へ案内をお願いできますか? その時、煎茶の淹れ方もお教えいたします。」
「お気遣いありがとうございます、こちらへいらしてくださいまし。」
「ん~? 京姫のお茶、確かにオイシイヨ? ナンか新たな技だしたカ?」
「そーなんです! 花花を空港に送った時、懐石料理屋に寄ったんですが、そこで出たお茶が飲みやすい香りが引き立つ美味しいと3拍子揃ってたんですよ。」
「ほへ~。ティナの熱量が違うヨ。」
「日本のお茶ね。紅茶と同じで人によって味が変わるのかしら?」
「いえ、おかあさま。あれは技によって変わるものでした。」
「そもそも、何故、緑茶なんだい? 紅茶ではだめなのかい?」
「お煎餅です。」
「は? 煎餅って、京姫のお土産の?」
「日本のものは日本のもので食べるのがbestenです!」
日本食フリークに足を踏み込みつつあるティナ。ここ暫くの体験を再現することに力を入れる。実働は京姫だが。
「お待たせしました。」
と、言いつつ、トレイの上には、急須と人数分の小ぶりな湯飲み、それと湯の入ったポットと片口と言われる注ぎ口の付いたボウル。
京姫は、徐にポットからボウルへお湯をザバザバと注ぐ。そして、少し冷ましてから、ボウルから急須へ細く長く湯を注ぎ込む。
暫く蒸らし茶葉が開いてから、並べた湯飲みへお茶を注ぐ勢いを止めずに次々に注いでいき、最後の一滴まで注ぎ込む。
「はい、一煎目を淹れました。湯飲みが濡れているので気を付けてください。」
それぞれが湯飲みに手を出し、一口のんでいく。
「ああ、なるほど。まるで味が違うね。日本茶とはこの様な味だったのか。」
「いい香りね。あら、少し温度が低いのね。飲みやすいわ。ボウルに入れたのはこのためね。」
「まろやか~ヨ。ズルイヨ。ワタシ、初めて飲むヨ。」
「へんなあじ…。」
概ね好評だが、子供の舌には合わないのだろう。ハルは渋い顔をしている。
そのハルへ花花が、これ甘いヨ~はい、あーん、と言いつつ、皇帝甘栗を食べさせる。
おいしー、と笑顔になる幼児の様子にみなホッコリするが、その脇で我関せずと。
バリンッ ボリボリガリボリ ゴックン
ものを食べているとは判るが、明らかに大きな音が立っており、みなの目線が集中する。
「あら、どうしました? 雁首揃えてこちらを見て。」
「ティナ、凄い音が聞こえて来たんだが、気のせいか?」
「さすがにその音は、どうかと思うわよ。」
「フッ、何を仰るやら。私は学びました。日本食には音を立てて食することで美味しくいただく食材があると。お蕎麦然り、お煎餅然り。それは文化なのです。」
「むしろ、お煎餅で音を立てない食べ方など、ペロペロするしかありません。アメとは違うのですよ、アメとは。」
力説して、どやっと得意満面胸を張るティナ。言っていることは判るがマイペース過ぎるのがやり玉に挙がっているのであるが。
食品に対する文化の違いについて考慮して持参するべきでした、と京姫。いやいや、そんなことない、お土産を頂いて有難い、と両親達。
バリッ ボリボリ ズズズー
「ねぇね、それおいしー?」
「おいしいですよ。ハルもおあがりなさい。夕飯前ですから少しだけですよ? 硬いですからゆっくり食べてください。」
「いえいえ、ティナ、あなた話に参加なさいな。何一人だけ素知らぬ顔で食べているの。」
「はて? 先ほど言うべきことは言いつくしたと思うのですが…。おかあさまも頂いたらどうですか? お茶と良く合いますよ。」
「おいしー。はい、ふぁーふぁ。」
「はい、みゃーみゃ。」
ポリポリと煎餅を齧る弟。花花と京姫に煎餅をお裾分けをする。まぁ、自分の手に持っている煎餅を一口ずつ食べさせているのだが。
ハルは案の定、ポロポロと食べかすを零すが、花花や京姫が甲斐甲斐しく世話を焼いている。外から見れば家族の日常と映るだろう。
楽しそうに煎餅を食べる幼児と、その脇で茶を啜りつつバリバリと我が道を行く娘。子供たちの姿に、母も些細なことにとやかく言うのも馬鹿らしく思い、観念したかの様に煎餅に手を出し始める。
「あら、甘いお菓子じゃないのね。なるほど、確かにお茶と良く合うわね。」
パリンと、小気味好い音が響いた。
向こうでは、京姫が二煎目を淹れている。
こうして、騒がしくもゆったりとした時間が過ぎてゆくのだった。
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