02-008.オースタンの日曜日です!
この章は基本的に主人公周辺の人々がメインっぽいのですよ。
2156年4月11日 日曜日
今日は、オースタンの日曜日。ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家は、何やら朝から騒がしい。
「たまご、あったー!」
カラフルに着色された卵(茹で済)を片手に持ち高々と掲げるハルこと、ミヒャエル・ジークハルト・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク。
ドイツやエスターライヒの小さい子供がいる家ではオースタンの日曜日の朝になると、子供たちがOstereiを探す遊びがある。夜中に「オースタンのウサギ」が隠した卵を探すと言う風習だ。基本、良い子がOstereiを貰えると伝えられている。
大人たちは、一番最初に赤いOstereiを見つけて欲しいと願う。赤は幸運をもたらすと言われているからだ。逆に青だと暫く不運が続く。まぁ、赤いOstereiを目立つところに配置し、真っ先に見つけて貰っているのだが。
朝起きたハルは、「夕べ遅くにウサギさんが来ましたよ」と聞いて、興奮しながらウサギが隠したであろうOstereiを探し始めたのである。
昨夜の内に大人たちが手ずから用意し家の隅々に隠しておいたOstereiは、合計20個。調子に乗って少し多くなってしまったのだ。隠し場所は、子供がすぐ見つけられる様に簡単なところのみだ。飽きさせない様に、一つ見つけたらもう一つが視界に入る工夫が何気に高度だ。
可愛らしい次期当主は、お供のメイドを連れて鼻息荒く意気揚々と探索を続ける。お供のエレが持つ手籠には、すでに7つのOstereiが入っている。
次々とOstereiを見つけ喜ぶ様に、大人たちは目を細め頬を緩ませる。
「これ、なんかへん。」
暖炉の脇に、わざわざ鳥の巣を作って収められていた卵の内の一つ。それは、他より少し重く、継ぎ目が見える。
ティナがミュンヘンで仕入れて来た卵型の玩具だ。ティナから事前に玩具の構造を聞いていたエレはすかさず言葉を挟む。
「坊、その卵良くみてみな。こいつ…動くぞ?」
動かないと思っていたものが動く時に言わねばならない台詞を入れて来た。様式美である。
そう言われて、ハルは卵をグリグリと弄る。隙間が開き、折りたたまれていた姿が展開されていく。卵から孵って1羽の鳥になった。
「うまれた! はとさん!」
「そいつは、鷲な? 覚えときな、坊。」
「わしさん! おぼえた!」
次期当主なれど、まだ5歳と幼く、可愛い盛りである。鳥イコール鳩と覚えているのもしょうがない。そして幼児がものを覚えるのは興味を引いた時だけである。だが、鷲と鷹はサイズの大小で呼び分けているが種族として明確な区別はない。
結局、1時間程かけて20個のOstereiは全て発見された。大体、そのくらいの時間で見つけることが出来る様、予め隠し場所を配慮したのである。子供は集中すると自身の体調に気付かずに飽きるまで続けるので、それを防ぐためである。
エレが携えていた手籠には、色とりどりにデザインされた16個の卵と4体の動物に変形した玩具。鷲を筆頭に、虎、象、大熊猫と、錚々たるメンツだ。大熊猫は笹を持っている芸の細かさだ。鷲はともかく、変形前後を考えると卵生となるのだが玩具なので大人はその関連性に考えが紐付かない。一人、ハルだけが虎、象、大熊猫は卵から生まれるものと記憶したのだが。
「いっぱいみつけたー。はい、ねぇねはこれとこれ。」
「あら、分けてくれるの? ありがとう。」
ティナは、少し大仰に2つのOstereiを受け取る。オレンジと白で塗り分けられたものと、ピンク地に青と緑の幾何学模様が入ったものだ。幾何学模様はローラー型スタンプでクルリと模様付けしたのである。
ハルは、見つけたOstereiを全員に2つずつお裾分けをする。それぞれが喜んでくれたのを見て、得意顔である。手籠の中にはデザインがお気に入りのOstereiと玩具が残る。
そして、器用に玩具を卵の形に戻し、残ったOstereiと共にテーブルに並べて満面の笑みを浮かべる。
復活祭では、Osterschinkenにすりおろした西洋山葵を付け、Ostereiと共にパンを食べる古い風習がある。若い世代を中心に、あまり見なくなった風習ではあるが、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家では、その古い風習に倣っている。
昼には件の食事が振舞われる。パンはOsternbrotと呼ばれるこの日に食べるためのものだ。食後に一息ついてからは一家総出でザルツブルク大聖堂へ礼拝に行く。今日は御子の復活祭だからして、お祈りは欠かせないのだ。
シャルモサー・ハウプトシュトラーセの山側にちょうど纏まった土地が手に入ったため建立されたブラウンシュヴァイク=カレンベルク邸は、大聖堂まで石畳が美しいリンツァーガッセを道沿いに歩いて1kmもない。散歩がてらに出かけられる距離だ。途中でプラッツル通りに合流し、ザルツァッハ川を渡る手前に右折すると、モーツァルト家。川を渡って道一本挟んで右折でモーツァルトの生家。そちらへは行かずに左折し、レジデンツプラッツ通りから宮殿があるレジデンツ広場を抜けると、ヨーロッパでも有数の美しさを持つバロック様式の大聖堂に辿り着く。
大聖堂の向こう側には、小山の上にホーエンザルツブルク要塞が臨める。ここに来るまでの道のりが殆ど石畳の路地裏や小道であるところに風情があるのだが、この地に暮らしている者にとっては身近な生活の一部である。
ザルツブルク大聖堂は、創設から1,400年を経た(現在2156年)歴史ある建築物で世界遺産として登録されている「ザルツブルク市街歴史地区」の一部である。過去8回ほどの火事による焼失で17世紀頃、現在の様式に改築された。幅88m、奥行き99mの大聖堂には、フレスコ画を始めとし建物自体が繊細で荘厳な美術品と言える。6000本のパイプを持つヨーロッパ随一のパイプオルガンも所有しており、かつてはモーツァルトがオルガン奏者を務めていたこともあった。
復活祭のミサは午前10:00頃から始まるため、残念ながら今の時間には終了している。小さな子供がいる家庭では、早朝に立て続けてのイベント参加は難しいのだ。
ブラウンシュヴァイク=カレンベルク家一同7名にて、祈りを捧げる。今回は、家族が健やかに暮らせていることに対しての感謝の祈りだ。ティナだけは、先日の中国全国大会で花花が補欠なれど世界選手権大会の代表に選ばれたことに対する感謝を含めていた。花花はベスト8だが、ヘリヤからポイントを取ったことが評価に繋がった模様。
さすがに今日は復活祭なだけあって、観光客以外にも信徒が祈りを捧げる姿が散見出来る。観光名所となった歴史的建築物などは、信徒以外の一般客にも間口を広く開けており、写真撮影なども許可されていることも多い。
姫騎士さん、ここでもファンに捕まった。
家族連れの父親――40代に掛かるくらい――からサインと写真を求められた。さすがにプライベートで、しかも家族連れであることから遠慮していたらしいが、礼拝が終わり帰る様子だったため、思わず声をかけたとのこと。
ティナは、当然の如く快い返事をする。もじもじと父親の影からこちらを覗く7、8歳くらいの女の子が【姫騎士】のファンだと言う。サインに握手に抱き寄せて一緒に写真を撮り、とサービス満点である。
父親もティナの試合は見ていてくれた様で、応援を頂いた。
昔から長いことChevalerieのファンらしい。
だから、その存在に気が付いた。
「失礼ですが、奥様はもしかして【剣舞の姫】殿ではございませんか?」
「あら、懐かしい呼び名ですね。引退してから彼此16年は経ちますのに良くお判りになりましたわね。」
ティナの母ルーンは、かつて何度も世界選手権大会に出場した元騎士である。
当時、新進気鋭の騎士で、二つ名【剣舞の姫】で呼ばれていた、アルベルタ・ジーグルーン・ツー・ケーニヒスヴァルト。
円熟期に入った【永世女王】からポイントを奪うことが出来た数少ない騎士であり、【永世女王】引退後、世界選手権大会で4連覇を果たした後に自身も引退した。
「あなたの試合は良く見ておりました。私も他の騎士とは一味違う技に魅了された一人ですよ。」
「嬉しいことを仰っていただきありがとうございます。騎士冥利に尽きますわ。」
嫋やかな笑みを浮かべながら、今の歳で姫の名で呼ばれるなんて行き遅れの小姑みたいですね、などと裏で思考している内容は、ティナと血が繋がっていることを感じさせる。
「ああ、なるほど。【姫騎士】殿は【剣舞の姫】殿のご息女でしたか。通りで先の学内大会で使われた技が見たことあった気がしたんですね。」
ティナが二刀を使った5連撃などは、元々、母の得意技でもある。もっとも、二刀では行っていないが。
「そうですよ。特に喧伝はしていませんが、私は【剣舞の姫】の娘です。」
意外と気付かれないものですね、とティナは微笑む。この笑みは騎士として在るときのものだ。
「それならば、そのことは私も胸の内に秘めておきます。」
Chevalerieは知らないことがあった方が面白い、そして皆が知った時の驚きを見るのもまた一興と、この父親は競技に対する自分の楽しみ方をしっかり持っているファンの様だ。
この後、折角だからと騎士母娘とファンの娘さんで記念写真を撮り、この場で見送った。ティナは相手が見えなくなるまで、笑顔でお得意のロイヤルお手振りをしていた。
何かに挑戦する時、情報は重要である。しかし、予め全てを知って挑むのと、自分で挑みながら知っていくのは全く別のものである。
極端に言えば、前者は作業であり、後者は開拓に当たるだろう。どちらかに正否や優劣がある訳ではない。知ることに対して何を良しとして選択するかは個人のスタイルだ。
「ねぇね、おしごとおわったー?」
弟は、ティナのファンサービスをお仕事と認識してるらしい。その間、邪魔にならない様に静かに父親の背中を登ったり下りたりしながら遊んでいた。むろん、落下しない様にヒルドとエレが側に着いていたのだが、背後から見れば随分と滑稽な状況であった。
「はい、おわりましたよ。みなさん、お待たせしました。」
「昔の二つ名で呼ばれるなんて思いもしないわよ。人通りの少ないところで良かったわ。」
「彼は随分と弁えているファンの様だったね。昔のマナーがなってない輩とは大違いだ。」
「坊ちゃま。横向きにぶら下がるのはおやめくださいまし。」
「坊は器用だな。ナマケモノみたいだ。」
「旦那様、大司教様より献金の礼にと、手製の焼き菓子を頂きました。」
気兼ねなくなったところで、一気に会話が溢れた。弟はと言えば、両親の間に挟まり、両手を片方ずつもって貰いぶら下っている。囚われた宇宙人の図だ。取り留めのない会話で賑やかに大聖堂の入り口から出ると、市街観光向けのオープン馬車が戻ってきた場面に丁度出くわした。
「おうまさん! しろいおうまさん!」
「あら、綺麗ね。馬車も真っ白だわ。」
「御者の方が暗色系のコート姿で妙に浮いてますね…。」
「ハルは馬車に乗りたいのかい?」
「んーん。のらない。」
彼の中では既に会話が終了していたのだろう。素っ気ない返事だ。今は、ぶら下がりながら前後にユラユラ揺れる動きに夢中になっていた。
たまに馬車を見かけると「うまー♪ うまー♪」と思い出した様に調子の外れた音程で歌いながらご満悦である。
ザルツブルグ大聖堂の入り口付近には、市内を巡るオープン馬車の乗合場がある。2頭立ての馬車が行き来をしており、肌寒い時期であるのに絶えず観光客を乗せてなかなかの盛況振りだ。
馬車の発着地点となっている目の前に広がる広場は、ドームクォーターと呼ばれる、大聖堂、聖ペーター教会、聖フランシスコ教会、そして大司教侯の宮殿に囲まれた中庭である。
この広場は人の流れが多いこともあり、休みの日には様々な露店や屋台などで活気付いている。
そして、必ずソーセージは売っている。その場で焼いているもの、繋がったままのソーセージに衣の様なものが付いてぶら下がっているもの、山の様に積み重ねられたもの等、様々である。
どこかのソーセージ店から父親がドライサラミを見つけて幾つか購入してきた。屋台の焼きそばやタコ焼きと同じで、何となく買ってしまうものなのだ。そう言ったものは大抵、何となくおいしい?と評価がされる類だ。
ちなみに、大聖堂で頂いた焼き菓子は、ウサギのビスケットだった。
弟が「うさぎさん! うさぎさん!」と喜び、一頻り楽しんだ後、頭からパックリと逝った。
やはりヨーロッパ圏の人々は、ウサギを愛でるし食べるのだ。
うん、なんかね。
「ポイントを入れて作者を応援しましょう!」とかの欄にある「☆☆☆☆☆」
星がいっぱいでキレイだな~ってくらい★が揃うとウレシイのです。
あとブックマークとか。




