【改】01-004. 学園です、今日もまたかくてありなん
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20250209 改稿
エスターライヒ全国大会の最終日は、個人戦競技の順々決勝以降で占めており、ティナの試合後はDuelの決勝戦、luttesの各決勝戦と続いていた。
競技の実施順番は国や大会によっても異なる。この大会では、四日間の内、前半が団体戦、後半が個人戦に割り当てられている。
また、競技としてはJosteとTorneiなどもある。
しかし、馬を使った競技はコスト面で維持が厳しいため競技者は少なく、エスターライヒでは大会に出場するレベルで騎士が育ってない実情。
Drapeauは、エデルトルートのチームSalzfestungが優勝している。
本来の彼女は戦略と戦術、騎士団の運用に長ける騎士なのだ。
二一五六年二月一六日 月曜日
全国大会が終わり、ティナはドイツ連邦共和国バイエルン州ローゼンハイム郡にあるマクシミリアン国際騎士育成学園へ帰ってきた。出身国の全国大会出場は公休扱いでの参加となり、実に一週間ぶりの学園だ。
やはり、エスターライヒ全国大会三位決定戦については情報が行き渡っており、今回見せた技術について話題となっていた。とは言え、騎士科の生徒は個人スキルについて根掘り葉掘り聞くような真似はしない。この辺りは騎士を育成する学園の教育が、競技者としての矜持を持たせているのだろう。
ティナは称賛や祝いの言葉を受けつつ、軽い探りの入った差し障りない会話を繰り返すこととなる。ただ、三年生までの下級生組で全国大会へ出場する生徒は数える程度で珍しい部類に入る。暫くはちょっとした見世物状態であることを甘んじて受けるしかない。
「やぱりティナは別の武術持ってたヨ」
独特な発音が特徴なのは、中国から来た武術家「陳・透花」。愛称は花花。
今日は黒髪を頭の両脇でお団子に結っている。
細目で顎の小さい整った顔立ちから見た目は落ち着いた雰囲気を醸し出すのだが、実際は騒がしく非常に大雑把。お祭好きな性格で行動力があるため、良く周りを引っ掻き回すトラブルメーカーでもある。
表では陳家太極拳新架式を実戦形式で修めており、競技では短器械を好み、副武器デバイスで筆架叉を用いることもある。表と記載したのは、普段で使うには危険すぎる裏の術理を修得しているからだ。
素早い動作と極端な上下運動などトリッキーな動きと西洋にない身体操作で、対戦した時の戦い辛さは学園でも一、二を誇る。
彼女は、自らの修めた武術は美しいものであると断言する。
それを証明することが騎士と成す在り方だ。
「最初の一本を取った太刀筋は抜刀術に近いものだったな」
少し硬い喋りをするこの少女は、日本から来た女武者「宇留野・京姫」。
長い黒髪をポニーテールに纏めることが多く、前髪は眉毛が隠れる位の姫カット。凛とした佇まい、切れ長の目と鋭い視線に口調も硬いので強面の印象を受け易く、付き合い辛いと思われるのをちょっと気にしている。真面目で実直、融通は余り効かないが思考は柔軟である。しかし他人に頼るのが下手で、内に溜め込み易い。
天真正新當流の流れが途中で迎合した古い神事を伴う家伝の流派を修めており、槍術、剣術と居合術を主に使用する。競技では、大身槍を手槍(短槍のこと)サイズへ変更したものを主武器とし、副武器デバイスに脇差を差すスタイルが基本だ。彼女は侍ではなく、槍働きをする戦国武将を模倣する。
槍は大身槍 銘 備前行包作、脇差は備前国住長船七郎衛門尉行包作がモデルである自慢の品だ。
この二人とティナを含めた三人は良く連んでいる。ティナは親戚が現在日本在住であり、且つその影響からアジア圏のサブカルチャーに造詣が深く三人で共通の話題多かったこと、そして純粋に馬が合ったようだ。何時の間にか寄り集まるようになっていた。本人たちは気付いていないが、三人の実力が抜きん出ている故に引き合ったとも言える。
「二人とも最初の台詞がそれですか?」
「哦、ごめんネ。まずはオメデトウ先だたヨ」
「ああ、すまん。三位入賞おめでとう」
「はい、ありがとうございます。本当は、もう一つ上を取る予定でしたが。おかげで学内大会のポイントも控えとして計算に入れる必要が出て非常にメンドクサイです」
ティナの計算では、予選ベストエイトまでポイントを稼げば全国大会代表に足りると踏んでいる。
マクシミリアン国際騎士育成学園の学内大会は、Chevalerie競技の公式下部大会にあたる。その場合、試合で得たランキングポイントを加算出来る対象となる。
ランキングの正式名称は、オフィシャルワールドシュヴァルリランキングと言いう。要は騎士の世界ランクである。
公式大会の個人戦ポイントは以下のカテゴリーで加算される。
・勝率
・攻撃成功率
・クリティカル成功数
・被弾率
・防御率、および回避率
・技能評価
・特殊技能評価 (武器破壊等)※学生大会では対象外
ティナは、エスターライヒの全国大会と世界選手権選考大会でポイントを稼ぐつもりでいた。そのため、学内大会のポイントは加算しなくとも足りるように計算していたのだが、予定が狂ったため万が一を考えての保険も準備しておく羽目になったのだ。
この学園には、世界選手権大会Duelの部、二年連続優勝の世界ランキング一位が在籍している。
昨年九月に二年生となり、直ぐの冬季学内大会。予選は、上級生と下級生に分け、計四つのトーナメントからベストエイトを選出する。そして、選出された計三二名が本選を戦う形式なのだが、過去の実績がある騎士は、上級生組に組み込まれる。
ティナも上級生組のトーナメントとなったが、トーナメントはシードも単なる試合数調整のため優遇などなく、組み合わせは完全ランダム。初戦でラスボスにエンカウントして為す術もなく敗退した。
その経験から、学内大会のポイントは取れたら儲けもの程度に考え、計算から除外したのである。しかし、先の全国大会は三位と微妙な位置でポイントがギリギリ。保険として学内大会でポイントが加算される予選ベストエイトまでは勝っておきたいところ。
「強者ならではの言葉だな。私としては贅沢な悩みだと思う」
「京姫言う通りヨ。ワタシ達、まだ全国大会出るしてないヨ。壁厚いネ」
実際のところ、京姫は自国の全国大会予選である県大会が恵まれていないため、予選通過をすることが出来ない。トーナメントに毎回全国大会で優勝の、国内で剣術界に君臨する大御所がいるからだ。昨年、全国大会へ出場可能な年齢となったが、件の御仁が繰り出す派生不明な技に対応出来なかったのだ。
その御仁は後進に席を譲る名目で、世界選手権大会の代表入りは毎回辞退している。ならば全国大会は?と疑問が残るが。
国元での京姫は「良いところまで行くが」と枕詞を付けた評がされている。
しかし、その文言は「勝てなければ有象無象である」と揶揄しているのだ。
臍を噛む思いであるが、勝てていないのも事実だ。それが故に、如何な言葉を投げられようと甘受する他ないのだ。あの技を打ち破り、彼の御仁を討ち斃すまで。
そして花花(今後、愛称の花花と表記)も同様に恵まれていなかった。
自国の参加区画が強豪ひしめく激戦区であり、なかなか代表の座が取れない。何しろ彼女が参加する区画だけでも人口四〇〇万弱、区画全体なら人口九千万人おり、競技人口はライトユーザー含め七〇万人とも言われる。国家に匹敵する上位区画で四位入賞が全国大会へ出場する条件だ。
実戦の武術を練って来た花花は、競技用に特化した武術との差異で苦しんでいる。武術で競技をするなど、学園へ入学して初めて経験した花花は、ルールに縛られた。自分の技術を競技へ落とし込むことが難航している。競技用武術は、自身の実力を発揮出来ない大きな枷なのだ。そして、自国では競技用武術へ最適化した騎士に後塵を拝して仕舞う。
才能は底知れず。然れど乗り越えるには容易くない大きな壁を突き付けられている。
二人とも大いに悩ませる問題を抱え、現状打破が苦難に満ちている。そんな複雑な思いが先の言葉に表れていた。
気の置けない友人同士だからだろう。お互いが内に秘めているものを少なからず理解出来るが故、言葉にほんの少し混じってしまった弱音も聞き流すくらいの気遣いが出来る。同情や慰めは以ての外。
ティナは、自国の総人口も少なく全国で九区画しかないため、チャンスを掴みやすいことに少し申し訳なくは思う。だが、其処に在る状況を最大限活用するのは当然の帰結であり、恥ずるべきことではないと胸を張る。
「まぁ、手の届くところまで来たのですから。伸ばした手を引き戻す道理はないでしょう?」
「ふむ。確かにその通りだ」
「そうヨ。今あるコトに集中ネ。コレみたいに」
花花は手に持っている一六マスのスライドパズルをカシャカシャと高速に完成させる。
「例えとしては、微妙じゃないでしょうか」
「小さいコト気にしたらダメヨ」
「会話がいきなり低次元になっていないか?」
「小さいコト気にしたらダメヨ。大事なコトだから二回言たヨ。小さいコト気にしたらダメヨ」
「三回言いました!」
賑やかなれど、ゆっくりとした穏やかな空気が流れる。枷なく気安く語れる相手がいることは斯くも得難いものだ。
続く会話も、取り留めのないものが多くなってきたが、それも大事な時間の一つであったと、何れ彼女達は思い出すのだろう。
「これからティナは増々警戒されるだろうな。もちろん私も警戒しているしな」
京姫の一言は、世界ランカーを斃した実績がティナの評価に加わることを示している。
勿論、学園内に於いての話だ。
「ホンとソウネ。当たたら大変ヨ。でも戦うなれば楽しみヨ」
花花は興味が先に来たようだ。今の自分ならどう戦えるか、何が出来るのか。純粋に強い相手と戦いたいと顔に出ている。
世論では王道派騎士スタイルで知られるティナだが、学園内では評価の解像度がもう少し高い。策略家であること、ドイツ式武術を修めるだけでは身に付かない身体操作が在ることを既に見て、或いは経験している。
学内大会や騎士科の授業で模擬戦をすることもあれば、さすがに察するくらいは出来る。そこから別体系の武術を隠していると、確信する者もいるのだ。
そして、とうとう先日の三位決定戦でティナが本質を垣間見せた。技術の全容が推し量れないよう、差し障りない程度で小出しにしたところが抜け目ない。意図的に、具体的な対策を練れないように使う技術を調整していたのだ。
王道派騎士スタイルだけでも技量が高く、罠を仕掛けるのもお手の物。元から非常に厄介だったのに、とうとう顔を見せ始めたティナの技術。使われた策略の強度もえげつなかった。世界ランカーを一方的に嵌める程であれば。
学園の騎士達は警戒を一段、二段と高め、戦々恐々と言ったところ。
ただ一人、ラスボスだけが嬉々として「一狩りしようぜ!」とノリで突撃して来たが、学内大会直前なので手の内は見せない、と膠も無く断られてションボリ帰っていった。
「しかし、ティナが本領発揮するには相手を選ぶんじゃないか? 学園内だと世界選手権に出るレベルの生徒くらいか」
「大体そんな感じですね。何時ものスタイルでは勝てない相手も何人かおられますし。それにあなた達も危険な相手ですから」
ホントは学内大会で軽く調整程度に戦ったらのんびりしようと思ってましたのに、とティナがぼやく。その顔は非常にメンドクサイと見て判るほどの顰め面だ。
この学園、騎士科で上級生組六年生までの中に世界選手権大会出場者は結構な数が在籍している。ティナは、そんなメンドクサイ相手と戦ったら疲れると言うのが本音。それに学内大会で手の内を晒すくらいなら負けても良いとポイント計算から外してたのだ。
「ティナは試合の勝敗には無頓着だからな」
「そうネ。本音はメンドイからて顔してるヨ」
「それがなにか?」
建前すらなくなったティナの言葉に、呆れ顔で返す京姫と花花であった。
そもそもの話。京姫の弁を借りれば、この三人は「強者側」だ。何せ、学園入学後のすぐに開催される冬季学内大会に一年生ながら参加し、本選出場まで勝ち抜いている。下級生組全体でも上から数えられる実力者だ。
京姫は競技には不利となる槍を扱いながら、実力者を次々と倒している。彼女が自国で評価されずに無名なのが不思議なくらいだ。
花花も競技武術に合わせ、数段劣る技術しか使えずとも勝ち進んで仕舞えた。競技自体、学内大会が初めてと言うにも拘らず、である。
二人共、現時点で学園のトップ層と戦うには十分の実力を持っいるのだ。
ティナは言わずもがな。
京姫と花花は国元を離れ、マクシミリアン国際騎士育成学園に入学した。
競技公式認定を持つ最初の騎士育成学校であり、全ての学科に於いて最高峰の教育を受けられる名門校でもある。
故に、幼き頃より武術に勤しんでいた現代の武術家が世界中から集まるのだ。他流派、否さ、他武術との研鑽を積む機会を得るために。
だから二人は此処に居るのだ。
武器のホログラム化で一番恩恵を受けたのは、古から技を継ぐ武術流派だ。型稽古や掛かり稽古で代々伝えて来た武器術が実戦で技を練れるようになったことは大きな意味を持つ。戦国時代の先達が、どのように武器を扱い戦って来たかを実戦で研究出来るようになったからだ。
それを競技と言う媒介を以って揮う場が出来た。それが新しい出会いの幕開けとなる。
世界の他武術を知り、対処法を練り、より実戦的に技術の裾野を広げる。齎された結果を見れば大いに躍進したと言えよう。
そして、今の時代。剣戟競技の人気に触発されて、人々は武術道場への門戸を叩く。本格的に学ぶ者、競技のために修める者、果てはエクササイズまで、目的は様々だ。だが、競技人口と比例するように増え続けていることだけは確かだ。
Chevalerie競技は、騎士道物語を剣戟競技で体現するテーマがある。
しかし、本質は競技を通して成りたい自分を表現することにある。武術による戦いは表現の一部でしかない。
故に三人は、正しく本質を理解した騎士であると言える。
だから三人は尊重し合えるのだ。
話題は再びティナの試合に戻る。試合内容よりも、面白おかしかったことが中心のようだ。
「最後の『いただきます』は、まるで捕食者だったぞ?」
「日本語ネ。『いただきます』ナンの意味ヨ?」
彼女達は、ティナが日本語を話せることを知っている。仲良くなった当初、サブカルチャーの話で日本語が飛び交ったのだ。
「日本で食事前にする挨拶ですよ、花花」
「哦、那我们开始吃吧のコトね。食事の挨拶、中国はナイ風習ヨ」
ちょっとした風習の違いが意外な時に知れるものである。ティナと京姫は、学園に来てから食事の挨拶を省略していたな、と思い起こす。家族から離れ、皆が揃って食事をする機会などが少なくなれば、自然と口に出さなくなるものである。
ちなみに中国で食事後の挨拶は、「美味しかタ伝える非常好吃が適切だ思うヨ」とのこと。
ここで花花がエスターライヒ全国大会である意味猛威を振るった女性解説者の不適切発言に触れてきた。
「アノ解説者、パンツの話スキすぎヨ。パンツ解脱者ヨ」
「解脱って……。確かに、事細かく説明していた印象しかないな。ネット配信で切り抜き動画のサムネイルが大量にあったぞ」
「ソレ、履いてナイ疑惑とターンしてスカートめくるトコがズームされてたの多かたヨ。丸ごとパンツ特集したは笑たヨ。発信元が日本人多いの笑たネ」
この手の切り抜き動画は特にアジア圏の一部で異常に多い。嗜好のベクトルが西洋人と違う点を文化が織り成すものと言って良いのだろうか悩みどころ。
「日本人て……」
自国民の奇行を知らされて、京姫にダメージが入った。
「そうでしたか、試合動画の方に視聴者が流れてくれば良いのですが。恥ずかし気にスカートを捲った方が効果あったでしょうか」
話題の渦中にいるティナの一言。むしろ、サービスになるならもっとやりますよ?と。これが彼女の平常運転。下着メーカーのTVコマーシャル出演は伊達じゃない。姫騎士さんは実害なければ不埒な視線も全く気にしません。自慢のスタイルも見られなきゃ称賛を受けられないのです。
「その辺りの感覚は、私には理解できないな。お国柄の違いなのか」
京姫さん、それは国民性の違いよりもティナの気質ではないかと。
「わかる、わかるヨ。折角の自慢もカクす意味ナイヨ。ワタシ腰回りから脚のラインが自慢ヨ。ホラ」
そう言いながら、徐に立ち上がる花花。腰の両脇に持ち上げられた手には、ワンピース型制服のスカート部を全部たくし上げ、キュッと前面に引っ張り纏め持っている。
そして、ホラどうよ?と言わんばかりに前を向いたりお尻をフリフリしたり突き出したりと、ポーズを取りだした。
確かに魅力的で綺麗なラインを描いているが、丸見えです。
具体的に言えば、縦が短いT字形のローライズ。横棒部分は幅四糎位の黒レース、その中心からぶら下がるように縦棒部分が幅五糎位の白レースで、ツートンカラーの総レース造りとなっている。布地が少ない上、至近距離で見れば肌色成分が良く判る。
騎士科のこのクラスは女生徒が八割を占める。女子高のような雰囲気を醸し出してはいるが、一応男子生徒もいる。その男子生徒が何事かと仰天しています。花花さん、トラブルメーカーの面目躍如です。
「花花。いくら何でもそれはおかしいぞ」
流石のやらかし具合に京姫のツッコミが入る。
「呀? 京姫、どこオカシイ?」
自分の下半身をキョロキョロとおかしい処が無いか探し始める花花。ボケ一丁入りました。
「いえ、そうではなく。乙女として自分のスカートを捲り上げるのは立ち振る舞い的にどうかと……」
さすがにボケ倒しのまま終わらせるのはどうもと、ティナから注釈が入る。が、お前が言うな的である。しかし花花の回答が正にそれだった。
「そうカ? 試合で見えるの大差ナイヨ。ティナだて丸ハダカのTV出てるヨ。おんなじヨ」
ティナがスポンゾァ契約している下着メーカで出演したTVコマーシャルのことが槍玉に上がった。下着姿であって全裸ではない。そして、おんなじくない、とティナは顔で訴えている。
やれやれと、呆れ顔の京姫が口を開く。
「まったく。バカなこと言ってないでスカートを戻せ。そろそろ次の授業だぞ」
その一言でサービスタイムは終了するのだった。