02-001.イメージキャラクターは大切です!
2156年3月20日 土曜日
快晴。薄曇りが多いローゼンハイムでは珍しく朝から澄み渡る空が広がる。
学年度の節目となる春季学内大会を終え、次に向けて気持ちを新たに切り替えるには申し分がない朝を迎えた。
申し分がない朝を迎えた、のだが、全く変わりなくティナはベットの上でゴロゴロとしている。
今日の部屋着は、胸元でボタンを外した丈が腰骨より少し下の長袖綿シャツと、ティーバック一枚のズボラ度満点な姿である。
シャツは薄手の造りのため、ほんのりピンク色に透けた胸の頂にあるボタンが自己主張している。バッファローゲームでは最弱を誇るだろう。
11時を過ぎたころ、髪止めクリップ型簡易VRデバイスに来客を知らせるチャイムが響く。
ピンポ~ン ピンポ~ン ピポピポピポ~ン
この騒がしさは花花だろう。インターフォン会話を開始したところ、それが正しいことが証明された。
「ティナ~、早く開けてヨ~。」
「全く、連打はないだろう、連打は! 子供か!」
先日、招いた花花と京姫の来訪である。
簡易VRデバイスからリモートでドアのロックを外すと、騒がしくドタドタと駆け込む花花、その後からゆっくり入ってくる京姫と、いつもと変わりないシュチュエーションに思わず笑みが零れる。
「きたヨ! おみやは排骨飯と蝦仁西芹ヨ! お昼食べるヨ!」
いつも着ているダウンのロングコートをその辺の隅に放り、どこで手に入れて来たのか日本で出前を輸送する岡持ちを床に置いて、中からいそいそと料理をテーブルに並べていく。
「私は、豚汁を作ってきた。」
花花のロングコートと自分のアーミーコートをハンガーにかけてから、持参した汁椀に保温鍋から汁物を注いでいく。
彼女達が昼ご飯を作って来たのは、ティナが高級店のケーキがデザートにある、と招くときに言ったからだ。それなら昼も家で食べよう、となって花花と京姫が料理の腕を振るうことになった。
「本当は澄まし汁を作りたかったんだが、中華料理相手だと味が負けるから豚汁にした。」
一瞬で中華の酸味がある香りと、味噌の香りが部屋中に広がる。キュルルとお腹の鳴く音がし、発生源を見ると花花が「早く食べるヨ! 座って座って!」と急かす。
ティナは飲み物の趣向を変え、Mineralwasser(瓶詰のガス水)を出した。
中華、和食の組み合わせに、箸と蓮華が並ぶ。ティナも普通に箸を使うため問題ない。むしろ、正規の箸使いを学んでいるため、日本人の京姫より扱いが上手い。
例えば、箸を口に付ける場所は尖端から1cmほど、汁物は具を食べる時だけ箸を使い、汁椀に箸を差し込んだまま飲まない等。秋刀魚も頭、骨、尾以外、綺麗に食す。
花花の作ってきた排骨飯は台湾料理で、揚げた豚をご飯に乗せる所謂、丼物の一種。豚骨から取った出汁で炊いた米に、五香粉をベースに牡蠣油、甜面醤で作ったソースをかけている。
蝦仁西芹は、海老とセロリの塩味炒め。こちらはシンプルな鶏がらの出汁に塩で味を引き締め、片栗粉でとろみを少し出している。あっさりとした味覚が、海老のプリプリ感、セロリのシャキシャキ感を引き立たせる。
京姫の豚汁も手間がかかっている。牛蒡をごま油で炒めて鍋から外し、豚バラ肉を炒め、そこに、銀杏切りにした厚さ3mmの大根、半月切りした厚さ3mmの人参、よけていた牛蒡、油揚げ、長ネギ等を肉の油が絡む程度炒める。
そして、昆布とカツオで取った出汁をまず200cc程入れて、蓋をして蒸し焼きにする。根菜の芯が少し残る程度に火が通ったら、ひたひたになる位出汁を入れてひと煮立ち。中火にして味噌を投入し、10分程度煮込んで完成。お店に出してもおかしくない味である。
「大変イイ出来ヨ。スープも好吃ヨ。」
「豚汁ですか。豚の脂とお味噌がマッチしています。お野菜も味が染みておいしいです。」
「この蝦仁西芹は、セロリに旨味が移って深い味わいだ。」
そこで花花が水をクイッとあおる。
「むはっ! シュワシュワみずヨ、コレ!」
ティナが用意したMineralwasserは炭酸水だ。特にドイツ、エスターライヒでは、ミネラルウォーターと言えば8割9割が炭酸水となる。レストランなどで普通の水が飲みたい場合は、「ガス抜き」と指定しないと炭酸水が出されるので注意が必要だ。アジア圏の人種には炭酸水を直接飲むことは少ないが、ここドイツでは当たり前の様に飲まれるため、そろそろ慣れたころだろうとチョットした悪戯心で出している。
ちなみに、ドイツの水道水は大半が地下水であり、フランスやイギリスなどよりは飲んでも不味くない。エスターライヒはアルプスの湧き水が水道水となっているため、そのまま飲んでもかなり美味しい。が、硬水なので日本人には向かないだろう。そして美味しい水がありながらドイツ人より炭酸水好きな民族だ。
「…炭酸水。なぜドイツでは食事で水を頼むとコレが出てくるんだろう。水自体も硬いし…。」
「あら? まだ慣れてなかったのですか? エスターライヒでは水と言えばガス水ですよ?」
シレッと、悪戯の成功にほくそ笑みながら話すティナ。日本でも食事のお供に炭酸ジュースをチョイスする人もいる位だから目くじら立てる程ではないだろう。
日本人である京姫は、ヨーロッパの硬水には未だ慣れていないようだ。多分、舌に苦みを感じるのだろう。逆に、花花の郷里である中国は硬水なので問題はないらしい。もっとも硬水の水道水は煮沸してから沈殿物を除いて飲料とするので半軟水になっていると思われるが。
ヨーロッパなどは、水に含まれるミネラル分、カルシウムとマグネシウムだが、日本の水と比べると遥かに多い。それの含有量で軟水、硬水と区別される。
ティナは緑茶も飲むため、冷蔵庫には軟水器付きピッチャーを常備している。
そして、お待ちかね食後のデザートだ。
アーモンドやクルミの粉末にレッドカラントジャムを挟んだリンツァートルテ。三ツ星パティシエール(女性の菓子職人)が創る至高の一品。それが1ホール。
ほんのりシナモンとナツメグの香りが漂う。
家庭で作るリンツァートルテと違い、しっとりした上品な甘みと繊細な味わいに三人娘は舌鼓を打つ。
「それで? 昨日の話は何なんだ?」
京姫の疑問は、先日の大会打ち上げパーティでスポンサー契約云々の話題が出た時に、「そのことについて話が。」とティナが言ったことに対してだ。
「そうヨ。気になってたヨ。素直に吐くの良いヨ。カツ丼出前するヨ。」
花花は、最近ご執心である日本の古い刑事ドラマに影響されている様だ。ちなみに出前でカツ丼を取り扱っているところは近辺には存在しない。
紅茶を一口飲み、2人の顔を順に見やったティナは勿体ぶりながら口を開く。
「…二人とも、CMに出る気はありませんか?」
アイドル立身出世系物語ならば、お話の最後にブチ込み、次回の引きとなる台詞だが、これは乙女達の剣戟物語である。その台詞は引きではない。
想定外の台詞に、花花と京姫は動きが止まる。見事なビックリ顔である。
「ワタシ、丸ハダカでTVでないヨ!」
「私もちょっと、下着姿でメディアに出るのは恥ずかしい…。」
「花花、丸ハダカ違います! 京姫も勘違いです! Abendröteのお話じゃありません!」
「パンツ屋ちがうカ?」
「じゃあ、CMって一体どこの話なんだ?」
「ウチです。」
「へ?」「什么?」
「ああ、実家の事業はご存知ですか? 6年程前に一族の系列で設立したオーディオ機器会社なのですが。」
ティナの一族は、カレンベルク周辺で古くからの大地主であり、地域特産の木工、楽器製作、陶器、革製品から、近年では電子機器事業と幅広く行っている。その中で、木工と楽器と電子機器の技術を用い、スピーカーのエンクロージャとドライバユニット開発のOEM受託生産を行っていた。一流の職人が作るそれは非常に評価が高く、数多くのメーカーに高級オーディオ部品の提供をしていた。その技術を用い、自社製品として販売するブランド会社を興したのである。オーディオ部門を統括する立場にまでなっていた父親は、幼いころからオーディオファンであり、いつの日か自社製品を世に送り出したい、との一念であった。
そして、アナログ高級オーディオ向けスピーカーを主製品として製造販売する、『Calenberg-Akustik .AG(略称はC-A)』を起業した。エスターライヒには、AKGやVienna Acousticsなどの老舗オーディオメーカーがウィーンにあるため、同じくウィーンに本社を置く予定だったが、不動産事情の問題で第2候補のザルツブルグにて本社を構えることとなった。元々OEM生産をしていたことは知られているため製品自体の信頼度は高く、自社販売したスピーカーも高評価で受け入れられた。新規参入メーカーとしては順風満帆である。
「今度、ヘッドフォンのシリーズを刷新して3種類のブランドで出すことになったのですが、そのイメージキャラクターを探しているんです。」
「実家から、誰か良い人材がいないかと打診がありまして。勝手ながらお二人を推薦したところ良い返事が来ましたので。」
新たなシリーズは、コンシューマ、プロフェッショナル、ハイエンドをそれぞれ独立したブランドとしてリリースすることになる。
看板製品として、姫騎士さんの名前を採用したハイエンドスピーカー『FLORENTINA』シリーズがあり、そのイメージキャラクターはティナである。
ハイエンドヘッドフォンも『FLORENTINA』シリーズの延長線上なのでティナが継続してイメージキャラクターを務めるが、コンシューマ、およびプロフェッショナル含めブランド名もまだ決定していない。
「そういえば電気屋で見たコトあるヨ。ティナのポスター。」
「うん。ヘッドフォンをしてるポスターだった。」
「そこに二人が加わるんですが、いかがです? ちょっと契約内容をお見せします。」
そう言いながら、簡易VRデバイスより机の上に契約概要の書類が投影される。
花花と京姫の目は提示金額に釘付けだ。
二人とも学園が斡旋するイベント会場やメディアへ派遣などのアルバイトで、下手をすると中堅サラリーマン並みの金額を稼ぐこともあるので結構裕福だが、記載してある数字は桁が違った。
驚きと疑念の籠った二人の瞳がティナへ向けられる。経験のないことに何を言えば良いのか、何を聞けば良いのかが判らず口が開かないと言った様子だ。ならば、提示した契約概要をかみ砕いて今は聞かせることにする。
「少しお安いのですが、年間12万EURの3年契約です。この金額は騎士としてのスポンサードを兼ねています。」
「そちらの概要にあるように、お二人にはそれぞれのブランドのイメージキャラクターとなっていただきます。」
「プロモーションビデオやCMのの撮影、ポスターのスチル、場合によっては製品イベントなどの参加も考慮してください。」
「そして、各ブランドを代表するヘッドフォンを贈呈いたします。平素から極力使用する様にお願いします。」
「契約が取り交わされた場合、弊社の不利益になるような行動はお控えください。たとえば、弊社製品を装着しながら反社会的行動や、他社製品のヘッドフォンを人の目に着く場所で装着するなどです。」
ティナは、ここまで話して二人の様子を確認する。ちゃんと聴き入っている様子なので、話を続けることにする。
「多分、学園側にお二人へスポンサードや企業所属のお話が来てると思いますので、合わせて吟味して頂きたく思います。」
「スポンサードを一カ所に絞る必要もないですが、基本的に製品の広告塔となるので、特にメディアに写る場合は、契約しているメーカーの製品を極力着用するようにしてください。」
「また、並行して他のスポンサー契約を受ける際は、製品の種別が重ならない様に注意する必要があります。」
「あと、ウチとの契約で有利な点は、私を媒介としてかなり融通が効くことですかね。」
ついでにスポンサー契約について良く判っていない二人に、これからの事も踏まえて覚えておいた方が良い注意点を告げる。
「あ、公式や人目のあるところではスポンサー契約したメーカー以外の製品は使わない様、注意してください。特に衣類系は。それを知らず、目立つ場で他社製品を着用してスポンサー契約を打ち切られる話も良く聞きますし。」
「テレージアじゃないですが、目立ってなんぼ、とクライアントは考えますから。」
あとで、メールを送っておきますね、とティナは締め括る。
花花は腕を組みながら「うーん、うーん」と唸ってるし、京姫は「受けるべきか受けざるべきか」などと、降って湧いた問題に葛藤が加わったことで今日は使い物にならないだろう。
数日後とはなるが、二人の口からティナの提案を受ける旨が伝えられる。
三人一緒にイメージキャラクターになるのは何だか楽しいじゃないですか、とティナは笑顔で言った。
そして、いっそのことブランド名もそれぞれの二つ名にしたらどうかと実家と商品企画室へメールを送った。それがどう転ぶかは後の話。
花花と京姫は、ティナの提案を聞いて思案している数日間で、学園立ち合いの元、自分達と契約を結びたいと言うスポンサー企業や、企業所属騎士のスカウトなど、一通り契約内容と話しを聞いたが、騎士としての自分ではなく、ヘリヤからポイントを取った実績を欲しがっている様に聞こえるため、騎士の実力的にもまだ早いなどの理由を付けて丁重にお断りしている。提示された金額は、ティナが「少しお安いのですが」と言った意味が良く判る程の金額だった。
実際、ヘリヤとの一戦を見たことで、まだ2年生の彼女達を囲おうとする企業などは、勇み足も過ぎる程で、騎士とはどういうものなのか表面しか見ておらず理解していないことが多い。
一応紹介はされるが、学園側から後日連絡する旨を伝えて仕切り直し、まぁ、実質お断りとなる。その様な企業に騎士を送り込めば、近いうちに使い潰されてしまうだろうことが予測されるからである。単なるCM出演のお話とは違うのだから。
だから、プロ騎士を有している企業や、スポンサードをしている企業などは、騎士の行く末を見守り、採用するべきかの判断は年単位である。
マクシミリアン国際騎士育成学園 理事長であるヴォルフラム・フォン・ロートリンゲンは、Chevalerie競技を生み出し、今や世界でも有数の企業となった「safetyplant industry」通称SPIの元経営幹部にして、国際シュヴァルリ評議会の相談役、SPIの現監査役である。自分達が生み出した競技と育てた騎士達の道に不穏な影が射すことを良しとせず、彼等彼女等の行く末が過たない様、学園は尽力しているのである。
新章でも姑息なお願い継続。
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星がいっぱいでキレイだな~ってくらい★が揃うとウレシイのです。




