【改】01-003. いただきます、ごちそうさま
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20250209 改稿
第一試合終了後のインターバル。
通称登録エリアの後方に左右で設置された、選手待機エリアが用意されている。
選手の集中力を乱さないよう、対戦相手との間は仕切りがされ、簡易テーブルとクッション性のある長椅子が配置されている空間。四方はエアー噴出用のポールに囲まれ、上下交互に噴出される空気の薄い膜が音波を拡散し、ちょっとした防音の壁代わりになっている。
持ち込んだ経口飲料水を身体に染み渡らせてエデルトルートは、ほうっ、と息を一つ吐く。
「見せてくれと言ったのは私だが、よもやあれ程とは」
口から出たのは、先の試合でティナが見せた別の顔。
その心に去来するのは畏怖と称賛。
エデルトルートは最後の攻防に思いを馳せる。
自分から誘ってはみたが、簡単に掌の上で転がされた。攻防の流れを俯瞰で見直せば、ティナの恐ろしさが良く判る。戦局のデザインどころか、対峙する相手の挙動を一瞬で支配下に置いたのだ。
実際に彼女の攻撃を受けた自分だったからこそ、俯瞰で見て気付けたのだ。多分、傍目からは最後まで勝ちを諦めなかったからこそ応用の技で決めたと思われているだろう。彼女の本質は、高位の騎士でも剣を交えて始めて気付く代物だ。
それは、はたき斬り同士のビンデンから始まる。まさか、剣の荷重を剣身の部位単位で変えられるなど、経験どころか話に聞いたことすらなかった。ポイントを奪われたと同時に攻撃へ移る体勢に整えた速度は、自分でも滅多にないくらい最速だった。だのに、それすら利用されたのだろう。
返しで放った刺突は、予め何処に着弾させるかも決められていたと判る。攻撃をさせられたのだ。被弾させ、剣の自由を奪うために。
「あの軌跡は美しかった」
彼女の持つ剣が視界から消えたのが何時なのか、全く判らなかった。気付いた時には左手を自由にし、抜剣の要領で斬り上げてくる姿。
剣術の先生が、正しく身体を使えば剣筋が振れることはない、と教えてくれたことを思い出す。正確に、澱みなく、剣を持つ両腕の間に滑り込む切先。
剣身の長さから届く筈がない距離を柄の長さで埋める強かさ。それでも届かない後数糎を伸びきった筈の腕から一押しする身体操作まで計算ていた。
実戦で鍛えたのでだろうと、思うには十分だ。秒を切る時間の中で、あれ程のことを遣り果せるのだから。
エデルトルートがもう一度深く息を吐いたタイミングで、第二試合開始を知らせるメッセージがAR表示と共に通知音で知らせて来た。
「さてと。次は何処まで着いていけるかな?」
そう言葉を紡ぎながら、特設コートに向かうため、エデルトルートは立ち上がる。その表情には笑みが浮かぶ。この試合は彼女が本当の顔をほんの少し覗かせた特別貴重な機会なのだと心躍らせて。
『双方、待機線へ』
審判から、選手待機エリアの競技者に向けて入場を促す合図がされる。
ティナとエデルトルートが登録エリアを挟んで左右の待機線に並べば、待ってましたとばかりに女性解説者アンネリーネのアナウンスがけたたましく。
『さ~あ! 注目期待の第二試合が始まります! 先手を取られたエデルトルート選手が巻き返すのか、はたまたフロレンティーナ選手がこのまま突っ走るのか、一秒たりとも目が離せません――って訂正! 〇.一秒たりとも目が離せませんの間違いでした!』
競技場には大小のインフォメーションスクリーンが設置されており、アナウンサー席の様子もスクリーンの何カ所かで流れている。オーバーリアクションでわちゃわちゃ動くアンネリーネ・ペルファスはアナウンサーらしからぬ落ち着きのなさが画面越しからも良く伝わる。
『第一試合では、開幕フロレンティーナ選手の不思議速攻をエデルトルート選手が超反応で撃退! そして決勝戦と見間違える程の剣戟の応酬! いや~、濃いです。この試合メッチャ濃いです!』
画面では、目を瞑りウンウンと頷いているアンネリーネのコミカルなリアクション。
『最後の一交差でのポイント奪い合い! びっくりですよね? 双方1ポイントずつに並んだと思った瞬間! まさかのクリティカル発生! 観客の皆さん! 今日はイイ日に来ましたね~、生クリですよ、生クリ! 生で見ちゃったんすよっ!』
カメラに向かって人差し指を指すオーバーリアクション。遠近ボケもなく指にパースが付いているところを見ると、初めからフォーカスと広角設定をしていたのだろう。もはやコント仕様。
『あ~、生っていえば、フロレンティーナちゃんのティーバック、AbendröteのHeilungシリーズじゃないっすか? そこんとこどーなんす?』
普通にセクハラである。何れダレかに訴えられるのではなかろうか。
ティナは、解説ブースの方を向き、少し恥じらう乙女の演技をしながら、腕全体で輪を作り大きな「〇」を表現する。ついでにスカートが翻るようにクルリと回る観客へのサービス。【姫騎士】さんは気前が良いと広まるように。
アンネリーネに乗せられた観客達が「お~」と歓声を上げる。ファンサービスも大変である。
その後は、にこやかにロイヤルお手振り。『パンツの種類、いただきました~っ』などと放送席から宣うアンネリーネ・ペルファスは、心にオッサンを飼っているのだろう。
ティナは、それより「超反応」と言う単語に引っかかっていた。斜め上方向に。
「(超反応……。ゲームの技みたいですね。超振動とかあったような? 超振動……ブルブル? どのくらい? その技ちょっと欲しいかも知れません)」
そんな技、試合で使い道はないだろう。
「(紳士淑女に受けそうなナニかがピーンと来ました! ツユダクダク残業卵くらいでしょうか? いえ、汁マシマシ味濃い目でしょう、きっと。いっそ、商品化を目指しましょう!)」
どう考えても、姫騎士印のアヤシイ商品になる未来しかない。
それでいいのか姫騎士さん?
『双方、開始線へ』
審判の声が響く。ティナとエデルトルートは開始線で歩みを止め、審判と対戦相手に騎士の礼を取る。
これから第二試合が始まる。一試合の始まりは、剣を鞘に納めてより開始する決まりがある。一試合ごと真摯に取り組む姿勢を大事に云々の理由が付けられているが、長い年月で定型化してるので割愛。
二人共、開始線で向かい合うので、互いに視線を交わすことになる。ティナは変わらず嫋やかな笑みを浮かべているが、エデルトルートは憑き物が落ちたように晴れやかな表情となっている。
その様子を見て、ティナは試合の方針を決める。
「(なんとまぁ、随分と吹っ切れた顔をしてます。先の試合で何時でも使えることを認識されましたか。なら、小技はやめて一発で決めますか。見られても問題ない、いいカンジな手札を一つ切って、『いただきます』をしましょう)」
お馴染みのマイクパフォーマンスは、エデルトルートから言葉を綴った。そして再び誘いを掛ける。ティナが何処まで見せてくれだろうか純粋な好奇心からだ。
「まったく以って、素晴らしい技の数々だったよ。判って誘ったのに全く届かなかった。ほんと、悔しいなぁ」
「あら、そのわりには素敵な笑顔じゃないですか」
「悔しいのは本当さ。おかげで、遣ることが一つに絞れたよ。だからかな、もっと先を見たくなったんだ。まぁ、見せて貰える資格が在るかどうかは差し置いてさ」
「あら、随分と手強いお話しですね。では一言だけお答えします。見えるもの全てです。答えなんて自分自身の中にしかありませんから。」
エデルトルートは笑顔の裏で、ティナが放った言葉の意味を思案する。当事者じゃなければ判らない言葉で返してくれたのだから。
「(見えるもの全て? 見てきた技全てに本当は未知の武術で技を仕込んでるのか? その上で、競技ルールで良く見る技に擬態して気付かれないようにしている? それを彼女なら出来るんだろうって、こっちが察してる上での言葉か。なら、見るは何を指すのか、か)」
答えは自身の中に。受け取る側が勝手に解釈すれば良いのだと。ならば――。
「(……もしや、彼女の王道スタイル全てが虚構? だとしたら、とんでもないレベルの偽装じゃないか! そんなこと出来るとしたら……すごいぞ! 興奮して来た! 後は私にそれを出してくれるかだな)」
エデルトルートが導き出したものは憧憬だった。
「まるで謎かけだね。だけど、その意味はもっと深い。すごいね、本当に楽しみだよ」
満面の笑顔のエデルトルート。見て判る程やる気に満ちており、今すぐにも戦いたいと気配が漂っている。
「(あら、戦う意思が思いっきり漏れてます。どうも色々期待されてのことだと思われますが、試合開始後はキッチリ切り替えてこられるでしょう。しかし、ちょっとヒント与えすぎですかね。何となく察してるようですし。あー、このパターンは学園に戻ったら迂闊! 詰めが甘い! とか弄られますね)」
微笑みの下では、渋い顔をしているティナ。学園には、映像から見て察する人々がいたりするのだ。
「ご期待に沿えますれば、喜ばしく思います」
諸々の内情とは裏腹に、シレッと御令嬢らしい言葉で返すティナ。
『双方、抜剣』
最後の言葉から会話終了だと判断した審判が声を上げる。公式大会の審判は空気を読むのも上手い。
合図と共に、二人は剣を鞘から引き抜く。ホログラムの剣身は恰も本物のように、陽の光を反射して輝く。
武器デバイスは実在の武器をデータ化しているが、剣身の部分で鞘に止める鍔元数糎だけ実体だ。一部、鞘に納めないタイプの武器は剣身全てがホログラムだが。
各武器の剣身は、データ元の素材もエミュレートしている。使用している材質、鍛造や鋳造などの製法、重量、金属疲労など、本物と同様の強度で計算される。故に、激しい打ち合いなどで刃が欠けたり、剣身が歪むなど、実際に起こり得る状況まで再現される。
場合によっては剣身が折れることも当然ある。その際、状況の一つとして扱われるルールだ。勝敗が決して試合終了するまで武器は壊れたままの仕様となっている。折れたまま戦うも良し、副武器デバイスに移行するも良し。全ては騎士次第。
『双方、構え』
審判の掛け声に、二人は構えに入る。
エデルトルートは、左半身を開き、右肩口に剣を引き付ける防御崩しの型、Schlüsselの構えを取った。奥脚である右脚が心持ち前よりに置かれている。ティナから見れば、重心も中丹田となっていることが判る。初動の速度を上げるための重心配置だと捉えた。
ドイツ式武術、所謂ヨーロッパ古武術で剣術を扱う際、左脚を前脚へ置く構えとなる。攻撃、或いは防御に入るための前段階であり、奥脚である右脚を蹈み込んで剣を振る動作に繋げるためだ。
武術の多くは入り身、つまり利き腕と同じ脚が前に出る身体操作が基本的に使われる。足先から手の先までを連動させ、構造による力を多く取り出し易いからだ。当然、利き腕とは逆の脚を出した場合でも連動させる技術は在って然るべし。
素人が見真似で剣を振れば、身体操作を身に着けていないため、逆の脚を出して自分の脚を斬って仕舞う事故もあるので要注意。
ティナは右手のみで鍔元を握り、相手に対して真横となる完全な右半身。左手は、背中の後ろに隠すように曲げている。
そして、剣は片手正眼の構えを取っており、ファルシオンの構えであるgerade versatzungとスペイン式レイピア術の構えを組み合わせたようになっている。
脚の配置は、前脚に右脚、奥脚に左脚を正面と水平になるスペイン式武術そのものと見える。
先に武術の入り身について簡単に記載したがスペイン式の場合は、その姿勢で刺突を飛ばすため初めから入り身の状態である。
騎士剣で取ることのない構えに場内はどよめき、観客同士でザワザワと疑問や推測など色々と話している声が至る所から聞こえる。
エデルトルートは、さすがに驚く。「見えるもの全て」とティナは言ったが、あからさまに見せたことのない構えを持ち出して来るとは思っても見なかった。
構え自体は、変則的なレイピア式であり、騎士剣で応用することも無くはない。だからこそ意図が見えない。正面は右半身のみ、左手も隠しているのは被弾面積を減らす典型的な片手剣のみの型だ。しかし、ティナが使う騎士剣は、一二世紀以前の古い形状、オークショット刀剣分類ではⅩ番に似ている。そのナンバーの特徴は、剣身が幅広で切先は然程鋭角ではないが三角の形状を見る。勿論、似ているのはシルエットだけで、ティナの剣は剣身の鍔側半分がリカッソになっており、用途を想像するに難しい構造だ。
討ち合いの最中で偽装をされていたが、形状を考えると実際の重心は自分が知る剣とは違う筈だとエデルトルートは剣の特性も含めて考察する。なればこそ、刺突から始める運用には向いてなく、片手でのビンデンは騎士剣相手にどう対応するのか。
そもそも当然のことながら、諸々全て織り込み済での構えだろう。なにより、彼女の剣は突きを主体にするにはリーチが足らないとなれば、身体操作を使うと宣言したようなものだ。競技から剣術を学び始めたエデルトルートとは根本に違う思考だ。然すれば、自分の知らない戦い方となるのだろう。そのことに興味が尽きない。
審判員が右手を上げ、合図と共に振り下ろす。
『用意、――始め!』
先に動いたのはエデルトルートだ。相手は最短で刺突を放つとするならば、此方も刺突を繰り出せる構えでもあるため、真正面から受けて立つ。剣のリーチ差を刺突同士の討ち合いでどう対処してくるのか、やはり興味が先に来たのだ。
奥脚の右脚を蹈み込むと同時に肩口に置いていた剣から刺突攻撃に入る。既にティナも刺突を開始している。剣速はティナがレイピア式の扱い方をするならば、彼方の方が圧倒的に速い。ティナが点の刺突に対して、エデルトルートは運足で身体を回し入る円の刺突だからだ。だが、ここでエデルトルートの剣が活かせる。相手より三十糎長い剣身分、蹈み込みと剣速の時間消費を距離が相殺する手段に成り得るのだ。
エデルトルートの読みは間違ってはいなかった。刺突の速度をほぼ同じに合わせられたのだから。
「(莫迦なっ!)」
余りのことにエデルトルートは驚愕する。
互いが正面からの刺突同士であるため、剣が水平にすれ違う筈であった。だのに、エデルトルートのエストックは下側から搗ち上げられたのだ。
その剣には体重が乗っていた。故に刺突速度を優先するため抜力していた腕は、両腕であろうとも下からの力、それも片手で振るわれた剣に抗えず。余りの威力にエストック自体が両腕から離れて宙を舞った。
最初から剣を無力化する目的の刺突に見せかけた槌矛だったのだ。ティナの「見ているもの全て」とは、偽装なども関係なく、本当の意味で全てが見た通りではなかったのだ。
エデルトルートは、エストックが回転しながら落下している夢かと見紛う現実をぼんやりと視界の隅に映した。そして、自身の心臓部位から引き抜かれるティナのメッサー、確かな現実を見やる。
両腕を搗ち上げ、身体の影から現れた左手に持つメッサーで心臓部位を一撃。
最後の一撃でティナはボソリと言葉を漏らした。はっきりした母音が特徴の外国語だったが、それ自体はエデルトルートにとって然して重要ではない。
それよりも、彼女がこの試合をどう組み立てていたか、だ。
誰が見ても奇策と言うであろうティナの構えが全てを決していた。その構えに対して、自分がどう思考し行動するのかを最初から最後まで誘導されていたのだ。
改めて何が起こったかを噛みしめたエデルトルート。知らず背中に、ブルリと怖気が走っていた。
「(予定通り掛かってくれました)」
ティナは、此処までの発言と行動から、エデルトルートは真っ向から受けて立つと踏んでいた。見たいと言ったのだ。
だから、最初から罠に掛けた。
先にエデルトルートが仕掛けて来た。此方が刺突をすると見せたからだ。ならば、リーチの差が有効な時点で彼女は攻撃するだろうと読んでいた。不利な状態をどう返すのか見るために。
エデルトルートは刺突の予備動作で身体が円の動きを描く。ティナは、その動きに合わせて奥脚の左脚踵をほんの数糎前に滑らせて踏み込み、刺突――実際は刺突に見せかけた斬り上げだが――を繰り出す。この距離では、剣の長さが足りず、良いところエデルトルートの持ち手に掠る程度だろう。
が、問題はない。起点となる左脚に付いた角度と正対するよう股関節が連動し、突きと同時に前へ滑らせす右脚が左斜め方向に進む。それは正面ではなく、エデルトルートのエストックを着弾地点に捉えるための一手だ。
二人の身長差があるため、エストックの下側から斬り込むのも予定通りだ。剣が接触した瞬間、滑らせていた右脚を接地させる。これで、左脚から股関節、肩甲骨を経由し、剣先まで連動した力に自身の体重全てを移動する。片手の攻撃と言えど、人と同じ重さが剣に、それも接触している一点に掛かるのだ。当然のように、容易くエストックは跳ね上がる。一瞬で荷重されたからか、エデルトルートの持ち手からも弾き飛ばす結果となった。
この斬り上げは、相手の攻撃を無効化すると共に、両腕を胴の正面から退かすことが目的だ。そして、斬り上げと同時に腰の後ろに装備していたサクスを左手で抜き取る。
全ての準備が完了して丸裸とになった攻撃箇所に、つい日本語で『いただきます』と呟いて仕舞った。開始前にそんなことを考えていたからだろう。
後はがら空きになった心臓部位へ切先を突き込んだ。
ヴィーと、一本を取得した通知音が場内の歓声を止め、静寂を呼び込む。そして、審判がこの時間に終わりが来たことを告げる。
『試合終了。双方、開始線へ』
終了合図でホログラムの剣身が消えた武器デバイスを鞘に仕舞いながら、二人は開始線で南側――審判の前――へ向き、続く言葉を待つ。
『東側、リューベック選手。一ポイント』
昨年度の世界選手権大会Duelの部ベストエイトに入賞した、個人戦世界ランキングポイント一四位の騎士が一つしか有効打を与えられなかった。
それを審判の口から聞いたことで実感したのだろう、観客から騒めきが起こる。
『西側、ブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手。二本と一ポイント』
騒めきの元となった若き騎士。結果を見れば圧倒と言う他ない。
『よって勝者はブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手』
審判がその手をティナに向けて挙げ、勝者が誰であるかを知らしめる。
その声を待っていたかのように観客が一気に湧いた。飛び交う歓声は、まるで決勝戦もかくやあらん。
それもその筈、インフォメーションスクリーンのスコア表示には、心臓部位攻撃成功を示すマークが二つ。連続で心臓部位攻撃が決まることは数少ない。それを目の前で見た当事者になった観客は、興奮の坩堝と化したのだ。
それを後押しするように女性解説者アンネリーネがまたもやファンキーに叫び出す。
『クリティカル! クリティカルですっ! 二試合連続クリティカルでの勝利です! エスターライヒ全国大会では実に一六年ぶりの快挙です!』
なるほど、盛り上がる筈である。
『Abendröteのティーバック! 私も買います! 履きます! かぶります!』
それはどーでもよい。
何時もより騒然とする場内にぐるりと視線を巡らしながら、大きく息を一つ吐くエデルトルート。稍あって口を開く。
「おめでとう。見事にやられた。完敗だよ」
「ありがとうございます。こちらこそ、いつものスタイルを変えざるを得なくなりまして、苦労いたしました」
「あはは。何よりの誉め言葉だねぇ」
破顔一笑して手を差し伸べるエデルトルート。ティナは、その手を取り握手を交わす。
Chevalerie競技では、試合終了後に互いを讃えて握手を交わす伝統がある。
良き対戦者へ最大の敬意を払う思想が根付いており、この競技の矜持でもある。
そして、試合後の騎士同士が語らう言葉も、観客が楽しみにしている一つだ。
一瞬、何かを思索したような表情を見せ、エデルトルートはティナに言葉を掛ける。
「答え合わせをしてもいいかい?」
それはエデルトルートが体験した、先の攻防が思っていた通りだったのかを確認するため。
「ええ、どうぞ」
言葉に応えたティナは、嫋やかな笑みだ。これは騎士として答える意思表示である。
「第二試合。あれは構えから罠だったのかい?」
その問い方でティナは判った。エデルトルートが試合全てをコントロールされたことに気付いたのだと。
「ええ、そうですよ。あれが布石です。最後までがご想像の通りです」
シレッと宣うティナ。気付いたならば、正解に辿り着いていると断定し、彼女しか判らない言葉で答えた。
「やっぱりそうか! いや、本当に素晴らしかった。私じゃとても出来ないよ」
エデルトルートは得心したと陽気な笑顔で語る。と、同時に、どう攻略するか思索に入った騎士の目をしていた。
見たい、と求められて少しだけティナは見せた。それがエデルトルートの納得いくものであったならば――。
「ご期待には沿えられましたか?」
――一つだけ言うべき言葉をティナは紡いだ。
「もちろん!」
その答えは、満足気な笑顔のエデルトルートを見るだけで十分だった。
Chevalerie競技。
コンセプトは、中世騎士道を模倣する剣戟競技である。
システムが造り出すサイバースペース内で顕現するホログラムの武器で攻撃し、ホログラムに反応する物質であるHCを含有した装備のみが被弾判定出来る仕組みが基本だ。
剣戟を扱うものとして共通したルールを制定しているが、攻防を行うための術理については言及していない。故に、武器を扱うならば如何様な技術体系を受け入れられることも、世界中で普及している理由の一つだ。
武器を使った異種格闘技――それがChevalerie競技である。
基本ルールを押さえておけば自由度が高いのも特徴だ。
そのような競技体系であれば、競技者は必ずしも騎士である必要もない。
競技者として生計を立てる者、アスリート、洋の東西を問わず実戦で鍛錬するために参加する武術家もいる。果てはロールプレイに徹する者すら一定数存在する。ある意味、【姫騎士】と呼ばれるために世界選手権大会へ出場しようとするティナもそれに属する。ただバックボーンが武術家であると言うだけだ。
ティナが騎士として在るのは、【姫騎士】を体現する拘りからだ。だから家宝の騎士剣でドイツ式武術を使い、王道派騎士スタイルと呼ばれるまでになる。
しかし、本質は「勝てれば良かろう」であり、手段を問わない技術体系の武術を練っている。ただ、【姫騎士】と呼ばれるには少々都合が悪いので使っていないだけだ。
今回は少しだけその片鱗を見せた。確実に仕留めるため相手を策に嵌め、おいしくいただいた。
最大の収穫だったのは、世界選手権大会出場クラスの相手には、王道派騎士スタイルは決定打に欠けるだろう予想が的中したことだ。今後の戦術を組む上で、何時、何処まで出すかを判断する重要な情報だ。
『ごちそうさまでした』
ティナは選手待機エリアへ消えていくエデルトルートを見送りながら、日本語で小さく呟いた。
こうしてエスターライヒ全国大会Duelの部、三位決定戦は終了した。