【改】01-019. 森のエルフと戦います、クッコロは断固阻止です ~ティナ~
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20251105 改稿
朝九時半。屋内大スタジアムではDuel本選に出場する選手達が装備を整えて入場している。
すぐに試合とならない選手は、競技者控室へ戻ったり、数カ所設置された次の試合を待つ選手用に設けられた野球場のチームベンチと似た待機所に居座り、試合を直接見て情報を集めたりと様々である。
ティナは、第一回戦試合コート一面第一戦と一尽くめだ。最初に試合するため、今はコート脇の登録エリアで武器デバイス登録、鎧の攻撃有効箇所などを確認中である。
今回、副武器デバイスとして、小盾を持ち込んで来た。手で持つのではなく、左前腕に革のベルトで固定するタイプだ。これで手の動きは阻害されない。
競技コントローラの反対側では、対戦相手だろう、長いストレートのトゥーへアードが機材の隙間から覗いている。小盾はこれから戦う彼女への対策である。花花が身体運用トリッキーNo.1であるならば、彼女は戦闘スタイルがトリッキーNo.1なのだ。
競技者の準備が終わると、競技コントローラに添えつけられたLEDランプが点灯し、試合開始を知らせるメッセージがAR表示と共に通知音で選手に知らせる。
同時に試合開始準備完了のメッセージが解説者席、この試合用の場内スクリーン、審判者のARモニタに通知もされる。
審判は試合コート内にいる限り、システムがホログラム製の情報用スクリーンを顔右斜め下位置に投影される。そこから試合の状況、攻撃の可否、選手のバイタル、装備の状態を監視出来るよう、常にモニタリングされる仕様だ。
競技コントローラからの通知を受け、解説者席からアナウンスが始まる。
『みなさん、Guten Tag! Duel本選第一回戦の試合コート一面解説担当は、わたくし、スポーツ科学科六年ヤルシュカ・スクレニチュコヴァーがお送りいたします。そして、審判はスポーツ科学科六年ゲオルク・ベルゲマンです!』
今回の解説者は女性のようである。本選の試合では実力共に経験豊かな上級生が解説と審判を受け持つことが多い。
『本日は午後から雪がちらつくとの予報がでています。観客の皆様方もお帰りの際はお足もとにご注意ください』
女性だからなのか、アナウンスには観客への気遣いが一言添えられている。
『それでは競技者の紹介に参ります。東側選手は予選で見せた新たな一面も皆様のご記憶に新しいでしょう! 二つ名【姫騎士】、騎士科二年エスターライヒ共和国国籍、フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク!』
ティナは、何時ものように両手を下腹部正面で手を重ね、丁寧なお辞儀をする。そのまま観客に向け、にこやかにロイヤルお手振りを振り撒くオマケ付きだ。先日のKampfpanzerungスタイルの印象を薄めるように、何時もの鎧、いつもの髪型だ。
私は姫騎士ですよ、とアピールをするイメージ戦略なのが透けて見える。
『そして、西側選手! 北欧の豊かな森からやってきた白き精霊! 二つ名【妖精ツィルクス】、電子工学科五年シュヴェーデン王国国籍、ウルスラ・ルンドクヴィスト!』
ウルスラ・ルンドクヴィスト。彼女は電子工学科の生徒である。だが、学内大会への出場は、騎士であることも、騎士科である必要もない。
ウルスラは、胸の前で両手を組み片膝立ちになる祈りのポーズで目をつむり軽く頭を垂れる。そして立ち上がった彼女は、身長が一七〇糎程で、腰近くまで伸ばした長いストレートのトゥーへアードに色白で緑の瞳を持つ。スッキリと整った顔立ちで二つ名が妖精であるのも頷ける。髪には樹木の葉を複数重ねたデザインの髪留め型簡易VRデバイスを付けており、最大の特徴は長い耳である。もちろん付け耳ではあるが、本物と見紛う出来栄えである。
彼女は、二つ名に含まれる「älva」の通り、エルフ(※)を模倣する狩人である。
それも〝指輪〟のファンタジー物語で有名になったエルフのイメージが様々な媒体で変化し世間一般へ固着したものだ。
(※)ドイツ語では「エルヴァ」であり、「エルフ」は数字で一一の読み。ここでは英語読みのエルフにエルヴァをルビ打ちとする。
グリーンの厚手生地で作った股下五糎丈の長袖チュニックを着用し、幅が太目な革のベルトで締めている。その上にカーキグリーンの毛織ベストを羽織り、木のボタンへ太紐を引っ掛ける形で前を止めている。そして、モスグリーンで前腕中程までの長さがある厚手の手袋、太腿の中程まである薄い茶のロングブーツを着用している。衣類のカラーリングで全体の印象が樹木の様にも見える。革のベルトには剣身が長めの短剣を吊り下げており、左手には武器デバイスの短弓を手にしている。
そう、短弓である。
Duelの狭いコートで弓は不利である。弦を引き、狙いを定めて行射する一連の動作が必要で(矢がホログラムのため矢番えは不要)、剣の方が圧倒的に攻撃が速い。弓が持つ最大のメリットである遠距離攻撃が生かせないため、弓をメインで扱う者はMêléeやDrapeauなどの広いフィールドを用いる競技を主戦場としている。
だが、ウルスラは、敢て弓を使うことに拘った。武器としては不利だが、予選を勝ち抜いてきたのである。弱いはずはない。戦う術を持っていると言うことである。
試合コート中央で相対する。ここでは祈り、お辞儀はせず、お互いが騎士の礼をする。入場時と礼の種類が違うことはよくあることだ。
ウルスラが語り掛けてくる。
「ティナと遣り合うハメになるとは~。不幸な出会いとは正にコレ。トホホ的?」
左手を腰に手の甲を当て、右手は額に添え、オーバーリアクション気味にやれやれと、息を吐くウルスラ。
見た目は一般人がイメージする弓を使う森のエルフそのままである。だが、イメージとリアクションが一致せずに珍妙。
「……相変わらずですね、ウルスラ。先日は大変お世話になりました。だからと言って手加減無用なのは変わりませんよ?」
学科は違えど二人は良く知る間柄である。ティナがアバター更新のため電子工学科を訪れるのだが、女子の身体データ採寸はウルスラが担当しているからである。先日、姫騎士Kampfpanzerungヴァージョンを提案した際、ウルスラも一枚噛んでいる。
「だよね~。おね~さん的には手加減して欲しいんだけどね~。盾まで持ち出して万全なのがツライ。泣けてくる~的。ヨヨヨ」
泣きまねまで入れて来たウルスラ。彼女は電子工学科でアバターデータを担当しているので、ティナの武器デバイスをよく知っている。今は「抜剣」前なので盾のホログラムは出ていないが左前腕部にマウントされた副武器デバイスを見れば一目で判る。
「あら? ウルスラと戦う際のお約束になってるじゃないですか。これが一番確実ですから」
「ぐぬぬ~。だけどティナとは初めて遣る的でしょ~? おね~さんの矢は意外とスゴイ的~」
「よーく存じておりますよ。むしろ知らない方がおかしいですて。だからこその小盾ですもの」
ニコリとほほ笑むティナ。ウルスラは眉根を下げて苦笑する。
実際、ウルスラの相手は良く盾を装備する。何としてでも被弾確率を減らすために。しかし、彼女の射撃技術は巧で、僅かな隙間を縫って矢が滑り込む。
『双方、抜剣』
審判の合図と共に、ティナの左腕にマウントした副武器デバイスから直系二五糎程の丸い小盾がホログラム生成される。盾の中央は直系一五糎の丸い餅が乗ってるように盛り上がっている。盾のシルエットは花花の言う通り、甘食に似ている。
腕に小盾をマウントしているのは、左手を自由に使うためだ。
『双方、構え』
ティナは、変形したPflugの構えを取っている。本来、腰元へ剣を引き付ける型だが胸元に、後ろに置く右脚も身体の重心から心持ち後ろになるよう、配置を変更。蹈み込みよりも飛来する矢に対応出来るよう、奥脚自体も素早く身体を動かすためである。故に型通りの動きを前提としていない。
ウルスラの構えは特徴的だ。両足は肩幅に開き、膝は軽く曲げた垂直立ち。正面に弓を横向きで持った左手は下へ向けたまま、右腕を軽く曲げて弦を引く。弦に掛けた人差し指と中指の間からはホログラム製の矢が番えられており、鏃は当然下方に向いた状態だ。
弓などの武器デバイスは、弦に触れた位置から指を引くと矢が生成される。弦の引き手を離すことで射るプロセスとなる。
『用意、――始め!』
始めの合図と共にウルスラが動く。自然に弓を掲げる挙動の途中で射っていた。軌道はティナの右足首。ティナは右脚を外側へ滑らせて射線を切るが、その瞬間には彼女の左斜め前から左上腕を狙った矢が飛来する。こちらは剣身を左腕に被せるように腕を折りたたみ、剣の腹で矢を受ける。そして、間髪入れずに身体の正面から胴に向かって矢が飛来する。左手を剣の柄から外し、小盾で受け止める。カンッと金属音が響く。
この競技では、飛び道具の跳弾は再現しないルールとなっている。何某かに当たった瞬間のみ、被弾可否判定がされる仕組みで、判定以降は消える前のホログラムに触れようが問題ない。故に、回避、武器や盾での受け止めが出来るならば安全に矢を防げる。
「(やはり、ウルスラは厄介ですね。前後左右アクロバットに動きながらの速射が全て精密射撃なのは思った以上に面倒です)」
ティナの小言とは裏腹に、ウルスラは楽しそうに笑いながら口を開く。
彼女は騎士とは違い、試合中に会話しようが動きに影響など出ないので気軽なのだ。
「や~さすがティナだね。二射目は盾で受けさせるつもりだった的~。こっちの狙いを読んだ的?」
「最初に脚元を狙うなんてことをしたらバレバレですよ? 私の体を崩しに来たのがすぐ判りました」
「ありゃりゃ~。初手が失敗だったムネン的。でも、まだまだイロイロする的だよ~」
ウルスラの弓は、弦のテンションを試合コート範囲向けに緩め、有効射程は一五米程度と短い。その代わり、剣の間合いで戦えるよう威力は切り捨て、速射性を上げている。
この弱弓を使う時、ウルスラは移動速射を仕掛ける。その方法が唯一無二なのだ。
初弾は脚元に放ったが、これは脚の蹈み込みを防ぐため横へ動かさせる一手。そして、矢を射ると同時に右に側転しながら矢を番えてティナの左上腕に二射目を射る。
脚を動かさせ身体の位置をずらしたことで、小盾で防がざるを得ない状況にした筈であった。それを剣で防御されたため、側転の終わり掛けに胴が僅かに開いた隙間を見付け矢を射った。
しかし、ティナは三射目で小盾を使用し、広範囲をカバーして胴の隙間を全て塞いだのが結果だ。
言うは容易いが、そもそも射手が横転しながら連射術を使えること自体が曲者過ぎる。その上、矢が何処から飛来するか予測も難しい。更には、自身が激しく動いている最中で精密射撃をして来るのだ。弓使いでそんな真似なぞ誰も出来やしない。世界中探してもウルスラしか出来ないのだ。
それ以前に、弓でDuelを戦えるのが世界でもウルスラ一人きりである。
ティナを良く知るウルスラが先んじて仕掛けたのは、反応を見るための検証。それが先の攻撃意図である。
回避で身体を動かした直後に予期せぬ位置から二射目が飛来すれば、大抵は反射で対応して仕舞う。すると、咄嗟に小盾を無意識で使うことになる。
生理反射と小盾は「防御で用意した」認識を意図せず働くように導いた崩しの手管。
ある意味、予想通り効かないことが確認できたので、仕切り直しにウルスラは会話を刺し込んだのだ。
「(やっぱり的~。ティナは呼吸と心拍数乱れないのは最初っからイロイロ織り込んでる的~)」
アバターデータチームのチーフであるウルスラは、システムで検知したデータの中で、通常とは掛け離れた特殊データを叩き出す騎士を主に担当する。
大抵は騎士科の中でも、特に世界選手権大会に出場するような騎士達が対象だ。
その中にティナも含まれる。バイタルデータが異常な程、平坦過ぎるのだ。激しい動きで脈拍が変動することはある。しかし、精神的に揺らぐことが全くない。ティナ本人は動揺したり良く猛ったりするが、数値に表れないのは振れ幅が平常心の範囲から超えていないことを示す。
ウルスラは仕事柄、そんなデータを知っているからこそ試して見たのだ。別に卑怯ではない。その程度、上位者ならば経験に紐づく感覚などで相手を把握出来る。只、ウルスラは数値を持っていたので比較しただけに過ぎない。
「(たぶん、間違いなく実験されました!)」
ティナはウルスラの性質から目的に気付いた。彼女は「各種電子機器による実測値と現実結果が異なる事象」を研究テーマにしており、良く実験しているのだ。切っ掛けは自身の弓を射た測定値と結果に不整合が多発し、その原因を調べ始めたことだとか。
以前、ティナのアバター用モーションデータの補完を実演にて取得した際、気になる箇所でも見つけたのだろう。直接対戦するなど、研究者肌のウルスラにとっては実験するに持って来いのシュチュエーションなのだ。だから、まだ弓を連射が可能である筈なのに、距離を取った位置取りに着地点を定めて側転したのだ。実験結果を見るために。
二人が短い遣り取りを終えたタイミングを待っていました、と言わんばかりに学園生アナウンサーが声高々と喋り出す。とは言え、ティナ対ウルスラ戦にチェンネルを合わせた観客にしか聞こえないが。
『出ました! ウスルラ選手のツィルクス連射! 回転中のどこからでも飛来する射撃のタイミングが極めて読みにくいこの連射をフロレンティーナ選手は全て防ぎました!』
ウルスラのアクロバティックな技に観客も賑わう。
ウルスラは幼いころより器械体操を嗜んでおり、側転程度ならば片手が地面に一瞬接地しただけで安定した回転が出来る。そのため、接地した片手もすぐフリーとなり、身体が回転している最中に弓を番えて矢を射ってくるのだ。
脚による移動ではなく側転を用いるのは、目標と正対して弓を連射する場合だ。側転による移動距離が大きいため、右へ左へと射撃位置を変えながら相手を翻弄する。
そして、彼女の射撃精度は実際に狩猟をして鍛えたものだ。地元シュヴェーデン以外に、ここドイチュラントの狩猟免許も取得しており、狩猟解禁される秋から冬に掛けて手すきの時間に狩猟エリアへ弓を片手に出かける。狩猟を楽しむついでに、自分がどのような動きの最中でも獲物を見付け、素早く正確に射貫けるよう鍛錬している。獲物は学園の食堂にも時たま卸しており、昼食で数量限定のジビエ料理が出ることも。
ウルスラの独特な身体操作と精密射撃の組み合わせ。
これが彼女の二つ名【妖精ツィルクス】と呼ばれる所以である。
そんな激しい動きをするウルスラのスカート丈は短い。側転などしようものなら、大きく開いた脚の間には黄色い下着がチラではなく、モロっと見える。腰が浅めの下着を好んでいるようで、時折臀部上半分が見えたりする。彼女の下着は、衣装の緑に合う黄色を良く履いているので、むしろ見えても違和感がない。
「(さて、こちらから仕掛けましょうか。剣の間合いで弓を射る非常識なウルスラは時間を掛けるほど厄介になりますから一気に畳み掛けましょう)」
ティナは少し右半身となりながら、肩幅より一回り広く両脚を開いて膝は軽く曲げ、トントンとステップを踏み出す。フワリとスカートを軽く舞わせ、黄色いサテン地のティーバックがチラチラと見える。
エイルとの戦いで見せた、如何なる方向からでも相手へ正対する歩法だ。その時を再現するかのように、剣先は正面を向き、左手は右前腕へ添える構えに移行した。
そのステップを取り始めた姿を見てウルスラも作戦を組み立てる。ティナのステップは基本、前後左右自由自在だ。一拍の間に脚の移動、距離、方向を同時に変更する。一瞬の動きは、遠中近何処からでも仕掛けられる距離を都度保っている。ティナの位置取りが傍目では遠くとも、攻撃の届く距離なのだ。
「(あ~やっぱり使って来る的~。あのステップってコッチの側転封じにもってこいだもんな~。おね~さん、まいっちゃう~。多分突撃的? む~ん、捨て罠仕掛けて上手く嵌まればラッキ~の構え~)」
構えなどと言いながら、ウルスラは弓を下へ向けた最初の構えと変わらないところを見ると、単に語感が良かっただけなのだろう。
ティナは見て判るように一度大きく息を吸い、ゆっくり吐き出していた。
それが合図だった。
息を吐き続けながら動き出すとは予想だにしない挙動を取られたウルスラは、初動が遅れて仕舞う。
ウルスラの虚を付き急接近するティナは、まるで侵食したかのように空間を支配した。ウルスラが矢を向ける挙動には反応せず、射る直前で射線を外す、を繰り返した。射撃タイミングの認識へ齟齬を仕掛け、自身の不規則な移動をそれに重ねて翻弄する。
ウルスラがアバターデータ取得のため、ティナの動きに理解があるのと同じく、ティナもウルスラの手札を知っている。弓を正しく射るための姿勢を無視出来る変則射撃と小銃並の速射を封じる手に出たのだ。射られなければ矢は飛ばないのだ。たとえ知っていたとしても、実際の攻略となれば中々に厄介だ。それを出だしの仕掛けで、僅かに双方が噛み合わなくしたのだ。
「(ティナは入りのタイミングで崩して来た的~。裏のかき方が上手すぎ~。ならコレはどう対処するかね~)」
呑気に内心で呟くウルスラも然る事乍ら。剣の間合いへ肉薄された瞬間には、滑らかに左のバックステップを挿し入れ、ティナの胴――ウルスラにとって非常に大きな隙間と映る右腕の上から数糎覗く心臓部位――へ一射放っていく。
だが、ティナもウルスラの位置から射線を読んだ。飛び下がりながらの射撃であれば、ウルスラのことだ。跳ねた時の視線角度も加味して立体的に心臓部位へ通す隙間を見出したのだろう。下手な回避は狙い以外の箇所に被弾する。ならば、矢を安全な場所に当て効力を無くせば良い。ティナの左手は、右前腕に添えるように被せた運用だ。小盾がマウントされた左手を右上腕根本までスライドさせて矢の通り道を遮る。
跳弾判定がないからこそ、当てるだけに特化させた動きで防いだ。
ウルスラは着地と同時に器械体操の経験者らしい動きを見せた。後ろに掛かるベクトルを右方向へ急変換し、まるで寝転ぶように飛び込む。極低空で身体を丸めるよう側転しながら距離を稼ぎ、しゃがみ込む姿勢で着地した時にはティナの左膝へ矢が射られていた。
通常ならば考えられない低い射線から、何時放たれたかタイミングを測れない一射。凡そ騎士が経験したことのない攻撃。
しかし、ティナは想定内のであるかのように難なく躱した。前に進むステップでウルスラへ急接近すると言う挙動の中で。
「(全く。弓兵と戦う技術を継いでる流派でも、まず被弾してしまう射撃ですよ、これ。普通は回転しながら矢を撃ちませんて)」
ティナがブツクサ呟きながら距離を詰める、ウルスラもしゃがみからとは思えない勢いが乗ったバックステップで遠ざかる。身体が真っすぐに整えられた体操の試技でも見るかのようなジャンプだった。
ウルスラの滞空時間は長く、放って置けば後方伸身宙返りをするのではと、綺麗な姿勢のまま飛翔する。
さすがのティナも、思わず魅入りそうな美しい飛翔を目にして感嘆する。それが緊急回避でなければ、そのまま着地まで空中に描かれる軌跡を追っていたであろう。
だがティナも見ているだけでは済まなかった。
ウルスラは詰めて来るティナに対して、飛翔しながら弦を連続で二度引き、矢を二本番えた二本射ちをしてきた。まるでツィルクス団の曲芸を見てるようだが、ウルスラの恐ろしいところは、その状況下にあっても変わらない精密射撃にある。
矢は二方向へ向けて番え、着弾地点をコントロールするため弓を斜めに射る。二本の矢が別々に、それも確実に被弾する箇所へ同時飛来させる。
ティナは、――小盾で胴を狙う矢を撃ち落とし、右腕に飛来する矢の直撃は無視して突きを放つ。
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が響く。
そして、ヴィーと、一本取得を知らせる通知音が遅れて鳴った。
ウルスラの放つ射撃は正確、且つ精密だ。ティナはそれを逆手に取った。射線が通れば如何な状況でも矢が飛来することさえ判っていれば、何処に着弾するかも判断出来る。まさか、あの瞬間で二本の矢を二箇所へ一度に狙えるとは驚きだったが。
狙いは心臓部位と右腕。ティナの追撃する姿勢では何方か一方は防ぎきれない。なれば、心臓部位を防御する。
当然、右上腕――詰まり腕ごと武器封じる――は被弾を免れないのだが、完全に無視した。
抜力と肩甲骨を使った刺突を開始していたため、被弾によるダメージペナルティは、この攻撃のみに限っては影響が出ない。獲らなければ次へ繋ぐことは出来ないが、それを加味して攻撃を優先したのだ。
そして、刺突の先はウルスラの心臓部位。
後ろへ逃れるウルスラに、普通ならば届かない距離だが、ティナはステップの終わりで奥脚を前に三〇糎と大きく前へ詰めていた。そこから前脚を蹈み込めば、二人の距離は実質三〇糎分近くなるのだ。
それでも届かない筈の心臓部位へ剣先が吸い込まれていったのは、手の中で柄を滑らせて距離を更に二〇糎稼いだからだ。退る相手に対して、計五〇糎の距離を加算させ、捕まえたのだ。
『フロレンティーナ選手、一本。第一試合終了』
審判は、試合終了を告げた。
二人が通称登録エリアの東側と西側其々に割り当てられた選手控えエリアへ消えて行った。
それを契機に、この試合コートへ割り当てられたインフォメーションスクリーンに、今の試合が映し出される。学園生解説者がリプレイやスローを交えて解説を付けている、観客席も感嘆の声を上げたりと中々に盛況のようだ。
『ここですね。ウルスラ選手が二本矢を同時に放っていますね。フロレンティーナ選手は一本目を盾で防ぎ、二本目は完全に被弾することを前提に攻撃を止めませんでした。これは、突きの挙動が完了した腕ならダメージペナルティを受けても、そのまま相手に届くと判断したんでしょう。その結果、見事に突きが心臓部位に届いてますので、あの瞬間で優先順位をつけたのですね』
さすが、解説者は上級生なだけある。かなり細かい試合の流れを大きく外れることなく分析している。
試合用スクリーンには丁度、心臓部位の決まったシーンが流れる。選手控えエリアからその場面を横目で見ながらウルスラは大きく息を一つ吐く。
「とほほほ~。二本とも避けた後が本番的だったのに~。一本無視するかな~普通。やっぱ最初から次を読んでたクサイよね~。罠ごと踏み潰されちゃ堪りませんよ~」
持参した独特な風味があるリコリス茶で喉を潤しながら水分補給をするウルスラ。
日本人には味覚的に合わないが、ヨーロッパではハーブティーの扱いだ。特に北欧出身のウルスラはサルミアッキ飴の塩化アンモニウム臭も平気なので、ほんのり甘味と草の苦さがあるお茶は日常生活の一部だ。さすがにお客さんには出さないが。
「う~ん。ティナは基本スペックが高過ぎる的~。奇襲もダメだし奇策も効かないしな~。どうすっかな~」
常に精神が安定しているティナ攻略に頭を悩ませるウルスラ。
「今期はヘリヤがとうとうフルスペックで身体動かした的だけど~、あのトンデモ数値と大差ない数値を所々で出して来たからな~」
Duel予選のエイル戦で奥義を使った時に計測した身体動作数値が、観測史上僅差で二位だったことも当然知っており、ますます悩みどころが増える。
ちなみに、対象への総合ダメージ数値は、花花の点勁がブッチギリで一位だ。
「試合の流れ全部組み立ててくるからキビシイ的~。ま、掌の上でワチャワチャするっきゃナイか~。組み立ててる的ならテキトーに射った方が当たるかも?」
長くも短いインターバルの二分が経過した。この時間があればティナは試合をデザインするだけの戦術を仕込んで来るので、ウルスラは全く休まる気がしなかった。
ARの通知で試合再開を促すメッセージと通知音が鳴る。
ティナとウルスラの二人は登録エリア側試合コート面の境界線――通称、待機線――に競技コントローラーを挟んで並ぶ。
その様子を見止めた審判から声が掛かる。
『これより第二試合を開始します。開始線へ』
声に促されて二人は開始線で向き合う。先に口を開いたウルスラから出た言葉は、第一試合で最後に放ったティナの攻撃。
「まいった的~。あの伸びる突きで距離うめるんだもん。おね~さん的には困っちゃったよ~」
今更の技を態々言いだした。
「既に一度見せている技ですから。チャンスがあれば使うのは当然かと」
ティナは、何で今?と疑問を浮かべながら応える。
「姫騎士Kampfpanzerungバージョンの時に使う的かと思ってたよ~。アバターデータを修正しなきゃね~」
何かと思えば、ティナの新アバター発売を匂わす台詞だった。使った言葉は、実質お知らせと変わらない。電子工学科故の販売戦略を捻じ込んで来た訳だ。
「(ウルスラGutです! ここでアバター宣伝入れてくるとは。すばらしい! 花マルを差し上げます!)」
心の中で絶賛する姫騎士さん。しかし、そんな歓喜を臆面も見せず淡々と言葉を紡ぐ。
「誤解させてしまったようですが、この技はいつも使う西洋剣術の変化技ですよ? やろうと思えばいつでも出せます」
「そーなんだ~。あると思わなかった的だったから見事に貰っちゃたな~」
最後までコマーシャル要素の会話を押し通したウルスラ。姫騎士さんのアバターは売れ線なので、ちょっと匂わせるだけでファンやマニアがチェックしてくれるのだ。売り上げのスタートダッシュが一桁変わるので電子工学科としても是非はないのである。
『双方、構え』
審判も、さすが電子工学科のアバターデータ担当だなとウルスラを感心しながら、丁度良いタイミングで試合を進める。
ウルスラは第一試合と変わらず矢を番えて下向きに弓を構える。弓の攻撃は鏃が向いているところへ直線で到達する。尤も、着弾点が遠のく程、弓の特性によりズレは生じる。
この構えは相手が何処を射るか的を絞らせないための措置でもある。それは、彼女が反射レベルで狙いを定めた瞬間に射ることの出来る技術を持つからこそ可能な構えだ。
ティナは。両脚を肩幅に広げて体軸は真下に重心が来るよう正面立ちの姿だ。膝を僅かに曲げて動作の余裕を持たせている。左右の腕は自然に下ろされており、剣先は左足首近く斜めに只降ろされているだけだ。
ウルスラの構えと鏡映しのようになっているが、この姿勢は初めて見せるものだ。ただ立っているだけに見えるが、実際は日本の武術にある自護体と同様だ。自然体だが全身の各関節は抜力により必要な分だけ力は行き届いており、防御や攻撃などをノーモーションで実行出来る。母方から受け継いだ武術に含まれる構え、と言うより全ての起点となる姿勢である。
だが、傍から見れば棒立ちと言っても良いだろう。観客席も騒めく。
「(う~わ~。ここに来て新しい構え的な? またアバターデータ更新案件だよコレ)」
さすがに、本選で十分戦えるウルスラは、ティナが自然体の構えだと察する技量を持っている。
『用意、――始め!』
審判の合図が空振りしたように二人に動きは全くない。
特にティナは伏し目がちで、視線は下方寄りで焦点が合っていないため何を見ているか判断も付かない。ウルスラも、此れには判断を迷う。ティナのことだから必ず意味はあると。視線、若しくは気配か、それとも両方なのか。何れかの方法で視ているのは判る。
二人が微動だにしないまま時計は一分を過ぎる。競技では双方の仕掛ける折り合いを探るため、対峙した状態が暫く維持されることも結構ある。だが、今回はちょっと珍しいケースだ。一方は弓を下に構え、もう一方は武器すら構えず棒立ちだ。観客席も滅多にないタイプの対峙に息を呑む者、私見を話し合う者、選手の過去試合について話す者など騒がしくなり始めていた。
ジリジリと時間だけが過ぎる。
「(マズイねこれは~。どう遣っても獲られる的? 距離を取ろうにも魔王からは逃げられない~)」
ウルスラの中では魔王扱いのティナ。ちなみにヘリヤは大魔王扱いだ。
既に一本先行されているウルスラは、どのように戦っても一本獲られる確信がある。先に獲ったとしても、一本判定までの猶予〇.二秒もあればティナが一本獲り返すのは余裕だ。然すれば、そこで勝負が決まって仕舞う。
この時間は様子見などと生温い話ではない。ティナが獲物を狩るための待ち時間なのだ。故にウルスラが動かなくとも、折り合いさえ付けばティナは狩りに来る。そう言った状況だからこそ、ウルスラはどのような手を使うか思索を巡らす羽目になっている。
「(うん。悩むのはよろしくない的~。ちょっと同点狙ってみますかねっと)」
ウルスラが均衡を崩して動き出す。待ちの時間を耐えきれず動いた訳ではないと、彼女がもう一度弓を引き、矢を二本番えたことからも判る。
その挙動と同時にノーモーションからのバックステップ――滞空時間が異様に長い――を仕掛けた。
「(っ‼ ちょっとマジですか!)」
驚かされたのはティナだった。ウルスラが二本射ちで起死回生を狙ったことは察した上で、バックステップ開始と同時に此方も挙動を合わせた。股関節を使った骨による超高速な追従と心臓部位を狙った斬り上げを始めたが、ウルスラの矢が時間差で三本目が射られていた。
矢の狙いが、また際どい。
ティナの右肩口と心臓部位に最初の二射が飛来し、心臓部位を防げば、斬り上げ中の右肩口に被弾する。攻撃挙動の精密なコントロールが不能となり、ウルスラならば容易く回避するだろう。
へたに一本獲られて流れを完全に止められて仕切り直すと、また別の手を公開せざるを得ないのは宜しくない。ならば両方を防ぐしかない。
右肩口へ左手を開いて矢を受け止め、その動作で丁度左腕の小盾が心臓部位を覆う。
ポイントを一つ失ったが、二射分の対応は終いだ。
問題は三射目である。
これこそが、ティナを驚かせた原因だ。
ウルスラは二本射ちの直後、もう一本矢を射たのだ。
Duel用の弱弓だからこそ、速射を可能としているが、更に矢の速度を落として放っていた。ティナが斬り上げる腕の通り道へ置いておく必ず当たる罠。
「(これは避け切れませんね)」
ティナは三射目の回避は捨てる。トータル一本を獲られるが、判定が決定する前にウルスラの心臓部位を斬り抜けば良いだけだ。
蹈み込みを止めることなくウルスラへ肉薄しながら、剣を斬り上げる。途中で右腕肘の内側辺りにゆっくりと飛んでいた矢が刺さるが、構わず振り抜く。下から円を描く剣筋は、最長到達地点をウルスラの心臓部位へ合わせている。剣が振り抜ける。ウルスラの弓ごと搗ち上げながら心臓部位を斬り抜いて。
――ポーンと、攻撃成功の通知音が二連続で鳴る。直後にブーと合わせて一本となったことを告げる音。
そして最後に、ヴィーと一本を取得した通知音。
ウルスラはティナから随分と離れた場所に着地していた。それだけで単なるバックステップの飛距離が異常だと良く判る。そして当の本人は、へにゃ~と声を出して息を吐いている。
『双方、一本』
二人が残身を解いたところで審判が第二試合の結果を告げた。
『試合終了。双方開始線へ』
それは試合の決着が着いたことを示す言葉。
『東側 フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手 二本』
ティナは、第一試合と第二試合共に心臓部位で決着を着けている。
そもそも、心臓部位で決まること自体は滅多にない。
特に高位の騎士に成る程、互いの技量が高すぎて決まらないし、また決められない。
それ程までに難易度が高いのだ。
だが、世界選手権大会の上位に入る騎士にさえ心臓部位を難なく奪う。
ティナが学園生達に警戒されている理由の一つでもある。
『西側 ウルスラ・ルンドクヴィスト選手 一本』
ウルスラは、剣の距離を弓で戦い、巧みに罠を仕掛けて一本奪って行った。相手がティナでなければ先に二本奪っていたことだろう。何しろ彼女は前回の冬季学内大会ではベストエイトに入っている。弓術の練度を確認するため学内大会しか参加しないので、希少な弓使いとDuel出来るのは学園生の特権でもある。
『よって勝者は、フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク選手!』
審判がティナに向かって手を高く上げ、勝者を宣言した。
観客席から称賛と拍手が割れるように起こる。同時刻で実施されている試合コート四面側の試合を見ていた観客も騒ぎに釣られてチラチラと試合結果と試合コート第一面のインフォメーションスクリーンを見る者も居る。
歓声冷めやらぬ中、最後のマイクパフォーマンスが始まるのだろう。
「もはや~ここまで的な。くっ、ころ「ネタには走らせません」え~、厳しいな~」
ウルスラがぐぬぬ、と演技がかった唸り声を上げてコントに入ったところへ被せる姫騎士さん。
「(クッコロさせません! それは姫騎士の専売特許です!)」
嫋やかな笑みのまま絶対零度の冷気を醸し出す姫騎士さん。
アハハと笑うウルスラ。
「ティナはさ~。わたしの動き全部読んでた的?」
笑いが引いた後、不意にティナへ問い掛けた。
「まあ、ある程度は。ウルスラの場合、不確定要素が多過ぎて適宜修正する必要があるんでとてもメンドウですが」
言葉が後半になるにつれ、結構な言い草になるティナ。ウルスラはフランクな付き合いを好むので気軽にバッサリと話すのが丁度良い距離感だ。なのでウルスラも気軽に聞いてくる。
「二試合目の最初ってさ~。何処も見てなかった的でしょ~?」
「ええ。見てないは語弊がありますが、焦点を何処にも合わせていませんでした。視界の隅で映る方が逆に良く見える場合もありますので」
ティナの視線操作は全体視とは言い難かった。特定の対象ではなく、視界内全てで動くものを検知していたのだ。ウルスラを相手取る時は、攻撃挙動より動きを見る方が重要だからだ。何せ側転やバックステップ、果ては飛び込みジャンプなど都度変わる。気分で動きを変えることすらあり、常道では裏をかかれるのだ。飛び道具相手ならば、移動方向さえ判れば射線は限られる。それでも速射と複数本射ちが何時出るか判らないのでどの道、姫騎士さん曰くメンドウらしい。
「たは~、動きに合わせられた的~。道理でトレードオフを選んで弓ごと弾き飛ばした訳かあ~」
ウルスラが言うように、ティナは三射飛んできた矢をポイント数で秤にかけて防御と被弾に分けた。と、同時に弓ごと斬り上げて、一本判定が出るまでの猶予時間で反撃させないようにしたのだ。弓が射れる状態ならば、ウルスラは確実に心臓部位を狙える角度を見付けて反撃する。
「さすがに四射目は射させませんて」
「そりゃそうか~。んでさ、最後の構えは名前ある的? アバター更新案件だよ~アレ」
ティナの返答を御座なりに流し、アバターデータ担当目線の話を持ち出すウルスラ。
今じゃなくても良いだろうに、とティナは内心で独り言ちるが、とりあえず公開しても問題ない範囲の技術なので答えておく。
「……あれは木立の姿勢です。Wald Menschenが基本で覚える立ち方です」
「そっか~。アバター更新のスケジュール調整しなきゃ的だね~。そん時はヨロシク~」
「ええ、よろしくおねがいします。願わくば簡単に済めばありがたいですが」
「無理的~、判ってるっしょ?」
「…………」
心なしか嫋やかな笑みが引き攣っているティナ。
既にエイル戦で前科持ちの姫騎士さん。新しいアバターデータをリリースして貰うのは有難いことなのだが、特殊データ満載な実測値と未公開だった技のオンパレードで、アバター用モーションデータ補完を実演する予定が詰まっている。そこへ追加が増えるとメンドクサイのだ。堪らなく。
こうして森のエルフとWald Menschenの戦いは終わった。
かなりトリッキーな技の応酬だったので、珍しい部類に分類された試合であった。
今回はアフタートークとなるマイクパフォーマンスが長尺であったのと、ほんのりどころかガッツリと新アバター発売を示唆する台詞が数多く飛び出したので、観客やアバター蒐集家などにも好評だったとか。
ティナとウルスラ。実際に戦うことは今回が初めてである。
武術的な技術も使う武器すら全く異なるが、この二人ならではの共通点は一つある。
それは両者共に心臓部位を攻撃する際の成功率が七割を超えるのだ。この数値は驚異的であり、心臓部位攻撃を得意とする騎士でも二、三割だと考えれば桁がおかしい。
あのヘリヤでさえ、五割を超えるかどうかのラインである。
本来、心臓部位は拳一つ分の範囲しかなく、狙って攻撃を当てるのは至難の業だ。相手は戦闘中なので、常に激しく動き、騎士剣を構えた両腕は攻撃を通すに最も邪魔となる。そもそも、攻撃に繋がる瞬間自体を探るのは難しい。
だが、ウルスラは変則射出型の精密射撃によって数糎の隙間から、拳一握りの範囲である心臓部位を狙える。同レベル帯の相手ならば、ほぼ確実に攻撃を通すことが出来る。
ティナも格上だろうと策を弄して、心臓部位攻撃を確実に獲るお膳立てをする。
彼女達は、何気に心臓部位攻撃率の高さによる評価も高い。
ちなみに、今期の学内大会では予選を含めて心臓部位による一本を量産している二人であった。
「(ふー。危うくエルフにクッコロさせてしまうところでした)」
ティナはどうでも良いことに拘っている。
「(クッコロは姫騎士の特権です! エルフは触手でネットリがホームグランドでしょうに)」
思いっきり偏見である。二次創作の薄い本――特に成人指定――でも探せばエルフのクッコロは容易く見つかるのだが……。
「だから、エルフのクッコロは越権行為だと思うんです!」
そんな握り拳を振り上げて力説する程ではない。四月にアバターデータ取得の実演を複数日程で駆り出される鬱憤が八割程入っているような気概だ、要は八つ当たり。
相変わらず思考が明後日の方向に飛んでったティナである。
試合についての回想なぞへったくれもないのであった。




