【改】01-018. 春季学内大会第二部、Duel本選はじまりました
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20250228 改稿
20251105 加筆
二一五六年三月一七日 水曜日
空は生憎の曇り空。朝方に少しだけ降った雪が薄っすらと景色を白く染めている。道を歩けばシャーベット状になった雪が足の裏を通してシャクシャクと小気味良い感触を伝えてくる。
花花の話では朝五時前から小一時間小雪がちらついていた、とのことだ。彼女の朝は早く、四時には起きて日課の套路(型稽古)を欠かさずしている。
朝八時半。屋内大スタジアムでDuel本選の開会式が始まった。
開催宣言の後、トーナメントの組み合わせが行われる。予選ベストエイトを勝ち抜いた三二名は、コンピュータの乱数による組み合わせを待つ。ここまで勝ち上がることが出来る者には、既に上級生、下級生など年齢や経験によるハンデは必要ない。
会場には本日戦う選手以外にも学園生で溢れかえり、組み合わせが表示されるインフォメーションスクリーンの下で騒めいている。
トーナメントは八人一ブロックで、四ブロック構成となる。それぞれA、B、C、Dとブロック名を呼ぶ。それぞれのブロックで三回勝利した者がA、Bブロック、およびC、Dブロックの準決勝に進む。
インフォメーションスクリーンから、トーナメント組み合わせ開始のメッセージが表示される。本選の場合、組み合わせ決定後は一名ずつ表示される演出となっており、この場に居る選手だけではなく、観客となった学園生も固唾を呑んで見守る。
『Aグループ 一枠 フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク 騎士科二年 【姫騎士】』
ティナが祈りを込めた視線の中、一番最初に表示されたのはティナ自身だった。これでヘリヤが一七枠以降になれば、決勝まで当たることはない。こういう時、一人ずつ表示される演出をされると余計に気を揉む。まだ観客は入場していないのにこの演出は必要か否かとブツブツと呟いている。
まあ、TV局や動画配信局のカメラや学内放送のカメラが回っているので、カメラの向こう側に居る視聴者向けとしては無駄ではない。ないのだが、開会式から会場入りしたいとの要望は昔から出ている。
実際は朝早くから万単位となる観客の移動や、対戦相手が決定してから試合開始まで多少の時間が取られていることから放送のみにしているのだ。
余談ではあるが、インフォメーションスクリーンには以下のように表示されている。
(カッコ『[ ]』は表示内容、改行は横並びの区切りを表現)
[Gruppe-A]
[Rahmen.01]
[Florentina von Braunschweig-Calenberg]
[Ritterabteilung-Grade8]
[Prinzessin Ritter]
『Ritterabteilung-Grade8』は騎士科二年のことだ。
学年の表記は日本のような六・三・三方式ではなく、ギナジウム表記なので、小学一年生相当が『Grade1』、高校三年生に相当するのは『Grade12』となる。
『Prinzessin Ritter』は【姫騎士】のドイツ語呼びである。
ついでだが。
花花の二つ名【舞椿】は『Hinunterfliegen Kamelie』。
京姫の二つ名【鬼姫】は『Teufel Prinzessin』となる。
次々と、トーナメントに選手が表示されていく。
件のヘリヤはDグループ二六枠であったため、決勝まで当たることはない。が、二五枠めは花花、二八枠目に京姫の名前が入り、素直に喜べない。
花花の初戦がヘリヤであり、京姫も一つ勝てばその勝者と戦うことになる。それは、ヘリヤの可能性が高い。
ティナは祈りの結果がこれかと、渋い顔をする。
むしろ、ヘリヤの願望を叶えて仕舞った。「お前たち面白いから全員生き残れよ」と、予選ベストエイト戦開始前にヘリヤの言った言葉が思い出される。その全員とヘリヤは戦える機会を得たのだ。
本選のスケジュールだが、初日は第一回戦が試合コート四面分を使い、それぞれ四試合の計一六試合が執り行われる。予選と比べれば試合数が少ないため、午前中は二面ずつ同時に、午後は一面ずつの試合進行となる。
そして二日目。第二回戦が試合コート四面分を使い八試合、第三回戦が同じく試合コート四面分を一試合ずつ、計四試合を午前中に熟す。ここで選手が四名に絞られる。午後は試合コート一面だけで、準決勝二試合、三位決定戦一試合、決勝一試合で全ての試合は終了する。
本選は、予選の時と同様に九時半開始である。今は一般入場者を受け入れ中だ。選手たちは一〇部屋用意されている競技者控室で試合準備をしている最中である。
ティナはいつもの騎士鎧を纏い、姫騎士復活だ。
今回は三人娘全員が大荷物である。
ティナなどは鎧を二両携え、複数の副武器デバイスを持ってきている。
Kampf Panzerungを用意しているのは対ヘリヤ戦のためだろうか。
花花も複数の武器デバイスを持ってきている。中国単剣の他、反りがあり剣先の幅が広い中国刀を二本、それと、まるで日本刀のような反りと柄を持つ鞘に収まった長剣。
京姫も大身槍、脇差の他に、鞘が二尺五寸を超えた太刀と思われる刀。そして刀身は黒塗りの鞘に収まっているが柄が槍のように長い。長巻を持参して来たのだ。
それぞれが相手に応じて武器を使い分けるのだろう。トーナメントで誰と当たるか事前に判らないため、どの強者と組み合わせになったとしても戦えるよう、準備をして来たのである。
「他人事じゃナクなたヨ!」
花花が何やら叫んでいる。ヘリヤに目を付けられていたティナのことを他人事と見ていたことが良く判る台詞である。
そんな花花を見て、やれやれと言った表情の京姫。
「私も初戦の結果次第で二戦目がヘリヤになる可能性が高いな」
京姫も他人事ではない。彼女の台詞は花花が負けることも含んでいる。
然しながら、現在の花花と京姫ではヘリヤに勝利することは難しい。それは本人達が一番良く判っている上での言葉だ。
だからこそ、ティナも気安く言葉を掛けない。故に必要なことのみ口にする。
「二人とも、せっかく世界ランキング一位と戦うチャンスを得たんです。現在の頂点が如何なるものか良く刻み込んでください。必ず役立つ筈です」
「そうだな。胸を借りる、いや、今の私がヘリヤと何処まで遣れるのか。それを確認する絶好の機会を得られたことを喜ぶか。まぁ、その前に小乃花から勝ちを奪わなくちゃならんがな」
京姫の初戦は、同郷の先輩である神戸 小乃花だ。寄宿舎の相部屋で一緒に暮らしている同居人でもある。世界選手権大会に出場経験のある手強い相手だ。
「今の小乃花なら京姫しっかりするしたら勝つするヨ。平常心たいせつネ」
助言を含んだ声援を贈る花花。そして、自分のことは諦め口調でシオシオと言葉を漏らす。
「しかしヘリヤは大師レベルネ。世界一の技楽しむするヨ。太極拳使えたら、も少しオモシロイ出来たのは残念ヨ」
花花は国元で制定された競技用の技を使うが、本来は実戦型の太極拳使いだ。纏絲勁と強力な震脚から生み出す発勁(暗勁、明勁を含む)を最も得意とし、接触すれば相手を行動不能にする威力を秘めた技を数多く持つ。本来の使い方をすれば武器術にも同様の効果を齎すのだが、ホログラムの剣身では纏絲の効果までしか再現出来なかったのは幸運だったのかどうか甚だ疑問は残る。
昨年度、花花が客引き用の演武で何気に見せていた技があった。スイカに手を触れた状態から、軽く「やるヨ~」と合図を出したかと思えば、その瞬間に手が触れた場所の反対側から広がるように爆散した。
花花だからこそ使える秘術の身体運用による点勁である。一般の点勁とは理論と威力が全く異なる。
さすがは3D格闘ゲームで五本の指に入る強キャラのモデル本人である。
あれは本当に驚いたな、と二人の記憶は呼び起こされ、あの技を競技で使う花花の姿を思い浮かべてちょっと引いた。
花花のおかげで良い感じに力が抜ける。
学生の内から世界一の騎士と戦える環境があるのは恵まれている。
いや、恵まれ過ぎていると言っても良い。
そして、機会は与えられた。そこから何を得るかも本人次第である。
現在、武器デバイスの最終チェックのため、電子工学科とスポーツ科学科のサポート要員で、剣身のホログラムチェック中である。
競技者控室には、武器デバイス確認用スペースが設けられており、幅五〇糎長さ二二〇糎のホログラム発生ケースが設備として配置されている。その中に武器デバイスを設置すると剣身が出力される。ホログラム状況、素材と重量のエミュレート値、武器デバイスのセンサー感度、通信フィードバック値が正常値の範囲内であるか確認する。
「呀? ティナめずらしいヨ。甘食持てくか? 始めて見るヨ」
「甘食って……。確かに似てるな、その小盾。ああ、相手は彼女か。なら納得だ」
甘食。以前、京姫がオヤツに造って来たことがあった、ケーキスポンジとクッキーの歯触りがある日本発の洋菓子だ。
その形状がティナの持っている小盾とよく似ているのである。
「ええ。意外とめんどくさい相手です。剣とサクスでも対応できますが、盾を使った方が早く捌けるので」
「哦、あのヒトね。アノ武器で試合するヨクやるヨ」
ティナの初戦の相手は、ある意味有名人である。その戦法だけでなく、彼女の模倣するスタイル自体が目に留まるのだ。
今、ホログラム発生ケースの中には花花の長剣が収まっている。やはり、刀身が反っており、剣身は細いが長さ的に太刀の部類になるだろう。
「花花のこの武器も珍しいな。まるで日本刀だ」
「苗刀ヨ。昔、サムライ海賊強かたから真似でつくた中国のカタナヨ」
「あら、おもしろいお話ですね。確か日本の剣は中国から入って来たものが独自の発展をしたと聞いてますが」
元々、青銅とともに鉄器、それと鉄鉱石は弥生時代に輸入されていた。古墳時代辺りに国内でも木炭など低温による錬鉄方法で砂鉄や鉄鉱石から製鉄する術を身に着けた。それを基に錬鉄による鋳造から折り返し鍛錬法を発展させ改良が加えられる。そして諸刃であった剣から、飛鳥時代には片刃の切刃造りが登場する。平安時代中期頃には湾刀と呼ばれる反りの付いた刀剣、所謂日本刀が現れるようになった。
「ティナは良く知ってるな。まぁ、その発展で反りの入った刀が生まれたからな。しかしサムライの海賊か」
日本人である京姫は、三人の中でも一番良く知っている筈である。何せ、歴史の授業で一度は聞くことがあるからだ。
「……侍の海賊? 海賊……。もしかして、倭寇のことか?」
「倭寇、そう、それヨ!」
「WAKOU? 京姫なんですか? それは」
「確か一六世紀くらいに日本近海を荒らし回った日本の海賊だよ。元武士が多く乗船してたから相当手を焼いたらしい」
「へー、ではその時の武器を模したんですね。逆輸入したみたいです」
「いやいや、刀は黎明期から美術品として輸出していたからな?」
「倭刀ヨ。昔の軍隊でも使うしてたらしいヨ」
「ふむ。当事者がいる国の歴史を知らないと出て来ない言葉です。おもしろいですね」
倭寇と戦った明の武将、戚継光の残した記述に寄れば。
「日本人の海賊は舞うように飛び回り、突進力があり、遠間から届く刀(大太刀と思われる)を持つ。剣では近づき難く、槍では遅すぎ、遭遇すればみな両断される」とのことである。
倭人の武器、太刀に対抗すべく、戦法と武器を研究して造り上げた苗刀を配備した。
刀の在り方だけではなく用法も考慮され、ある意味では逆輸入と言えるかもしれない。
一六世紀、日本では戦国時代である。倭寇は単なるならず者の集団ではなく、武士が多数含まれていた。戦法が違えど軍隊をそれ程恐れさせたのは、戦国の世を戦い抜いてきた現役の武士であったからだろう。そして、態々戦力の高い武士が海賊となるのは当時の時代背景からすれば異例であろう。政治的目的による海賊行為だったとの説もある。
「京姫の武器も、またおもしろい形をしてますね」
ホログラム発生ケースの中に納められた京姫の武器は、九〇糎の柄から一米を超える剣身が生成されている。
「長巻という武器だ。長柄武器と太刀の特性を持った戦国時代過渡期の武器だよ」
「ほへー、オモシロイヨ。棍の先に刀ついてるヨ」
「ところ変われば武器も様々ですね」
そう言うティナだが、彼女のKampf Panzerungが一番珍妙である。
そもそも鎧を主武器として発展させたケースは世界的にも稀であろう。
各々、武器デバイスと防具の最終チェックを済ませ、軽く水分を補充しつつ試合会場入場の時間を待つ。友人達との他愛がない会話も無駄ではない。精神的にも安定する方法の一つだ。
『試合開始一〇分前です。選手は試合会場に入場してください』
聞こえて来た館内放送に三人は視線を交わす。
「それでは、いきましょうか」
「ああ、行こう」
「ナンか、ワクワクして来たヨ!」
三人娘の顔からは微笑みが零れていた。
これから向かうは世界を知る者達が集う舞台。
自分が何処まで行けるのか推し量るには十分な相手がいる。
何時の日か、それは幸せなことであったと語る日も来るだろう。




