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シュヴァルリ ―姫騎士物語―  作者: けろぬら
第1章 Grüß Gott! 私、姫騎士(仮免)です

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【改】01-017. 神頼み?いいえ違います、祈りです

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20250228 改稿


二一五六年三月一五日 月曜日

 Duel(決闘)本選となる春季学内大会第二部は明後日の水曜日から始まる。

 予選から中四日を空けるのは、選手の疲労回復、および装備メンテナンスのために用意した期間である。プロとして活動している者も居るが、彼等彼女等は、まだ成長期にある学生なのだ。それを加味した日程である。


 また、予選時に蓄積した画像や戦績データの取り纏めや会場設備のメンテナンス、本選の告知等々、色々な実務を消化する時間を兼ねている。作業統括はChevalerie(シュヴァルリ)実行委員会の役目だ。


 今日明日は、午前中の基本教科三時間は平日通りに実施されるが、午後二時間の専門教科枠が変わる。

 Duel(決闘)本選を迎えるための各種準備が組み込まれるのだ。


 たとえば人間工学科の医療班などは、本来場する一般客に対する医療部隊の増設可否の検討。電子工学科はデバイスと機材の通信状況の調整と遅延発生抑止、判定能力のメンテナンス、制御演算用コンピュータのプログラムチェック等。


 スポーツ科学科は試合を控えた期間に特別プログラムを実施し、選手個人に適したメンタルケアや、大会中でのトレーニング方法などをサポート、戦いに赴くための食生活提案を密に行う。採用する解説者や審判員の選定も彼等の科が統括している。


 運営科は、引き続きデータ整理と試合プログラムの策定、外部放送局との折衝等、後二日しか残っていないため人員のアサインなども大変である。出店関連は、生徒会が受け持ち負荷分散をしている。


 騎士科といえば。Duel(決闘)本選出場の三二名以外は、会場のコート清掃と異常確認、使用するコートの検討など。異常個所が見付かれば電子工学科が出張って修理しに来る。

 また、一部の者は試合動画のコメンテーターやアバターデータ発売露店の売り子などに駆り出される。その他は、観客案内や、迷子などの預り所など。


 そして、迷惑客の取り締まりをサポートする。

 過去、これから試合をするため入場してくる選手に通路を大きく乗り越えてサインを強請(ねだ)ったり、触れて来たりする事案が発生した。

 一人が始めれば次々に厄介ファンへ変貌し、通路に一般客が溢れ、選手が揉みくちゃにされ、装備破損などが起こった。 危険性を考慮し、試合自体を中止したことがある。

 それ以降、精神的な安全を守るためにも手の空いた騎士科の学園生が監視員として働くのだ。彼等彼女等は皆、武術の嗜みがあるので、ちょっとした荒事程度は涼しい顔で対応する。そして迷惑客の取り押さえは学園の警備員と、一般公開時にカレンベルク財団の警備部門から派遣されたスペシャリストだ。


 では、本選出場者達はと言うと、武術基本と騎士学科の講義を中心に、身体に負担が掛からないように授業が配慮されている。

 ティナは今、オープンスペース型の選択教科スペースで騎士学科の講義を受講中である。すぐ隣のオープンスペースでは人間工学科の機能生理学が講義されているようだ。


「フロレンティーナ、あなた、身体は大丈夫なの?」

「あら、アズ先生。ご心配をお掛けしたようで。土日で完全回復しました」


 アズ先生と呼ばれた女性は、二十代後半に見える、身長一七〇()ほどの姿で年上のお姉さんと言った雰囲気を持っている。ダークブロンドの波打つ髪を肩甲骨辺りまで伸ばし、白い肌に青い瞳が映えるが、容姿のバランスが良く整っていることで部位単位ではなく顔全体の印象で記憶される。

 ダークグレーに五()間隔で縦のラインが入ったシックなスーツ姿なのだが、下はタイトなマイクロミニ。股下丈も短く、少し動いただけで下着が覗きそうだ。


 そして両脇は腰に届きそうな深いスリットが入っており、下着の横紐とガーターの吊り紐が覗いている。ガーターは薄い黒のストッキングを吊っており、太腿丈だ。ムチッとした脚に食い込んだりと妙に色気を振りまく。

 そして足元に大人のセンスが光る品の良いパンプス。スカーフをタイ替わりに巻いた白のブラウス。円錐型の大きな胸を収めるため、スーツ上着もオーダーしたと見えて、胸を収めたシルエットが自然となっている。ブラウス自体は白と言うこともあり、紫の下着が薄っすら透けている。

 オーダーしたスーツと言えど、胸が圧迫を感じる時は結構深い位置までブラウスのボタンオープンしている。


 アズ先生は愛称である。

 騎士科の武術基礎・戦術基礎、トレーニング理論、戦術論を主に教鞭に立つ特別講師である。特に武術基礎は、身体の使い方を個人の修めた術理を崩さずに伸ばす方向を指し示すので、上級生も授業のコマに取ってたりする人気の学科だ。


 本名、アスラウグ・ロズブローク。旧姓ヴォルスング。

 二つ名【女王】、Chevalerie(シュヴァルリ)競技委員会から賜った名誉称号【永世女王】。

 ヘリヤとエイルの実母で、現在四〇代半ばの筈が、見た目と肌艶が随分若々しい。母ではなく姉妹と言っても通じそうだ。

 そして、若い時分と同様に露出の多い服装を好む。第一回世界選手権大会から一〇連覇を果たし、史上最強の騎士(シュヴァリエ)と呼ばれている。

 現役時代無敗に加え、公式競技から引退しているが現在でもアォスシュテルング(エキシビジョン)シュピール(マッチ)などで呼ばれることもあり、未だに無敗である。

 現在の強さに到達したヘリヤ(世界ランク1位)が死力を尽くして(ようや)く初めて一本取ったのが、人生唯一の一本損失である。

 ティナが公式試合では絶対戦いたくない相手No.1である。引退済みでヨカッタと、会うたびに思うのは内緒だ。


「あの技は、身体が完成するまでは余りお薦めしないわ。少なくとも二、三年は連投どころか日を置かなければダメよ」

「はい、母にも同じ注意を受けまして心得てます。私も翌日の筋肉痛で寝たきりは御免ですから」

「やっぱり、今の身体だと負担は相当だったみたいね」


 さすがに成長途中で身体のリミッターを外す、潜在能力を引き出す無茶な技を使う生徒は放っておけないのだろう。ならばと、過度な筋肉疲労時にするべき身体の(ほぐ)し方を教えてくれた。

 武術流派の活法とはまた異なり、負荷が掛かる骨の順位に紐づくインナーマッスルから徐々にメンテする方法。ティナも目から鱗であった。思わず「さすアズ!」と口から零しそうになるのをグッと堪える。


 アズ先生はマイクロミニである。その姿で実演を交えて教えて貰った訳だが、チラチラと紫の下着が頻繁にコンニチハ!をしていた。遠目で男子生徒がチラチラしながらヨウコソイラッシャイマシタ!とお辞儀したり覗き見たりパシャリ!しているが。


「ちょっと、そこ! 写真は良いけど、ネットに出しちゃダメよ♡」


 などとウィンク一つで大人の余裕なアズ先生。

 写真を撮ってる君達。相手は自分の母親と同年代ですよ?え?アズ先生ならすこる?君達、違う意味でスコッてるんじゃないか?


 男子のこういうところは子供のままだなぁと、姫騎士さん。声にも顔にもださないが、そう言った生き物だと認識されているのだ。


「あら、フロレンティーナはまだ第一成人を迎えてなかったのね」

「はい。四月でようやく一四になります」


 無茶な身体の使い方をした話の流れで、ティナはの年齢が幾つか問われたので答えたところだ。



 二一五六年現在、成人の指定は三段階となっている。


 二一世紀中盤以降の食料流通と価格に改善によって、世界規模で食生活は豊かになる。児童は栄養が行き届くことで発育は良くなり、全体で早熟傾向となった。

 教育制度も先進国から改革が起こり、学力や能力に合わせた個人の自立を促す教育方法が広まる。それによって肉体のみならず精神的な成長も見られた。

 そして、成人年齢を前倒しすると共に、年齢による成人段階を設けた。年齢に応じて負うことになる責任を認識させ、社会との在り方と共に個々の成長を促すシステムの一つとしたのだ。先進国などは、段階的な成人年齢の設定は今やトレンドだ。


 ここドイツ語圏の場合、第一成人として一四歳。被扶養者としての独立許可も申請出来、各種公共設備の利用、業務への正式な雇用対象となる。女子は保護者容認の元、婚姻も可能となる。この年齢の少女は、顔に幼さは残るが体力的にも大人と大差なく成長をしている。

 第二成人は一六歳。発泡酒等、低アルコール飲料が解禁となり、男子は保護者容認の元、婚姻が可能となる。

 そして第三成人は一八歳。飲酒可能な一人前の大人として扱われる。アダルトコンテンツなどの閲覧・購入は解禁されている。つまり、責任は全て自分が負うことになる。婚姻なども保護者の許諾は必要ない。

 例外として、喫煙は二〇歳以上、極度の残酷描画・性的描画のあるコンテンツは二一歳以上となっている。

 但し、選挙権は二五歳と遅い。投票者自身が政治に対する判断基準を持てる年齢を検証した結果だ。


 成人年齢の前倒しには、個人の自立による学力向上も寄与している。

 自己の在り方を確立する児童が増えれば、学習への取り組み意欲や教育の効率化が起こる。結果、児童の平均学力は向上した。満一二歳における教養は、二〇一七年度策定時のISCED三Aから三C(当時の後期中等教育の学力。二千百五十六年では二Aから二Cの扱いとなり、小等部卒業時の学力である)程度まで学力は向上した。

 尚、各国でも第二言語として英語が履修必須だ。会話可能となるレベルまで(こな)せるよう、幼年期から指導されている。


 食品の質も変わった。二一世紀にアンチエイジング効果が高い成分を含む穀物・野菜類の品種改良に成功する。その改良法は幾種もの食物で適用可能だったことが発見され、一気に世界中へ拡散した。

 その結果、寿命自体にそれほど変化はないが、肌年齢、肉体年齢が最低でも一〇歳は若返りと、老化が遅延したことで労働可能な年齢が後ろ倒しとなる。現状、仮想化技術が一般化しているのは元より、高度な人工知能や自己拡張人口知能、自動化による恩恵で、一般的な労働時間は随分と短縮された。人の手が入れる部分は少なくなってきているが、個人が持つアイデアや感性的な発案、職人的な技量など、機械では()だ完全再現出来ないことが多々残っており、職種によっては人手が足りていないことも多い。


 閑話休題。



 なるほど、アスラウグの若々しさの半分は食生活にあるのだろう。もう半分は現役時代に自ら語ったポリシー「騎士は美しくあれ」の言葉通り、美容と健康に気を配った(たゆ)まぬ成果であろう。競技者として引退したが、(いま)だ流派の鍛錬は続けているので、その辺りも要因ではないかと。


 アスラウグは、集まる生徒たちに食生活と健康法の大切さについて語っている。毎回、新しい内容が追加されていくので聞き漏らさないように、他の専攻から少し抜けてアスラウグの講義に来る生徒も多い。

 まるでパートワーク(※)の雑誌購読みたいだな、とティナは講義を受けて思う。


※百科事典などを週刊誌のように分冊刊行する仕組み。全号購入すると模型が組みあがるなどの雑誌をご存じの方も多いだろう。



 ティナはどうしても気にかかることがあった。個人に関わることは聞くのもマナー違反ではあるが、同じような技を使う彼女がどうなのか知りたい。

 アスラウグが一人になったタイミングで、思い切って聞いてみる。回答が貰えるとは限らないが。


「……アズ先生。答えられるなら教えてください」

「あら、何かしら?」

「ヘリヤは()()をした後、寝込んだりしますか?」


 アスラウグもすぐに察した。何せ、最初にティナの身体を気遣ったのは自分である。ならば、聞きたいことも判ろうもの。


 ヘリヤがluttes(乱戦)で見せた、神速の連撃。三人から同時攻撃を受けた際の反撃は、ティナが扱う五連撃とは違うが、身体能力のリミッターをさなければ成り立たないレベルだった。それを信じられないことにケースバイケースで自由に使ったと見えた。それで身体は悲鳴を上げないのか。


「ケロッとしてるわよ? あの()にとっては通常技の延長みたいね」

「っ‼」


 ティナは思わず息を呑む。人の限界を超える技が通常技などと、最悪を想定した以上の答えが返って来たのだ。まるで現実味のない悪い夢のようだ。


 ティナは一度目を見開いた後、聞いたことを反芻しているのか、長く目を閉じたり開けたりを繰り返す。その様子を見て、アスラウグは言葉を添える。


「あの()はね、騎士(シュヴァリエ)としての才能は凡庸。今でもそれは変わりないわ」


 その台詞にティナは驚きをもってアスラウグを見返す。エイルから以前聞いていたことではあるが、その言葉を当人から聞くと重い。

 そして、史上最強の騎士(シュヴァリエ)から只一人、一本獲った騎士(シュヴァリエ)が凡庸だと言う。


「エイルの方が私のセンスを受け継いでるわ。戦ったあなたなら良く判るでしょ?」

「……それは、……。ではヘリヤは……」

「そうよ? あの()は私の能力を全く受け継いでないし、流派の技も何一つ合わなかったの。但し、……()()()()が規格外だったのよ」


 アスラウグの目は「それを聞いて尚、あなたはどうする? どうしたい?」と問いかけている。

 ティナは「ふぃ~」と声にしながら息を()く。


「半分心を折りつつ発破をかけるなんてエイルの血筋を感じます。いいでしょう、アズ先生。現状、ヘリヤ相手はかなり厳しいことも事実です。ですが、面白いものをお見せいたしますよ?」


 口の端を少し上げ、ニヤリとティナは嗤う。ここまで来たら腹を決めました、と。


 アスラウグは思う。

 この娘は、ドイツ式武術を高い技量と精密さで、王道派騎士スタイルと評されるまで()し上がった。

 だが、本質は違う。

 勝ち目を読む、引き寄せる、ではなく、自ら勝ち目を強引に生み出す騎士(シュヴァリエ)だ。

 自分の娘達とは違う方向にいる規格外の騎士(シュヴァリエ)

 何処か他の騎士(シュヴァリエ)達と見ている先の違う印象がある。

 何をその瞳に写しているのかは判らないが、何かを期待させる存在である。

 あの()の娘なら()もありなんか、と。


「ふふふ、今度は何を仕出かしてくれるのかしら? 今から期待してるわよ?」

「ええ、飽きさせることだけはいたしません」


 ティナは(たお)やかにほほ笑む。試合中に見せる微笑み。

 これは騎士(シュヴァリエ)としての回答だからだ。



 ティナは本選でヘリヤと必ずどこかで当たると確信している。お互いが必ず勝ち残るだけの技量を持っている。技を公開し始めた以上、不確定要素は最早存在しない。

 そして、ヘリヤとの一戦では更に手札を用意して臨む。本来は世界選手権大会に出場した際、初めて使う筈であった流派の技だ。そこでヘリヤと当たるまで、対策などさせないまま一気に勝ち星を取る算段をしていた。

 (しか)し、学内大会でエイルと当たることになり予定は大幅に狂った。落とせない戦いに、隠していた技を使わざるを得ない相手が対戦者となったのだ。

 一度でも見せれば映像は残る。()すれば世界選手権大会までに対策を練るものも少なからずいる筈だ。既に、隠し立てする意味がないと言える。

 ならば、ヘリヤと世界選手権大会で相対した時のために()()()()()()()()


 エスターライヒ(オーストリア)では世界選手権大会の代表は単純な勝敗では決定しない。ランキングポイント、戦績、選手の技量、そして選手選考大会を開催し、その成績や如何に戦ったかも判定材料だ。数字ではなく、騎士(シュヴァリエ)個人を見るのだ。

 ティナの場合、元より評価は高い。そうなるよう調()()して来たからだ。現段階でも選手選考大会でベストフォー以内であれば、まず確実に代表入り出来るであろう。

 エイルとの一戦は単なるランキングポイントではなく、戦績の評価が高くなる筈だからである。世界的にも評価が高いエイルから得た勝ち星は重いのだ。



「さて。ヘリヤから少なくともポイントはいただきませんと。そうすれば評価はダダ上がりで選考会はおさぼりしても代表入り出来るでしょう!」


 途中からメンドクサクなったティナ。さすがに欠場は印象が悪いので、そこそこ見映え良く戦えば良いかと匙加減をする気満々だ。あくまで本番は世界選手権大会だからだ。


「でも、ヘリヤとトーナメント初っ端で当たるのだけは避けたいです。最初にソレだと後の計算に支障が出るかも知れません。手が空いた時間は全てお祈りをいたしましょう」



 本選が始まる水曜日まで、其処彼処(そこかしこ)でティナが祈りを捧げるのだった。

 祈りを捧げている姿は宗教圏ならではの光景だ。この学園は国際色豊かなので、色々な宗教の敬虔な信徒である学園生がそれぞれの様式で祈りを捧げる。この学園で良く見かける風景の一部でもある。



「(ヘリヤと初っ端あたりませんように。できれば正反対側のブロックだとベストです。本音を言えば戦うのもメンドイので回避イベントが発生しますように)」


 姫騎士さん、あなた腹を括ったんじゃなかったの?

 アスラウグに格好良く啖呵を切ったのにコレである。



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