【改】01-015. 今日はゴロゴロ日和、働いたら負けです
----------------------------------------
20250228 改稿
20251105 加筆
三日間かけて騎士達が戦った春季学内大会第一部、Duelの部は終了し、予選ベストエイトの三二名が選出された。
ティナ、京姫、花花の三人娘は、無事に本選へ駒を進めた。
然し、其々が本選でもベストエイトへ入るような手強い相手と早々に当たるという、何とも試練染みた試合を熟すことになったのは、この学園の選手層がどれだけ厚いのかを伺える。
何せ、本選出場者の半数近くは世界選手権大会にも代表入りする選手だったりと、学生の大会とは思えない面子が揃っているのだ。
ティナは試合後、競技者控室に戻れば京姫と花花の二人から賛辞を受けるが、軽く謝辞を返して取る物も取り敢えず、慌てて奔走すると言う珍事を巻き起こしている。
京姫はキョトンとした顔で、花花は大笑いしながら見送っていたが、態々祝ってくれた友人に対して私事でおざなりにした事態に、大いに反省をしたティナ。
一段落付いた後に、今度は別の意味で二人へ謝辞を伝えに訪ねた。つまり、平謝りしたのである。
その原因となるKampf Panzerungの売込みは上々だった。
大慌てで電子工学科へ赴き、アバター作成チームへ口頭プレゼンで参加者全員納得させた手腕は、さすがに要人との外交レベルで会談を熟す大財閥令嬢である。
3D格闘ゲームのお知らせや、アバター販売サイト、学園公式サイトなどの閲覧数が非常に多い公的通知に、【姫騎士】の文言を捻じ込んだティナの格闘ヴァージョンアバター実装を謳うメッセージが当日中に流れる段取りまで取り付けたのは見事である。
ここまで取り付ける間には、取材などインタビューで捕まったりと、ティナの焦りを募らせる事柄が妨害して来るなど、雲隠れを本気で考えていたのはここだけの話。
それが全て当日中に起こった出来事と言うのだから、どれだけ怒涛の一日だったか。
二一五六年三月一三日 土曜日
ティナは昨日の奔走が、奥義を使った影響をぶり返す結果となった。全身筋肉痛に襲われ、今やベッドの上が安息地だ。
試合中にクールダウンで緩和しなければ、もっと酷い状態になっていただろう。トイレがペットボトルかオムツになり、特殊性癖向けのお話になること請け合い。
学園のティナ小屋は、七畳のベッドルーム、三畳ほどのキッチンが付いた一人部屋を借りている。ヨーロッパの寄宿舎にしては居住面積が平均より半分程度。だが、騎士科を持つ学園では装備品などを格納する配慮から収納が殊の外大きく取られているので、トータルで見れば平均的な数値になるのだ。
今日一日のティナは、おとなしくこのままゴロゴロする予定だ。
そして現在。予選ベストエイトには、当然の如くヘリヤは勝ち残っているので、ティナの戦いたくない病が発動中である。うつぶせにマクラへ突っ伏し、トーナメントは別ツリーのグループでありますように、と懇願中である。
剣戟物語の主人公に似つかわしくない病を発病するのだが、ティナはターゲット以外のメンドクサイ相手とは極力戦いたくないのである。
『ピンポ~ン』
装着している簡易VRデバイスから来客を知らせるチャイムが鳴る。インターフォン会話を開始すると、花花と京姫の声がする。
「ティナ、遊びきたヨ。早く~開けて開けて!」
「おい、花花。壊れるからやめろって」
京姫の静止も聞かずガチャガチャとドアノブを回す花花。だんだんドアノブの扱いが激しくなっている。ガチャガチャガチャガチャッ。ドアノブの寿命が急速に削れていく。
三月も半ばだが、アルプスを挟んで北側のヨーロッパ地域は緯度が高いため、気温は低めだ。まだ寒さが終わらず、時折雪が降ったりする。その分、夏は涼しく過ごし易いが。
二人の姿も冬を感じさせる出で立ちだ。
花花は、灰色に近い水色のミニ丈ワンピースセーターを着用。太腿で止める厚手のストッキング、カーキ色のロングダウンコートを羽織っている。
京姫は、オレンジ色の手編み風厚手のセーター、黒いフレアー仕立てのキュロットスカートと腰を絞ったスリムスタイルのアーミーコート姿。
二人共、別の寄宿舎棟だが近場ではある。だが、東西ヨーロッパ人と比べ平均体温が低いアジア圏の人種である彼女達には、ちょっとでも外に出るとなれば、寒さが堪える様子。故の完全防寒装備。
カチャリとドアのロック解除音がする。ティナが簡易VRデバイスからリモートでロック解除したのだ。
二十一世紀中盤辺りから、日常の様々な設備や電化製品のコントロールは身に着けるタイプのVRデバイスから操作出来るようにインフラが整って行った。VRデバイスはヘルスチェックで緊急事態発生時には救急車などの出前も自動だ。
ドタドタと勢い良く部屋に飛び込む花花。その後を遅れて入ってくる京姫。
この部屋は、日本と同じように玄関先で靴を脱ぐ。ティナが素足を好むからだ。
「きたヨ! おミヤに炸红薯丸子持てキタヨ! 出来立てヨ!」
「おじゃまするよ、ティナ。調子はどんな感じだ?」
「いらっしゃい、二人とも。今日は部屋から一歩たりとも出るつもりはありません」
ベッドの上から手を振るモノグサ度全開のティナ。首元が長方形に空いた長袖Tシャツとパンツ一丁。部屋着兼寝間着姿であり、ティナは外に出ない限りこの手の格好だ。このTシャツは首元を締め付けない形状のため、彼女お気に入りの部屋着である。
蛇足だが、出前や宅配もこの格好で平然と受け取る。女子が多いこの学園への配慮なのか何時の頃からか配達は女性が担当するようになっているので事案は発生していない。
玄関に用意したスリッパも履かず素足でパタパタ歩き回り、着て来たコートをその辺へ適当に放り投げ、食器を漁り始めた花花。毛足が長いラグの上に置かれたローテーブルへ適当に見繕った器を並べ、いそいそとお土産を移している。甘い香りが部屋に広がる。
京姫は京姫で、自分の外着と花花が放り投げたコートをハンガーに掛けてからキッチンに立ち、ケトルで湯を沸かしている。
二人とも勝手知ったるなんとやらだ。部屋に緑茶の香りが漂って来る。京姫が人数分の湯飲みを持ってテーブルへ並べた。
「ティナ、お茶が入ったよ。いい加減起きてこっちにこないか?」
「はーい。アイタタタッ! うー、まだギシギシしますね」
身体をほぐしながらベッドから起き上がるティナ。上はシャツ一枚なので重力に逆うご立派な胸元も随分と自己主張が目立つ。気温が低いからか、摘まめるくらいハッキリと先端のボタンが浮き出ている。が、この場の誰も別に気にしない話だ。
温度調節機が常に温度湿度を適切に管理している部屋内であっても、シャツとパンツだけの姿は冬場だと見ている方が寒い、と言うのが京姫の感想だ。
ティナは実家だと普段から人の出入りがあり、要人などの訪問も意外と多いので、普段から着衣にも気を使う必要があったりする。なので、一人部屋だから出来る楽な格好は捨てられないのだ。
「このお茶、日本茶ネ。绿色が美丽的ヨ」
「緑茶は私が気に入ってるので、日本に住んでいる親戚から偶に送ってもらうんですよ」
「私も極蒸し煎茶が置いてあってびっくりした。日本でもちゃんとした茶葉専門店じゃないと手に入らないものだよ」
京姫は茶道も嗜んでいたので、その辺りは詳しいようだ。
極蒸し煎茶とは、茶葉精製の工程で通常より長く蒸す深蒸しを二回行った物で、淹れた茶も味と緑が濃い高級茶葉である。
「あ、おいしい。流石、茶の湯を嗜んでる方の淹れ具合は違いますね。私だとこの味は出せません」
「これはサツマイモの団子なのか。スイートポテトみたいだけど歯ざわりとモッチリ感が違うな」
「蒸したサツマイモに砂糖と米粉入れて揚げるヨ。モチリは米粉ね。これ日本茶合うネ。普洱茶とか烏龍茶と違た味わいなるヨ」
ちなみにだが、モッチリなど日本人が良く使う食感を表す言葉は海外で通じないことが多い。と言うのも食感を表す言葉は海外では一〇〇語程度、フランス語ならば二〇〇語強と多いが、日本語では四〇〇語を軽く超える。
存在しない表現は翻訳出来ないので伝えるのが大変である。彼女達の場合は、日本人の京姫と日本語を使いこなすティナがいるので、花花も何時の間にやら馴染んでいた。
「ふわとろ」と言って意味が通じるのだ!
たわいもない会話から何時の間にか予選ベストエイト戦の話に移っている。
京姫の居合技や花花のパーリング絡めとりに始まり、彼女達の対戦相手などでも盛り上がった。
特に、テレージアは並みのパンモロ姿ではないので「ドリルのパンツ、相変わらずエロかたヨ。あれは一度見たら忘れるナイネ」などと花花に言われてたり。
マイクパフォーマンスで花花と京姫の二人とも相手に訂正を入れたことがお笑いポイントになったり。
競技中のエイルと何時ものティナが似通っていて妖怪キャラカブリとか言われたり。それら全ては会話を楽しむ単なる話題だ。
彼女達は遊びに来たのであって、あれすごかったねー、程度の話なのだ。
あと素で女性にエロいコメントをする騎士王のバッシングは欠かせない。
彼を良く知る女性達からは、そろそろ女性の敵扱いになりそうだ。
「ティナのあの突き技、あれは達人を超えていた。いいものを見せてもらったよ」
「おかげで全身が筋肉痛です。今日一日は働きません。ゴロゴロの日です」
「ワタシ、回し蹴り気にナタヨ。アレ実戦で使うするホンとで戦うの技ヨ。蹴りしても掴まれない理合い入てたネ。ティナは格闘の功夫、相当積んでるヨ」
花花が少し突っ込んだ話を振って来た。彼女達の間でそう言った話が出るのは珍しいのだが、何やら別の目的を孕んでいそうなのでティナは敢てスルー。
したのだが。京姫が余計なことを付け加えた。
「あ、それは私も気になっていた。流派に含まれる体術という感じがしなかった。体術主体の技術だと踏んでるが」
「そう! それヨ! アレ器械術から生まれてナイヨ! 体術で剣使てるヨ!」
「まあ、そんなところです。母方から継いだ武術の特徴ですから」
やっぱりそうか、と京姫はウンウン頷いている。
ティナの異質な技についてもその程度の会話だ。詳しく聞くことも、詳しく語ることも彼女達は求めていない。
が。
別の目的を持った約一名が活性化した。
「で。いつ散打するヨ。だからティナ早く動けるようなるヨ」
花花が何か言いだした。
「いえいえ、なに言いだしてるんですか。イヤですよ、そんなメンドイこと」
ティナも答えが直球だ。
「えー。ナンでヨ。散打出来る相手貴重ヨ。しないは鈍るヨ」
「それ、花花が組手したいだけなんんじゃないですか?」
「あたりまえヨ! コチだと散打やれる相手いないヨ~」
語尾と共にシナシナと萎れる花花。
ティナも言いたいことは判る。
確かに武器術をメインとした騎士育成を謳う学園に、格闘術の練度が高い者は何人いることやら。たとえ該当者が居るにしても、学園内でなら、まず格闘なぞ使う場面はないだろう。なれば相手探しが難しいことも仕方なし。
「そもそも、私が花花と組手の出来るレベルかるかもアヤシイじゃないですか」
「ま~たまた、ヨ。剣持つの別の手置くは違う使い方したけど、ホンとは関節獲りいくヤツヨ」
ティナはギョッとする。構えを見ただけなのに、花花が技法の理解まで及んでいたことに驚いたのだ。
エイル戦で見せた剣を持つ前腕へ片手を添える構えの本質は、花花が言う通り相手の関節を取り体術で破壊する技法だ。
剣を構えれば、そちらに集中するものだ。その認識を利用し、添えた手は剣を扱うためと印象付ける。添え手が本来の武器なのだ。
「なるほど。関節技だと言われれば、用法は思いつくな。当身や崩し、組討ちに持って行けそうだ」
京姫が花花の言葉から、使うならこうかと類推する。それは見事に正解であった。
二人がそこまで答えに辿り着いたのなら、適当に濁すのも無意味だ。ティナはまあいいかとネタばらしだ。
「そこまで見破られたら隠す意味もないですね。二人の言う通り、あれは格闘戦用の技術です。剣に集中させて討ち合いながら体術を仕掛けるのが本来の動きです」
競技では体術による攻撃は禁止なので、教えたところで問題はなかろうと。
「なんかすまん。私が不用意に体術主体とか言って話を膨らませたのが原因だな。結局、技を明かすことをさせてしまった」
「かまいませんて。二人ともほぼ正解に辿り着いてましたし。それに、あの程度の技ならそのうち誰か気付くでしょう」
「ウチにも使うは違うやり方あるヨ。ソレするは相当体術練るするヨ」
中国単剣を片手で使う花花も、空いた手を有効に使用する技術が在るのだろう。
ならば気付かれるのも当然だったか、とティナ。その代わり、花花のメンドクサイ提案が有耶無耶になりそうな雰囲気となったのでシメシメと。
ところが、そうは問屋が卸さない。
「そんで、いつ散打するヨ。ティナ相手ならイイ鍛錬出来るしそうヨ」
「いえいえ、ですからメンドクサイことは御免被りたいのですが」
「ソウカ? タマに格闘術使うしないと技鈍るするヨ」
花花の言うことは尤もだ。ティナも学園にいる間は、格闘系の鍛錬は基礎程度しか出来ていない。だが、それはそれ、これはこれ。メンドウなのは変わりない。
なので適当に先延ばしを選択するティナ。
「んー、それを言われると弱いですね。まぁ、そのうちに、ということで」
取り敢えず、曖昧な返答をする姫騎士さん。
もの凄い乗り気でイヤッフーなどと花花が賑やかしている姿は、姫騎士さんの溜息を誘うのだが。
そして、不意にクリンと顔をティナに向け、ニンマリと笑う花花の一言。
「言質とたヨ~」
しまった!乗せられました!とティナは顔で語っている。こうなると、近い内に絡まれるのが確実な路線。
「あー。ま、まあ、二人の体術がどう違うのか楽しみにさせてもらうよ」
京姫はこれ以上会話が危うい方向へ行かないように締めとなる言葉でフォローする。そもそも自分が「流派」と「体術」のキーワードを持ち出したことで、何とも変な方向に発展した責任を感じて。
厳密には誰も責任などないのだが。そこは京姫の性格なので自身以外が是正するのはお門違いなので、二人も気楽に受け止める行為が正解だと知っているのだ。
「京姫は大丈夫ですか?」
「ん? 何がだ?」
「いえ、何となく」
京姫が何時も通りに見えても少し無理をしてる気がして、ティナは何気に口を開いた。
ティナと花花が組手をすることになった発端である、京姫の言葉、「流派に含まれる体術」について少し話しておく。
古武術と呼ばれるものは、武器を扱うことを前提とした法である。戦で如何に敵を斃し、如何に生き残るかを技として伝えたものだ。特に戦場が歩兵戦へなるにつれ、実戦から技が練磨され技術は研ぎ澄まされていった。
そう、実戦である。物語にあるような、騎士や武将が格好良くバッサバッサと敵を斬り倒すなど現実には殆どない。
それは洋の東西に関わらず、鎧と言う存在が立ち塞がるからだ。
刀や剣で鎧を断ち斬るのは非常に難しい。それが容易く出来るならば、台所に立つママンが料理の度に俎板を斬り刻んでることだろう。
特に装甲は剣で斬れず、槍で貫くのも難しい。戦闘中なら猶更だ。だからこそ、槍や剣で殴りつけるのは当然のように行われる。投げ、打ち、転ばす。そして刃物で鎧の隙間や致命箇所などの急所に止めを刺すのである。一般的には、そう言った戦いの方が多い。
敵味方共、歩兵の大部分は、もっと泥臭くなる。形振り構っておられず必死なのだ。
戦場で凛として戦える者など、信念と技術、そして覚悟を持っている上位の一握りだ。大部分の下っ端とは意気込みや、家伝で学び鍛えられる精神性も違うのだ。
だからこそ相手の武器に対して優位に立つための技が欲される。槍衾に徒手空拳で対抗するのは無謀であろう。状況による最適な武器が必要になるのだ。そのため、武術には武器術が次々と組み込まれ、最適な扱いをするため身体の使い方や立ち回りなどが研究される。そして相手を投げ、無力な時間を作りだす組討ち技は必須であった。全ての者が、武器の技だけで敵を仕留めることは出来ないからである。
つまり、古武術とは、敵を斃すことを目的とした武器術と、その身体操作法を元にした体術の技がある。全ては戦場で戦い、生き残るための総合技術なのである。
故に剣術だけ、槍術だけ、と言う流派は古武術では殆どない。在るとすれば、特殊な技術を要するものや、戦乱以降に裸剣術が主流になったなど、別途理由を持つ場合だ。
では彼女達の武術はどうかと言えば。
京姫は相当古くから続く特殊な神道系の槍術を基本に、戦国時代に同じ神道系の槍術を迎合した術理を継いでいる。普段使用しているのは、後述の神道系槍術だ。流派全体の術理としては刀術に二刀、小太刀、居合が含まれる。長柄武器として棒術、薙刀が別途あり、武器術の身体操作で使用する柔法、牽制などの投擲が含まれている。それとは別に現代の合気道も修めており、こちらは時代に合わせた護身向けだ。柔法などの合気術に含まれる組討ちや当身では過剰防衛になるからだ。
花花も家伝の術理だ。拳法、長器械は槍、棍を修めている。短器械では、剣、刀剣、二刀、暗器械を修める。全ての身体操作は同じであり、素手か武器を持つかの違い程度だ。問題は一般的に流派が教える技と見た目は同じだが、身体運用が全く異なる実戦の技法であることだ。拝師――親子関係を結ぶ選ばれた内弟子――した者にしか教えられない秘伝の術理であり、たとえ血の繋がりがあろうとも精神性が継承に値すると認めらなければ拝師することすら叶わない。
ティナの場合は複雑だ。ドイツ式武術では、両手剣、片手剣、小盾、短剣、槍、ポールウェポン、スタッフ、体術等、主に使われる技術を一通り修めている。王道派騎士スタイルと呼ばれる武術は、主にドイツ式武術を使う姿から来ている。然し、これは見せるための武術だ。
ティナの本質は、母方と父方の双方から継承された全く別体系を持つ、確実に相手を仕留めるために組み上げられた特殊な武術にある。
閑話休題。
三人娘はメガネをかけ、コントローラを握っている。簡易VRデバイスにダウンロードしてある学園がリリースした3D格闘ゲームをプレイ中である。
メガネはグラスモニターと言い、ARやMR向けの情報表示モニターである。ゲームモード中はメガネ表面のシャッター機能でサングラスのように色が変わる。細胞給電式のコンタクトレンズ型モニターでも良いのだが、格闘ゲームなどの激しい動作は直に角膜へ投影されるシステムなので目が疲れるからメガネなのだ。
そして、ゲーミングコントローラ。ヴァーチャルコントローラでも操作出来るのだが、やはり実際の操作感が全く違う。キャラクター操作型のゲームではマストアイテムとして根強い人気があり、コンピュータゲーム黎明期から一〇〇年以上経っても使い続けられている。
「それで、結局新しいアバターは造られることになったのか?」
「ええ。Kampf Panzerungをアドインする企画を気に入ってもらえましたので。大会明けにデータ提供する方向でお話は進んでいます」
アバターリリースまでの期間、広告を出して貰う確約から一部では今日から予告が流れている。
『姫騎士Kampf Panzerungヴァージョン COMING SOON』と。
「啊、ゲージ貯またヨ。ポチッとな!」
自爆ボタンを無意識に押すような掛け声をする花花の操作キャラはティナだ。
この三人、自分達のアバターをお互い入れ替えて遊んでいる。
ゲーム画面のティナが光に包まれアニメーションが始まる。カラフルな背景色を背に、ティナの身体が輪郭以外、流動する多彩な色へ変化し、鎧がパージされていく。全裸になったティナの各部位がアップされ光を纏った装備が一カットずつ入る。
そして、シースループリンセスドレスを纏った下着姿のアバターにチェンジした。
Abendröte社のTVコマーシャルで出演した姿を模った限定版アバターだ。
「変身バンクの演出、Gutです! 電子工学科、良い仕事してます!」
「ナンか、裸なって弱そうなったヨ……」
「裸違います! 弱くなってません! パワーアップです!」
「ほいっ」
ティナのアバターが、すってーん、とひっくり返る。M字開脚気味の来て来てポーズとなった。
「哦! ティナがワタシにやられタヨ!」
「いやあ、花花のアバター使い易くて強いな」
京姫は花花のアバターを使っている。この3D格闘ゲーム中でも五本の指に入る強キャラだ。
そのアバターがしゃがんだ姿勢で脚を回転させ、ティナの脚を掬ったのだ。
学園がリリースした3D格闘ゲーム。今年二〇周年を迎えるご長寿ゲームで、タイトルはまんまChevalerieである。
元々は当時の電子工学科に在籍していた生徒達が造った、競技者の動作を再現するホログラム騎士のソフトウェアエンジンが中核となっている。このエンジンが相当優秀で、アドオンデータを取り込んで様々な騎士が再現可能となった。
ならばゲーム化出来るのではないかと、電子工学科の学園生達が企画を上げ、学園をメーカーの立ち場にして巻き込み、製品として一般販売するに至る。
更には学生や現役の騎士も巻き込み、アバターも大量にリリースした。
二〇年を経て、改良を重ねに重ね、現在のソフトウェアヴァージョンは一二.七五。
アバターを許可した騎士の総数は一〇〇〇人を超えている。
ゲームは、Chevalerieの基本競技は全て実装している。
Duelやluttesの個人競技は元より、MêléeやDrapeau、Quartier_généralの団体戦など。
更には、騎馬を使うJoste、Torneiも楽しむことが出来る。
実際の競技では禁止事項である頭部、および下腹部も攻撃判定がある。武器による制限もなく、クリティカルは数秒の行動不能や、タッグマッチやハンデ戦など、ゲームならではのルールも取り入れられている。必殺技に範囲攻撃、エフェクト、要所にアニメーションや特殊バンクなども追加されている。
当然、競技と同じルールでの戦いも可能だ。
また、アバターを提供した騎士達の戦闘データは有効に活用されている。
提供者本人と遜色ない動きをするAIだけではなく、個人の癖や高度な戦術まで再現するAGIが対戦や協力プレイなどの幅を広げる。
その中で武器よりも格闘技が多彩な花花のアバターはオールマイティな性能を持つ。速度と防御し辛い技の数々で、初心者でもボタンガチャ押しで勝てるレベルの強キャラである。更に、技のコマンド数が全アバター中で最多を誇る。オンラインでは花花の技を使いこなすことが上位ランクに入る登竜門のように扱われるようになった。
追加コンテンツも豊富。南国リゾートでのんびり休暇を楽しむシミュレーション『騎士達のバカンス』。
好みのアバターを操作キャラに選択できるアクションRPG『Eine andere Welt(別世界)』。
武器や防具の耐久値項目を追加し、武器・防具の破壊を表現するアドオンプログラム『Realistische Kampf』(装備が剥けるR一六指定)など様々だ。
一例だけだが、追加コンテンツだけで両手の指では数えきれない量になっている。そして、今なお新コンテンツの制作が進行している。
「やはり槍のリーチは反則ですね。嵌まれば一方的に勝負が決められます。振り回し技も乱戦には持ってこいですね」
ティナが扱うのは京姫のアバター。相手の攻撃範囲外からツンツンしてブンブン振り回す。それで二人のアバターが吹き飛びYOU WIN。
京姫のアバターも予選ベストエイトで見せた居合を実装したいとオファーが来ている。
「ナンか、ティナにおいしいトコ持ってかれたヨ」
「この技はうらやましいよ。試合で槍の吹き飛ばしが出来れば戦術は広がるんだがな」
京姫が羨ましがるのは珍しい。普段なら、自身の技術に誇りを持っているので、羨ましがることなど在る筈もなかった。少しの違和感を感じつつも、ティナは普段通りに言葉を返す。
「現実で無双系ゲームが出来たら正直引きますよ? 異世界物語みたいに物理法則が名前だけになってしまいます」
そう会話する姿は三人三様。
チェストを背もたれに脚を伸ばした花花。
テーブルに両手を出し、拳二つ分膝を空けた正座で、腰から上が少し前傾となる武術の座り方をしている京姫。
ラグの上で仰向けに転がり、腹の上にコントローラーを置いて持つティナ。
姫騎士さんの格好が一番だらしない。
「そろそろ良い時間だな。お暇するか、花花?」
「そうネ。啊。明日、私、街に買い出し行くヨ。みんな一緒に行くするカ?」
「私もメンテナンスに出した鎧を取りに行くのでご一緒しますよ」
「あれ、ティナは本当にメンテナンスに出していたのか。昨日の鎧も持っていくのか?」
「橘子(蜜柑)持ってく? 手伝うヨ」
「いえ、持っていきませんよ? あれは専門の鍛冶工房でなければメンテナンスが出来ません」
騎士装備は基本、強化プラスチックやHC混入の衣類製が多い。
間違っても鍛冶工房に預ける代物ではない。
「ん?」
「什么?」
なので京姫と花花が疑問の声を上げるのも当然だ。
「言ってませんでしたっけ? あの鎧、オリジナルから現在の素材で再現した本物ですよ?」
「じゃあ、あれは金属鎧なのか。それも珍しいが、重量は負担にならないのか?」
「重いの着て、良くあんな動きデキるヨ」
「鎧を着ている前提の武術ですから。意外と軽くて鎧の基幹部分だけですので五、六瓩しかないですよ。格闘部品を付けると一〇瓩を少々超えますが」
ティナの腕鎧と脚鎧だけで一〇瓩は意外と重い方だが、身体にフィットした造りであると同時に、腕鎧に関してはベルトの使い方で胴体にも重量分散しているので、想像より軽く扱える。むしろ、剣を扱う方が重量を感じるくらいだ。
全身鎧などを着用した騎士。一昔前までは、鈍重とイメージする方も中々に居られた。
鎧の重さも二〇から三〇瓩程あり、重量を聞くだけでは重く感じる。
だが、身体に分散して装備するため重量に対する負荷は思った以上に少ない。重量のあるリュックを手で持つより背中に背負った方が楽に持てるのと同じだ。
中世時代、全身鎧の騎士は軽やかに動けたらしい。基本、鎧はオーダーメイドなので、個人に合わせ、身体の動きが阻害されないように作られる。関節の可動範囲は実際の人間よりも大きく取ってある。
鎧を纏ったまま馬に飛び乗ったり、宙返りしたりも出来たと言う。実際、全身鎧を纏ってバック宙を試した動画などもあり信憑性は高い。
然しだ。重量物を身に纏っていることによるスタミナの消費は激しい。全身鎧を着用したまま全力で戦えるのは一五分とも三〇分とも言われる。そして、金属鎧は夏が蒸し、冬は冷える。スタミナ消費の要素は大きい。酸っぱくなった剣道着や柔道着が思い起こされる。
やはり私は自分で着るより、着ている姿を眺める方がいい。出来るだけエロい鎧を。
「それでは、また明日。おやすみ」
「明天见!」
「はい、Servus!」
京姫と花花が帰っていった。
彼女達は近所ではあるが、それぞれ別方向の寄宿舎に所属している。
二人を送り出すティナは、ラグで四つん這いになりながら手を振ると言うズボラ道まっしぐらな姿である。が、ここは目をつむって欲しい。
大きく空いたTシャツの首元からは、円錐型の大きな胸と頂点に主張するピンク色のボタンが登場しているシーンであるからだ。
こうして何気ない一日を家の中で過ごしたティナであった。
殆ど横になっていやがりましたが。
Auf Wiederschauen.
また明日。




