05-005. 血脈と責務。 Blutadel und Verpflichtung.
午後のテレージエンヴィーゼ。
ティナとテレージアによるアーマードバトルでのアォスシュテルングシュピールは全て終了した。
今はChevalerie競技でアォスシュテルングシュピールの真っただ中だ。
アーマードバトルと祖を同じくするChevalerie競技。
速度と回避特化に派生した競技の在り方は、もはや別物と言われているが、観客達は自らの目で見たからこそ、その意味を理解した。
故に会場は歓声で沸いている。それを齎した妹組三人の変則luttesによって。
繰り広げられるはラウデ&ハンネ対ルーの二対一戦。
競技ルールでうっかり反則をして仕舞うルーだが、戦闘力だけを見れば上級生達と互角に戦えるからこそ、バランスを取っての組み合わせだ。
ティナ達が着替えのためにテントへ下がってから優に二試合が熟され、只今三試合目。
カカキン、と鳴り響く金属音。
ルーの攻撃がハンネの盾で防御され、息が合った同時攻撃を仕掛けて来たラウデとハンネの剣を捌いた音だ。
戦闘に関してならば、例え二対一であってもルーが遅れを取ることはない。ないのだが、ラウデのフェンサー仕込みな刺し込みとハンネの硬さによるコンビネーションは一線級と言える程に鍛えられていた。数試合を経ているが苦戦までとは言わずとも中々に手を焼かされたルーである。
ルーは自身の攻撃を防がれるも、二人の攻撃を防ぐことで、意識を其方へ向けさせる。その瞬間、高位歩法を使い、ハンネが盾を構えた左側――ルーから見て右側――へ滑り込む。そこには武器を盾受けされたところを狙って仕掛けて来たラウデの攻撃が弾かれ、ゼベルの位置から即時で対応出来ない場所。
視覚と意識の隙を使い、スルリとラウデに肉薄したルーは、速度を変えず横を通り過ぎる。その時には、ラウデの胴と前腕が斬り抜かれていた。一本取得の通知音が響き、ラウデが戦線離脱したことを知らせる。
ルーは移動速度を維持したままハンネの後ろへ回り込む。が、そこは学内大会までの数週間であれ、一緒に鍛えられていた仲間。次の動きを確りと読んで来た。ルーの移動に合わせて正対するよう円の動きで追従し、盾で防御出来る位置を確保している。
それでもルーには後一歩届かない。ハンネがどう動くかは織り込み済みだからだ。
両の手にあるメスで刹那の三連撃。肩甲骨を使ったモーションのない高速な連撃はハンネの盾で防がれる。
カカカン、と金属音の甲高く鳴ったのが其れだ。
「あれ?」
疑問を纏ったハンネの声が漏れた。
それもその筈。今しがた盾でルーの攻撃を凌ぎ、その途切れた一瞬に反撃を合わせて動き出した瞬間、競技コントローラーからヴィー、と一本取得の通知音が鳴り響いたのだ。
ハンネが感じるダメージペナルティは何故か背後にあった。
ルーの三連撃自体が囮だった。ハンネの盾を崩すようにメスを右、左、そして肩甲骨の動きで一〇糎程稼いだストロークによる左の追撃。
強力な連撃を与え、ハンネに攻撃終わりへ意識を向けさせる。反撃へ意識を切り替える一瞬の空白へ合わせ、Wald Menschenの高位歩法で一気に背後へと回った。
本命は一撃で仕留めることが出来る背後からの心臓部位であった。
観客の歓声が響く。
騎士の試合をこれ程間近で見ることなど滅多にないが故に盛り上がりを加速させる。
大抵は競技場で客席など、肉眼で見るには聊か離れた位置なのだ。興行などのイベントならば近場で目にすることがあるにしても、まずそのような場面に居合わせること自体が稀である。
「三試合目は相手の盾で主導権を握るとは……。防御をさせることで此方の位置と攻撃箇所を誘導させる立ち回りは勉強になります」
「ルーさんに上手く盾を使わされました! 攻撃を防いだと思ったらパッと消えて後ろにいたのはビックリでした!」
ラウデとハンネは今しがたの試合を振り返った感想だ。ルーは三試合とも異なる戦術を使っていた。無論、場を繋ぐためと観客を盛り上げる意図はあるが、そもそも正面から戦闘する場合は決して同じ手を使わないように訓練されているからだ。
同じ相手なのに毎回ガラリと変わる戦いをされたことは、ラウデ達にとっても得るものが多かった。ルーが叩き込まれた不規則な動きこそ、二人は学びを得る機会となった。
そんなルーは、ヤレヤレと白地な表情でブチブチ呟く。
「姫姉さま達は用意が終わったのに、ルー達が場繋ぎしてるとこずっと見てたのは納得いかねーのです」
その言葉にハンネとラウデがルーの後方、女性用テントの方に目を遣れば、ティナとテレージアが観客となって佇んでいた。
派手なメタリックピンクの鎧に下腹部がほぼ剥き出しなテレージア。
白いセパレートの軍服仕立ての鎧下にMysArg Rüstungを纏うティナ。
ルーの言葉通り、二人は競技用装備で準備万端だ。
拍手をしているのを見るに、妹組達の対戦はまずまずの評価だったのだろう。丁度切りが良いところで、ティナとテレージアは試合コートに歩き出していた。そして、ルーの呟きは普通なら聞こえない距離であっただろうが、歩きながら姫騎士さんはルーの言葉を拾ってきた。
「ルー、文句ならハッキリ言うか聞こえないようにしなさいな」
「どうせ姫姉さまはツブヤッキーでも聞き逃さんのです。こーいうときだけは難聴鈍感曲解系主人公になりやがれです」
ルーは何かの番組でも見て引用したのだろう。口を尖らせながら「アイツら違和感を気のせいで片付けるです。んなヤツは真っ先に間引き対象です。なんちゃって中世は現代並にヌルいです」などとグチグチ文句を垂れているが、内容は完全に明後日方向だ。毎度のことではあるが。
「もう、全く。途中からお話が飛んでますよ。せっかく良いカンジで戦っていたのを途中で遮るのも無粋でしょう? だから、あなた達の身体が温まるまで見てたんですよ」
「うゆ? いいカンジに暖機運転したですよ? 今ならF1もブッちぎるです」
いちいち引用のベクトルがおかしいルー。この調子だと、頭に浮かんだ単語を適当に出す癖は当分直らないだろう。
「ルーさんがレンファーラーになりました! ツール・ド・フランスで大活躍です!」
「ハンネ、それだとラートレンネンですよ。そこは、せめてドイチュラントGPくらいは引用しないと」
ハンネが全く関係ない「F1」の単語を拾って来た。話のベクトルがどんどんズレて行く天然系会話お決まりのパターンだ。そこをラウデが軌道修正しようとするも、半分巻き込まれた言い回しになり不発。
「はいはい、ハンネとラウデはルーさんの速度に当てられたようですわね。確かにあの速度の対応は難しいですが、二人とも中々に凌げましたのは上手に工夫が出来ました証でしてよ? そのおかげで全身が良くほぐれましたわね」
パンパンと手を叩きながら、ラウデも巻き込まれた天然会話術の方向修正をしたのは、何時も通りテレージアだ。
妹組が大人しくなるのは既にお馴染みの光景だが、あの騒々しいルーでさえ静かにさせるのは最早お見事と言えるだろう。
この妹三人組の試合では、格上のルーを相手取るならばラウデとハンネも比喩ではなく全身を使い切る必要があった。そして全身運動によって満遍なく身体が解れたのだ。
「それでは話もまとまったところで組み分けをしましょうか。ここから先の試合采配は私達に託されてますので」
などと宣う姫騎士さん。全く話は纏まっていないのだが、強引に進める方便である。ルーは、へーい、と気の抜けた返事をしているところが、これからは気楽であると謳っているようなものだ。
然し、それは精神的な意味合いで、試合自体は当然の如く気を抜かない。
「この人数ですから小規模のMêlée形式にしましょうか。私とテレージアの従騎士を入れ替えて即興のチーム編成など如何でしょう」
「あら、それは面白うございますわね殿下。皆が手の内を知っていますので、組み合わせによる変化を体験出来る良い案ですわ」
ティナとテレージアは、あくまで導く側の会話である。彼女達の妹分は、姉との連携ならば手に取るレベルで熟知しているが、別の上位者と共闘する経験は少ない。ティナがついでに妹達の育成を匂わせたので、テレージアも渡りに船と言ったところで乗ったのだ。
妹分のルー達は、その意味に気付けるレベルへ到達していない。観客へのサービスで目先を変えた組み合わせなのだろうとの認識しか持ち合わせておらず、その辺りを察する訓練も含まれていると、ラウデとハンネはテレージアに後で教えられるのだが。ちなみにティナはルーに言葉では教えない。この手の訓練は言い聞かせても身に付かない娘なので、自分で気付くまで同じ経験を積ませる教育方針。
「では、チームに分かれて一分間だけ作戦タイムに当てましょう。それから試合という流れでいいですか?」
「それで問題はございませんですわね。丁度良い時間配分ですわ」
ティナとテレージアが二人で決めていく。妹組と言えば、口を挟む隙さえ与えずあれよあれよと決定していた。
ルーはと言えば、今回はテレージアがリーダーなのだが、毎度自分のことなのに決定権がないとボヤキもせず、素直に従っているところはティナの苦笑を誘う。
ティナとテレージアのチームが試合コートを挟んで対角線へ陣取り、内緒話的に作戦タイム中だ。
「さて。テレージアのことを良く知っているお二人ならどうするのが最善か、お話を聞かせてください」
ティナがハンネとラウデに意見を出すよう、促す。
実際の作戦立案、と言うより、妹組にあれやこれやと考えさせるように上級生組は話を誘導している。これは両チームとも同じ方式を取っており、妹組育成の一環でもある。
妹組達は「やって見せ、話を聞かせて遣らせて見て、所感や疑問点などの意見を出させる。そして上手く出来れば褒めて伸ばす」と言う原則で姉達から学んでいる。ルーの場合は、褒めると調子に乗って諫められるまでがセットだ。
学んだことや自分の持つ技を鑑みて、何が出来るのか、何が出来ないのかで試合を組み立てることも騎士には必須の技能である。
短い時間にも関わらず中々な方法が立案され、ティナも一頻り感心した。
「それいいですね、採用です。では、私はお二人にお膳立てしていただいた隙で確実にテレージアを仕留めてご覧にいれましょう」
だから、ティナはそれに応えた。二人の立案が良い手であったと証明する、と。
一分後。ティナとテレージアが其々率いるチームは、開始線を挟んだ更に二歩ほど引いた位置から向き合っている。
企業イベントで良くある変則luttesルールに準拠した開始位置だ。
『双方、抜剣!』
審判から抜剣の合図が出る。
それぞれの携える武器デバイスに剣身が生成される様は、間近で見る機会を得た観客達もその不思議な光景にまだ慣れていない様子。
特にテレージアのZweihänder、ティナが抜き身で持参した謎金属の白い剣。
ホログラムとは言え見た目が実物となれば、思わず驚嘆の声を漏らす者などが散見出来るくらいには異質なのだ。
日常生活との乖離。それが武器である。
「提案した手前で言うのも何ですが、ちょっとテレージア側に有利な組み合わせですよね」
ティナが何時もの調子で言葉を紡ぐ。お馴染みのマイクパフォーマンスを始めたのだ。
しかし、内容については観客へのサービストークを省いているので意味を判る者が殆ど居ない台詞である。続くテレージアの返しも同様だ。
「殿下こそ何をおっしゃることやら。上手く機能するよう導いていらっしゃいますでしょう?」
テレージアは一対多人数を一人で抑えて仕舞えるのだ。ホーエンザルツブルク要塞攻防イベントで城の広場に続く坂道で陣取り、一人で攻撃側チームの猛攻を凌いでいる隙間から味方が敵を削ると言う信じられない戦いをして見せた。午前中に行われた一〇対一〇の攻防でもテレージアの後ろへ通した敵はゼロであったくらいだ。
対するティナも相手の人数や乱戦だろうと関係なく、使えるものは敵すら使い確実に仕留めていく技術を使うが、こと敵の足止めとなればテレージアへ軍配が上がる。
彼女達の短い会話には、その前提を語っているからこそ観客へ伝わらない。
「今回は良い機会ですので、敵としてテレージアさまの胸を貸していただきます」
「おねーさまに成長をみて貰うチャンスです!」
ラウデとハンネはテレージアに自身の技を惜しみなく発揮すると謳っている。
ルーだけは終始無言だ。言葉から心理などを読まれないように――などと全く考えてはなく、単にメンドイからダンマリしてるので姫騎士さんのジト目が飛んでいるが。
審判もChevalerie競技公式資格を持っている者に変わっている。
おかげで、会話の終了を確り読んで次に進めてくれる。
『双方、構え!』
ここで彼女達がDuelとは違い、特殊ルールなのだと一目瞭然になる動きを見せた。
テレージアは一歩前に進み、身体がほぼ正面になる右半身で大地を踏みしめる。対多数戦で面の攻防に持ち込む準備であると隠そうともせず。相方のルーはテレージアの影にすっぽり入っており、左右何方から現われるのかを隠蔽されている。
そしてティナ達は、テレージアの向かって左側に盾持ちのハンネ、右側へティナと、両翼に分かれる。ラウデは中央で二人より一歩以上は下がっているのは、回り込みを仕掛けるであろうルーを牽制する位置取りだ。先程、テレージアの胸を借りると言いながらルーの対応に見せ、何方へ動くのかブラフを仕掛けている。まだまだ心理戦は甘くもあるが。
両陣営を真上から見下ろして各人を線で繋げば、矢印の形になる配置だ。
『用意、――始め!』
審判が開始の声を上げる。
それに合わせて双方が一斉に動き出す。警戒や様子見などもなく、迷いなく各人がすべきことに移ったのは外から見ると機能美を感じるだろう。
ハンネがテレージアの正面、右半身側の肩より少し外側に距離を詰めて移動する。テレージアが蹈み込まなければ当たらず、大型騎士剣へ威力が乗る前となる嫌らしい位置だ。
ティナもテレージアが剣の横薙ぎをしてくると予想し、左半身側の剣を振り終わる先に居る。ハンネよりも更に半歩は後ろに位置しており、ハンネとテレージアに動きがあれば直ぐ攻め入られる。
ラウデは、その二人から更に後ろへ移動した。ルーがテレージアの左右何方から現れても即座に迎撃へ出て引き付けるスペースも確保して。
範囲攻撃と隠密の手札を持った相手に対する布陣である。
一方のテレージアは、大方の予想通り、複数人を一人で止める役目を担っていた。その繰り出された横薙ぎの技法は、大型騎士剣の円を描き続ける運用でも、騎士剣の技でもなかった。
ここでモンタンテのTalhoを範囲攻撃の横薙ぎに利用して来た。
問題は、その速度と斬り返しの速さ。豪速で横薙ぎされたTalhoの速度を維持したまま、斬り終わりの位置で八の字を描く円の動きでRevezに切り替わる。そして、斬り終わりは同様に円を描き左右の斬撃が一瞬たりとも止まらない。
これだけの動きを続けられると、さすがに姫騎士さんも付け入るのは難しい。下手な流し受けは斬り返しで被弾するのが目に見えている。いっそ受けに転じても、テレージアの身体操作で扱われる剣技は、受けごと吹き飛ばす威力を持っている。だからハンネも盾受けのタイミングを測っている。
ルーが戦場を掻き乱しに動く時、本当の勝負が始まるだろう。テレージアの動きは牽制から仕留めに来るだろうが、ハンネとティナ両方をどう相手取るかで、一度退いて仕切り直すケースもティナは選択肢に入れている。
テレージアがZweihänderを右へ左にと間断なく振れる事自体が異常なのだ。
本来、武器は重心バランスを身体操作や技法で使用時に可変させ、重さを感じないように扱うのが一番効率良く性能を引き出せる。無論、武器自体の自重や遠心力を扱うこともあるが、それは全て身体操作で制御すればこそである。武器は筋力だけで使うものではない故だ。
それでも武器の重さによる扱い方は、それぞれに法を持つからこそ成り立つ。テレージアの場合、その法が六〇〇年を超える長い家伝の中で脈々と練り、独自に最適化した身体を造り上げる血筋であるからこそ成し得ている。
ついでに言えば、女性の骨格故に、骨盤の位置が肩の真下に来るため、手で持った重さは骨盤で受けることになる。あの五粁に近い重量物は筋力ではなく、全身の骨をZweihänder専用に整列させることで、剣自体の重さを消し去るからこそ自在に振れるのだ。その重さ自体は全て腰で支えている。
蛇足だが。
ご婦人がそこそこ重量のある買い物袋を曲げた肘の部分に引っ掛けていたり、母親が乳飲み児を腕の中で何時までも抱いていられるのは、腰で重さを持つ骨格構造から来ているのだ。
――閑話休題。
ここまで姿を隠していたルーは。
誰もが予想だにしない場所から現れた。
テレージアのTalhoがRevezで斬り返して来た最中。
剣が往来するその下。安全圏となった正面を利用し、テレージアが開いていた両脚の間からルーは頭から飛び出した。
滑り込みをしたような速度で地を這う低い体勢のまま、正面のラウデへ一直線に突き進む。ルーが冬季学内大会のMêléeで見せた叢を自在に這い回った歩法だ。
ルーは速度最優先の奇襲を仕掛けるため、テレージアの両脇に位置取るハンネとティナに目もくれない。最後尾に陣取るラウデを孤立させるのが目的だからだ。
それが功を奏した。ティナの目すら欺き、ルーが認識された時には迎撃範囲外に過ぎ去っていたのだ。
「(フヒヒ! まんまと裏をかいたです! んでも、秒でラウデ狩らんと姫姉さまが動くです! ガクブルギリギリの攻防じゃねぇですか)」
テレージアとルーは、防御の硬いハンネと高速機動のティナがテレージアを押さえに来ると踏んでいた。そしてサーブル競技選手の特性で前後を高速に動け、小回りの利くラウデがルーの迎撃に回るだろうと。ならば、いっそのこと奇襲でラウデを主戦場から切り離し、応戦の体勢を整える前にルーがDuelを仕掛けて仕留める。
これがテレージアチームの作戦第一弾であった。
「(ぐげっ! ここで退くです⁉ って、その足捌きアレじゃねえですか!)」
確かにラウデを主戦場から切り離すことは成功した。しかし、ルーが飛び出した瞬間にラウデは幾何学図式の円を描く歩法で後方へ退る。ルー対策に別の戦場を用意したのだ。
奇襲を掛けたつもりがおびき出されたのだ。それも、正面からはルーの天敵となるシュパーニエン式歩法で。
作戦タイム中のティナチーム。ティナ達の手札を考えれば、ルーは先にラウデを黙らせるだろうと、当のラウデ本人が言いだしていた。
――私ではルーさんを倒せませんが此方に引き付けます。まだ未完成ですが、初見の技術を出してフロレンティーナさまの仕事をする時間は造ってみせます。
だからこそ、ラウデも手札を切って時間を稼ぐと進言した。
「(さて、駆け出しの歩法ですがマグダレナさんの教えをどこまで引き出せるかが鍵ですね。テレージアさまとフロレンティーナさまの邪魔をさせないくらいには時間稼ぎしませんと)」
夏季休暇明けから冬季学内大会前までの期間に行われたルーを鍛錬する集まり。教導者の一人として参加したテレージアと共に、従騎士であるラウデとハンネも学ぶ側で参加することになった。
その際、サーブル競技種目の歩法が癖で出て仕舞うラウデは、フェンサー競技にも詳しいマグダレナから自分の弱点を克服するに相性の良い技術を学んだ。それが幾何学的理論で構成されるシュパーニエン式武術の歩法である。
未だ基本中の基本を鍛錬している最中であることはルーも知っていたが、まさか実戦に出せるレベルまで仕上げていたなど予測してなかった。
「(やべぇです。距離縮まらんのが厄介です。足止めに全振りして来やがるから作戦第二段の後詰めに間に合わんのです)」
ルーは内心でぼやく。ラウデは右へ左と常にルーと正対し、容易に後ろを獲らせない動きだ。最初に距離を取られたのは、ゆとりを持って歩法を扱うためと見える。
その上、元フェンサーなだけあって、フェンシング特有の刺突も持っている。逃げを打てば即座に刺突が飛び、被弾は免れない。その技術と歩法がプラスされたことで正面から崩すことを強いられ、どうしても一手間、二手間かかる。
詰まるところ、テレージアと挟撃出来ないようにルーを遅らせる仕事をされたのだ。
ラウデが急造でこれだけの動きを出来たのは、テレージアに鍛えられた身体操作と言う土台が成し得ている。
「(よくぞ、そこまで動けるようになりました。お見事でしてよ、ラウデ)」
視界に映るルーを抑え続けるラウデの動きで、身体操作が随分と上達したことを見て取ったテレージアは、顔には出さなくとも感極まっていた。だが、想いとは別に身体は今の戦況に合わせ、然るべき動作に入っている。
「(テレージア姉さん、コッチの状況見て違う手で第二段を仕掛けやがりますか)」
後方で剣が振るわれる風切り音の変化から、ルーはテレージアの動きを察した。本来ならば、ラウデを仕留めたその足でティナの後ろからルーが圧力を掛けて動きを制限させる作戦だった。その手が潰れたと判断した瞬間に、当然の如くテレージアは別の戦術に切り替えた。
テレージアの股下から、ルーが全員の目を掻い潜って飛び出した直後。ルーへ対応に向かわせないようにテレージアは横薙ぎをもう一往復し、ティナの注意を惹き付けることに成功する。
そして三度目の横薙ぎ。
Talhoが開始された途中で全く異なる剣の軌道に急変する。
「(ちょっ⁉ ここで刺突を出してきますか)」
迂闊に距離を詰め難い豪速の横薙ぎを攻略すべく、動きの隙間探しに取り組んでいたティナであったが、テレージアの剣は――身体の動きを含めて――急制動などと生易しくピタリと正面を向く位置に静止したことで裏をかかれた。
その体勢は刺突。利き腕側で力が最高効率に乗る位置で捉えた先の獲物はハンネ。
ティナの位置からはフォローへ回れないギリギリの距離を計算に入れるあたり、全く卒がない。どう足掻いても一手間に合わないのだ。
しかし、ティナは予定通り次の手を繰り出す準備に入った。
作戦タイムにハンネが提案したテレージア攻略法。
テレージアならば二人を相手にしようが纏めて斬り飛ばす能力を持っている。それを実行するパターンは二つ考え付いたとハンネは言った。
一つは、横薙ぎならばハンネの盾受けを砕いて、そのまま剣筋を止めずにティナまで届かせるパターン。
もう一つは、ハンネに刺突を仕掛けて行動不能にしつつ、剣の動きを横薙ぎへ切り替えてティナを攻撃するだろう、と。
一つ目の場合、ハンネは盾に身体を捩じり込んでテレージアが斬り抜く抵抗を増やし、時間を一瞬遅らせる。そこにティナが仕掛ける。
――おねえさまが横薙ぎで盾ごと私を両断してる間にフロレンティーナさまは、その隙をついて下さい。
二つ目であれば。ティナはハンネに攻防を任せ、テレージアを一撃で仕留める。
――もし、おねえさまが私に刺突をしてくるなら。止めて見せます。
ティナは今の状況に感心する。従騎士としてテレージアの後を雛鳥のようにくっ付いていたハンネだったからこそなのか、手の内を読み切ったのだ。見事、刺突のパターンを引き当てた。
そして彼女は止めると言った。ならば、ティナは任せる。
剣を右手のみで中段に構えながら、肘、肩甲骨、仙骨回りと股関節を抜力する。身体を骨の連動で超高速に動かすためだ。
テレージアを知る者ならば、信じ難い事態が起こった。
今まで誰も出来なかったこと。
それをハンネが遣り果せたのだ。
ガッザザザッ――と、金属音から硬い物質を抉り込むような音へ変わるのが観客にも判断出来る程に響く。
テレージアの刺突にハンネが踏み込み、盾でZweihänderを逸らせた音だ。
これにはテレージアも思わず驚きの表情をした。そしてすぐに喜びの混じった笑顔となった。ティナはと言えば、何時もの嫋やかな笑みを崩さないが、相当驚いていた。
ティナは、ハンネがテレージアの突きを止める、との言葉は、文字通りその身を以って被弾度外視で受け止めるつもりなのだと解釈していた。だのに、テレージアの、それも次の攻撃である横薙ぎへ繋ぐためだろう、奥義で両脚から更なる威力を乗せていると見ただけでも判る強力な刺突をハンネは受けきったのだ。
刺突に合わせて踏み込み、斜めに構えたカイトシールドで一番硬いエッジの金属部分に剣先を掠らせてから剣身を盾の面に押し当てながら滑らせて流したのだ。特別な技術ではなく、盾の構造と基本的な使い方によって。
言葉にすれば「盾で防御をした」の一言になるが、実情は全く違う。
そもそもテレージアの刺突は受け流しや進行方向を逸らせることが出来るような生易しいものではない。刺突の初動と斬り終わりまで変わらない威力と直進性を持ち、剣で受ければ武器を弾き飛ばし、盾相手だろうと容易に粉砕して仕舞う。逸らすにしても京姫の大身槍など、同サイズで強固な造りの長柄武器で長さをガイドに威力分散する他ない。
テレージアのZweihänderが繰り出す刺突の威力は――。
騎馬兵のランスチャージと同レベルであると、学園で電子工学科が掲示板に驚愕の解析結果を態々発表したくらいだ。
それをハンネが完全に盾で受け流した結果は、関係者にとって非常に意味がある。
あの異常な直進性をテレージアの右外側へずらすことにまで成功までしている。
その上、踏み込みでZweihänderの懐へ完全に入り、次弾をすぐ放てない位置取りもして見せた。
ラウデだけではない。ハンネもまた日々成長しているのだ。
テレージアの従騎士として学んだ一年は、彼女の身体操作と体軸を恐るべき強度に鍛え上げられていた。だからテレージアも笑みを浮かべたのだ。妹達は確かに成長しているのだと、この目で見ることが出来て。
「(ハンネも恐ろしい真似が出来るように育ってますね。来年あたりは字名が重戦車になってるんでは?)」
ヴィー、と一本取得した通知音が響く。
所感を呟きながらもティナは確りと自分の仕事を熟した。
ハンネの造りだした一瞬で、テレージアの心臓部位を相手が認識するより速く討ち抜いたのだ。
一瞬遅れて、ポーンと被弾通知音に続け、ブーと合わせて一本となった通知音。
こちらは、ルーがラウデを仕留めた通知だ。ラウデは言葉通りに時間を稼いだのだ。
シュパーニエン式の歩法で絶妙に攻め入るタイミングを潰して来るラウデに用いたルーの一手は、討ち合いの間合いへ入らず崩すことだった。
Wald Menschenの高位歩法で左右に振って意識を自分に集中させる。
そして、正面から急接近を仕掛けた。
その動きでラウデから反応を引き出し、迎撃へ動こうとした一瞬の間に、左のメスを胴付近へ投擲した。これは完全な牽制で、メスの飛来へ反応させることに意味がある。ラウデがメスに反応しゼベルの構えごと身体を動かされた。虚を突かれたため、対応が遅れメスは胴に吸い込まれた。
そして、突然の投擲と一連の状況でラウデは意識がメスへ向き、身体が開き正面に死角を造って仕舞った。そこにルーが入り込み、右手に持つメスでラウデの右腕を斬り抜いていた。
「(ラウデはしっかり仕事していきやがりました。あと三秒早く対処出来てりゃ、今ごろ姫姉さまにヒット&アウェイのイライラマキシマム仕掛けてテレージア姉さんとツーマンセルできてたのにです)」
結果、無傷でラウデを仕留めたが、テレージアが敗退したとなると、あと二人を相手にメス一本では相当不利だ。
ラウデの胴からスルリと自由落下し、地面にカツンと音を立てた牽制用の長尺メスへ戦闘態勢のまま手を伸ばす。ラウデ撃退後、未だ一秒の半分も経っていない。
「(すぐに距離とって仕切り直しっつわわわわっ)」
ルーは結局、メスを拾うことが叶わなかった。
ティナの攻撃を背中で察知し、高位歩法で緊急退避したからだ。逃走した距離は瞬きの間で四米少々。ティナの立ち位置を見れば、完全に真後ろから仕留められる寸前だったことにルーの頬を冷汗がツツーと一つ流れる。
「全く。ルーが本気で逃げに入ると当たる攻撃もすり抜けるんですから」
辺りに聞こえるよう、肉声で呆れた口調の姫騎士さん。
「ナンかすげえ狭いトコに追いやられて絶体絶命じゃねえですか! ルーはもっとノビノビ広いところで自由に放し飼いすることを希望するです! ワンコだってドッグランで自由に走りまくりやがるですよ!」
しゃべりだすと途端に表情豊かとなるルー。不満タラタラな表情でプンスコと小言を声高らかに。
ルーの緊急退避先は、試合コートを四分割した内の一つ分くらいしかスペースがない。ルーから少し離れた左方向にはハンネ、正面にはティナが塞いでおり、行動範囲をかなり狭められている。逃げに徹すればすり抜けるのは簡単だが、試合コートの広さは有限なので、何れ捕まるのも目に見えている状況。
どうしたもんかと、ルーは灰色の脳細胞を総動員して、楽をしながら有耶無耶にする方法を目下模索中。その通りになる筈はないので無駄なのは言いっこなし。
「ルーさん、人見知りの子はドッグランでもすみっこに隠れちゃうんですよ!」
ハンネがルーの言葉からベクトルの違う内容を拾ってきた。
え、そうなんです?とルーが初めて知りました的な衝撃を受けている。
しかし。
ティナが肉声でしゃべり始めたからか、普通に会話を交わしているが。……試合は終わっていないのだ。
「二人共、まだ試合中ですよ。しかし、そうですね。ちょうどいい状況になったんで、趣向をちょっと変えてみましょうか」
勝手なことを言いだした姫騎士さん。だが、これはアォスシュテルングシュピールだ。正式な試合でもないし、ルールは最低限守ればいいのだ。
ほへーそうなんですか?、とハンネ。何するです?、とルー。
ティナの言葉を聞いたテレージアは特に異を唱えることはしない。ティナがこのタイミングでイレギュラーなことを言いだしたのは、彼女が言う通り丁度良いタイミングなのだろう。「見せる」には。
ラウデも内心では何か意味のあることを始めるだろうと察しているも、テレージアがにこやかに見守っているので何かを言う必要はないのだと理解している。
白地に灰のマーブルが入った独特な騎士剣――Anonym――の柄にあるスウィッチを切り、柄だけとなった武器デバイスを剣帯のラッチへマウントするティナ。そして、徐に副武器デバイスであるサクスを鞘から抜く。
生み出された白い剣身はカレンベルク本家所縁の宝剣である。
「なんで姫姉さまメス抜くです? ナンかすげえ嫌な予感がするですからルーはおなか痛くなったんでテントにオヤツ食べ行くです」
発言が矛盾だらけのルー。意訳すると「やりたくない」の一言で片付く。
「久しぶりにサクス一本での一対一で勝負を決めましょうか?」
「姫姉さま。コッチにメス向けて疑問形の問い掛けは世界共通でオカシイ文法なのです。ナポレオンの辞書にだって載ってねえです」
「ポイントのルールは引き続きluttes準拠ですかね。お互いの準備を見ながら適当に開始しましょう」
「ルーのハナシ、スルー祭りじゃねえですか。そして何時も通りルーのことなのにルーに決定権がないのです……」
口を尖らせてブチブチと文句を垂れ流すルー。ルーのコントはスルー安定なので、これが平常運転だ。初めて見る観客には――やはり、コントと見られているようだ。
ちなみに、ルーへ決定権を渡すとサボリ魔人となるので当分はティナが采配する仕事となっている。
「ハンネは、もしルーがそっちに逃げたら遠慮なく攻撃しちゃってください。シルトシュラークしてもいいですよ」
「はい! おまかせください! ルーさんをポイーンと盾で飛ばします!」
ヤル気まんまんのハンネ。実際は盾もホログラムなのでポイーンとは飛ばせないが。目的は変わっているが、姫騎士さんもニッコリなところを見るに外部からの物理接触を許容しているのだろう。ルー以外。
「ここ、敵しかいねえです……」
ボソリと一言漏らし、フニャリと項垂れるルー。辺りの笑いを誘う台詞だ。
が、覚悟が決まったのか顔を上げた時には、能面のように表情を消していた。落差は酷いがWald Menschenの戦闘士は切り替えに一瞬すら必要ない。
ティナも嫋やかな笑みを浮かべた騎士の顔に戻っている。
二人が近付き、互いの間合いに入る。
ルーは滅多に見せない、メスが身体の急所をカバーするように巡回させる軌道を取らせる。今回使うメスは一本きり、且つ競技ルールなので、左手は主に心臓部位を含む胸付近の急所を防御する形に巡回させている。
ティナも主要な骨を抜力しているが、サクスは指一、二本掛かるかどうかの小ぶりな鍔に正面峰側へ中指を軽く掛け、人差し指は鍔下の柄側に掛けている。他の指はサクスの重量を支える以外の力は入っておらず、指の配置が特殊な持ち方だ。左手は肩甲骨と肘を抜力し、自然とぶら下げるような配置。
両者の技法は全く異なるが、共通しているのは抜力と武器の柄を軽く触れるように持つくらいだ。それでも意味合いと用法は全く違うものであるが。
二人が余りにも気配を消し去っているのに引き摺られてか、何時の間にか歓声も引いていた。三〇〇〇人を超える集まりとは思えない程の静寂が訪れている。
唐突に、カカカカッと金属音が鳴る。
しかし、観客はその音が戦いのものだと認識するまでに少しの時間を必要とした。
人は普段の生活で呼吸を意識しない。それと同じように、自然の一部であるかの如く二人が動いたからだ。
――ポーンとポイント取得の通知音が鳴り響く。
観客も何事かと目を見開く者が居たくらいである。
「(ぐぎぎぎ、姫姉さまカレンベルクのメス技できやがったです! 討ち合いん中でも平気でメス回しするから厄介極まりねえです)」
ルーはティナがWald Menschenの使うメス技で来ると想定していた。
ところが、滅多に見せないカレンベルク流短剣術、しかも本家直系にしか継がれない初見の技を使われたので完全に裏をかかれてボヤキも増量。
双方の戦いは先の先、その先の先――攻撃意思――も出さないため、一般人相手なら斬られた後に気付く攻防が繰り広げられた。
まずティナがルーの武器を持つ右手首にサクスをスルリと刺し込んだ。ごく自然に放たれ、普通ならば攻撃だとは気付かない虚の動作。それでも戦闘士のルーにとっては防げて当然であり、メスの峰を滑らせ鍔で弾いた。
そのままティナが左の入り身になりつつ肩甲骨を回して攻撃位置に戻したサクスで二撃目をルーの腹部へ放つ。ルーは、それを絡め捕るようにメスで防ぎ、同じく左の入り身となりながらティナの目を見たまま一瞬姿勢を落とす。中段の攻防をした最中で下の攻撃に意識を向けさせるフェイントだ。一瞬下を意識させて上に攻撃を入れる虚実である。
だが、ティナには効かず。ルーの挙動に構わず更に左へ入り身で移動。そうなるとルーも追従せざるを得ない。攻防は正中線の獲り合いだ。相手の正中線を獲るには此方の正中線も然るべき位置に合わせて戦術を組み立てなければ、崩しを入れられ防御が届かない位置を奪われるのだ。
こうして、時計回りで双方は移動しながらの攻防になった。
ティナがルーの左上腕へ置くようにサクスを滑らせる。それをルーがサクスの峰へ打ち下ろして弾く。が、サクスの剣身を人差し指を中心にクルリと一回転してメスの上を通り越し、峰側を打ち付けつつルーの右外側へ追いやろうとする。そうはさせじと、ルーがメスに螺旋を内向きに掛け、サクスを弾く。
そして――、ティナは弾かれたサクスを今度は鍔の剣身側に置いた中指を起点に一回転させて、再度斬り掛かるが、それはルーの予想から外れた動きだった。
武器の無力化から崩しに入っていたと思われるティナの攻撃は、全て仕込みであった。一回転して息を吹き返したサクスの位置は、ルーの心臓部位に一直線で繋がっていた。その一撃を仕掛けるための組み立てだったのだ。
然るに、さすがはクレーフェルト家の秘蔵っ子と言われるルーだ。完全に決まる筈の刺突を左手で払いのけて、直撃を防いだのだ。
先のポイント取得を知らせる通知音は、ほんの二秒弱でルーが被弾したことを知らせた音だった。
カレンベルクの宝剣であるサクスは、鍔があり、剣身の根元に刃は付けられていない仕様だ。故に、この武器を扱う専用の技が本家のみに継がれている。カレンベルク流短剣術にはない、武器自体を指で回転させる術理を持っている。
「(ふむ。とりあえず左の使い方は及第点ですね。でもサクスが回転するのを見たのですから、その対策に動かなかったのはマイナスですね。学内大会でカランビットと戦ったでしょうに)」
姫騎士さんの評価は辛い。
一瞬で対策するのも難しい事柄ではあるが、ティナ達は瞬間で判断する訓練も受けている。例えば、一言問題を一秒以内に答えるなど、思考や記憶を引き出す速度を鍛えたり、それこそ多岐に渡って様々な訓練が日常生活に組み込まれている。
そして、ルーがコッソリ超集中状態励起の奥義を使っているのも当然察している。始まる前の問答で、ルーが項垂れてブツクサ言いながら戦闘状態に入るまで妙に時間が掛かっていたのは、奥義発動の祝詞を紡ぐ時間稼ぎなのは見え見えだった。この評価は、奥義で思考速度が数倍に引き伸ばしていることも考慮して、なのだ。
それ以前にルーは、冬季学内大会Duel予選で刀身を回転させるカランビットナイフと戦っており、その経験が生かされてないことの方が頭を抱えたくなる姫騎士さん。
ちなみにティナが対応するのであれば、回転させる時は柄の握りが軽くなるため、此方の攻撃威力を上げて確り武器を握らせ回転を防ぐ。実際、模擬戦で花花が筆架叉を持ち出した時に使った手だ。筆架叉も攻撃を絡め捕る以外は、指でヒュンヒュンと回転させて自在な攻防をする武器なのだ。
「(あと一回は左手使えるですから、ここは斬らせて獲り返すです)」
手で攻撃を防いだルーは、既に次の動きへ移っていた。被弾前提で討ち合いに持ち込む方針だ。元々、ルーのメス術は左手が急所を護る盾の運用であるのだから、考え方は間違ってはいない。但し、相手にそれが通用するかは別として。
心の声を呟きながらルーは高位歩法の使用強度を一段階引き上げ、高速機動を底上げする。これまでの時計回りから一転、逆時計回りとなり、ティナの右腕後方側へ一気に取り付ける。
静止や溜めも全くない等速な移動方向の反転技術は瞠目に値する。関節単位で個別に発生させた螺旋を体幹で操る唯一無二の身体運用は、重心発生位置さえ可変自在だ。そんな非常識とも言える歩法に対応出来る者など数える程だろう。
とは言え。今回に限っては、同じ高位歩法を持つ相手に仕掛けているのではあるが。
此度はルーが討って出る。高速で回り込んだ位置にティナが正対するだろうコンマ数秒の猶予で、右後方寄りから先に腕を斬り付ける。
――そんな戦術の組み立てをいざ実行する段に入ったルー。
途端に聞こえて来たブー、と合わせて一本を獲られた通知音。
何があったのか気付いたルーは、間の抜けた顔になっていた。
そもそも、高位歩法を使えるティナがルーの移動に反応しなかった時点で推し量るべきであった。何故、ティナが動かないのかを。
ルーが高位歩法で回り込みをかけ始めた地点。
空中にあったサクスが柄から落ちてカツンと音をたてた。
既に終わっていたのだ。
サクスの剣身がホログラムだからこそ、ルーの移動に追従せず、攻撃を当てた地点に取り残されていたのだ。
攻撃されたルー自身が知っていた筈であったし、自ら言葉にしたこともある。
ティナは銃弾を避けながら投擲する技術を持っている、と。
心臓部位攻撃を防ぐため、ポイント損失も構わずに左手でサクスを払いのけたルー。しかし、それもティナがマイナス評価したサクスの回転へ対策しなかったことで無駄となった。
ティナは払われたサクスを人差し指起点で回転させて剣身を正しい位置に戻し、その流れでルーの胴へ投擲した。メスは螺旋を掛けてサクスを弾いたことで直ぐには引き戻せず、左手は払う動作をしたことで防御の腕は胴から離れ、ティナのサクスを妨げるものは何もなかったのだ。
ルーがコッソリ使っていた奥義は、自分自身の首を絞める結果となった。
大量に分泌されたアドレナリンによる痛覚の鈍化。これが被弾したことに気付くのを遅らせた。気付いた時には一本判定が出る〇.二秒の経過と同じタイミング。もうどうにもならず。やらかしが余りにも稚拙だったので、自分自身に呆れて間抜け顔になったのだ。
「(Einde. alles veilig……)」
――終わるです……。
奥義終了の祝詞を紡ぎ、四つん這いに項垂れるルー。ブラウンシュヴァイク=カレンベルク邸の道場でよく見かける姿勢だ。
「これはサスガに擁護できませんね。エレさんに確りしごかれてください」
ティナの一言は、ルーのやらかし具合を物語っている。
「うぐぅ」
ルーからぐうの音が出た。しかし、自ら招いた結果なので言い逃れは不可能。故に特訓は不可避。そこはかとなく哀愁を漂わせている残念娘。
『試合終了。キューネチーム全滅のため、勝者はブラウンシュヴァイク=カレンベルクチーム!』
審判が勝利チームの宣言をする。その言葉を合図に、観客から拍手と歓声が上がる。
この会場にはインフォメーションスクリーンなどの設備はさすがに用意されていない。試合のスロー再生もなく、解説者も居ない。観客が自分で見たことが知り得る情報の全てだ。
最後の一対一で何が起こっていたかを殆どの者は判っていないだろう。
それでも実際に目の前で行われた戦いは、観客を惹き付けるには十分であった。
一部、アーマードバトルに参加した選手の中で、警察や軍関係者は驚愕していたが。
「お二人共、お見事でしたわ! メッサー術同士の戦いは滅多に見られませんから貴重な経験をさせていただきましてよ」
テレージアが「メッサー術」と態々銘打って言葉にしているのは、ティナの意図を汲んでのことだ。
「まぁ、最後はグダグダな展開でお終いになりましたが、こういうケースもあると言うことで」
ヤレヤレと言った具合で返す姫騎士さん。
「ぐふぅっ」
その一言は、ヨレヨレと立ち上がったルーに突き刺さった。再びフラフラと憐れな姿になったルーをハンネとラウデが慰める微笑ましい空間に。悲壮感漂うルーが逆に和やかさを際立たせている救いのなさは笑って良いのか悩みどころである。
当のルー本人は、少し放って置けばすっかり忘れて復活するのが困ったものだ。
観客やアーマードバトルの選手が歓声や称賛を贈る中、ハンネとラウデの成長を喜ぶテレージア達を尻目に、ウヴォァと擬音の似合うフラフラとした歩みでティナの元に辿り着くルー。そして開口一番。
「姫姉さま。ルーは小腹がすきました。甘いものをパクつきたいのです」
先程のダメージも忘却の彼方に追いやって、全く何時も通りな妹分に姫騎士さんは大きな溜息一つ。
「もう、しょうがないですね。準備で戻った時にアメちゃんでも食べときなさい」
はーい、と途端に息を吹き返すルーのコント仕様は如何なものか。
「それでは、わたくし達も準備に入りますわ。あとの進行は殿下にお任せしてよろしゅうございますかしら」
テレージアの問いに、「はい了解です、そちらのコントロールは手筈通りにおねがいします」と返すティナ。
次で最後だ。Chevalerie競技とは関係のない特殊技術を披露する余興。
使用する小道具の最終確認を終えたティナに、競技コントローラを操作していたテレージアから設定準備完了の合図が届く。ティナは主催の司会担当の元へ馳せ参じ、準備が整ったことを告げる。
それから少々の間を置いて、次で最後の催し物だとスピーカーから司会者の声が鳴り響く。観客達に小さな騒めきを起こす。これで最後かと、残念がる声や続けて欲しいなどの声もチラホラと。
場の雰囲気が最後のプログラムに意識が傾いたタイミングで、主催から借りていたマイクを片手にティナは一人、競技コートの中央へ進み、観客達を見渡す。そして、最後となる催し物の説明に入る。
「最後は趣向を変えまして、ちょっとした余興をお楽しみいただければと思います」
などと言葉を紡ぎ、マイクを持つ手と反対の手に持たれていた小道具を掲げる。それは、鎧姿の集団が集まる場に於いては全くの異物。そして非常に物騒で、日常生活には縁がない。向けられれば誰しも腰が引けて仕舞う類の物品。
ハンドガン、詰まり拳銃である。
勿論、Chevalerieのシステムを使ったサバイバルゲーム用の模造銃だ。
光線処理で被弾判定をする仕組みだが、最たる特徴としては、質感や重量、スライドの排莢機構やリコイルなど、実銃に近い造り込みがされていることか。現実にある拳銃がモデルなのだが、こういった手合いの物は得てしてリアル志向な造作が主流だ。
この模造銃、ティナの自宅で護衛達の訓練用に使われているものを持参したのだ。
「ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、マクシミリアンの今期学内大会で、そこのメイド娘が銃弾避けをしたのが結構話題になりまして」
今回の切っ掛けを小出しに区切りながら言葉にするティナ。
そのメイド娘は、オヤツのクッキーで用意されていたヴァニレブレッツェルンをサクサク齧りながら、ん?みんなコッチ見んなです、的にジト目でチラ見してからクッキーを頬張る作業に戻った。ほぼ齧歯類の所作。
「それで、実際に銃弾を避けられるのかネット上で物議を醸していたそうですが、とうとう私の公開しているお仕事用メールやブログのコメントなどにも一言でお返事できないご意見などで溢れて仕舞いそうになりましたので」
ヤレヤレと肩を竦めて困り顔をする姫騎士さん。オーバーリアクションな演技だ。
「ですので、実際に銃弾避けをお見せすれば諸々のお返事代わりになるのでは? と、このお時間を用意して頂きました」
嫋やかな笑みを浮かべて、この余興を代返変わりにすると言いきったティナ。
だが、その言葉自体はティナが「見せる」ための建前で綴ったに過ぎない。
実際、業務に支障をきたすレベルでメールや問い合わせ、果ては中傷まで随分な数が届いているが、その程度はフィルターや財閥の情報管理部門が処理するので全く問題にはならない。
そして、余興の詳細を語りだすティナ。
持参した拳銃は、試合コート内のサイバースペースでのみ使用可能なサバイバルゲーム用の模造銃であること、故に実弾の発射機構は実装されておらずARが生み出す光線で被弾判定する。この拳銃はセミオートなので一発ずつ引き金を引く必要があるなどを実演しながら一つずつ丁寧に解説する。
ティナが自分に向けて銃を撃ち、光線が身体に着弾するとポイント計上の通知音と頭上に浮かぶARスコアがカウントされる様子を見せる。被弾判定も、髪の毛や服の端など現実でもダメージにならない部分以外、全身が設定されていることを自分の身体に撃ち込みながら観客へ説明。
また、弾丸が外れた場合は、試合コートを囲むサイバースペースの透明な壁面に見て判るよう細工がしてある。着弾した箇所を中心に丸いマークで囲む表示が残る。ティナが実際に回避出来れば、このマークで結果の有無が観客にもすぐ判るのだ。
軽い調子で、回避の途中に投擲しますので、と言い出すティナ。掌にARで生成された杭型投擲武器をポイッと投げ、壁面となる空間に杭が刺さる。その位置を中心に丸マークが表示されるところを見せ、試合コート外の観客には影響がないので慌てないように、と注意を添える。
銃の着弾地点もそうだが、杭などは、サイバースペース外側には表示されないので、丸マークと杭の刺さっていない後ろ部分が空中に浮いているシュールな映像。逆にこれがあるからこそ、観客の武器に対する緊張を解し、安全なのだと納得させたのだ。
「それではルールですが、射手と私が五米離れた位置から開始します。私は正面を向いた状態を保ちますので、射手は私の身体の何処を狙っても良しとします。構わず何発でも撃ってください」
ティナは簡単に話すが、避ける側が随分と厳しい条件だ。
「私は回避と余裕があれば投擲しつつ、真っすぐ距離を詰めて拳銃を撃てないよう掴みに行きます。私が一発でも撃たれれば負け、回避して拳銃を無力化すれば私の勝ちです」
ちょっとしたゲームです、と宣うティナ。内容は観客の予想を斜め上に行っていたが。
観客に射手を頼もうとも、さすがに銃器を扱った経験者は殆どいないだろう。なので、アーマードバトルの出場者に軍人や警察官だと言う選手は複数人いると聞き及んでいたので、銃器の扱いが得意な人員に募集を掛けた。
居るところには居るものだ。甲冑姿で名乗りを上げたのは現役の、それもエキスパートだった。
「あら、KSKの第四小隊所属なんですか。思いもよらず大物が釣れました! みなさん、お手伝い下さる騎士の方に拍手を! はい? ええ、手甲は外されて結構ですよ」
ティナは射手となる男性に拳銃を渡す。部隊で導入されているものと同じドイツH&K社のモデルであるため、操作も慣れた手つきだ。観客が居ない競技コントローラの方向へ試射をお願いする。実銃との違いを感覚で微調整して貰うためだ。
数発撃つころには模造銃の特性を理解したようで、グルーピングが誤差レベルになっている。
「射撃時以外、指を引き金から外して銃体に置くところはさすが本職ですね。トリガーコントロールもお見事です。それだけの技術をお持ちなら、最後は武装解除させていただいても? あら、OKですか。なら、私が銃に触れたら指ぬきをお願いします。お互いのタイミングが合わなければスライドを押さえるだけにしますので」
観客には半分も理解出来ない穿った会話をする姫騎士さん。
武装解除など、本職相手に全弾回避して見せると話を進めているが、ルーの前例がなければ鼻で笑われているところだ。それだけに、この娘の異常さが相手にも伝わる。
「では始めましょうか。射撃タイミングはそちらのご自由になさってください」
射手と五米離れて正対した場所でティナは棒立ちのまま微笑みながら開始を告げる。
この五米は、拳銃で動目標の射撃訓練をしているならば当てられる距離なのだ。
相手も特殊部隊の精鋭であるため、それを理解している。更には射撃に気配を消すのはさすがと言えよう。
開始の合図から数秒が経過する。射撃タイミングの駆け引きに使われた時間だ。
そして、観客も虚を突かれ突然始まった。
タン、タ、タン、と微妙に連射音がずれた三発の射撃。瞬間的に左右へ振れながらあっと言う間にティナが射手に接近する。空中に三本、光線の残像。気付けばティナが拳銃を右手に構え、射手へ向けていた。
「撃つ気配を消す巧い射撃ですね。二射目は危うく察しきれないところでした」
ひやひやしました、と笑顔で話しながら、ティナは自分が最初にいた場所の後方に顔を向ける。そこには空中に殆どずれがなく三つの丸いマークが浮かんでいる。そこから導き出されるのは、正確な射撃がされたこと、その銃弾を完全に避けきったことの証左だ。
それだけではない。
射手を見れば、自身の胴に視線を落とし、驚愕している。ホログラムを消えない設定にしているため、胸に一本、腹部に二本の杭が刺さっていたのならば然もありなん。
ティナはルーの射撃回避と同じ技術を使っている。先の先から更に先である射撃の意思を読み、引き金を引く直前に肩甲骨と股関節の骨による高速動作で瞬間回避する技だ。相手は引き金を引いた瞬間、標的が視界から一瞬消える。ティナはその回避運動の中に投擲も練り込める。だから回避した数だけ杭を投げ込んでいる。
そして、五米ならばティナは三発以上撃たせない。相手の元に辿り着き武装解除まで持って行けるからだ。最後は射線を外し、両の手を交差させて梃子の原理で銃を外側へ捻る。力を掛けずにスルリと一瞬で銃を取り上げた。
「まさか本職でエリートの銃撃を経験できるとは思いませんでした。本当にご協力ありがとうございました。みなさん、今一度ご協力いただいた騎士の方に盛大な拍手を!」
ティナは射手となった男性に一礼し、感謝の辞を述べる。そして、退場時に観客の賞賛を浴びるよう言葉を紡いだ。
暫く待ち、観客達が小さな騒めき程度に静まるのを見計らってティナは口を開く。
「みんさん、如何でしたでしょうか? 今回の回避は全て射撃しようとする気配を察知して、身体操作で引き金を引かれる前に避けたんです。実際、発射された後の弾丸を人間が見て避けるのはまず不可能ですから」
まねしちゃだめですよ、と姫騎士さん。回避の原理を聞いて、なるほどと納得する観客も多数。でなければ、今回の武器は銃弾が光線なので光を避けられることになるのだ。
「ご来場のみなさま。これにて最後のアォスシュテルンクは終了となります。ご覧いただきありがとうございました」
ティナが競技で見せる丁寧な一礼の後、観客の拍手を背に試合コートから退出していった。それを見届けた司会者が本日のプログラムは全て終了した旨をアナウンスする。
観客もその言葉で最後に一頻り盛り上がり熱が冷めやらぬようであったが、次第に帰路へ向かう者が増えて、少しずつ数を減らしていった。
――女性用仮設テント内。
ティナ達と、女性騎士達。さすがにアーマードバトルの女性人口はChevalerieほど多くないので、チーム関係なく同じテントが更衣室替わりだ。
着替えも終わり、装備の片付けもあらかた済んだところで、ルーなどは簡易テーブルに置いてあるクッキーやら飴などを貪ることに仕事を変更していた。たまに女性騎士がルーにお菓子を与え、モッキュモッキュと食べてる姿を楽しんでいたり。年若い妹組達は中々の人気で、お姉さま方に可愛がられている。試合も終われば緊張も抜けて、和気藹々とした空気になっている。
そんな様子を少し離れた位置で椅子に座りながら眺めていたティナとテレージア。
「今回はイベント参加の顔繫ぎ、ありがとうございました」
沈黙からティナが自然と紡いだ言葉は謝辞だ。
「いいえ、わたくしも相乗りさせて頂きましたことですし。イベントもある程度の規模になってよろしゅうございましたわ」
テレージアは含みがある言葉で返す。
「そうですね。本当に良いタイミングでした」
ティナの受け答え。この短い遣り取りに全てがあった。二人が名誉貴族家の出自だからこそ意味が伝わる会話だ。
この時代、イベントなどは小規模な場合でも殆どがネットに動画配信される。ネームバリューのある二人ならば、視聴数も中々に稼げる。それがアーマードバトルと言う物理的な能力を必要とする競技であったからこそ、ティナは「見せる」ことに最適だと判断していたのだ。その思惑をテレージアも薄々察したので、ならば自分も「見せる」機会としたのだ。
彼女達の家系は、古き時代に交わした約定で秘密裡の役割を受け持つ七家、その内の今も残り続ける名家である。その特殊な立場故、少なからず対立や侵害する存在を抱える定めにある。
一族に対して手出しするならば、政治経済や社会的地位、軍事力など使える手を全て使い徹底的に応戦する。軍閥に影響力がある南のキューネ家と、各国の経済基盤深くへ食い込む北のカレンベルク家。両家に敵対すれば和解の選択肢などはない。また持ってはならないと決められていることを守り続けている。
そのような相手には搦め手として、一族の要人を標的にすることも十分有り得るし、過去を振り返れば実際に襲撃された回数など数えきれない。
二人共、名の知れた騎士であり、護衛が付く令嬢だ。
いくら競技で優れたとて、護衛さえ片付ければ如何様になると思われがちだ。
それは相手が彼女達のこと、延いては二家の在り方を知らないことによる。
彼女達本来の目的。
それはイベントに託けた示威行為であった。
御令嬢と単語では一括りに出来ない存在なのだと。
彼女達はその身一つで戦場に赴けるのだと見せ付けるために。
勿論、世間一般はそんな事情を知る必要もなく、ただ楽しんで貰えば良いように。
では誰に向けて「見せる」のか。
それは裏の世界に身を置く者達へ――特に彼女達の技量を見抜ける高位者に。
アーマードバトルで見せた剣捌きや体術の練度は、日常で出来る動きの中にあると。尚且つ、二人は相手を仕留める術を高レベルで持っていることを少しだけ出した。たとえ虚を突かれても即座に対応出来る能力も持つとまで知らしめた。
個として狙うには割が合わない相手であると。仕事を受けるなら、本職同士で戦う時以上に覚悟を持って来いとのメッセージだ。
「名家の令嬢」と呼ばれる人物像の奥深くに隠れている「純粋な戦闘力」を僅かに覗かせ、抑止力としたのだ。
テレージアの強靭さと多人数戦の殲滅力然り。
ルーとティナの超高速なMesser Kampf然り。
特殊部隊の銃撃を回避しながら反撃するティナの姿然り。
彼女達だけが特別ではなく、一族の代表として「見せた」のだ。
中には武力を持たない者もいる。しかし、その確固たる意志は同じだと訴えたのだ。だからこそ、絶対に屈することはない、と。
特別な役目が紐づく爵位をドイチュラントが国として存続する限り受け継ぐ約定。それを違えることなく脈々と守り続ける貴族家としての矜持だ。
今回のイベントを運営の裏側から見れば、特にティナは「見せる」ための条件を巧みに仕込んでいたことが判る。それを成すには組織的な規模の力が必要だ。むしろ、カレンベルク一族が動いていると喧伝するように力を行使した。
ティナにはイベントの安全を保障する義務があり、そのために万全を期したのだ。
要人警護用転輪型装甲戦闘車Nachfolger三号。
ティナが護衛を引き連れて仰々しい車両で乗り付けたことも、その一環だ。
全てはイベントに参加した皆が笑顔で終えるように。
――自身の都合で無関係な者を巻き込まないように、と。
「今ではお役目も殿下とわたくしの二家だけになって仕舞いましたし、少し寂しゅうございますわ」
お姉さま方から揉みくちゃにされている妹達を微笑ましく見つめながら、テレージアは過ぎ去った時を懐かしむように呟く。
「それでもロートリンゲン卿はチェヒシュからドイチュラントに戻ってこられましたね。正にお役目通り新しい技術を競技として引っ提げて学園まで創るなんて、当時の皇帝陛下が聞いたらビックリものですから」
ティナはクスリと笑みを零し、唄うように言葉を奏でた。
「そうでしたわ。ベーメン王国が消え、お役目が消滅いたしましたのに時を超えて理事長がChevalerie競技をお持ちいらっしゃるなんて、不思議なご縁ですわ」
そのおかげでキューネ家の秘技を披露する日が来るとは思いませんでしたわ、と感慨深く頷くテレージア。
古の七家は、それぞれが別の役目を持っていた。役目の詳細については割愛するが、神聖ローマ帝国が解体されたことでドイチュラント帝国に残る二家のみが、連邦共和国になった今も役目を受け継いでいる。
時代に合わせて取り交わした役目を見直すでもなく。
只管に約束を受け継いでいく。
終わりの時が来る日まで。
「さて。そろそろルーが当然のように餌付けを要求し始めそうですから引き揚げるとしましょうか」
「ふふふ、そうですわね。あの娘達もお姉さま方から解放して頂かないといけませんわ」
制約が多い貴族と言う鎖で身を縛られている二人。それでも楽し気に笑うのだ。
――それが当たり前の世界で彼女達は生きているから。
数日後、今回のアーマードバトル大会を撮影に来ていたバイエルン州のローカルTV局やネット放送局が全試合を配信した。ティナ達イレギュラーな人物が参戦していた話題性もあり、各局の動画は何れも再生数を稼いだ。
Chevalerie世界選手権大会が始まる前に配信を間に合わせたのも大きい。
中でもアォスシュテルンクのみ特集した番組は特に注目度が高く、世間に広く知れ渡ることになった。
現役の騎士も数多く視聴し、改めて新人達の対策に取り組む者が多かったとか。
ティナとテレージアの目的は果たせたのか。
その答えは誰も持っていない。




