05-004. 最も畏怖するべきは技能ではなく脈々と受け継がれた精神性にある。 Fürst.
長くなったのでキリが良いところで分割した
二一五六年一〇月三〇日 土曜日
バイエルン州の州都ミュンヘン。朝一一時を少し回った現在の気温は八度少々。空は薄曇りで陽は差すが、本格的な冬の訪れを至る所で見かける今日この頃。
ミュンヘン中央駅の南にある広場、テレージエンヴィーゼ。オクトーバーフェストの開催地として有名だ。
つい半月前に世界で名だたるフェストも終わり、ビールテントやHUSS社の移動アトラクションなどは撤去されている。広々とした敷地と通路だけの風景は、物静かに季節の移り変わりなのだと語り掛ける。
テレージエンヴィーゼを東西に横切るマティス=プショルアーシュトラーセの西側終点に位置するバヴァリア像。その正面にある大テント設置区画の二つ分を使って設営されたイベント会場にティナとルーはテレージア達と来ている。
今日は、アーマードバトルミュンヘン大会。今回はIMCFではなくミュンヘンで一番大きなクラブが主催するローカル大会の位置付けだ。それでもバックアップにバイエルン州が名乗りを上げたおかげで、近隣州や他国の遠征チームも参加しており、今回の競技者は一五〇名を超えていると言う。国際的な大規模大会の場合は観客も数万人は来訪する人気の競技でもある。ここにも三〇〇〇人近い観客と、ミュンヘンのローカル局だろうかTV放送のカメラも所々に見える。
会場には装備を整え終わったクラブチームなどが集まり始めており、一四~一七世紀の中世を代表する様々な鎧姿が目に入る。
「おー。鎧だらけです。ピカピカまぶしくてウゼェのです。反射防止加工しやがれです」
目をショボショボさせながらルーが迷惑極まりないと、この場に居る集団へディスる言葉を吐き出す。
それが聞こえたようで、ギロリと睨んでいる鎧が数名。面頬や面鎧が降りてるので視線は隠れているが。
確かに陽の光を浴びて輝く集団など直視すれば目に痛い。その反射光を迂闊にも直視したのだろう。睨まれたところで知ったことではないと、ズケズケ言うルーは何処吹く風で不遜なのは変わらず。エレが一緒に居たら未熟者と、ゲンコツを貰っていたこと請け合い。
だが然し。鎧の御仁も睨んだところ、逆にギョッとしたのではないだろうか。何せ、文句を垂れた娘はビクトリアンメイデンスタイルのメイド姿である。
「ルーさん、鎧は光ってナンぼです! ピカピカはステータスなのですよ!」
ハンネが甲冑大好きです!的な言葉を返して来た。言いたいことは判るが完全にハンネの主観だ。
鎧集団の幾人かも聞こえた言葉にウンウンと頷いている様子は正にハンネの同類。
「二人共、感想が別方向に向いてますよ。実際、金属鎧の騎士をこうも多く目にすると壮観の一言です」
ラウデは別方向へ会話を修正しようとするも内容が弱い。
甲冑兜はないが、この数より多くの騎士集団を見ているので珍しさはないのだ。
そのことにルーやハンネが「多い?」と疑問染みた言葉を出す前のタイミングで声が掛けられる。
「はいはい、三人共。一般でこの規模の集まりは珍しいですから気分が高揚するのも判りますわ。それに今日はわたくし達も金属鎧ですから、ここに居られる方々はご同輩ですことよ。それより、そろそろ装備を着用いたしますから更衣室にまいりますわよ」
パンパンと手を叩き、妹組を促すのはテレージアだ。はーい、と素直に返事をする様子を見れば、鎧集団もほのぼの視線に変わると言うもの。
その様子を一言も喋らずに見ていたティナ。ルーの開幕ディスりからコントの流れになりそうなところをタイミング良く止め、且つ周りの空気も緩和させつつ、お姉ちゃんぶりを発揮するテレージアに「毎度助かります」と心の内で感謝を述べるのであった。
いや、そのくらい普通に言葉を掛けても良いのでは? 何故に傍観者になっているのか姫騎士さん。
「ちょっくら一暴れいたしますか」
ボソリと呟く姫騎士さん。その台詞は今じゃないと思いますが。
参加者に女性騎士も意外と多く、女子更衣室、と言うかテントが別に用意されている。入り口内部には衝立が立てられ、中を覗けない配慮がされている。
ルーとラウデは付き添いだ。今もティナ、テレージア、ハンネの鎧装着をいそいそと手伝っている。
ティナはオレンジ色が眩しいKampf Panzerungで参戦だ。
甲冑兜は今日のために用意した特注品。ヘッドフォン状の耳当て部位から顎下を囲うような顎部部品と、耳の後ろから下を覆う後頭部。前面はと言えば、ライフル弾の直撃を逸らせる軍用防弾プラスティック製面頬。見た目はスリムな透明ヘルメット。顔が良く見える。
姫騎士さん、イベントごとでは顔を隠さない主義なので。まぁ、アォスシュテルングシュピール要員だからこそ、特別に許可して貰った造りなのだが。
何時もと違い鎧下に軍用衝撃吸収スーツを着込んでいるので、革鎧の裾から下着はチラチラしない。
武器もカレンベルク家の宝剣を白いゴム製模造剣に仕立て、同じ仕様でサクスも持ち込んでいる。
そして、今は防寒用マントを羽織っているが、Abendröteのロゴが良く見える位置にある。ティナのスポンゾァであるメーカーに特注した品だ。
テレージアもさすがに下半身丸出し姿ではない。メタリックピンクな鎧だが、何時もの露出部分をちゃんと装甲で覆った完成品と言うべきか。甲冑兜も鎧と揃いのようで、面鎧型だ。面鎧を降ろした姿は色合いの派手さから儀仗鎧のようだ。
身の丈を超すZweihänderのゴム製模擬剣は存在感が異様。
厳密な競技基準に則っているが、ここまで大型の剣を競技で使用することは稀である。
彼女も防寒用マントを羽織っているが、此方も実家であるキューネ家が運営する乗馬クラブのロゴが入っている。
ハンネは何時もと変わりなく。普段の騎士装備がアーマードバトルで使用している鎧なのだ。違いはと言えば、ゴム製模造剣に騎士剣と片手剣、そしてカイトシールドを持ち込んでいることか。使い込まれたそれらは、今までも試合によって使い分けていたのだろう。
テントの中では特にティナとテレージアが注目の的であった。
何せ、現役の騎士であり、それも上位に位置する競技者だからだ。
次点でメイド姿のルー。コマコマした動きと、お菓子を満足気に食べる姿が周囲の笑みを誘う。
準備の終わった彼女達に話しかける者は多かった。然し、大人の女性ばかりなので皆が弁えており、テント内は和やかな女子会のような雰囲気になる。
「おもしろいお話ですね。テレージアは最初、加減を間違えて甲冑ごとお相手を吹き飛ばしたんですか」
ティナは以前ハンネが口を滑らせた事柄の真相を聞いた。情報提供はハンネが所属するクラブチームの女性騎士からだ。
テレージアはハンネの付き添いで、アーマードバトルの練習を見に来ることがある。どうせならと、クラブチームの面々から誘われて、偶にゲストで練習へ参加することも。
始めて対人戦の練習試合をした時のこと。造ったゴム製模擬剣は今までよりも一瓩以上重量が軽かったため、剣の腹で横薙ぎした速度と威力が想定より出て仕舞ったのだ。
そして、甲冑を纏ったオジサンがポイーンと吹き飛ぶトンデモ結果に。それ以降は身体操作で能力を抑えつつ調整している。
「とうとう知られてしまいましたわ! ホント、もう、お恥ずかしいかぎりですわ!」
面鎧を上げた両頬に手を当てながら、イヤンイヤンと首を振るテレージア。小脇に抱えられたZweihänderがなければ異次元の絵面を抑えられたのだが。
「ほへー。剣が金属でなくてヨカッタです? テレージア姉さんなら鎧ごと半分くらいブッた斬るです」
フォローにならないフォローを入れるルー。むしろ二次災害的内容だ。
「ちょっと、ルーさん⁉」
まさかの発言にテレージアも慌てだす。
「ありえますね。実際、学内大会でシルヴィアの胴を横薙ぎで両断した判定が出ていますから」
顎に手を当て、考え込んだ視線付きで信憑性の高い前例をブチ込む姫騎士さん。二次災害の被害拡大を増長。
「殿下までっ⁉」
まさかの追撃に思わず甲高い声が出るテレージア。カレンベルク組のタッグは天然発言を解釈方向誘導する極悪の組み合わせだ。
「ふわー! やっぱりおねえさまはスゴイです!」
言葉を純粋に良い方向へ捉えるハンネの感嘆は、テレージアの興奮を抑える鎮静作用を持っている。眉をハの字に変え、困った笑みを引き出した。この流れには周りも思わず苦笑いだ。
姫騎士さんは「してやったり」と聞こえてくるような良い笑顔だ。テレージアがお笑い担当なのは外せない、と。
会場はMêléeとDuelに区画を分けて試合コートが設営されている。特に団体戦は、三対三や五対五、一〇対一〇で試合が出来るようにコートサイズも様々だ。
試合コートを囲むように設置された木柵の周りには観客が集まり、度々歓声が巻き起こる盛り上がりを見せていた。
鎧を纏った騎士が武器を振り、盾を使い、投げ合っては転がし、止めを刺す。金属の鎧同士がぶつかる音も凄まじく、実際に目の前で見れば迫力が全く違う。
参加者には現役の軍人や警官、格闘技経験者なども居り、見事な殺気を放っているところも熱狂を呼び込む要因の一つになっている。初心者が相手にするのは辛かろうが、この大会に出場している大多数がベテラン勢だ。殺気など慣れたもので、益々精強に戦うのである。
Chevalerie競技には無い荒々しくも生々しい熱波。
それがアーマードバトルである。
アーマードバトルとは、中世の騎士が戦闘訓練を試合形式で行っていた競技性に着眼し、二一世紀に再現した剣戟スポーツだ。ニッチと言われながらも世界中で愛され続け、競技人口も中々に多い。
現在では衝撃吸収ゴムなどの性能も上がっており、ゴム製武器が主流だ。ゴムの中に金属の芯を通した串焼きのような構造になっている。
競技自体は幾つものカテゴリーに分かれており、ルールも多数ある。共通ルールとしては、急所などは当たる程度で判定とし、全力で叩き壊すかのような危険性のある強打などが反則だ。また関節技は禁止だが、金属鎧の場合は殴打も有り。押す、引っ張るなども時間制限内で許可されている。当然のことながらスポーツなので、危険部位への意図した強攻撃は全面禁止。そう言った箇所は、撫でる程度で判定が出るようになっている。
この競技もChevalerieのシステムを取り入れたことで、競技性が増した。
HCを混入、または塗布し、攻撃の強度や判定などがより精密になる。
皆が持っている簡易VRデバイスも利用された。システムと紐付けたことで、総合的な安全性向上にも一役買ったのだ。
然し格闘技の呈も成しているため、負傷者は少ないながらも出る競技なのは昔から変わらない。
ティナとテレージアはローゼンハイムを拠点とするハンネの所属クラブチーム「ローゼンハイマー」のゲストとして参戦だ。今大会での特別ゲスト枠でもある。
只今、ローゼンハイマーはミュンヘンの老舗クラブチーム「ホーフガルテン」と一〇対一〇のMêlée中だ。どちらかのチームが全滅したら勝敗決定と言う単純明快なルールで、被弾ポイントが一定数加算、もしくはダウンで死亡扱いとなり試合コート内で死体となって鎮座する。まぁ、乱戦で踏まれそうになったら避けるのだが。それでも試合中は動きが激しいので、隅へ避ける前に巻き込まれて踏まれる選手の姿を良く見る。
「これは中々に面白いものですね」
剣とサクスの二刀を持ち、激しい動きの最中にあれど、息を乱すことなく平時と変わりない口調で言葉を綴るティナ。
――騎士は剣技に優れるが鎧同士でぶつかり合う経験はなく弱点になる、と。
今日、有名な騎士が参加すると知った競技者達は誰彼もそう思っていた。
実際、この競技を別の楽しみとして参加する騎士もチラホラといたりする。
元々、技量と回避力が優れているだけに手強い相手となるが、アーマードバトルの競技特性を生かし互角に戦えた経験がある者も少なからず此処には居る。
その前例があるからだろう。相手は体当たりや力強い高圧の攻撃を繰り出し、機動力と防御耐性に対応した戦術を仕掛けて来る。
然し、特殊系高機動力の札を持つティナの場合は掠らせもせず次々と回避していく。その上、すれ違いざまに脇や急所を薙いでいく。また、自らが接近し腕同士を接触させ、瞬間的な体重移動で相手に荷重を掛けて崩す技術なども使っている。ビンデンでの押し込みも流して崩す。確実に脇の急所や首を薙いでいく芸当をやって見せている。
「おーほっほっほ! ここから先に進むのであれば、わたくしを打ち破る他ありませんわよ!」
高笑い付きのテレージアは右翼に陣取る。
彼女も屈強な相手の当たりなぞ何処吹く風で弾き飛ばし、押し込まれても容易く押し返す。攻撃を受けても大型騎士剣が片手剣の速度で迎撃し、連撃にも対応してくる。此方の攻撃は体当たりも混ぜて相手から確り被弾ポイントを奪い切ってからダウンさせる徹底振りだ。まるで移動要塞の様相を呈している。
「えいっ! 今日はシルトで後ろに通しませんよ!」
左翼に陣取るハンネは、近隣では軽戦車の異名を持っている。テレージアに鍛えられた身体操作で小柄なのに当たりにも揺るがず、押しもままならない厄介な競技者に育っていた。軽戦車と戦っているようだと、誰かの呟きが何時の間にか通り名に。今回は、その強靭な身体操作法を教え込んだ親玉であるテレージアとセットになっており、ほぼ不落の双璧が出来上がる。相手も攻略に手を焼くことになった。
その防衛網を軸としてチームは有利に展開し、遊撃手のティナが縦横無尽に掻き乱して相手を混迷させていく。
「うゆ? ナンで姫姉さま、のんびりメンドイ狩り方するです? 後ろ獲ればとっくに終わってるですよ?」
味方チーム側の待機エリアで、試合を見ながらルーが不思議そうに首を傾げて疑問を口にする。この試合は観戦に回っているローゼンハイマーの面々も思わず驚く内容なのは仕方ないだろう。ティナがどういった存在なのか試合動画でしか知らないのだから。
「ルーさん、中世の騎士訓練を元にした競技ですから、背後攻撃は不名誉だと暗黙の了解があるんですよ。よっぽどの乱戦ならその限りではありませんが」
ラウデが補足を入れてくれた。ふーん、メンドウです、と騎士道精神には興味がない様子のルー。そんな会話を交わす内に試合は決着を迎えた。
クラブチーム「ローゼンハイマー」がティナ、テレージア、ハンネを含め五名残しで完勝。特にティナとテレージアはポイントすら奪われていない。
「みなさん、お疲れさまでした。お怪我はありませんか?」
「おつかれさんでーす。姫姉さま、ルーは小腹がすきました」
試合後、全員に気遣いをするラウデ。それに対して、おざなりの労い後に欲望駄々漏れするルーは、全くの平常運転だ。周りを苦笑させるのは最早才能か。
「ルー、あなた試合の前までお菓子を食べ漁ってたじゃないですか。今日はそれほど動いてないですから、カロリーは消費してないでしょう?」
「姫姉さまナニ言ってるですか? もう昼じゃねえですか。ウマイものをパクつく時間ですよ?」
当然ですが?と、ドヤ顔のルー。欲求に忠実な妹分を一瞥して姫騎士さんは溜息一つ。
確かにティナ達の試合は昼前に開始したので良い時間ではある。ゲスト参加させて貰ったローゼンハイマーのメンバーも二〇名弱おり、其々が全試合に出場する訳でもないため、既に食事の真っ最中な者もチラホラと。
辺りを見回せば、そこそこの人数は集まると見越して移動屋台が幾つか来ており、どれも繁盛している様子。
ティナ達はと言えば。
クラブチームで世話になるからと、事前にカレンベルク側からテイクアウト用ランチセットを振舞う手筈となっていた。今もティナが連れて来た護衛達からローゼンハイマーの面々へランチセットを配布している。
護衛が居る風景など現実で目の当たりにする機会など殆どないため、受け取る方も随分と恐縮しているのは仕方がないだろう。だがそれこそ、ティナがどれだけ要人なのか、この場に居る皆は噛みしめることになった。他のクラブチームからの視線も、単なる有名人とは違うのだと少し緊張しているのが判る。
姫騎士さんのフットワークは軽い反面、その他に及ぼす影響度が甚大なのだ。
ちなみに影の護衛としてWald Menschen二一人、カレンベルクの実働部隊一五人が観客へ紛れている。
カレンベルク家で用意したランチは、勿論ティナ達も同じものを頂く。内容は良くある品揃えで見栄えも整っているが、普通の部類に入るだろう。だが、そこは大財閥当主家であり名誉公爵家が用意した食事だ。一流の調理人と一流の食材で創られたそれは、一口含むだけで何もかも違うことが判るレベルだ。その結果、ランチセットを頬張りながら笑顔の絶えない一団が出来上がっている。
場に似つかわしくない白い大型のバス。観光バスとも違うその側面上部より張られたタープは日除けと言うより、天幕に近いものだ。その下に設置された質の良い簡易テーブルセットをティナ達が囲んでいる。
「殿下、ありがたくご相伴にお預かりいたしますわ」
「はーい、ご遠慮なく。私のゲスト参戦を捻じ込んで頂きましたから、せめてものお礼を兼ねてますんで」
テレージアとティナの会話は、食事を用意したティナへの感謝と聞こえるが、実際は貴族的用語だ。テレージアが「ご相伴」と言葉にしたのも、ホストとなるティナの一族をこの場では主家として扱う旨の意味合いが含まれている。互いに貴族制度が廃止されたドイツで名誉男爵、および名誉公爵として政治権力は剥奪されたが、階級存続を認められた特別な地位にある名門貴族である。故に貴族的意味合いの会話術も未だ引き継いでいる。
当然、先程の会話に意味があるなど大半の者は判らない。単に少女達が和気藹々とランチを楽しむ姿を目にしている日常風景である。……筈なのだが、特にティナとテレージアの二人がいるおかげで明らかに普通と違う「何か」を感じている者が少なからずいる面白い状況。それ以前に、バスの中に一人、テーブルを挟むように二人の護衛が居る時点で普通とは言えないが、その点を省いたとしてもなのだ。
その「何か」は平たく言えば「上流階級」である。マナー云々の前に、その居住まいや所作の一つひとつが洗練されており、それが自然に為されている。お上品などの言葉が霞む程、何もかも違うのだ。
元より、名家は一般人が想像するより遥かに個人の在り方や思想が異なる。詳しく記載すると切りがないので割愛するが、「当たり前」の感覚自体が別世界なのだ。同じ常識を持っていても、一族を通して決して覆されないものを大切にし、優先度も異なる。それさえ注意すれば価値観も共有出来るし、友人付き合いも普通に出来る。但し、金銭的価値観が違うこともあるので、そこは注意されたし。そして、富豪と名家はイコールではなく、根本的に別物だと覚えておくと良いだろう。
「さすが、口当たりから違います。手軽に頂けるものですのに、とても同じ種類だとは思えない完成度です」
「とってもオイシイです! プーテンバゲットに挟まったトリがとろけました!」
ラウデとハンネはランチに舌鼓を打っている。
ラウデも貴族家陪臣である名家の出自であるため場に溶け込んでいるが、ハンネも彼女達程ではないにしても一緒に居て違和感がないレベルだ。これはテレージアの従騎士であるが故にテーブルマナーや所作についても教えを受けた成果だ。
「今日もウマイ飯をパクつき放題です」
レバーケーゼバゲットを口一杯に放り込んで咀嚼しているルー。
一番問題になりそうに見えるルーだが、意外にもモッチモッチと頬を膨らませつつ場に馴染んでいる。これでもWald Menschenの王族に仕える貴族家なのだ。
横柄でフランクな態度も、その端々にはちゃんと名家の所作が現れている。
そんな彼女達の姿を目の当たりにし、違和感を覚えて首を捻る者達。結局、思い過ごしかと納得するが、何かが胸の奥に過った者は勘が良いと言えよう。だとしても、それが何か判らずとも彼等の日々は変わらない。
蛇足だが、将来的に「上流階級」の人物と接する機会がある場合、接待などを行う際は細心の注意、と言うよりも「上流階級」の性質を理解しないと非常に苦労するだろう。一般的に通じる手が相手にとっては眉を顰める下卑た誘いになることも多い。それは選民思想などではなく、日常生活の尺度が違うためだ。
ちなみに、彼女達が通う学園を見れば。
学園には、武術流派の一族や貴族家の子女など、所謂名家の出自が多く在籍しているため、学園生達は慣れっこの風景なのだ。だから会話する上で認識に齟齬が在ることを判っている。
例えば、侯爵を継いだ【騎士王】アシュリーにクリケットをやってみないか勧めたとしよう。返って来る答えは「なに莫迦なこと言ってるんだ?」となる。
これは貴族家の認識が一般と異なるから起こる食い違いだ。だからと言ってクリケットを蔑んでいる訳でもない。競技を嫌う訳ではなく観戦や応援もすれば、優れた選手に敬意も払う。
然し羊飼いの遊びが起源とされるスポーツなので一般人のものであり、貴族や古くから続く名家がするべきスポーツには含まれないのだ。アシュリーを誘うとしたら、彼はウェールズ出身なので乗馬で行うポロなどになるだろう。馬を飼育することが当たり前と言う、金銭などを意識しない高価なスポーツが対象なのだ。尤も、彼の場合はポロではなくJosteになるのだが。
そんな温度差を一般人は知る由もない。だから違和感を覚えるのである。
では、Chevalerie競技がどうなのかと問えば。
騎士とは元々、貴族と言う特権階級であった。だからこそ、貴族家が伝えて来た伝統を受け継いだ者が挙って参戦するのだ。特に武系一門などは、洋の東西を問わずに集まる傾向がある。
謂わば、貴族の新しいスポーツと呼べる側面も持つのだ。
――たとえ競技の発案者が意図していなかったとしても。
ランチタイムを寛ぐ少女達の会話が弾んでいる姿は年頃の娘そのものだ。護衛と大型バスが鎮座している一種異様な背景さえなければ。
今回ティナは、要人警護用転輪型装甲戦闘車Nachfolger三号に乗って来た。
スポーツイベントへのゲスト参加ではあるが、装甲を纏った一五〇名が集う場所へ身一つで混ざって良い立場ではないからだ。万が一などあってはならなず、そのため護衛と共にバス仕立ての戦闘車両で馳せ参じることに相成った。
「炭焼きのおっちゃんがコッチに護衛来るのは初めて見たです。軍人シバかなくていい日です? 今日はルーがいるから姫姉さまの警備は必要ないですよ?」
ルーが不意に護衛の一人へ声を掛けた。髪に白いものが目立つ初老の男性だが、威風堂々とした佇まいが歴戦の猛者だろうと見る者に印象付ける。
彼はカレンベルク財閥私設軍特殊部隊統括指令官と特別教官を兼務するクルト・ケーラー。ドイツのWald Menschenだ。
威風堂々とした様も、護衛へ認識を向かせる印象操作術を使っている。
本来は任務の一環で、カレンベルク家当主であるティナの父、ヴィルフリートの護衛を一週間サイクルで担当している一人だ。
クルトは護衛任務の他に、KSKやGSG-9など軍と警察機構双方の特殊部隊に特別教官として招かれる任務も受け持っている。故に、ルーが「今日は訓練日じゃないのか」と言葉を混ぜたのだ。
そして、クルトが出向いた理由は、不測の事態を事前に察知、場合によっては制圧する指揮官の役目である。
このイベントは一般告知されており、競技者に軍人や警官も参加している兼ね合いから、そちら側をターゲットにした狼藉者が沸く可能性も考慮している。そこへ当主家息女のティナが参加するため、特級レベルの護衛体制が就くのも当然なのだ。
他の護衛も特級戦力だ。
ドイツカレンベルク対テロ特殊戦闘員で重火器操作、および対人制圧力が群を抜くローザ・オストヴァルト女史。
オランダ森の民から戦闘車両、兵装運用のエキスパートであるエステル・ファン・ローイエン女史。
特にNachfolger号で乗り付けていること自体、戦闘も考慮した最悪のケースを想定してだ。試合会場全体を見渡せるように車両全面が向いているのは、武装展開後に全域を照準内へ収めるためだ。何のため、とは言うまでもないだろう。
その二人を引き連れたケーラーは炭焼き人から苗字が取られている。同スペル、同発音で鱈の意味もある。海とは関係がない森の民ならば、先祖が「炭焼き」に関わる仕事をしていたのだろう。だからルーは「炭焼きの」と枕詞にしているのだ。
「ヴィルトファングの減らず口は相変わらずだなぁ。また宮内省殿にどやされるぞ?」
「うぐぅ」
ヤレヤレとクルトが零した言葉に、ルーからぐうの音が出た。エレからゲンコツを授かる想像でもしたのだろう。
何処へ行ってもルーのコント仕様は変わらない。
「全く。ルーは訓練でクルトさんを驚かせるくらい出来てから減らず口を叩きなさいな。さて、そろそろ午後の部に向けて準備しますよ」
苦笑いの姫騎士さん。その口から出た言葉はルーを窘めるのではなく、切り替えなさい、との意味合いだ。
まだ続くのだ。此処で終わるなら、態々違うタイプの格闘系イベントに出場した本懐が成されない。
「で、クルトさん。現状は?」
準備のためにさり気なく立ち上がったティナ。その立ち位置はクルトの側だ。そして誰にも判らないように小声で言葉を掛けた。現場のトップとなる彼女へ報告がないのは問題ないからだが、言葉を以って認識に齟齬がないか摺り合わせる。
「はっ! 現時点で問題のある行動、武器、爆発物、化学兵器等の持ち込みはありません。また、各個人に関しましても今のところは白と判明しております」
階級では少将のクルトが立ち居を正し、これも周りへ聞こえない小声で簡潔に応えた。
「ふむ。多少は動くかと踏んでましたが……。それでは引き続きお願いしますね」
「心得ております。危急の際は手筈通りに」
仰々しいが、これも安全対策の一環であるのだ。二〇世紀のテレージエンヴィーゼでは、オクトーバーフェスト開催時にパイプ爆弾によるテロが発生した過去を持つ。現在も入り口に建てられた慰霊碑へ花が供えられている。
アーマードバトルミュンヘン大会はドイツ南部を対象とする民間主催のローカルイベントではあるが、それなりに規模のある大会だ。ティナとテレージアが特別ゲストで参戦する意向は恰好の宣伝材料であり、その許可を得て喧伝もされているため、参加者と観客は何時もより多くなっている。
実のところティナが参戦する影響は大きい。イベントに対して、ではなく、カレンベルク財閥令嬢が一般のイベントに参加すると言う意味合いで、だ。
それは本職からすれば、安全な巣穴から出て来た格好の獲物と認識される。観客や競技者に紛れ込んで、反目する団体や敵対組織から襲撃を受ける可能性が飛躍的に上がる。
そのため、事前にイベント開催日程前から入念な対策をしており、現状では万が一程度までに危険度を下げている。
最善は誰も知ることなく、何も起こらせないこと。
当然、主催側には予めティナのような要人が参加する上での注意点と問題点を理解して貰った上でゲストとして招かれている。
本件に関してはティナ自身の社会的地位が大き過ぎるため、一般人である主催側では経験もなく、対応しきれない案件だ。故に、ティナに纏わる事前対策と警備はカレンベルク財閥で受け持つ取り決めを交わし、問題発生時には一切の責任を問わないとしている。主催側のイベント開催に負担を掛けさせない配慮である。
その際、特殊ケースに於ける主催側の心構えと対策などをレクチャーしている。今回程ではないにしろVIP扱いを必要とする人物が参加する可能性はゼロにはならず、何れ来たる時の教訓になるだろう。
ゲスト参加を打診する際の窓口であるテレージアやハンネ、ラウデにも前以ってティナが参戦する場合のリスクとリスクヘッジについて説明している。
さすがテレージアは名家の令嬢なだけはあって、すぐに理解を示した。彼女も同じ人種だからだ。テレージアも規模は違えど、一人歩きの際は影で護衛が随行する。それが当たり前の日常なのだ。
だからこそ、カレンベルク家、それも当主家令嬢が迷惑を掛けないと明言したのであれば、何も問題は起こらない。競技者間での諍いなど表面上の大したことも無いトラブルは別として、本当の問題は誰にも知られず水面下で処理されることを示唆しているのだ。
その前提を理解しているため、テレージアもティナの申し出を快く引き受けた。
そして、ティナが参加を願う本当の意味も凡そ察している。
それは、長く血を継ぐ貴族家に生きる者であればこそ判る事柄だ。
「ではみなさん、参りますわよ。午後はドライゲーゲンとDuelのゲスト参戦、それにアォスシュテルングシュピールがありますから盛りだくさんですのよ」
ティナが護衛と必要な遣り取りを終えたと察したテレージアは、皆を誘うように声を掛けた。妹組から元気の良い返事が返って来る。それは、ティナが護衛と遣り取りした僅かな時間すらも全く不自然に見せなかった証左であった。
ティナとテレージア、そしてハンネの三人は、三対三の試合を様々なチームと六試合熟した。この試合からは大会のゲスト扱いで、クラブチームの戦績には加算されない。
当たり前のことだが彼女達は連戦した訳でない。其々のチームが組み合わせで勝敗を競う中、ゲストの彼女達は希望者と戦ったのだ。大柄で彼女達とは圧倒的に体格差があるパワーファイターも集まった。更には大会でも上位に入る強豪なども参加した。
「うーん。この面子は反則でしたね」
ティナはちょっと遣り過ぎたかな?と、この三人では戦力過多だったと少し反省。
「わたくしとしては、これも有りだと思いますわ。お相手も何時もと違った試合を体験出来ましたようで、お歓びなさってた方も多ございましたし」
テレージアは対戦者の様子を良く見ていた。試合後に嘗てない戦いを経験して、感心や戦術を論じたりする姿から概ね良い傾向であったと。
「私はDuelの技が使えて楽しかったです! どっちの競技も奥が深いって魅力を味わいました!」
軽戦車の異名を持つハンネは、正にその名の通りであった。参加者の中で一番小さいにも関わらず、全く崩れることのない重厚さを持ち、即座に繰り出す的確な反撃は相手を苦しめた。
そして、全ての試合で完勝したのだ。
結果、騎士は身体の接触による攻撃が得意ではない認識を覆すこととなった。
倍の体格差であろうがものともせず、簡単に当たりを受け止めたり、あっと言う間に地面へ転がされるなどを経験すれば、見え方も変わると言うもの。
この三人が相手だったからだと受け取る者も多い。
然し、参加者に上位の騎士が居たならば似たような結果だっただろう。
何せ、武術家として流派の技術を練っており、正しく身体の使い方を出来る者が多いからだ。その技術は敵を斃すために有利な状況を造る術も含まれている。戦場で鎧同士がぶつかり合うなど頻繁に起こる話であり、その対処法も練られている。要は、技術を伴った体当たりや当身でないと簡単には崩せないのだ。
騎士は速度と技量特化であるが、それは競技で見えている部分に限った話なのだ。
現在、ティナとテレージアの二人は少々時間待ちとなっている。
今、観戦していたDuelの終了を以って、大会の試合は全て熟されたからだ。まず戦績結果と勝敗の発表があり、そのまま表彰式まで執り行われた。
試合の合間などにもドライゲーゲンをゲスト参戦したが、それは進行上のちょっとした余興として差し込んだ演出だ。あくまでアーマードバトルの大会であるから、戦績に関わる試合の方が優先度は高いのも当然だろう。彼女達の本番は大会後からである。
表彰式で一際盛り上がった後、選手達は着替えに戻る者もおらず、ほぼ全員この場から立ち去る者もなく。
いよいよアォスシュテルングシュピールが本格的に始まるからだ。それを見逃すまいと皆が待っているのだ。
まずは、希望者と一対一で戦うイベントだ。ティナとテレージアが一試合毎に交代で相手をする。二人で一二人を相手にしたのだが、普通考えれば異常な試合数を熟したことになる。
関節技は禁止だが、差し障りない程度の体術も駆使し、様々な方法で挑戦者を仕留めていく二人。実際に体術を掛けられた者も、力を使わずこうも簡単に転がされたことに驚く者が多かった。皆が一矢報いようとするも、それは叶わず。
しかし、そこは競技者。流動的な実戦の最中で正確な身体操作法を使える練度を目の当たりにし、何が違うのか、どのような動きであったのかを確認しながら必要なことを得ていた。
「うん、良く働きました。これから私達の試合ですが、休息はいりますか?」
「お気遣いなく、殿下。わたくしも身体が温まって来たところですわ」
Duelを終えてティナとテレージアが普段通りに会話をしている。
その様子を見た対戦者の中で、上位に入る者達は戦慄する。疲れどころか、二人の息が全く乱れておらず、目を凝らして漸く薄っすらと汗が見える程度だったからだ。
それが何故か理解している競技者はこの場に何人いるだろうか。
彼女達は抜力と骨を使い、筋力に依存しない身体操作で動いていたのだ。だからこそ交代している間に回復する程度の疲労で済んでいる。
このまま継続しそうなティナ達であったが、さすがに主催側から進行上の時間――主に観客がティナ達の試合に思考をリセットするまで――を少々貰いたいとのことだったので、水分補給を兼ねて一〇分間の休憩となった。
「姫殿下、こちらをどうぞ。あと二種類ありましたが他の者が持ち出して仕舞いましたので」
「あら、クルトさん。ありがとうございます。その二つはお好きにして良いですよ」
タープへ戻って来たティナにクルト自らが給仕宛らにドリンクを手渡した。その際、言わなくても良い一言を添えて。
実際は、会話に託けた報告だ。クルトの言は、不審者二名を拘束し、移送した旨である。返すティナは、何時も通りに処置しなさい、との指示だ。
引き出せた情報如何によっては、どこかの団体だか組織だかが消えるだろう。それが当たり前の世界にティナは住んでいる。そこに善悪はない。ただ淡々とすべきことをする。
さりげない会話に隠語が入っていたな、とテレージアの感想は軽い。他家の符号ルールは判らずとも「二」は不届き者の数と読める。意外に少なかったとは思うものの、テレージアの表情を揺らすまでもない。カレンベルク家が内々に片付ける話であろうからだ。だから、テレージアの振る舞いも普段通り変わることはない。
「まぁ! ラウデの新しい騎士装備が仕立て上がったのですね! 良くお似合いでしてよ!」
「ありがとうございます、テレージアさま。学内大会には間に合いませんでしたが、早い段階でこの鎧に初陣をさせてあげられました」
ラウデの新調した騎士装備は、一五世紀ゴシック仕立ての軽装鎧だ。
ゼベル使いであるため、腕と肩の動作を妨げないように誂えている。
その横には面頬を上げて固定したハンネ。左前腕には副武器デバイスのカイトシールドを形成するアタッチメントをマウントし、腰の剣帯には鞘に収めた片手剣が吊るされている。
「ハンネは盾使うです? シルトシュラークでもするですか?」
「ルーさん、それは反則ですよ。ルーさんの動きは速すぎるから盾で防ぐのですよ!」
などと競技ルールを覚えた筈のルーは、いい加減な台詞をポロッと。直ぐ側の姫騎士さんが聞き逃す筈もなく、後で説教されることだろう。
そのルーの姿は、ビクトリアンメイデンスタイルのメイド服からキッチュなミニスカメイド服に着替え、メスの武器デバイス二本でお手玉をしながらの会話だった。
妹組三人は、待ち時間の間にChevalerie競技の装備に換装していた。
アォスシュテルングシュピールでは、騎士の戦いを披露することになっているからだ。
彼女達は、ティナとテレージアがアーマードバトルルールで戦った後、装備を換装する間の繋ぎとしてluttesルールで対戦する。
ティナとテレージアを見れば、鎧を着たまま出来る簡単なストレッチで、温まった身体を維持している。
丁度一〇分経った時に、大会のスタッフが準備を終えたと伝えに来た。
試合コートに向き合うティナとテレージア。ルールはアーマードバトルのDuelと同じだ。
不意にティナがテレージアへ言葉を掛ける。
「テレージア。反則にならないように随分抑えてたようですし、この試合は全力を出しても大丈夫ですよ」
「よろしいのですか、殿下。でしたらお言葉に甘えさせていただきますわ」
彼女達と戦った者達も言葉を失う。あれが全力ではないとはどういうことだと。そして、それを出しても問題無いと言う姫騎士さんにも。だが、時間を置かず、その意味が良く判ることになった。
試合の合図である審判の警笛と共に試合が始まる。
サクスを腰の鞘へ仕舞い、剣のみを扱うティナ。此処までの試合とは異なり、別物の速度で揮われるテレージアのZweihänder。
「(やはり、通常の身体能力で何時もより軽い大型騎士剣を使えば、この豪速も頷けますね。テーマは射程圏に踏み込ませない、ですか)」
剣先から柄頭迄の長さが優に二米ある武器をティナの進行方向から蹈み込んで来る範囲に合わせて振るい、即座に攻撃タイミングを潰していくテレージア。
ルーの鍛錬に付き合った時、また学内大会のMêléeで見たティナの動きから、懐に入られないことを第一にした剣閃で距離を一定に保つ。しかも体術や鎧での防御も可能となれば、相手もそれを含めた戦術を練って来る。そして必ず、テレージアの防御網を掻い潜って来るのがティナである。その一瞬こそを見極め、カウンターを仕掛けることに活路を見出す方針だ。身体接触が可能なルールであるため、それを見越した対策だ。
さすがにティナも何時もより遥かに高速な大型騎士剣の剣戟は受け流せても、その流れを止めることは出来ず、即座に次弾が繰り出されることへ手を焼く。テレージアの斬り返しが異様に速いのだ。
そうなると、相手の剣速も利用した上で、且つ相手が思いもよらぬ攻撃方法を取る方が効果は高い。それを受けるテレージアさえも経験したことがないであろう技術。当然の如く、観客も一生に一度すら見ることもない代物。
「(それじゃ、いきますよ。テレージア)」
ティナの動きが回避から蹈み込みに変わる。それもテレージアの真正面からだ。円の軌道で組み立てられたZweihänderの斬り返しは、正面だと脚、良くて太腿を薙ぐ軌跡となる。
そこを突かれたのだが、テレージアはカウンターを繰り出すどころか予想を超えた挙動を取られたことで、対処が追い付かなかった。
下半身を狩るテレージアの大型騎士剣に対して、ティナの取った行動は、――剣を地面に突き立てることだった。
当然、その剣へZweihänderが搗ち合い、ティナの剣は弾かれる筈だった。
ところが、ティナの剣は微動だにしない。
寧ろ、Zweihänderの威力が全て吸い取られた。
そのティナは、突き刺した剣の柄頭を軸に両足で跳躍。高く速く飛ぶ姿は、テレージアへ迫る。その跳躍で、逆立ちのような姿勢に成った時には、テレージアの両肩にティナの両手が置かれていた。
「(これは……、一体……何を⁉)」
初めて味わう未知に、テレージアも次の動きへ移れなかった。
ティナがテレージアの肩に手を置きながら身体だけクルリと反転。そして背中から羽交い絞めするかのように密着。両脚はテレージアの腰を強力にロックし、引き剥がすには難しい体勢。
だが、その姿勢になった時点で全て終わっていたのだ。
本命は身体の向きを変えた一瞬後に左手で抜刀したサクス。右手でテレージアの面鎧を押さえて上向きにし、首を横一閃した。
仕事を終えたティナがテレージアの拘束を解き、音もなく着地する。それと同時にテレージアが言葉を紡ぐ。
「ふぅ、参りましたわ。まさかあのような形で懐へ入られましたから、返す手立てがありませんでしたもの」
「このルールだとテレージアを崩すリスクは高すぎますから。普通に討ち合ってたら此方の被弾が積み重なりそうでしたし」
二人が言葉を交わす間に、ティナの剣がコロンと倒れる。
その様子は滑稽にさえ映る。
この試合を見ていた者も、歓声半分、動揺半分と言ったところ。然もありなん。アーマードバトルどころかChevalerie競技でも見たことのない勝ち方だったからだ。
――テレージアの剣を受けた瞬間、ティナはその威力を柄頭で持つ右手から腕に通し、肩甲骨の回転で力自体を波へ変換して取り込んだ。
Wald Menschenの高位歩法で局所的力の発生を逆回しに利用したのだ。
以前、六月祭の格闘戦で花花が放った掌打の威力を地面へ流した応用だ。
関節単位で筋肉の動きと回転を個別に発生させ、体幹による全部位の制御法。受けた威力を波に変えて通常の逆、発生された力から各部位を動かし両脚まで導いた。跳躍の能力へ加算するためだ。後は、結果の通り。
「さて。次はあの娘達にまかせて、私達は着替えに行きましょうか」
「そうでございますわね。良い形で見せることが出来ましたから、暫くは任せても問題ありませんですわ」
テレージアの返しはティナの立場を理解しての言葉だ。
「(さすがに気付いてましたか)」
ティナは心の内で独り言ちながら、何時もの嫋やかな笑みで応えた。
テレージアも名門貴族家の娘であり、家の名を背負う立場だ。
だからだろう。
今回の大会でティナが意図したものは何かを読み取っている。
お互い、それを口にして問うのも無粋。
二人は特に会話内容に触れることなく、女子用の仮設テントへ消えて行った。




